第18話 記憶との死闘
彼は先行してモンニカーナ東門付近の上空にいる。
上空から見ると巨大な円形の城壁に包まれている巨大な街だ。正確には本来ならばそういった形であるのだろうが、広範囲にわたって城壁は崩れ、大量の魔物が町の中に入り込み魔道士や兵士が魔物と戦っている。
建物は瓦礫とかし、火の手が幾つも上がる。
空気は乾燥し呼吸のたびに喉が焼かれるような感覚がした。
その空気の中――目を閉じる。
頭の中に過去のできごとが思い出された。
「父さん、母さん、リリ……」
ウィルは前の世界では、軍にかなりの影響力を持つほどの有力貴族の家で、父と母、そして2歳違いの妹とともに幸せに育った。
元々ウィルの父は、貴族でも軍人でもなかったが妻がウィルを授かってから、家族を養うために軍に入隊し、優れた洞察力でたった数年で上級将校になった奇才の持ち主であった。
ウィルが10歳の頃には幾度となく様々な戦略を駆使し友軍を勝利に導き、最年少で将官に出世し、敵国に名が知れ渡っていた。
だがそれをよく思わないのは敵国だけではない。
軍上層部の中にもいた。
あろうことか一部の将官達はウィルの父親の暗殺を企てたがそのすべてが尽く失敗に終わり、最終的には情報を停戦協定を結んでいた敵国にリーク。
停戦協定の破棄の宣言と共に街は空爆の標的となり焼かれたのだ。
ウィルは毎日のように夜な夜な屋敷を抜け出しては街の外にある草原で空を見上げて寝ていたため難を逃れていた。
しかし草原から彼の目に映った、爆撃機から爆弾が雨のように降り、燃え盛る街は鮮明に記憶に残っている。万が一のために屋敷から草原付近までトンネルが彫られていたため、
ウィルは屋敷に向かってを走った。真っ暗で何も見えなかったが日頃からもしもの時は1階の階段横の床を開けて非難するようにと言われ、何度も試しに入ったことがあったのでトンネルがまっすぐなのは知っていた。
屋敷付近まで来た頃に何かにぶつかり倒れた。爆撃の衝撃によってトンネルが崩れていたのだ。
その時のウィルはその場で気を失い、気がつくとベッドの上、そしてベッドの横には父の友人であったフィンネル・マトニーに全てを聞かされた。
爆撃により街の全ては燃やし尽くされ、数万人のほとんどが犠牲になっていた。
家族だけではなく、空爆によって町に住んでいた友人。全ての繋がりを失い、一方的に人を殺戮する戦争を憎み、ウィルは復讐ではなく家族の分まで生きることを誓い、比較的な安全な整備兵を志したのだ。
そんな彼の目に今まさに魔物に襲われようとしている少女の姿がある。
年の頃は10前後だろうか、ウィルの妹が生きていたのならこのぐらいの歳になっているはずだった。
少女は華奢な足で必死に逃げるが、リザードマン種の魔物はじわじわとケラケラと笑いながら距離をつめ、少女を足で地面に押し倒した。
「だれか……」
少女に魔物の牙が届こうとした時、魔物が切り刻まれ肉片へと変わった。
「きゃ」
少女が前を見ると漆黒の魔装を纏い、長剣を握り締め冷たい目をした少年がいた。
返り血を浴びた彼の顔を確認するが、冷え切った表情に少女は酷く怯えている。
その直後にシルフィーとアリスが上空から降りてくる。
「2人ともその子を頼む、安全なところまで離れていてくれ」
2人の目の前には冷たく肌に突き刺さるような魔力を発している彼の姿があった。
ウィルの雰囲気に気圧され一瞬反論するのが遅れると、2人が言葉をかける前に彼は魔物に突っ込んでいった。
「何なのよ……」
ウィルがなぜ急変したのか2人は、まったく理解できなかったが、少女を連れ上空に退避した。
少女を2人に預けたウィルは険しい顔で街の大通りへと飛び出す。
そこには地獄のような光景が広がっていた。
人々の表情は恐怖で狂気に満ち、向かってくる魔物の群れから逃げようと急いでいるが、1人2人と追いつかれ鮮血が宙に舞う。
家の中に隠れている人も、魔物は家の中にまで入って行き、悲鳴が轟く。
彼の表情はさらに険しくなり、魔剣を強く握る。右手には魔剣、左手にはデバイスを握り人々が逃げてくるほうへと地面を蹴る。
ただひたすらに力任せに魔物を次々と切り捨てる。
町に侵入してきている魔物は、先日の森の一見とは異なりウィルの攻撃にも対応しうる力を持った魔物がほとんどだった。
攻撃の際にカウンターをしかけてくる。
普段であれば、かわすか防いでから攻撃に転じるが、今のウィルはカウンターをその身で受け、目の前の魔物を斬る事だけしか考えていなかった。
「シルフィーその子をお願い!」
「アリス!」
アリスはシルフィーに少女を任せるとウィルの行く手を遮った。
「もう十分よ! この先には生存者は……」
魔物は街の壊れた外壁から侵入し民家を一軒一軒手当たり次第に荒らして進行してきている。
既に目の前には2本の足で立って歩いている人影は誰もいない。
「引っ込んででくれ。俺が片付ける」
ウィルはアリスを払いのけると腰を落とし剣を構えるが、その瞬間腰に後ろから腕が回ってくる。
必死に止めようとウィルの腰にしがみつく。しかし手のひらに違和感を感じ、右手のみゆっくりと戻した。
手のひらには滴るほどの血がついており、思わず顔をこわばらせる。
「なにこれ……もうやめない!あとはこの街の騎士と増援の――っ」
腹部に強い衝撃と鈍い痛みと共にアリスの意識はかすれていく。
しばらくするとシルフィーが騎士に少女を預け戻ってきた。
「アリス!」
街灯を背に倒れているアリスを揺する。
「ご無事ですか?」
「ん……ええ――っ」
勢いよく起き上がるが直後に腹部に痛みを感じ両手で抑える。
「あいつは!?」
アリスは魔装を展開すると眼を閉じて探知魔法で周囲を探る。
大量にいた魔物はもうすでに付近には一体たりとも気配は感じられない。少し離れたところには巨大な魔力が荒々しく揺らいでいた。
「何を――っ」
飛び出していこうとしたアリスの腕をシルフィーは掴んで止めた。
「なんで止めるのよ!」
「今のウィルさんには近づかないでください」
「なんでよ!」
「この30分で街に入った魔物の半数はウィルさんによって倒されましたが……ウィルさんを静止しようとした騎士が魔法に巻き込まれ負傷しました」
「なら複数人で止めればいいじゃない!! もう騎士団で十分に殲滅できるわ」
未だに街の中には100体以上の魔物が存在するが、モンニカーナの騎士団と魔物討伐のためにモンニカーナに入った騎士団合わせて数千の兵力がある。
「もうそんな戦力は残されていません……魔物が街に入った時点で街の守備騎士団と増援の騎士団は壊滅しています」
「壊滅……」
「私の騎士団と残存の兵でなんとか街の外に散在する魔物を街に入らないように遅滞戦闘している状態です。増援がもう少しで到着予定です。それまで現状を維持することが今の任務です」
「まさかあいつを切り捨てるつもり!!」
唖然として話を聞いていたが、突然シルフィーに馬乗りになり胸倉に掴みかかる。
「仕方がありません。ウィルさんには魔物の群れに魔法を打ち込んでもらう予定でしたが、個別進撃してくる敵を都度殲滅できるほど魔力の運用はうまくありません。でも幸いウィルさんの魔法と剣術があれば街の中に入り込んだ魔物を一掃することは難しくありません」
「あいつの今の状態を見ていっているの!?」
「ええ……他に手はありません……」
感情に任せてシルフィーに食らいつくが、徐々に感情は収まってくる。
いつも冷静沈着であるシルフィーが唇を噛みしめ苦悩に満ちた顔で目を一切合わせないからだ。
現状のことされた戦力と絶えず押し寄せてくる魔物と街の中に入った魔物。できる限りの手を打ってはいたが苦肉の策であることは否めない。
「責任は私が取ります……」
か細い声にアリスは体を起こした。
感知魔法で現状の戦力の状態はアリスも理解できている。ゆっくりと立ち上がるとシルフィーの手を掴み引き起こした。
「シルフィー指揮系統は?」
「もうできる限りのことはしました」
「なら私達で遠距離から援護するわよ」
「援護するにも……今のウィルさんでは……」
「私は行く。あきらめたければあきらめればいいわ」
アリスはそう言い残すと飛び去って行く。
飛び去った紅に染まった空を少し見上げ、目を閉じて
「アリス……昔から変わりませんね……あなたは」
目を開け、すぐに魔装を展開し後を追う。飛んで行ったと思ったアリスは飛び上がって少しのところで後ろを見ながら飛んでいた。
シルフィーの姿を見るとさらに加速する。すぐに下方の方が騒がしくなってきた。魔物が街の中をバラバラに破壊しまわっている。
同時に衝撃音が聞こえてきて動きを止めた。
下方には少年が服に血を染めながら止まることなく魔物を切り続けている。
彼の戦闘と悲しげに冷たくなった目を見て、シルフィーは少しばかり恐怖を持った表情を浮かべ見つめる。
既に2人の良く知るウィル・アースガルドとは、目つき、魔力の質ともに大きく変化して面影すらなかった。
アリスは援護しようと魔法を発動させようとするが、瞬く間に魔物は肉片とかしていく。
彼は戦闘を行いながら詠唱を始めた。
「アリス! 下がりましょう!!」
詠唱を始めた魔法を理解すると2人はさらに距離をとった。
黒い雲が渦を巻き、町の東側に集まっていく。
――黒雲の主よ 大地に蠢く愚かな者に 断罪で答えよ
詠唱を終えると魔法が発動する。
『イビルジャッジメント』
ウィルは唸る様な声で魔法を発動すると黒い雲から漆黒の電撃が町中に降り注ぐ。
黒い稲妻に魔物が貫かれ次々と倒れていく。
雷撃が降り注ぐ街中を彼はまっすぐ次々に魔物に突進し切り裂き、自身の魔法の黒い電撃をその身に浴びながら、魔物を倒していった。
粗方魔物を一掃し、街中を飛んでいた彼が大通りが交差するところを曲がった時、巨大な棍棒が振り下ろされた。
とっさに左腕でガードしたが耐え切れず地面へと叩き落される。
起き上がる最中頭部から血が顔を滴り落ちる。
叩き落された下が瓦礫の山になっており緩衝材になり致命傷は避けられたが、視界が赤く染まる。
見上げると彼の目の前には巨大なオークがいた。
「――っ」
剣を両手で握りなおそうとしたが左腕に力が入らない。
左腕に視線を落とすと、だらりと力なく血が滴っている。
目の前のオークは雄叫びを上げながら再度棍棒を振り下ろしてくるが、それを確認するとオークの腕をデバイスで切り裂く。
腕を切られたことで振り下ろされていた棍棒はオークの手を離れ、ウィルの顔の直ぐ横をすり抜けると、街の建物を破壊音を立てながら貫通していく。
オークを睨み魔剣を上空に向ける。直後に剣目掛け漆黒の電撃が落ちる。
剣に電撃がばちばちと音を立て帯電し剣を振ると、うっすら目で追えるほど高速な斬撃が放たれた。
オークは叫び声を上げる暇すらなく、巨大な胴は二つに分かれ地面に転がる。
そして彼は町の中に魔物の魔力を感じなくなると、体中から血を流し、天を仰ぎただその場に立ち尽くした。
傍に少女を兵士に預けて戻ってきたシルフィーとアリスは降り、その雰囲気に直ぐに駆け寄ることもできず様子を見ていた。
――危機は去った誰しもそう思ったとき、空気を震わす雄叫びが聞こえてくる。
街に侵入してきている魔物を一掃し危機は去ったと思っていた3人は、巨大な魔力が近づいてくるのを感じ取り、崩壊した東城壁の向こう山のような巨大な影が見える。
「あれは……まさか地龍?」
全身岩のような鱗に包まれ、高さは街の城壁の高さを越えているほど巨大な龍だ。
地龍は危険度のランクでは上級の魔物だがそれは総合評価であってランク以上に人々に恐れられている。知能はほとんど持たず、足も遅いため上級に分類されているが、その一撃は国を亡ぼすと言われ攻撃力は最上級の魔物同格とされている。
地龍はゆっくりと街の方へと歩みを進める。
「ばかな……あんな魔物が、なぜこのような場所に現れる……」
生き残っていた兵士の一人が恐怖に満ちた表情で呟く。
その様子を見たウィルは地龍の方を向き、地龍の口元に巨大な魔法陣が現れると大地が揺れ始める。左腕をぶらりとさせ、右腕のみで剣を構え詠唱を始める。
――深遠を覆いし氷海に眠る 永劫の時を統べる闇の眷属よ
「ウィルさん。やめてください!そんな体で魔法を使ったら……」
シルフィーが傷を心配し止めるが彼は詠唱を止めない。
深手を負い、血を大量に流し朦朧とした意識の中迫り来る巨大な魔物を睨み付ける。
――我の声に耳を傾け 黒凍の最奥から 汝の眠りを蛮族に与えろ
先程よりも長い詠唱を終えると、魔剣の刀身に魔法式が浮かび上がる。
魔力の波紋がウィルを中心に広がり流れ周りに寂しく冷え切った冷気が起ち込める。
『コールドフォールン』
剣を前に突き出すと刀身から凄まじい閃光が地面をえぐり、地面を凍てつかせながら地龍へと向かっていく。
地竜に閃光が命中する。
しかし歩みは止まったが攻撃自体は硬い鱗に防がれている。
よく見ると鱗の表面には障壁が張られており魔法を防いでいた。
地龍はウィルの魔法をものともせず再び歩き出す。
その様子を確認するや、彼はすぐさま閃光の周りに囲むようにデバイスを展開した。
そして魔法を発動させつつ新たに詠唱を始める。
――雷鳴轟く彼方 星々を覆いし深き闇 来たれ……
「二重詠唱!!」
その場にいた魔道士が思わず叫ぶ。
二つの魔法の同時発動は、魔力のコントロールが困難で、魔道士の中でもできるものは数少ない。
魔法は発動時に大きく魔力を消費し、1つの魔法であれば魔力が足りない場合は魔法自体が発動せず終わる。
発動中の上にさらに別の魔法を発動した場合、もし魔力が足りなくても体は魔力が足りていると錯覚し、体内の魔力量の限界を超えて引き出そうとする。
ウィルの発動した魔法は魔剣の力で増幅しているため通常で発動するよりも体への負担は大きい。
既に満身創痍の状態であるため命を落とす危険すらあった。
「ウィルさん! それはだめです。体が持ちませんやめてください!」
シルフィーは力ずくで止めようと近づこうとするが、閃光が放つ魔力の嵐で阻まれ、近づくことができない。飛ばされないように踏ん張ることしかできなかった。
「――っ」
――理を食らう闇の輝きよ 黒き雷鳴となり 撃ち貫け
その間に彼は詠唱を終えた。
『ネガライトニング』
7つのデバイスから黒の雷撃の閃光が放たれる。
発動中であった黒き冷気の魔法と重なり、地龍の巨体を飲み込んだ。
閃光に飲み込まれた地龍の鱗に張られた障壁は見る見る剥がされていき、障壁が半数以上消え去った頃に、巨体が瞬時に凍りつき砕け散った。
閃光が消えると地平線の向こうまで地面が半円上に削れている。
地龍の取り巻きにいた魔物たちも街に向かってきていた魔物も併せて一層され、その光景を目の当たりにした生き残った魔道士達は、少しの沈黙のあとに歓喜の声を上げた。
そこへ位の高そうな兵士がシルフィーに気がつき駆け寄ってくる。
「姫様。申し訳ありません。我々が不甲斐ないばかりにこのような事態になってしまい……」
「いえ。よくやってくれました。私達が来るまで持ちこたえてくださり……ありがとうございます……」
シルフィーはどこか悲しそうな声で兵士を慰める。兵士の視線は瓦礫の上に立ち尽くす姿にある。
「あの方が怠惰の大帝ですか?」
「ええ」
「まだ少年に見えるのにこれほどとは……」
彼女はただ彼を見つめる。
ウィルは地龍が消え去ったことを確認すると、静かに瓦礫の上に崩れるように倒れ、意識をなくした。
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