第36話 誤解

ウィルはアレーネシアに帰ったあとに、エリーの部屋を訪ね過去のことを勝手に聞いたことを謝罪した。そして同時に自分のことについても全て話した。

異世界のことは信じてくれているか微妙な感じではあったが、どうにか許してもらえたようだ。

特定条件化で我を失い暴走してしまうことも話すと、2人でトラウマを克服する名目で、許してもらう条件に2人で朝一緒にトレーニングすることになっていた。

外が明るくなり始めた頃、ウィルはトレーニングのためを覚ました。

ウィル自身早起きは苦痛に感じていたが、不思議と苦痛には感じなく、むしろ少し楽しみに感じていた。

自分でも感じたことのない感覚に驚いてた。

体に目をやると上半身裸でベットの脇にはシャツが落ちていた。昨日は王都までかなり飛ばして疲れ、寝相で無意識のうちに脱いでしまったのだと思っていると。

何かが体の上に乗っている感覚を感じ、布団に目をやると不自然に盛り上がっている。


「ん?」


ウィルは恐る恐る布団を覗き込むと、半べそをかいた大きな目が彼を見ていた。


「シっシルフィー?」


昨日、ウィルとエリーの父が立ち去ったあと、王宮で公務をめまぐるしく終えると、深夜の空を飛んで帰ってきていた。


「ウィルさん昨日……エリーさんのお父上と……何を話されていたのですか?」


彼女は泣き声でウィルに問いかける。

王宮前でウィルが言い放った「娘さんのことで話がある」という言葉にウィルとエリーが恋仲になっていると誤解していたのだ。

覗き込みながら彼女の様子を見て、ウィルはエリーに申し訳ないと思いつつ全てをシルフィーに明かした。


「そうでしたか。……良かったです。」


納得してもらえたようでウィルは安心し、体を起こした。


「んじゃごめん。今からエリーと2人でトレーニングなんだ」


布団の中に包まりながら泣くのをやめた彼女は、彼の言葉を聞き固まった。


「お二人で……ですか?」

「うん」


その瞬間シルフィーが布団に包まったまま急に立ち上がり、ウィルをベットに押し倒した。

その勢いで布団はウィルの足元のベッドの下へと落ちていった。

再び彼女に視線を戻したウィルの前には純白の肌をさらし、下着姿になっているシルフィーの姿があった。


「ちょちょちょっシシシっシルフィー。なんて格好してるの」


ベッドの脇には公務の際に、シルフィーがいても身に付けていた騎士服が落ちている。

国中の男性誰もが息を飲むといわれているほどの美貌を持つシルフィーのあられもない姿に、動揺を隠せず顔を赤くして腕で覆う。

そんなことはお構いなしに彼女はウィルの胸の中に飛び込む。


「私は心配なんです。ウィルさんが他の女性に興味をもたれてしまうことが……」


ウィルはずりずりと上の方へと逃げていくが直ぐ頭がベッドの台にあたり逃げ場がなくなる。


「興味ってエリーのこと?あんなことを聞かされればほうっておけないよ」

「ウィルさんの優しさは理解していますが。私にも少しはやさしくしてください」


シルフィーは両手でウィルの手を指を組むように掴むと顎近くに顔をうずめる。

この国では16歳を超えれば成人として認められ結婚が認められている。

既に婚約を結んでいるシルフィーとだったら1線を越えても問題はないが、そもそも結婚する気は一切ない彼は、それだけは断固として阻止しようとしたが。


「ん」

「ひゃっ」


彼女がウィルの肌に指を這わせる。

あまりの刺激に理性が持ちそうになかった彼は彼女の手を力づくで振りほどこうとした。

が、彼女は自己強化魔法を使用しているのか。がっしりと組まれた手はびくともしない。


(そこまでやるかぁ……なら)


ウィルも強化魔法を発動したが思ったように魔力を放出できない。


「無駄ですよ。一時的にウィルさんの魔力を封印させていただきました。今のウィルさんは一般的な魔道士レベルまで魔力の放出量が落ちています。ですが集中して魔力を込めれば私ごときの魔法は破られてしまいますが」

「いくらなんでもやりすぎだよシルっひっ」


彼女はウィルを魔力コントロールに集中させないといわんばかりに耳を咥える


「私を受け入れてください……」

「ちょっと待って……落ち着こう……ね!」


彼は逃げることはできそうにないと判断し必死に説得しようとした


「落ち着いていますわ……ですがもうこの不安を払拭するには既成事実を作るしかありません。」

「へ!既成事実?」


ウィルは顔を赤らめながら呆気に取られる。

まさかここまでのことを仕掛けてくるとは彼は想定していなかった。

アリスはいつもこの時間には起きていてリビングでくつろいでいた。

ウィルは大声で助けを求めようとする。


「アリむぐぅんーーーーーーー」


助けを呼ぼうと大きく口を開けた瞬間、彼女の柔らかな唇がそれを覆う。

あまりの刺激で必死にもがくが手を押さえられ微動だにできない。ただただ手と足の指がぴんとする。

甘い香りがウィルの体中を駆け巡り放心する。


「んっは」


彼女の口唇が離れた頃には理性が吹き飛びかけていた。


「大きな声を上げてはだめですよー」


放心した彼の様子を確認すると手を離し、後ろに手を回し下着に手をかけた。

その時突然、部屋の扉が開くと同時に声が聞こえてくる。


「ウィル。エリーが迎えに来てるわ……よ…………」


扉が開くとそこにはアリスとエリーの姿があった。

待ち合わせの時間になっても姿を現さないウィルを迎えに来ていたのだ。

しかし目の前のウィルの上に馬乗りになり下着姿のシルフィーを見て2人は凍りついたように固まる。


「あら。アリスにエリーさんおはようございます」


シルフィーはいつもと変わらない様子で、顔だけ振り向き朝の挨拶を交わす。

アリスとエリーは何も言わずゆっくりと部屋の扉を閉めていく。


「2人とも何で黙ってるの!助けて!」


彼の声は既に2人の耳には届かず無常にも扉は閉まってしまった。


「では続きを……」

「シルフィーもう十分じゃない?!もう止めよ!ね!」

「まだこれからではありませんか」


色気に満ちた彼女の顔が再び彼の正面に来ると、両手で頭を押さえられ再び甘い香りに彼はおぼれる。

ウィルも彼女の頭を持ち引き剥がそうとするがびくともしない。

あまりの刺激に必死に掴んでいた理性の紐を放しかけていると、ベットの台の上に置いてあった、ウィルの通信機が鳴りだした。

残った理性で引き剥がすことはあきらめ彼女の肩を必死にタップすると、顔が離れていく。


「もうっ」

「仕事だからね」


拗ねた様子を見せるがどこか満足そうだ。

彼はこのタイミングで通信してきた相手を神のような存在に感じていた。


ウィル達3人とミリーは図書館にいた。

今朝、ウィル宛に陛下から2日後、陛下の使者としてオーランドと隣り合う、シルバーナ王国を訪問してほしいとのことだった。

内容はシルバーナ王国の王女が今年16歳で成人を迎え開かれる式典への参加であった。

本来であれば陛下自身で参加するものだが、オーランド皇国の聖騎士、貴族として将来の同盟国の付き合いのため代わりに出席してもらいたいらしい。

正直堅苦しい式典には参加したくはないと考えていたが、聖騎士の身分をかなり利用していることもあり、恩義を返すそして今シルフィーの近くにいるのは危険と感じ承諾した。

外交には振舞いや言葉遣いなども気をつけねばいけないとシルフィーに促されそういった関連の修行の真っ最中であった。


「あーもうだめだー」


ウィルはそう言うと机に突っ伏す。魔道書ならば試しながら楽しく読めるのだが、こういったマナー関連についてはそう言うわけには行かない。


「ウィルさん。将来のためなんですからがんばってください」


今朝のこともあり変にシルフィーのことを意識しまい、まともに目が合わせられなかった。

そんな中、彼をじと目で見つめる女生徒がいた。

先日ウィルと決闘し引き分け、ウィルとともに大切なものをシルフィーの手によって奪われたミリアだ。

お互いに精神的に大打撃を受けたのだが、負けてくれなかったウィルのことを一方的に恨んでいた。

その視線にウィルは気がつくと同じような視線を向ける。


「あの方は確か入学式の時にウィルさんと戦われていた方ですよね?」

その中をエリーが嬉しそうに聞く。

「ええ。私の姉で高等部2年の憂鬱の大帝ミリア・ネクロフィアよ。」

「ファミリーネームが一緒だったのでもしかしてとは思ってたんですけど、アリス先輩のお姉さんだったんですね。」


アリスの説明を聞くとミリアに駆け寄っていき手を取り目を輝かせる。


「始めまして。ミリア先輩。私ウィルさんと師弟関係を結んでいるエリー・フォートリエといいます。」

「よろしくね……」


明るく積極的な彼女の視線を嫌そうにし、目をそらし返事をしていた。

だがミリアには彼女の名前に聞き覚えがあった。


「ん?フォートリエってあの果実の商団の?」


アリスから果実を先日もらい。とても気に入っていたミリアは商団の名前を覚えていた。

ミリア自身も家に掛け合い仕入れをお願いしてみてはどうかと話を通していた。

そんなこともありミリーには一度あってみたいと思っていたのだ。


「え!ミリア先輩にもあの果実いっていたんですか?」

「ええ。アリスからもらったの。とてもおいしかったわ」


嫌そうな目が一転、笑みをミリーに向けていた。


「ありがとうございます」


ミリアの表情を見て照れるようにお礼の言葉を述べた。

そんな様子を遠めで3人は見つめていた。


「ミリアさんってあんな笑顔もできるんだね」


最近はミリアといがみ合ってばかりいるウィルはぼやく。


「性格はどうあれミリアも根はやさしいですからね。ウィルさんと同じで」

「うん……」


シルフィーの最後の一言にいつもの調子が崩される。

その様子を冷ややかな目でアリスとエリーは見る。

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