第16話 共通認識

シルフィーが学院に転入してから1か月の月日がたった。


チームの連携はあれからどのチームにも練習相手になってもらえず特訓できずにいた。

チームでの連携を高めることはあきらめ、最悪ウィル1人でも他チーム4人を殺さずに圧倒できるように鍛えることに注力し、魔法についての知識を叩き込むことにアリスもシルフィーも力を入れていた。アリスとシルフィーの魔法学の勉強は夜遅くまで続き、ウィルは最低限の睡眠時間以外2人にねっちり絞られていた。


授業中からウィルはどうやったらシルフィーの魔法学を回避できるかを考えては実行していたが、全てが尽く失敗。アリスの時とは違い、講師を巻き込む方法も試してはみたが、アリスの件で既に冤罪であったことは講師は知っていたためあしらわれて終わり、知らない講師にも試してはみたが王女であるシルフィーに注意できる訳はなく口ごもるだけ。


授業が終わった直後にどこかへ隠れることに徹し、トイレに行き窓から飛び降り、今は校門近くにあるシルフィーの護衛のために学院に駐屯している騎士団の仮設の詰め所内に複数ある仮眠室でくつろいでいる。騎士団の騎士に見つかればシルフィーに報告がいくかもしれないが、こっそりと忍び込みここにいる。何度か逃げて学院内に隠れた際、騎士団内に非魔道対象の探知魔法の使い手がいたみたいで一瞬で場所が見つかった。


何度か試した結果探知魔法の範囲はそれほど大きくないことを把握していた。探知できるのはおおよそ半径100メートルほど。校舎から校門までは少なくとも200メートルは離れている。探知に引っかかることは絶対にない。魔力探知であれば通常の魔導士でも半径数百メートル探知できるが、物体の状態なども観察できる非魔道対象の探知魔法は距離は落ちる。全力を出しても200メートルには届かないだろう。

ウィルは笑みを浮かべてベッドで寝がえりをうつと影に気がつく。

目を開けると薄暗い中、女性の騎士が覗き込んでいた。


「アースガルド卿……?」

「あ……」


その直後に聞き覚えのある声が外から聞こえてくる。

騎士が部屋の外に向かって声を出そうとした瞬間。騎士は手を取られベッドの中へと引き込まれると口を押えられる。

だがその音は決して小さくなく、部屋の外からも外からも聞いて取れるほどだった。

電気がつくと光が強くなった。

目の前には2人の少女が驚きとともに目に光がなくなる。


「ウィルさん。何をしているんです?」

「いや、その……」


シルフィーはため息をつくとウィルの手を払いのけて騎士を引き起こす。


「オーランドの聖騎士がこうも簡単に抑えられないでください。」


一礼すると騎士は逃げるように去っていった。


「ウィルさん言いたいことは山ほどありますが、今は忙しいのでまた今度にしましょう」

「なんかあるの?」


学院にいるときは基本的に学院の制服姿だが、今は公務の時用の正装をしている。

横にいるアリスも制服ではなく、ウィルの任命式に着ていた正装をしている。


「私達はオーランド騎士団アレーネシア支部に少し用事がありますので、本日はウィルさんの魔法学の勉強はお休みに」

「ほんと!?」

「――しようと思っていたのですが、どうせならウィルさんもご同行してもらいましょうか」

「そうね。いいんじゃないかしら」


せっかく休みになるのにそんなところへ行きたくないと声を上げようとするが、2人の目つきからは怒りが見える。

3人は馬車に乗りアレーネシア南部にある騎士団の支部に移動した。


「俺だけ学院の制服でよかったの?」

「構いません、今回ウィルさんはおまけみたいなものですから。今回はまぁ私たちの護衛の名目でしょうかね」

「おまけね」


それならばついてこなくてよかったのではないかとも思ったが、下手に口を開けばどんなことが待ち受けているのかは目に見えてわかるために口を紡ぐ。

案内の騎士に建物の一室に通される。


「支部長はお呼びしますので今しばらくお待ちください」


扉が閉められるとアリスが口を開く。


「突然来たわけでもないのに出迎えないなんて無礼ね」

「今の支部長は武闘派の七魔家、レイバネン家の息がかかっている者ですからね。おじいさまや私のことはよく思っていないのでしょう」


オーランドの貴族と言っても完全に王族に従っている家は少ない。全ての貴族の領地と民、国の領地と民で一つの国を為してはいるが、七魔家一つ一つで経済圏が成り立っている。競いあうことがお互いに成長する。それがオーランドが大国として長年築いてきた確固たる地盤になっている。しかし七魔家の中でも親しい家同士は存在し、実力をもって障害を排除することも辞さないと考えている武闘派、武力は使わず話し合いで問題を解決することを第一に掲げる穏健派がある。


現在の皇帝カルマと王女であるシルフィーは穏健派の貴族に支持されている。ネクロフィア家も穏健派に区別されている。現在の皇帝の考えは他国がオーランド国境を脅かそうとしてもこちらからは一切の攻撃はせずに防衛のみに徹している。

ここ一か月で魔法学の隙間にシルフィーが言っていたこともあり、騎士団の支部長が武闘派ということである程度は理解できた。


「アリスと俺は抑止力というところか」


ウィルが呟くのと同時に2人揃ってウィルを驚いた様子で見る。


「馬鹿なのに頭回るじゃない」


心の底からの本音だろうアリスは目を見開き口にする。


「おそらく支部長はウィルさんの顔は知りませんから、必要であれば私から言います。それまでは護衛としてお願いします」

「わかった」


穏健派であるネクロフィア家で代理で式典に出席することもあるアリスは言うまでもなくわかる。そして、もう一つ。オーランドには現在2人の大帝がいる。一人はアリスの姉である憂鬱の大帝のミリアともう一人は武闘派の派閥にいる憤怒の大帝。今までは均衡がとれていたそこの部分に関してもウィルの出現によって変わろうとしている。ウィル自身立場を決めているわけではないが王女の婚約者になっているために武闘派の貴族も表立って動くのは難しいだろう。


そうこうしていると、扉が開くと中年の男が入ってきた。


「シルフィー王女殿下。お待たせしてしまい申し訳ございません。オーランド騎士団アレーネシア支部 騎士長、剣聖ヘンリク・ブイストと申します」

「構いませんよ」


ブイストはアリスに視線を向ける。


「貴女はたしかネクロフィアのご息女の」

「お初にお目にかかりますブイスト騎士長。アリス・ネクロフィアです」

「ご立派になられました。リオネル殿と共に戦った戦場が遠く過去のように感じるな。リオネル殿はご健在か?」

「ええ。なかなか体調が優れないと式典は私が出ることが多いですが、よく民と酒を酌み交わしていると伺っています」

「ふっ、いろいろと相変わらずのようだ」


ブイスト鼻で笑うと2人をソファーに座るように促した。それに伴いウィルはソファーの後ろに立つ。そこでブイストの視線がウィルへと向く。

ブイストはじっとウィルを見ると口を開く。


「そなたが怠惰の大帝か?」


指摘にウィルは驚く。サンルシアならともかく、まだアレーネシアにはウィルの顔と名前が一致していない者がほとんどだ。考えられるのはウィルの潜在魔力を感知されることだが、気配を断つことだけに関しては、シルフィーの護衛騎士の剣聖・聖騎士の目を欺くほどの実力。


「はい。そうです。俺のことご存じでしたか」

「いや。分かる。高位の精霊の契約者は独特の波長の魔力を持っているのでな」

「そうなんですか」

「アースガルド卿もよかったら座られよ」


ウィルは促されるまま部屋の端においてあった椅子に座った。

それと同時にシルフィーが口を開く。


「ブイスト支部長はアルタシアとの国境付近の魔物の大量発生についてはご存じですか?」

「はい。存じております」

「今回、アルタシアとの共同で魔物の討伐を行うことが決まり、アレーネシアの騎士団からも防衛に必要な最低限の兵を残して援軍として送っていただきたい」

「アルタシアですか……」


シルフィーの言葉を聞きブイストの表情が一気に曇る。そしてシルフィー以外の顔を一瞬見ると口を開いた。


「かしこまりました。ご準備いたします。作戦の日時はいつ頃で」

「3週間後です。具体的な魔物の戦力についてはこちらに」


シルフィーは手紙を取り出しブイストに渡す。手紙を開くとさらにブイストの表情は曇った。


「予想よりもはるかに深刻のようですね……」

「はい。魔物のほとんどは中級の魔物。もしかするとそれ以上の魔物もいる可能性があります」

「こちらの戦力はどの程度でしょうか」

「国境付近の街であるモンニカーナに駐屯する騎士団1000名に加え既に2000名の魔道騎士が援軍としてモンニカーナに駐屯する騎士団に合流済みです。それに加えネクロフィア家からも1000名、魔導騎士が加わる予定です」

「なるほど。今はそれが限界でしょうな」


ブイストの表情は曇ったままで沈黙が続く。しばらくするとブイストは重く口を開く。


「本来であれば王女殿下自ら来るような内容ではないのに、わざわざご足労頂いた理由はそういうことですか。私の背後関係も承知のようだ」

「オーランドを支える貴族の方を区別するのは好きではありませんが、現状のバランスを崩さないために敢えて言います。武闘派の貴族も兵を出すべきです」


先ほどとは異なりブイストはため息交じりに息を吐く。


「王女殿下。見くびらないでいただきたい! 確かにご存じの通り我々武闘派は今の国の内情に懸念を抱いてはおりますが、国を思う心は同じです。レイバネン候はもう動き出しています。王宮から命を下せばすぐにでも兵を出せるはずです」

「そうでしたか。ならもう大丈夫ですね。既にレイバネン候の確約は頂いておりますので」

「はっ? それは一体どういう」


ブイスト頭の中には確約をもらっているのならどうしてと一瞬頭をよぎったが――


「まさか……」

「ええ。あなたの背後関係の確認とレイバネン候が本当にご協力していただけるかの確認です。ブイスト支部長は若いころから曲がった考えは一切持たないというのは有名な話ですから。いろいろとお話ありがとうございました。お陰で安心して共に戦えます」


ブイストは思わず顔を手で覆った。


「本当に……亡くなられたお母君とよく似ておいでだ」

「ありがとうございます」


ブイストが顔を引きつらせながら言葉を絞り出すとシルフィーはとてもうれしそうに笑みを浮かべた。

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