第25話 厳闘

園遊会の内容には王宮の中庭での立食形式での昼食のあとは、王宮の中にある騎士団の練習用にある闘技場で、七魔家やその傘下の貴族達が家臣の中から魔導士を出しての力比べが行われる。七魔家の中からは覇剣聖クラスの魔導士が出てくることもあり、フィールドと観客席や気品席を隔てている障壁を強化するためにフィールドとの境には一定間隔で魔導士が立ち結界を強化している。


そんな中全ての立ち合いが終わり、フィールドの中央には剣を携えた金髪の髪を後ろでまとめたエルフの初老の男が立っていた。

七魔家の一柱バラデュール家の筆頭騎士である剣聖エクムント・ホイスだ。

全ての試合は制限時間が設けられ厳密に管理されている。だが開始の時間2分前になってもフィールドに立っているのはホイスのみだ。


そして今まで試合をフィールドの内部で見ていた見届け人もいなくなっている。

ウィルとホイスの試合は単な御前試合とは違う。貴族同士が問題が発生した時に全面戦争を避けるためにお互いの代表を立てて戦う決闘、厳闘の方式が取られている。

一般的な試合と異なる点は障壁に体が触れても敗北とはならない。勝利の条件は相手を戦闘不能にすること。もしくは決闘者が相手の敗北を認めた時のみ。


今までオーランドの歴史において厳闘が行われたことは数多くあるがそのほとんどでどちらか片方は命を落としている。貴族同士の代理戦争である意味合いが強い。

もしもそれを欠席となった場合は、相手の意見を聞き入れると同時にオーランドの貴族の法を破ることになる。そうなった場合オーランドにおける全ての権利ははく奪され強制的に国外追放処分・場合によっては極刑となる。今回の相手は七魔家であるため自分よりも高い地位の貴族の命に背いたということで後者になる可能性がある。

シルフィーとアリスはそれぞれの貴賓席から祈るように手を合わせていた。


闘技場の貴賓席は王族用のものと合わせて8つ存在する。最上段に王族の貴賓席。一段下に闘技場を囲むように7つ一定間隔に設置されている。各々七魔家が家ごとに一つづつ使用して、王族の左右に派閥ごとに武闘派・保守派と別れ、王族の付近から力の序列順に貴賓席の位置が決まり、王族の貴賓席の左右は各派閥のリーダー的な家。保守派であればネクロフィア家。武闘派であればレイバネン家から始まり並ぶ。各々の貴賓席からは小声で何か話している様子が垣間見える。


前の試合まで審判をしていたボルディルはフィールドから客席の最前列から闘技場の上に備え付けられている時計を見る。そして開始時間一分前になったことを告げる。


ボルディルがフィールドの外から開始まで残り一分が告げられた時空に黒い光が奔った。


同時に黒い光が空を奔り何かがフィールドの障壁を突き破りフィールド中央へと落下した。衝撃波と巻き起こった砂煙でフィールドの中は視界が遮られるが時間と共に晴れるとともに咳払いが聞こえてくる。


「思ったより速度が出てたな。っこんなに変わる物なのか」


フィールドの中央には魔装を展開したウィルが立っていた。


「もっと静かにこい」

「魔装を禁止していたのは師匠でしょう!2か月ぶりにやればこんなものですよ!!」


フィールドの外からボルディルが呟くが悪態が返ってくることにボルディルは鼻で笑った。


「さてと……ホホホ卿でしたっけ? 今日はよろしくお願いします」


ウィルはいつも通りの顔色であいさつをするが返ってくるのは笑みだった。


「エクムント・ホイスだ。まさかこの状態の障壁を貫いて入ってくるとはな。私の騎士道に反する命と思っていたが最低限度の戦いの形は保てそうだな」


ホイスは剣を抜くと金色の装飾が施された幅が広い刀身が輝く。ウィルもそれを見るや剣を抜くと深く息を吸う。刀身が黒く染まり黒いオーラがウィルの周りを吹き荒れるが、次第にウィルの周りに集約されてくる。オーラは完全に消え去ったが、ウィルの持つ魔剣は今までになく透き通った漆のような輝きを持った漆黒へと変わっていた。

ホイスはウィルの様子を瞬きせずに見つめると重く口を開く。


「アースガルド卿、先に言っておく。私は親方様より君をこの場で殺すよう命を受けている。君も私を殺す気でかかってくるといい」

「お断りします」

「なんだと!」

「別に俺はあなたを殺すように命じられていませんし、貴方に思う感情も特にありません」

「甘い考えだな。情けは自分を殺すぞ」


ホイスの鋭い指摘にもウィルは眉すら動かさない。それどころか構えを解き掌を上に掲げる。


「別に俺は降りかかる火の粉を受け入れるほど甘くはありません。今回の件は少々俺の中で煮え切らないところがありましてね、二度とこのようなことが起こらないように徹底的に叩き潰すつもりです。幸い厳闘で勝利を収めれば勝者は敗者に要求できるのでしょう?」


ホイスはウィルの視線が自分に向いていないことに気がついた。ホイスの後ろにはバラデュール家が揃う貴賓席がある。ホイスの目つきが一気に変わる。ウィルの目的はこの場をどうにかして生きて乗り越えることではなく、七魔家相手に正面からやりあう気でいるからだ。

ホイスが今までバラデュール家の当主から聞いていた情報ではウィルはあくまで魔道剣士でありながら強大な魔法を放つ固定砲台のような魔導士と聞いていたため、さして脅威とは感じていなかった。だが目の前の少年が発する気配はそんな生易しいものではないと経験が察していた。


「なるほど。そもそも私は眼中にはないということか。前言を撤回しよう。親方様のため、貴公はここで打ち取っておかなければならないようだな」

「少ししゃべりすぎましたか。そのまま舐めたままでいてほしかったのですが」

「ここの障壁を破ってきた相手を軽んじるわけはない。ただ親方様にとって貴公は危険。ここで排除させてもらう」


2人で中央でにらみ合う。直後にボルディルが手を上げ宣言する。


「これより七魔家バラデュール候と準聖騎士アースガルド卿の厳闘を執り行う。両者勝者の要望を受け入れると誓うのであれば沈黙で答えよ」


バラデュール家の貴賓席からは男が一人立ち上がり笑みを浮かべてウィルを見ると、フィールドのウィルもまっすくに男を見る。


「両者異論はないものと受け取る」


ボルディルは確認をとると振り返り中央の貴賓席を見上げる。見上げた先にはカルマが口を開く。


「バラデュール候の要求はアースガルド卿のシルフィーとの婚約の破棄、およびオーランドからの追放と聞き及んでおる。アースガルド卿の望みを述べよ」

「バラデュール候の治める街を一つ譲渡していただきたいと考えております」


ウィルの言葉に周囲の貴賓席からは様々な声が上がる。

カルマは視線を左下にあるバラデュールの貴賓席へと落とす


「騎士爵の成り上がりが我が領地の街の規模の領地を欲するとは分不相応ではあるが、いいだろう。貴様が勝った暁には好きな街をくれてやる」

「アースガルド卿の要求は分かった。双方要求に異論はないな?」


カルマは確認を終えると下方のボルディルに視線を送る。ボルディルは振り返り再びフィールドの法を見る。


「それではバラデュール候、アースガルド卿による厳闘を執り行う。始め!」


開始と同時に仕掛けたのはウィルだった。一瞬で間合いを詰め剣を振るうが間一髪で交わされる。想像以上の速度だったのかホイスは目を見開き回避で精いっぱいのようだ。体制を立て直したホイスが後ろに直進していったウィルの方に体を向けた時には既にウィルは向きを変えて目の前に迫っていた。

剣を交えてその場で止まる。

ホイスに回避されても速度を緩めずに障壁を蹴り向きを変えていた。


「想像以上だな」

「俺は想像以下です」


次の瞬間ホイスの視界からウィルの姿は消え、気がついたときには背中に痛みを感じ振り返ると血が舞っていた。


その試合の内容は誰もが予想していなかったのか、全ての貴賓席で声が上がる。誰もが老いたとはいえオーランドの剣聖であるホイスにウィルがどれほど食らいついていけるかと予想していたが、この一度のやり取りでおおよその力関係は七魔家の関係者であれば見間違えることはない。

ホイスは距離を取り、呆気にとられながら治癒魔法を自身に賭けていた。


「どういうことだ……貴公は本当に魔法を学び始めて本当に間もないのか……」

「驚いていただきうれしい限りですが、降参していただけると助かります。」

「なっなんだと」

「今の攻防で実力は分かりました。あなたも分かったはず」

「剣で勝てようと魔法で私が貴公に後れを取るとでも?」


ホイスは片手を上げると周囲に光が満ち光の塊が四方八方に多数出来上がる。


「ジャッチメントスマイト」


握りこぶし大の光の玉から何倍もの大きさの光線が全方位からウィルに放たれた。

魔法が直撃し蒸気が立ち上るが、その中には人影が見える。


「ヘルフレイム」


蒸気が晴れるとウィルは黒い炎を纏って無傷で立っていた。

それを確認するやホイスは目を見開く。


「ばかな……9階梯の魔法を……なんだその炎は」

「驚くことはないですよ。この黒炎も9階梯です。これ以上やっても無駄でしょう。今度はこちらから行きます」


ウィルの体の周りを覆っていた黒炎は勢いを増し魔剣に集まっていく。


「ヘルフレイムレイ」


魔剣に黒炎が吸収された瞬間ウィルは魔剣を振りぬいた。黒炎の巨大な斬撃がホイスを飲み込み障壁にぶつかる。しかし斬撃は消えることなく範囲を広めつつ障壁を削る。

障壁にひびが入るのを見るとウィルは左手を握り占める。黒炎の斬撃は消え、そこには鎧は砕け傷を負ったホイスが倒れている。


「ホイス! 何をしている! 立て! 貴様負けたらどうなるかわかっているのだろうな!!」


すぐ後ろのバラデュール家から怒鳴り声が上がる。

ウィルは勝負がついたと思いボルディルを見るが首が横に振られる。再びホイスに視線を戻すと、ふらつきながらも立ち上がる。


「まだやるつもりですか? 殺し合いについては否定しましたが、あまりにも立ちふさがるのであれば容赦はしませんよ。俺にも保身のためにやるべきことがあります」

「私にも守るべく物がある! 勝敗を決したければ私の息の根を止めてみろ!」

「分かりました」


その会話は各貴賓席にはホイスの叫んだ言葉は届いたがウィルの声は届かない。だが一切のためらいのない覚悟は闘技場内のすべての者に十分に伝わるほどウィルの行動で理解する。


収まりかけていた黒炎が再びウィルの体の周りで燃え上がった。

ホイスは突撃しながら、先ほどの魔法で四方八方からウィルめがけて繰り出すが、黒炎によって全てが防がれる。振り下ろした剣も身を翻して躱されるとそのまま体の回転させての蹴りがホイスを突撃してきた方向に吹き飛ばす。

ウィルはすぐさま体制を戻すと再び黒炎が収束し始め黒炎の一部が剣に吸い込まれたところで剣をホイスに向かって突く。


先ほどとは異なり大きな槍となってホイスに向かって黒炎が飛ぶ。だが明らかに先ほどとは威力は低い。ホイスは空中で体の向きを変えて障壁を張るが一瞬で打ち砕かれると黒炎に飲み込まれる。

フィールドの障壁にぶつかった瞬間ホイスの体が黒炎から下に落ち始めたところで、残っていた黒炎が一気にウィルの持つ剣に吸い込まれると黒炎の勢いが桁違いに上がった。

既にホイスは魔法の射線から離れ、直線状には障壁、そしてその向こうにはバラデュール家の貴賓席がある。

一瞬で障壁を貫き黒炎はバラデュール家の貴賓席に直撃すると緋色の爆炎が上がった。

ウィルは構えを戻し、魔法を解除する。厳しい眼差しで消える黒炎を見ていると、そこには緋色の炎の魔装を身に纏う、赤髪の男が攻撃を防いでいた。


「ネクロフィア候……」


男はまっすぐにフィールドにいるウィルを見る。一方のウィルも一切視線をそらさない。


「アースガルド卿。これは何の真似だ」

「申し訳ございません。ホイス卿に決定打を与えるつもりでしたが、ご存じの通り、俺はまだ魔法を覚え始めて間もなくうまく制御できません。自分の想定よりも遅れて魔法に力を込めてしまいました」

「ふざけるな! 今のは明らかに私を狙った攻撃だ! 」

「証拠はおありですか?」


ウィルは明らかに挑発するような口調で言うとバラデュール候は明らかに激高し、声を上げようとしたが、その前に目の前で上がる笑い声にその声は止まった。


「はっはは。証拠かっ。確かにないな。逆に我々の間では答えが揺らぎつつある」

「ネクロフィア候! 何を笑っておられる! あやつは厳闘の掟を汚したのですぞ! あの力も何か秘密があるはずだ! 」


激高し声を上げていたバラデュール候だったが、今度は別の小さな笑い声が聞こえてくる。一つ右の貴賓席、ネクロフィア家の貴賓席で空いた席の横に座っていた女性が口を開く。


「バラデュール候、言いがかりはおやめください。我々七魔家の間で話したことがをお忘れですか? ウィル・アースガルドは怠惰の大帝の力を不当に入手し、オーランドに害を為すために王族を意図的に襲い、それをさも助けたように装ったと、2か月前の会議であなた様がおっしゃられたことであり、本日このような形で厳闘を執り行う次第になったはずです。怠惰の大帝の力がまやかしであればこれほどの力は発揮することはできぬことです。しかも厳闘の掟についてもレイバネン候が貴族の掟に疎いアースガルド卿に強いるのは無理難題とご指摘された時、細かい掟については目を瞑るとおっしゃっていったとお伺いしましたよ」


女性の言葉に男は黙り込む。

実際にウィルは厳闘についての決まり事は、いろいろあるとは聞いていたが、ボルディル経由で気にすることはないと聞いていた。しかも会場の障壁を強化する魔導士の人選についてもバラデュール候自ら行っていた。


「どうされますか? まだ続けられますか?」

「無論だ! ホイスまだ戦えよう?」


フィールドではホイスが剣を突き立て視線をウィルへと向ける。だが、一切微動だにしない。剣を構えることはせずに剣の柄を掴み立っているのが精いっぱいの様子だ。

ウィルが小さく息を吐き剣を構えなおすと、バラデュール家貴賓席の前で静止していた男は横の貴賓席に戻って何事もなかったかのように魔装を解除し席へと座る。


「ネクロフィア候!」

「どうされた?」

「いえ……」


赤髪の男は席に座ると大きくあくびをして両手を頭の後ろに組み空に視線を向けている。明らかにこの厳闘に興味は感じられない。それどころか次にウィルの攻撃がバラデュール候を襲った時に攻撃を防ぐ気がないのは態度から明らかだ。


「バラデュール候。前もって言っておく。これはそなたとアースガルド卿の厳闘だ。これ以上私が水を差すような真似はしないから安心するとよい」


バラデュール候はその言葉を聞きみるみる顔色が悪くなり額には汗が伝う。


「ホイス卿。俺はあなたは必ず飛び上がると予想しますよ」


ウィルの言葉にホイスは睨みつけた。明らかに今から何をするかをホイスにわかるように伝え、ホイス自身その誘いに乗らざるおえない。

目の前のウィルからは先ほどまでとは明らかに異なり、存在感が増していた。


「今まで……本気ではなかっただと……」


ホイスの表情からは闘争心は消え去り、力を振り絞り宙に上がると剣を構える。


「そこまでじゃ!」


闘技場に響く声。

ウィルは魔法の発動をやめ、全員がその声の主を注視する。


「バラデュールよ。もうよかろう。命まで捨てぬともよい」

「陛下! これは……そう! 何かホイスに一服盛ったに違いありません。そうでなければホイスがこんな餓鬼に負けるわけがない!!」

「そなたのことは先の大戦の功績で信ずるに値すると感じ、先延ばしにしてきたが、余の過ちだったようだな」

「陛下……」

「此度の厳闘。アースガルド卿の勝利とする」


その瞬間5つの貴賓席から拍手が上がる。大きくはないがはっきりと聞こえる。

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