第27話 七魔会合

オーランド、王都サンルシアの王宮の一室では3人の男が机を囲んでいた。一人は赤髪の巫女人種のネクロフィア家当主リオネル・ネクロフィア前憂鬱の大帝であり、アリスの父親だ。そして武闘派のまとめ役である体つきのいい犬人種の大男、夕方はウィルに対して説得じみたことをした男、レイバネン家当主ガ―ロンド・レイバネンだ。そしてもう一人、2人に比べて少しだけ若い男。エルフ種の蒼髪の男、バルバストル家当主であり、憤怒の大帝、オーランド皇国・覇剣聖のアドルフ・バルバストルだ。


「この3人で会うの久しぶりですね。10年ぶりぐらいじゃないですか?」


アドルフは笑みを浮かべて非常に軽く口を開く。

緊張感をもって座っていた1人はそれに対してため息を吐き口を開く。


「お前は変わらんな。これは七魔家の両派閥と国の騎士団の会合であるのだぞ」

「何を言っても無駄だろう。どことなくアースガルド卿と似ているところがありそうだ」


あきれ地味の2人はアドルフの顔を見るが嬉しそうに笑みを浮かべている。


「まぁいい。本題に入ろう」

「そうだな。私は疲れたから早く帰りたい」


ガ―ロンドは話を進めようとしたがリオネルの言葉で口を止めた。


「お前もお前だ。毎年数回は七魔家当主が招集されることがあるというのに、お前が王都に来たのは何年ぶりだ!」

「ガ―ロンドがいれば問題なかろう。実際何もなかったではないか」

「お前がいればネクロフィア家にも様々なことを依頼できた! それなのに毎回毎回娘を寄こしおって、しかも後継者ではない方を!」

「アリスはすごいだろう。私の自慢の娘だ。どこに出しても恥ずべきことはない」

「褒めてはいない! てめぇが来いって言っている!」

「私ももう年だ。もうそろそろ隠居しようとしているところだ」

「そんな年でもないだろ! 今オーランドで最強の魔導士の候補に間違いなくお前の名前は上がるぞ」

「譲れる時に譲れたほうが家にとっても国にとってもいい」

「勝手なこと言いやがって。まぁそれはお前の家の事情だからいい。今回のアースガルド卿の件お前なら何とかすると思っていたが、何もしなかったのはそれか」


リオネルはだるそうに座っていたが急に背筋を伸ばす。


「半分はそうだ。継承で問題がいくつか上がっているのは確かだが、それだけではない」

「半分だと?」

「正直アースガルド卿が怠惰の大帝であることには間違いないだろう。言っていることもアリスの裁定で判定しているから間違ってはいない。ならなぜ怠惰の大帝の力は異世界に渡っていた。なぜ今のタイミングで現れる」


リオネルの言葉に2人は考え込む。

七魔家の当主として考えていないことでもなく、1人1人が考えては答えの出ないままいる。


「一番可能性が高いのはアースガルド卿以外の何者かの手によってこの世界に招かれたところか」

「しかし世界を渡る魔法など聞いたことありませんよ」

「ああ。だからこそ問題だ。アースガルド卿を招いた存在は間違いなくいる。そして異世界を渡る魔法を操るほどの魔力。その存在は我々七魔家と国が団結しても対処できるかわからん」

「なるほどな。もしもアースガルド卿で何かを企てている奴がいた場合、今回の件も必ず傍観しているということか。もしくはアースガルド卿に真実の裁定をすり抜ける秘策があり本人に何かあるというところか」

「それはないだろう。最初に会った時アリスの話じゃ魔力は一切感じなかったらしい」


魔導士には相手がいかに魔力を抑えていようとも魔導士が非魔導士かは一目でわかる。微小な魔力は以下に抑えていようとも体からは放出される。感知できないほどの小さな魔力であろうろも目の前の人間の気配で察することができる。


「なら尚のことお前は当主の座を降りるのは先延ばしにして、アースガルド卿がさらに力をつけるのを待ったほうがいいと思うがな」

「ほう」

「へ~」

「なんだ」


何か珍しいことでも起きたのか2人はガ―ロンドを驚き見つめる。


「あれほどアースガルド卿のことを不審に思っていて、用心深いガ―ロンドさんが認めるとは珍しいですね」

「王女殿下との婚約や騎士の称号にも反対していたがどういった風の吹き回しだ? 娘をやるとかも言っていたか?」

「うるせぇ。ああでも言わんとあいつは本気で全て捨てる気のような気がしたんだ!」


ガ―ロンドは怒鳴り散らす。

七魔家は今までどの家も今回の件までは怠惰の大帝に対して無用な軋轢を生まぬように接触をしない決まり事をしていた。しかし怠惰の大帝のことを各家が調べ正確と力を理解していた。

短期間のうちに2つの大事件を解決したことにより異例の出世をする中ウィルに対して不信感を持つ家も少なくなかった。だが、今回の厳闘の最後のカルマとウィルのやり取りで全てが変わった。ウィルはすべての権利を放棄しようとした。それも形式上ではなくオーランド皇国皇帝の前の宣言したのだ。それを鑑みるに出世意欲は一切なく、情報通り自分中心で生活をして、困っている人がいればおのがいのちを投げ出して助けるという性格というのは間違いがないだろう。


「珍しくガーロンドさんが焦っていましたからね。あれは面白かったですよ」

「黙れ、アドルフ。貴様は完全に傍観に徹していただろ。」


ウィルがバラデュール家の貴賓席に魔法を打ち込んだ時、結果的にリオネルが魔法を防いだが、その時全ての貴賓席では動揺が広がっていたが、アドルフのみは冷静に起こったことを注視していた、


「僕のような若輩は黙っていたほうがよいでしょう」

「オーランドの覇剣聖が何言ってやがる」

「お二人はご存じでしょう。僕はあくまでもお飾りの覇剣聖ですよ。それよりも僕とリオネルさんが呼ばれた理由を教えていただいても? アースガルド卿への不信感はもうないように見えますが?」


アドルフは話を変えて、手を上に掲げる。

今回のこの場はウィルの厳闘が終わった後に、ガーロンドが2人に呼び掛けて設けていた。

当初2人はウィルへの不信感から七魔家の中でも最大勢力を誇っている家の代表として呼ばれたと想定していたが、今までの会話でそれはもうないことは明確だ。


「そうだな、まずはアドルフ。アースガルド卿をどう見る。剣よりも魔法を重視するお前の意見が聞きたい」


先ほどとは打って変わって真剣な声色で質問を投げかけられ、アドルフの表情も引き締まる。


「実力だけはオーランド騎士団に所属している軍属の中ではかなりの上位に位置しているかと……」

「なんだ?」


何か含むような言い回しにくガーロンドは即聞き直す。


「今の段階では潜在魔力量はアースガルド卿の方が上、魔力の制御はホイス卿の方が上。始まる時点では両者の実力は拮抗していると感じていました。最後の一撃。力を抑えていたことには驚きましたが、それよりも、ホイス卿の魔法を防いだ黒炎。同じ9階梯の魔法であれだけの魔力量で防ぎきるなんて僕ではできません。他の魔法の気配もなく、おそらくは怠惰の裁定か、それ以外の裁定か……未知数な力を感じました」

「怠惰の裁定か……9階梯以下の魔法を自由自在に使用できるという物か。大帝の裁定にしてはアドルフやこいつが娘に押し付けた裁定から比べると幾分か見劣りするな」

「私は押し付けてなどいない」

「なら譲った後は陛下の傍に仕えたらどうだ? お前の手解きを受けたい若い騎士など山のようにいるだろ」

「いや、それはだな……」


ガーロンドは目をそらすリオネルを怒りが籠った目で睨みつけるが、自らを律するように深呼吸して一息つく。


「話を戻すぞ。大帝の中で怠惰は謎に包まれているからな。アースガルド卿の異常な成長速度も裁定の力の可能性もあるということか」


3人は考え込む。この3人については内々でウィルの情報は共有されていた。リオネルがアリスから聞き、それをそのまま流していた。

力をあえて抑えていた可能を考慮したいと思えるほどのウィルの成長速度は、魔法の才能の範囲で収まる物ではない。ただそれはアリスの持つ嘘を見抜く真実の裁定で、その疑いは払拭できている。


「これについては要観察といったところじゃないか?」

「そうだな。いくら考えても答えはでないな。では次だ。今回お前には聞きたいことがある」


ガーロンドは今度はリオネルの方に体を向ける。それを見て嫌そうにリオネルは目を背ける。そしてカーロンドの目が吊り上がり、机を叩く。


「お前、俺たちに共有していないことはないか? アースガルド卿があれほど野心がない男だとは聞いていなかったぞ! 騎士なら誰もが上の位に昇ろうと日々努力する中、剣聖の称号を拒否した挙句、あいつは聖騎士の称号に「じゃあ、それで」とぬかしやがった。陛下に対してあれだ。間違いなくお前の娘にも同様に不平不満を言っているはずだ!」


詰問に近い問いかけにリオネルは目が泳ぐが、ガーロンドは立ち上がりリオネルの横までいくと机を拳でたたく。

それとほぼ同時に部屋の扉がノックされ声が聞こえてくる。


「我々もその話に混ぜていただいてもよいですかね?」

「誰だ!」


扉が開くと黒髪人間種の男と狸人種の銀髪老男が部屋の中へと入ってくる。


「貴公らか……一応声がけはしたが来ぬと思っていた」

「慣れあう気はないのじゃが、今回はいい機会じゃから少々話をしておいたほうが良いと思ってのう」

「ルミエール候と私も同じです」


狸人種の銀髪老男はバトワー・ルミエール、オーランド皇国の七魔家の一柱であり、もう一人の人間種の男もディルホルト・ルシュール、オーランド皇国の七魔家の一柱だ。


「他の2家の方々はお越しになっておられないのですな」

「あやつらはもう七魔家ではなくなるだろ」


ガーロンドの言葉に誰も反論することはない。

今回の件で陛下の信頼のみではなく、民の信頼も間違いなく失い、領民の移住は加速して七魔家の規定を下回るのは時間の問題になったのは周知の事実。

2人は開いていた椅子へと座る。先ほどガーロンドが座っていた椅子に詰めるように座り、哀帝ルイスはリオネルの横、リオネルはそれを見るや心底嫌そうな顔を見せる。


「なんだ!」

「なんでもない」

「リオネル殿は相変わらずのようですね。本日は久しぶりにお会いできて光栄でした」

「ルシュール候、こちらこそお会いできて光栄――っ」


リオネルが口を開き話し始めると、目の前で机が揺れる。


「いいから、隠していることをさっさと話せ」


もう完全に激怒しているガーロンドだがそれでもリオネルは一向に話そうとしない。それを見てて反対側から笑い声が上がる。


「リオネル殿、あなたのお考えのことはよーくわかりますぞ。事の次第によってはアースガルド卿を婿としてネクロフィア家に入れる予定なのでしょう?」

「なんだと!!」

「ルミエール候! アースガルド卿はシルフィー王女殿下と婚約している身であって……それはですね……」

「そちらの2候に敢えて言わなかったのは、いつか必ずアースガルド卿はシルフィー王女殿下との婚約を解消されると考えていたのじゃろう? わしも確証はなかったんじゃが、今日のアースガルド卿の言動で確認が持てたわい。リオネル殿にとっては王女殿下の横やりが悔やむところでなかったかのう。あの時の呆気に取られたリオネル殿の顔、実に愉快でしたぞ」


リオネルは黙り込んでうつむく。

横に立つガーロンドは今にもリオネルに掴みかかりそうな剣幕だが、息を吐き座る。

するとバトワーは話を続けようと口を開くがリオネルは驚いた表情でバトワーを見つめる。


「アドルフ殿はモンニカーナの一件の後、七魔家の中で唯一婚約に賛成する立場を明確にされ、ガ―ロンド殿は同じ年頃の娘を持つ身。アースガルド卿の心中を隠すのは至極当然じゃ」

「ほう」

「何か話の流れが合わないと感じていたのはそういうことだったんですね」


今度はリオネルが重い口を開く。


「悪いか。私は家の利益を優先したまでだ」

「俺たちの間柄で隠し事をしていた件は一発殴りたいところだが、今日でどういった状況なのか明確になったから許してやる」


ウィルが地位や権力を求めていないのは今日で明らかになり、シルフィーとの婚約のことも望んでいないのはもう間違いのないことだ。本来であればこの場でシルフィーと婚約しているのにも関わらずこのような話はできるものではないが、最後のウィルの言葉を途中で止めたということはウィルの心中はすでにシルフィーも知っているという証にもなっている。


「アドルフ殿はまだ婚約をご支持されておるのか?」


バトワーは考え込むアドルフに対して呼び掛ける。


「皆様がアースガルド卿を気に入られているように、僕も気に入っています。民のために自身を身を投げ打ち、あだなす者には一切の容赦はしない。女王を支える夫にふさわしい。将来的にシルフィー王女殿下とオーランドの支えになってもらいたいと強く婚約を支持いたします」


その言葉に全員が無言で返すがリオネルだけは目を細めて見ている。


「アドルフ殿以外は、聞くまでもなさそうじゃな。アースガルド卿に感じる評価は皆同一のようじゃし。皆アースガルド卿の年と近しい子や孫がおろう、狙っている企みも言わずもがな」

「ルミエール候、そこまでご承知であれば……なぜこの場に……」


リオネルの言う通りだ。リオネルのやることはただただ黙っているだけでいい。今日の出来事で遅かれ早かれこういう流れにはなっただろうが、裏付けに時間を要する。それまでに動くことができる。バトワーの口ぶり的にウィルの心中の気持ちを知っていて、そして今日の婚約について述べようとした件で確証に変わったと見える。


「そんなことわかりきっておろう。皆で競い合ったほうが楽しかろう。それにじゃ。今回の件は貴族の腐敗が招いた結果。競い合うことで我々は成長し、オーランドに貢献している。そのことを忘れるでないぞ若造ども」


それを言い残すとさっそうと部屋から出ていった。

残された七魔家当主達は頭を抱えるリオネルを残し、我先にと部屋を後にしていった。

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