第24話 園遊会
雪が降りしきるオーランドの王都サンルシアでは町中に兵士が見回り、厳戒態勢が敷かれていた。3年に一度七魔家直系の者が王宮へと集まる園遊会が開かれていた。大国でなければ七魔家単独でも渡り合えるほどの軍事力を保有する家系はオーランドの民から見ても注目の的だ。
民にとっては普段と変わらない日常であるが七魔家が一堂に会することはめったになく、関心は尽きない。
園遊会の会場では七魔家の関係者が談話してる。その中に花壇の淵にあるベンチに腰掛ける二人の赤髪の少女がいる。一人は目が死に、もう一人はお腹を抱えている。
「お二人とも何をしているのですか?」
正装をしたシルフィーが唐突に後ろから話しかけると死んだ目の少女は飛び上がりどこかへと走り去っていく。
「ミリアは相変わらずのようですね。でも園遊会に参加しているだけでもよしとしましょうか。ところでアリス、そんなになってどうしたんですか」
顔を真っ青にして、お腹を抱え込み一目見て具合が悪いのが見て取れる。
「アリスの方では何か手を打ってますか?」
その問いかけにアリスはゆっくりと体を起こす。
「打てるわけないでしょ。そんなことをすればネクロフィア家の威厳に関わってくる。こうなった以上もうウィルに賭けるしかない……」
「そうですか」
あっけらかんとした言葉にアリスは横に立つシルフィーを見上げた。
「あんたまさかなんか手を打ったの?」
「一応私が独断で動かせることができる戦力は城下に待機させています。ウィルさんが敗れることになれば国外へと逃がします」
「国外!?」
「ええ。ただそれでも……うまく逃がすことができる可能性は限りなく低いですが……」
ウィルが七魔家に狙われていることは、情報網を持つ他の七魔家にも周知の事実になっている。
そしてシルフィーがウィルを逃がすことになることも想定していないわけはない。
間違いなく王都をでて間もなく襲撃されるのは明らかだ。
「ネクロフィア候ならもしかしたら動いてくださるかと思いましたが……」
シルフィーは残念そうに小さくつぶやくとアリスはうつむく。
「タイミングが最悪よ……今は間違いなく勝てる相手でも一戦交えるようなことは避けたいのよ」
「そうですね……おそらくそれを見越して仕掛けているのでしょう」
2人は同時に園遊会の会場の中心の方を見る。
3年に一度の七魔家の園遊会ではあるが、いつもは直系ではあるが参加しない当主もいる中、今回はすべての七魔家の当主が参加している。
園遊会の会場は賑やかな印象だが、所々で動向を伺うような視線が飛び交う。
「直接的に協力は仰げませんでしたが……武闘派の七魔家のどこかがウィルさんを取り込もうと画策してくれていたらいいのですが……」
ウィルが敗れれば同時にシルフィーとの婚約も解消される。
カルマ陛下は意見具申があった数日後には今回の決闘について公表し、この決闘の結果によっては婚約の話は白紙撤回すると御触れを出した。
ウィルに執着していた様子を知っていたアリスはシルフィーを驚いた様子で見上げる。
「命には変えられません。まだウィルさんには……自分のために、自分の幸せのために生き続けてもらう必要がありますから」
「そうね……」
2人はモンニカーナの一件を思い出し、覚悟を決めかけた時唐突に後ろから気配を感じ振り返る。
「アースガルド卿が敗れるとは決まったわけではございませんよ」
「ボルディル卿!」
後ろに立っていたのは2か月間ウィルの魔法の師匠となっていたボルディルだ。1週間がたった頃からは学院の授業は受けずに一日中ボルディルとの修業を行っていた。それからは2人はウィルとは顔を合わせていない。周りを見渡すがウィルの姿はない。
「ウィルならまだこちらにはいませんよ」
「修業は!? どうなんですか!?」
ボルディルにとびかかるように2人そろって詰め寄る。
「お二方お静まり下さい。残念ながらホイス殿とウィルでは勝負にならないでしょう」
冷静に淡々と語られる言葉に、2人は脱力して肩を落とし、座り込む。
2か月間で覇剣聖の候補にもなったこともある騎士に勝つことはなど不可能に近い、少しばかり期待もありボルディルの言葉にはショックは計り知れない。
「お二方ご安心を、仕上がりは完璧。今のウィル相手では私自身本気で相手をしなければ遅れをとるほどです」
「「へ?」」
2人して間抜けな声を出す。シルフィーは少々怒り気味に掴みかかる。
「今勝負にならないって言ったじゃありませんか!?」
「王女殿下お静まり下さい! ホイス殿では今のウィルには勝てないということです!」
「毎回毎回、ボルディル卿はいつもいつも紛らわしいんですよ!! ウィルさんはどこなんですか?」
「ウィルは最後に試したい魔法があるからと、森の深淵で魔物を狩ってます」
「深淵……ですか?」
オーランドのサンルシアからアレーネシアまでは草原や森に覆われているが、ちょうど中間地点には森が広がり、最深部は深淵と呼ばれ中級魔物以上の巣窟になっている。皇国の騎士団でさえもなかなか踏み入ることのできない領域。そこに当たり前のようにたった一人で踏み入れていることにシルフィーは目を丸くして手を放す。
「なぜそのようなところに……」
「修業の一環で非魔装状態で中級魔物以上との戦闘をやらせておりましたので」
「非魔装で中級の魔物以上ですか!?」
「ウィルの場合、魔物の障壁を有り余る魔力で強引に破っていましたので、非魔装で少ない魔力をいかに運用するかで魔力武装の強化を促しておりました」
中級の魔物は魔物のランクの中で力の差が大きい区別帯。半数は下級魔法程度の魔法を繰り出し、残りの半分は魔力武装まで使用できる。非魔装状態で相手をできる相手ではない。
「それに……試したい魔法ですか……もしかして」
シルフィーは顎に手を置いたと同時にゆっくりと近づいてくる影が2つある。
「王女殿下。これはこれはご機嫌麗しゅう」
「バラデュール候とラルエット候……お久しぶりですね。年に何度も七魔家のご当主の方々とお会いできるとは今年はとても良い年でございますね」
話しかけてきた人物は今回の騒動を引き起こした張本人とされる2名。金髪の人間種の初老の男はベンチに座るアリスを見て薄く笑みを浮かべる。
「ネクロフィア家のアリス殿ではないか。貴殿も大変だな。王女殿下に取り入った男と学院ではチームを組んでいるそうではないか」
「……ラルエット候。お言葉ですが少し慎まれたほうがよろしいのではないでしょうか。ウィル・アースガルドは王女殿下の婚約者でございますよ」
アリスの言葉と雰囲気に一切怯むことなく無言で笑みを浮かべる。すると横の茶髪の犬人種の初老の男が口を開く。
「正確には今はまだ、でしょう。今日でその企ても、下種な思惑を持っている下民を王族に入る心配はなくなりましょう」
「下種ですか?」
笑顔で対応していたシルフィーの顔からは笑顔が消え去っていた。ただまっすぐに茶髪の男を見つめるが、その間にボルディルが割って入る。
「バラデュール候。アースガルド卿は今現在は王女殿下の婚約者です。それを侮辱するということは王女殿下、それをお認めになられている陛下をも侮辱するという意味はおわかりか」
茶髪の男は小さく舌打ちする。
「そのようなつもりはない。王女殿下も陛下も騙されているだけであられる。それにしても下民の面倒を見ていると聞いたが貴公も騙されているのではないか?」
「騙されるも何も私は陛下とオーランドに身を捧げるだけであります」
「つまらん男だ。まぁせいぜい楽しませてもらうとしよう。王女殿下失礼いたします」
2人はシルフィーにあいさつすると園遊会の中心へと戻っていった。
それを確認するとアリスが小さく舌打ちした。
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