第26話 権利の交渉

厳闘で勝利をおさめウィルは退場しようとフィールドの通路に向かって歩き出すとカルマに呼び止められる。


「アースガルド卿。バラデュール候の領地の街をゆっておったが具体的な望みはなんだ。」


ウィルはカルマに一礼すると口を開く。


「バラデュール候の領地の一端、モンニカーナを頂きたいと考えています」

「ほう……」


それを聞きカルマは笑みを浮かべる。

モンニカーナの街は未だに半壊状態。現在は復興真っただ中。ただ、東にはアルタシア。北東にはヴァルランという国があり、本来は様々な国の商人が行き交う交易都市なのだ。

そんな街にも問題点はある。アルタシアとヴァルランの境には北と南を分かち合うように高い山が続いており、その山には強大な魔物が生息している。今回のモンニカーナの一件はその山の魔物は一挙に降りてきたのが原因であり、モンニカーナの領主には代々優秀な魔道騎士の家系が務めてきたが、今回の門奈にカーナの一件で領主は討ち死にその貴族の係累も皆無くなっているため、派閥の長であるバラデュール候に召し上げられていた。


「だめだ」


バラデュール候は拳を握りしめ震えながらに小さくつぶやく。


――が、すぐに顔が青ざめる。


向かい合うように並ぶ貴賓席の各席から突き刺さるような視線を感じたからだ。


「厳闘の掟に従い……アースガルド卿にモンニカーナの統治を譲る……」


ウィルはそれを聞き剣を収めてチラッとバラデュール候を見上げるが、もう既に先ほどまでの威勢のよさは消えていた。もしもこれ以上何か言えば武闘派が黙っていないのはフィールドにいたウィルも感じ取っていたことであり、放っておいても何か害を為してくることはおそらくはないだろう。ウィルはカルマに一礼するとさっさとフィールド端の通路に向かって歩き出すが、


「まだ待て。アースガルド卿」


カルマに呼び止められ。ウィルは足を止める。


「此度の件は七魔家の意見の見解が分かれたことによる物だ。本来であればここまで身分の違う貴族同士が厳闘を執り行うことはない」


ウィルの顔をどんどん嫌そうな顔に変わっていく。身分が高い人が自分の非を認めているということは次に何が起こるのかは容易に検討がつく。


「今見せてもらった戦いは称賛に値する。よってカルマ・フィヨルド・オーランドの名において、汝ウィル・アースガルドにオーランド皇国、剣聖の称号を――っ」

「陛下! お待ちください!」


ウィルは立膝をつき大声でカルマの言葉を遮る。


「アースガルド卿。無礼であるぞ。陛下のお言葉を遮るとは!」


王族の貴賓席を挟み、ネクロフィア家の反対側の貴賓席から男が立ち上がり、怒鳴り声をあげる。

ネクロフィア家の反対側ということは武闘派で一番力を持つ七魔家。レイバネン家の貴賓席だ。


「よい、申してみよ」


カルマが静止してウィルへと視線が集まる。


「俺には身分は不要でございます。この度の件に身に染みて実感いたしました。まずはモンニカーナの復興に尽力し、オーランドの人々の信頼を得られなければこれ以上の地位に立つ資格などございません」


顔を伏せながらウィルの顔は口元が緩んでいた。ウィルにとっては身分など枷のほかに何者でもない。しかもちょうどよくオーランドの貴族の頂点である七魔家が自身の不信感でこの場がある。それを利用しない手はない。


「民の信頼であればそなたの功績であれば、民は受け入れると思うが?」

「いえ。民はもちろんのこと貴族の皆様方にも俺のことを知っていただく必要があると存じます。そのためにも今回得た領地につきましても一度全ての地位と権利を国にお返ししたいと考えております。何もない状態から信頼を勝ち得なければオーランドの地位を得る資格どころか、オーランドに住む資格すらないと考えます」

「アースガルド卿、それは曲解が過ぎるぞ。七魔家全てが其方を否定していることはない。」


先ほど怒鳴った男の怒りはどこかへと消え去り、ウィルを諭すような口調に代わっている。

暗にオーランドから出ていくぞと言っているようなものなのだから当たり前ではあるが、その言葉にウィルの口元は緩む。武闘派に関してはすべての七魔家の貴賓席から同じような気配を感じ取れる。

カルマは少し考えこむと口を開く。


「確かにそなたに領主の座は時期尚早というのは余も感じてはおる。モンニカーナについては国で預かる。しかし剣聖の称号について名目上余の近衛という肩書にはなあるが正規の騎士団に入るわけでもない。あればそなたの役に立とう」


カルマのその解答はウィルにとっては完全に想定内だ。シルフィーとの婚約について実際に婚姻まで進めるには剣聖の称号と同時に与えられるオーランド皇国男爵の地位が絶対不可欠。


「お言葉ですが陛下。騎士の称号や準聖騎士の称号を頂いた件、もしも俺一人であればとうに命を落としています。そのような半端な者が剣聖など名乗るなど言語道断でございます」


各貴賓席から今度は「こいつ何言っているんだ」といった雰囲気が出ている。それもそのはずだ。老いた剣聖とは言えホイスはオーランドの剣聖の中では上から数えたほうが早いほど強さでは名が通っている。そんな魔道騎士を圧倒したにも関わらず自分のことを半端者と言っていることには謙虚などという言葉では生易しい。


「アースガルド卿。謙虚は美徳ではあるが、力ある物にはそれ相応の責任というものがある。そなたはそれを我々七魔家の前で証明した。今後はその力をもって国に貢献すべきだ」

「レイバネン候。おっしゃる言葉は理解できます。ただ、今回は俺は陛下のご厚意でボルディル卿を師事することで、厳闘に勝つことができました。俺一人の努力で得た力ではございません。今回の件は俺に対する評価につながるものではございません」

「評価ならもう十分している。経緯はともあれ結果がそれを証明している」

「経緯がなくしては評価につながりません」

「謙遜はもういい! 貴様の自己評価は知らん。我々の評価はもう十分だ! 今回の件が広まれば傘下の貴族たちの考えも変わるだろう」

「それは俺の持つ力に対するもので、真の信頼とはいえません」

「貴様本気で爵位を捨てる気か」

「はい。領地・爵位・騎士の称号、今の俺にとっては信頼を得るための枷にしかなりません」

「王女殿下との関係がなければ当家に婿として迎え入れたいほどだ。なぜそれほど権利をかたくなに拒む!」

「ご評価大変感謝いたします。全ての貴族の方々にレイバネン候のように思っていただけるよう尽力してまいります」


レイバネン候は意地を張るウィルに時折怒りを見せるが、何を言ってもウィルの考えは変わらないことに最後には言葉を無くす。

これにはカルマもあきれたのか、ため息交じりに口を開く。


「騎士の称号については返還は許さん。最低でも聖騎士の称号は受け取ってもらうぞ」

「んじゃそれでお願いします」


闘技場は静まり返る。


厳闘の件はオーランドの民の間にも広まっている。モンニカーナの件についてはウィルのことを肯定的に考えている貴族内では準聖騎士の称号のみでは褒美が少なすぎるという声すら上がっている。願えば剣聖どころか、男爵以上の爵位だって得ることができるかもしれない機会を完全に自らの意思で無為に期している。


「それと陛下。もう一つございます」

「なんだ、申してみよ」

「シルフィー王女殿下との婚約の件でございます」


もう七魔家の貴賓席からはまた始まったという風にしか捉えられていない。話の流れから何を言い出すのかはすべての者が推測できたのか、あきれながらもウィルへの注目はより一層増していた。


だが、カルマの横にふと現れた人影に注目が集まる。


「ウィルさん……」


シルフィーがカルマの横に立ったかと思うと、そのままフィールドのウィルめがけて飛び降りる。障壁は解除されているが、届かない。ウィルは慌てて魔装を展開しギリギリのところでシルフィーと地面の間に体を入れてキャッチする。


――が


頭を強打すると同時に


――スリープ


「なにを……」

「さすがはウィルさんです。ここまで力を伸ばすとは思いませんでした。でも何を言うつもりだったのですか?」


シルフィーはウィルの耳元で小さくつぶやき、ウィルはそのまま意識を無くす。

シルフィーの完璧な策略にその場にいた誰もが受け止めた衝撃で頭を打ち意識を無くしたと考えたが


「あ~あ詰めが甘いわね……まっでも、よかったわ」

「なるほど。やはりそうか。面白い男だ」


ネクロフィアの貴賓席では小さくつぶやき声が出ていた。

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