第35話 弟子の過去

4人はアレーネシア城門の外に広がる森の奥地に足を踏み入れていた。

何本も剣を抱えながらウィルは魔物を切り刻んでいく。既に森の深くまで足を踏み入れ、深淵と呼ばれる森の最深部に近い部分まで来ていた。

マリは自分も一緒にやると言い、最初のうちはウィルの横に立っていたが、気がつくとウィルのすぐ後ろからただ見守るだけになっていた。


「生身でここまでやるなんて異常」


ウィルの身長よりもかなり大きな中級の魔物もウィルはあっけなく切り刻んでいく。

それを見てマリは呟いていた。それはカレンにとっても同じのようで目を点にしてウィルを見ている。その横ではエリーがカレンにしがみついて回りをきょろきょろと見渡している。


「エリー大丈夫?」


カレンの問いかけにエリーからの返事はない。何度か問いかけると我に返るようにハッとする。


「ううん。大丈夫」


言葉とは裏腹にカレンの腕を掴む手は震え、もう片方の手は胸の上で握りしめている。

師弟関係の希望者との立ち合いの時とは明らかに別人。最初にエリーに会った時の印象とあまりにも違いすぎるためウィル中にはなぜという疑問が募る。


「もしかしたら昔何かあったのかもしれないのだ……」


小さくマリが呟く。

その言葉にウィルの脳裏にはモンニカーナの一件が思い返される。魔物の群れの想定していた以上の進行速度と地龍の地平線の向こう側からの超長射程の一撃で城壁は破壊され防衛のために構えていた騎士団は壊滅。地龍の一撃と侵入した魔物によって犠牲者の数は大戦以降最大の数に上っている。全てが片付いた後の街では小さな子供が横たわる人物にしがみつき泣く姿は半年以上たとうとも鮮明に思い出すことができた。


エリーの実力と今の様子は明らかに一致しない。

ウィルは魔物の体液のついた刀身を払うと鞘に納める。


「帰ろっか」


思い返してみても最初にエリーと会った時も酷く怯えていた。年相応の反応かもしれないが、聖騎士に近い実力をもっている彼女を知ってついてくることを認めたが、これ以上の狩りは危険と判断しウィルは3人を連れて学院へと戻った。


翌朝、寮のダイニングでは腕を組み考え込むウィルの姿があった。

昨日の森でのエリーの様子がおかしかったのを気にかけていたが、普段のエリーとはまるで別人と思えるほどの取り乱し方だったため、本人には聞けずにいた。


「朝から何考え込んでるのよ。私でよければ聞いてあげるわよ」

「ん?ああーちょっとね」


誰かに意見を聞きたかったが本人の許可なしに言ってもいいものかと。さらに考える。


「そういえば、シルフィーから連絡があったけど、商談が長引いているから帰ってくるのは明日の夜になりそうだって」


シルフィーは数日前から公務と、ウィルの紹介で王宮で扱う品関係でフォートリエ商団との商談の顔つなぎのために王都へと戻っている。


「了解……そうか商談……そっちに聞けばいいのか」

「ん?」

「アリスちょっと今から王都に行って来る」

「今から?何しに?」

「ごめん。内容は言えないけど。ある人に聞きたいことがあって……」


そういい残すと魔装を展開しつつ窓から飛び出て。

空に魔力の尾を描きならが急ぎ王都へと向かった。

時は過ぎ、お昼時の王宮前にはフォートリエ商団の長のエリーの父、ゴードナー・フォートリエとシルフィーの姿と後ろにはメイドが数人並んでいる。


「この度は殿下のご厚意に感謝いたします」

「いえ。私共にとっても良い物を仕入れることができそうでなによりです。王宮の者も喜ぶでしょう」


商談の話がまとまり王宮への仕入れが正式にきまっていた。


「私共はこれからアレーネシアに戻りますが殿下はどうなさいますか?よろしければアレーネシアまでお送りいたしますが」

「直ぐ戻りたいところではありますが、久しぶりに王宮に戻ったもので、公務がたまっていまして……」


シルフィーは悲しそうにため息をつきながら、ありがたい申し出を丁寧に断る。


「いや。失礼しました。我々では殿下の護衛など務まりません。アースガルド卿が森の魔物を掃討しておいてくれなければ、通行のたびに命懸けでございますから」

「いえいえ。そのような思いではございません。ウィルさんの師弟関係を結ばれているエリーさんの父君であられるのであれば、もっとお話をさせていただきたいと思っているほどです」

「そうですか。それは残念ですな。またの機会にぜひに。では私共はこれで失礼いたします」

「ええ。お気をつけて」


 ゴードナーが馬車へと取り込もうとしたとき、シルフィーの耳がかすかに動く。


「この魔力はウィルさん?」


シルフィーとゴードナーがウィルが前方から向かってきているのを確認する、その直後にゴードナーの直ぐ横に着地した。


「ウィルさん……もしかして私に会いに来てくださったのですか?」


いままでウィルからシルフィーのほうに歩み寄ることは一切なく、感極まってシルフィーは涙を浮かべ口元に手置いている、ウィルはその様子を面倒くさそうな顔をしつつ確認し相手にしたら数時間は開放されないと思い、相手をせずに馬車に乗り込もうとしているゴードナーに話しかける。


「ゴードナーさん今からアレーネシアに戻られるんですか」

「そうですが」


ゴードナーは首をかしげる。

アレーネシアにいたはずの彼が王宮前に飛んできて真っ先に自分に話しかけてくるのだ、そのことが不思議でたまらなかった。


「では少しお話したいことがありますので俺もご一緒してもよろしいでしょうか?」

「構いませんが、どうされたのですか?」

「エリーさんのお父さんであるあなたに、娘さんのことで話しておかなくてはいけないことがありまして……」

「え!」


ウィルの言葉にシルフィーは思わず声を上げる。


「ウィルさん!それどういうことですか?」


シルフィーが声を荒らげウィルに詰め寄ろうとした時、後ろに並んでいた歳を召したメイド長に腕をつかまれ止められた。


「シルフィー様、公務がたまってしまっています、早く終わらせないと明日中に学院に戻れませんよ」

「婆や、離してください……離しなさい」

「ダメです」


シルフィーも本気になり命じるがメイド長も一歩も引かない。後ろでにらみ合う2人の見て、ウィルは一刻の猶予もないと本能で察知する。

魔装を解除するとこの場から逃げることだけを考えた。


「ゴードナーさんいきましょう。」

「しかしよろしいのですか?」


ゴードナーは争う2人に視線を送る


「いつものことですので大丈夫です」


ウィルはそう言うとゴードナーを馬車に押し込め、自身も乗り込むとドアを閉める。

ドアが閉まると馬車は走り出しシルフィーの眼前から遠ざかっていく。


「ウィルさんーーー!」


泣きそうなシルフィーの叫び声が城下に響く。

サンルシアを出た頃ウィルは本題を切り出した。

昨晩の森での一件を説明していた。


「申し訳ございません。娘さんを危険な目に合わせてしまって」

「いえいえ。何事もなかったのですからそこまで謝られる必要はありません」


ゴードナーは深く頭を下げる彼をなだめる。


「こちらも師弟関係を結んだことはエリーから聞いていましたし、あの子の事をきちんと話しておくべきでした」

「それにしてもエリーさんの昨日の様子はどう見ても普通じゃありませんでした。一度手合わせをした機会があったのですが、あんな魔物に後れを取るような実力でもなかったです。何か魔物関連でトラウマを抱えているのですか?」


ウィルの質問に驚きを見せるゴードナーではあったが。


「エリーがまだ幼い頃から、我々は大陸中を巡る商団でした。ある日商談が長引いて街に着く前に日が暮れてしまいまして。運が悪かったことにそこに中級の魔物の群れに遭遇してしまい、商団の人間もかなりの数が殺されました。私自身も傷を負わされ、動けなくなったところに魔物がエリーを襲おうとしたんです。その時妻が身を挺してあの子をかばいました。すぐ騎士団が駆けつけてくれましたが、妻が受けた傷は深く……」


ゴードナー自身あまり思い出したくないことであるはずなのだが、話してくれたことにウィル自身も報いなければと感じていた。


「そうでしたか。エリーさんの気持ちは少しは理解できますね。俺にも似た経験がありますので……」

「やはりあなたも家族を失われたご経験が?」


ウィルの的を得た質問にゴードナーは彼自身にも何か思い出したくない過去があるのだと感じていた。


「俺の場合は魔物ではないですが、目の前で家族全員が屋敷とともに炎に飲まれる光景は、かなりの月日が立ちましたが昨日のように覚えています。」


ゴードナーはいつも明るく過ごすウィルにそんな過去があったことに驚き、同時にそんな過去がありながら、そのように過ごすことができていることに尊敬した。


「お強い心をお持ちなんですね。もしあなたが王女殿下と婚約していなければ、ぜひ娘をもらってほしいぐらいです」

「なっなにを」


突然の突拍子もない言葉に思わず言葉を見失い、照れた様子を表す


「はっはは。あなたらしい反応ですね。若くしてそれほどの力を持っているにもかかわらずその純粋さ。七魔家の方々の気持ちが少しは理解できますね」

「……ご存じなのですか?」

「商人は情報が命。王女殿下の前では口が裂けてもこの話はできないですな。あのご様子ではアレーネシアに戻られた際はさぞ大変でしょう」

「冗談は辞めてください。いつものことですよ」


二人笑顔で言葉を交わすとアレーネシアにつくまで世間話に盛り上がった。

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