第17話 波乱の足跡

魔物の大量発生の打ち合わせをアレーネシアの支部で話した数日後。

ウィルはシルフィーにそれに専念したほうがいいんじゃないのかと提案したが、騎士に任せてあるから大丈夫と生活は一切変わっていない。それどころか休んだ一日の遅れを取り戻すように魔法学の勉強の時間はより一層夜遅くまでやるようになっていた。ウィルは休み時間と朝教室に入ってから授業が始まるまでの時間は全て仮眠を取っていた。


「おい。おーい」


カロルドが席で爆酔しているウィルの肩を叩きながら呼びかける。


「ん?」

「大丈夫か?」


顔を上げたウィルの目の下には大きな熊ができている。


「大丈夫に見えるか?変わってくれるのか?」


カロルドは前にも似たようなやり取りをしたことを思い出した。

あの時はウィルに同情し賛成したが、自身の甘い考えに、クラス中を危険にさらしたことに猛烈に反省していたのだ。


「いや見えないな……でも逃げるなよ。」

「……イヤだ」

「おい!」

「ならまた特訓相手になってくれよ…」

「それは断る」


カロルドはウィルの様子を確認し前回の時と同じく覚悟が決まったような瞳に説得は無駄だと確信した。だからといってまた特訓相手になるのはごめんだった。

ただ今回の相手はアリスではなくシルフィーということを鑑みれば、前回のようなことにはならないだろうと。


「わかった……あまり姫様を怒らせるなよー」

「え!特訓相手になってくれるのか!?」

「違うわ!好きにしろ!」


そう言うとカロルドは席に戻っていった。

今日の残りの授業はあと1つであることを確認するとウィルはそっと窓を開け、授業で使わない荷物をカバンに入れた。

最後の授業中、今回の相手はシルフィーということで一筋縄では行かないと思っていた。前回の逃亡のことはアリスから聞いていると想定し、チャイムがなってから魔装を展開して、飛び去るまでの一連の動作を入念にイメージトレーニングしていた。

一番の懸念事項はシルフィーの精霊魔法の障壁だったが、もし窓際に障壁を張られた場合でも魔剣に魔力を込めつけば十分に破れる強度だった為、懸念は全て払拭されていた。

イメージが固まった頃に授業の終了を告げるチャイムが鳴る。

イメージトレーニングの成果もあって一瞬で荷物をまとめると、同時に魔装を展開し窓を抜ける。

しかし窓際に障壁が張られて外に出れずに弾かれる。


「ふん。想定内だ!」


ウィルは魔力を魔剣に込め剣を突き出し、窓枠の中目掛け突進した。


「なっやぶれない……」


しかし障壁に強く弾かれ、窓と反対の廊下側の壁まで飛ばされた。


「これはシルフィーの障壁じゃない?」


障壁が破れないことを想定していなかった彼は、自身の攻撃を防ぐ可能性を持つ力の存在の心当たりはあったが、彼自身を貶めるために力が振るわれることはないと思い、想定から無意識のうちに除外していた。

その様子をシルフィーが微笑み見ている。


「ウィルさんどこへ行かれるのですか?その障壁は破れませんよ。授業終了直後にウィルさんの魔力が急に上がることがあれば、ミリアに障壁を張ってもらうよう頼んでおきましたので。」

「はっ」


ウィルが周りを見渡すと窓際の方だけではなく、廊下側の入り口のほうにも薄い赤色の障壁が見えた。


「ミリアさーんーーー」


ミリアを泣きそうになりながら呼ぶ叫びが校舎中に響き渡り、その叫びはミリアのいる高等部の教室にも届いていた。


「ウィル君ゴメン……ごめん」


うつむき耳を両手で押さえる姿があった。

彼は想定外のことが発生し対応策が一切思い浮かばない。がむしゃらに窓に張られた障壁を全力で斬りつけているとひびが入った。

―これならいける

そう思い全力で魔力を込め一撃を与えるが、爆風が発生し再び廊下側の壁まで飛ばされた。

彼が再び窓を見たときには、障壁に入っていた無数のひびが消えて、薄い赤色だった障壁が分厚くなり色が濃くなっていた。


「あああぁーーー」


再び叫びが校舎中を駆け巡る。


「許して……ウィル君許して」


耳を押さえ許しを請いつつもミリアの手には魔法陣があった。


「はっははぁー。ミリアさんあなたのことは志同じくする同胞だと思っていましたが、違ったようですね。まさか生贄にされるとは思いませんでしたよ。」


過度な寝不足で、彼は既に冷静に物事を考えられなくなり、歩く災害状態になっていた。

そして彼は最後の手段にでる。魔剣を構えなおし全力で魔力を込め詠唱を始めた。剣の刀身には魔法陣が現れる。

クラスの面々はそれを見るとぞっとした。

ウィルがやろうとしているのは英雄際で見せた、闘技場の障壁を貫き破り屋根を吹き飛ばした技だった。しかも唱えているのはあの時の下級魔法とは異なり、明らかに上級魔法以上の魔法のフル詠唱だ。

あの時以上の破壊力で、大帝の張る障壁をもし貫くことができなければ、攻撃の衝撃は全て障壁内に弾き返る。入り口全てを障壁に囲まれたこの密閉空間でそんなことになれば、まず命はないだろうとクラス一同が悟った。


「おいお前ら、死にたくなければあの馬鹿を止めろ!」


カロルドが大声で先導すると。

空中で魔力を込めつつ詠唱しているウィルに四方から飛び掛り床に叩き落す。

ウィルだけではなく、ここに居合わせる者全員に退路はなかった。


「はなせぇぇ!!」


ウィルの断末魔の叫びが校舎中に響き渡る。

暴れるウィルだが少しばかり怪我をさせることもいとわなければ脱出する事は可能であった。

しかしどかしたところで障壁が行く手を阻む。


「ミリアさんーー!障壁消して!!助けてーー!!」


叫びが校舎中に響き渡り、


「ウィル君ゴメンナサイ……ごめんなさい」


体中を震わせ、うつむき涙を目にためながら耳を両手で押さえる姿があった。

そんなミリアのいるクラスの目は冷え切り、すべて彼女に集まっていた。

大混乱の教室内で押さえつけられたウィルの眼前にはシルフィーが立っている。


「ウィルさん、もうあきらめてください。今のウィルさんにミリアの魔法を破ることは不可能ですよ。あと…生贄って言うのはどういった意味でしょうか?」


シルフィーはしゃがみ、冷や汗だらだらで体を震わすウィルを見つめながら頬に手をやると、短い詠唱の後、魔法を発動すると彼は眠った。


「やっと大人しくなってくれましたね。言い訳はお勉強中に伺うことにしましょう。」


精霊魔法でウィルが大人しくなったことを確認しクラス一同安堵した。


「ではウィルさん参りま――っ」


シルフィーがウィルの襟を掴み連行していこうとした時、腕にはめていた王宮との連絡用のブレスレット型の通信機が光りだした。


「はい。どうされました?」


彼女は用件を簡潔に聞き終えると通信を終えた。いままで冷ややかな目をしていたアリスが、その様子を見て話しかける。


「どうしたの?」

「ちょっと公務が入ってしまいました。ウィルさんもこのまま連れて行きますね。」


先程までとは明らかに異なり、シルフィーの表情が緊張しているのが見て取れた。


「私も行くわ」

「来ていただけるのはありがたいですがよろしいのですか?それに数日の任務になりそうですけど」

「私はこの国の7魔家よ。ほうっておけないわ」

「なるほど分かりました。では迎えの馬車が来ておりますのでアリスもご一緒に。」


 嬉しそうにアリスの申し出を受けると、2人はウィルを引きずり教室から出て行った。


馬車の中でウィルは激しい振動のなか目を覚ます。

体には一定の間隔で振動を感じのに、頭にはなにやらすごくやわらかく極上の枕で寝ているような感覚にいた。


「あっウィルさん気がつかれましたか。よく眠られてましたね。まさか丸一日以上寝るなんて思っていませんでした」


目線の先に覗き込むシルフィーがいた。彼女の顔の向こうには馬車の天井が見えるため状況から見るに、極上の枕の正体は彼女の膝枕だったことに彼は気がついた。

彼は顔を赤くしながらすっと座った。


「まだそのままでもいいですのに」

「ここはどこ?どこに向かってるの?」


ウィルが外を見るともう完全に日が沈んでいた。

丸一以上ということは移動に丸2日使っている。


「ウィルさんが気を失われた直後に、王宮から連絡がありまして。アルタシアとの国境付近で魔物の軍勢が現れて町に向かっているとの報告がありました。オーランド・アルタシア両国境警備隊で防衛にあたる計画です。想定よりも魔物の数が多く指揮できる者が限られているので要請を受け向かっているところです。」

「なるほど。ところで騎士の任務というのは分かったけど、どうしてアリスもいるの?」


目の前で当たり前のように座っているアリスを確認して聞く。


「なによ。いたら何かだめなの?」

「いや。来てくれるのはうれしいけど。騎士や王族である、シルフィーと俺が行くのは分かるんだけど、貴族であっても招集を受けていないアリスが、わざわざ来てくれる理由が思い当たらなくて」

「そんなの私の勝手でしょ。私の家からも参戦するから私がいても不思議じゃないわよ」

「ふふふ。アリスは心配しているんですよ。素直じゃないですね~」

「違うわよ!フン!」


アリスは顔を赤くして反論すると、腕を組みそっぽを向いた。


「作戦をお話ししますね。アリスとウィルさんは上空で待機して遠距離からの支援攻撃を行ってください。報告では軍勢の中に上級の魔物も含まれているみたいです」


シルフィーの話を聞きながらウィルは魔剣を取り出し刃を見つめる。


「それとウィルさん今回はくれぐれも近接戦はしないでください」

「え? なんで?」

「中級以上の魔物は基本的に障壁を展開して魔法攻撃も中級程度の魔法を使う個体がいます。この間は森の中で視界が悪かったのと下級魔物しかいなかったので奇襲でどうにかなりましたが、今回は開けた場所での戦闘になるはずです。今のウィルさんでは中級の魔物相手に1対多の相手は到底できません。ですので絶対に切り込まないでください」


切り込む気満々でいたのか「え?」という顔で見るがいう前に、「ダメです」と返ってきた。


「外壁の街よりの上空からの支援攻撃がメインになるはずで。アルタシアとオーランドで2方向から砲撃や魔法攻撃で魔物を一掃する予定です。」


それからしばらくすると遠くのほうに城壁が見えてきた。


「見えてきました。あそこが目的地のモンニカーナの町です。」


馬車は林道を抜けると小高い丘の上に出た。道を下りた進行方向の道沿いの先に大きな町がある。


「あれは!」


アリスが町の様子がおかしい事に気がつき声を上げる。

町の反対側の方に多数の煙や炎が見えた。


「まさか、もう魔物が町にまで……」


シルフィーがそう言う中、ウィルは町の様子を見ると眼を細くする。

2人がウィルに目をやると、今ままで見たことのないぐらい冷たい目をしていた。

彼の変貌した様子に2人は息を飲む。

直後、ウィルは馬車の戸を開け町のほうへ飛んでいった。


「ウィルさん……」


シルフィーは僅かながらウィルの変貌振りに恐怖を抱いていた。


「あの馬鹿。シルフィー私たちも行くわよ」

「はい。馬車と馬はこの場に放棄します。全員すぐに街に移動してください」


指示を出すと2人は彼を追いかけた。

そのあとをシルフィーの騎士団が続いた。

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