第12話 英雄武祭
客席では第一試合が終わってから次の試合が始まらないことに、観客達がいらだち始めていた。
至る所から怒号が飛び雰囲気は最悪であった。
フィールドには様々なものが投げ込まれる。
―そんな中
「皆様、大変お待たせしており申し訳ございません。以降の試合つきましては参加選手の棄権により中止とさせていただきます」
試合の中止を告げるアナウンスが流れると、観客の怒りが最大限高まり暴動が起きる。
そう思ったときアナウンスを行っていた声が変わり男の声でアナウンスされる。
「闘技場にお集まりの皆様本日はご期待に添える試合内容をお見せすることができず申し訳ありません。私は英雄武祭を運営しているハーゲン家のカロルド・ハーゲンと申します。英雄祭を代表する催し物である英雄武祭を、こんな形で終わらせるのは私自身本意ではありません。よってここに怠惰の魔道士によるスペシャルマッチを執り行わせていただきます」
カロルドの魅力的な提案に怒号が歓声へと変わる。
「では、500年前の伝説の再来、先程の試合で圧倒的な力を見せ付けた怠惰の魔道士、ウィル・アースガルドです」
カロルドが高らかに宣言した直後、フィールドへと続く通路から魔装を展開したウィルがフィールド内に飛び出した。
客席をぐるりと一周飛行してからフィールド中央に着地した。
「対戦相手の紹介の前に概要をご説明したいと思います。怠惰の魔道士には1対2でこちらで用意した2名の魔道士と戦っていただきます」
「2人かよ!」
声を弾ませながら説明をすすめるカロルドに、概要を聞いたウィルは声を上げる。
「では選手の入場です!」
カロルドがそう言うと暗い通路の奥から歩いてくる人影がある。
「オーランド皇国七魔家の一角、現役大帝が籍を置くネクロフィア家のアリス・ネクロフィア! 怠惰の魔道士とは魔法学院のチームメイト同士です」
「はぁ? なんでアリスが」
解説を聞くのと同時に通路から出てくる人影が目に映りウィルは驚愕した。
午前中、家の代表で式典に参加し事の顛末を家に報告に戻っていたアリスは、報告を早々に済ませると王都に戻り祭りを見て回っていた。
そこで偶然カロルドに会いトーナメントへの参加を頼まれていた。
しかし七魔家の血筋の者が自身の判断で決めるわけにもいかずに断ったところ、もしもの時の非常事態の人員としてならと承諾し待機していたのだ。
周りの観客席は七魔家の血筋の者の参戦で既に熱狂状態になっていた。
「では次の選手を紹介します」
通路奥から人影が見える。
顔はまだ見えないがウィルはその時点である程度想像ができ焦りの色を顔に出していた。
「オーランド皇国第一王女! そして同時に騎士の称号を有するシルフィー王女殿下! 愛し合うもの同士とはいえ戦いの中ではゆるがない剣閃。騎士同士の戦いも楽しみです」
「違う……断じて違う……」
解説におもわずぼやいた。
アリスとシルフィーがウィルと向かい合う形で立つ。
「ウィルさん先程は見事な剣の前に敗れましたが、2対1なら負けません」
「最近はまともにやりあっていなかったらね、あんたがどれほど腕をあげたか見てあげる」
2人が同時に魔装を展開しやる気を見せている一方で呆れた様子でため息をつく。
カロルドがやけに念を押していた意味を今更ながらに理解し、友のためにも試合放り出すわけにも行かず、しぶしぶデバイスを一本手に取り正眼に構える。
「あの魔剣は使わないんですか?」
「こんな戦いで使う必要もないかなと思って」
式典のあとに、陛下に魔剣の能力について聞いていたウィルは、その特性を制御仕切れないと思い、使わないほうがいいと判断しあえて使わずにいた。
説明するのが面倒くさいと思い、適当にはぐらかすが彼女達はすごく不機嫌になっている。
ウィルの言葉を魔剣を使うまでもない相手だという意味で受け取り、なめられたと思いっきり誤解をしていたのだ。
「シルフィー殺るわよ。」
「ええアリス。でも将来の旦那様ですからせめて半殺しぐらいでお願いします」
失敗したと後悔するものの、既に殺ル気になっているものはどうしようもない。
同時に王女が半殺しなんて言葉を使うのはどうなのかと思う。
ウィルはそんなことはおいて、この不利な戦闘について考え始めた。
アリスは基本的に中距離から遠距離を得意とし砲撃・魔法を中心とした戦闘スタイルで、シルフィーは剣術を主体とした近接戦スタイルだ。
もしも連携されたら厄介この上ない。
連携を崩す、または連携される前に即効試合を終わらすのどちらかしかない。
ウィルは先手必勝で即効決めることにした。
「では英雄武祭スペシャルマッチ怠惰の大帝ウィル・アースガルド対七魔家アリス・ネクロフィア、シルフィー王女殿下の試合を開始します。始め!」
アナウンスの直後に全てのデバイスを回転させるようにして2人目掛け魔力刃を連続して放った。ウィルの目論見どおり不意打ちが成功し土煙が上がった。
「おやおや、ずいぶんと決着を急いでおいでですね。」
土煙の中から声が聞こえてくる。
煙が晴れるとシルフィが前面に立ち障壁で攻撃を防いでいた。
それを見たウィルはすかさず勝負を決めようと切っ先を下に向け、全力で魔力を込めるとデバイスを振り上げ魔力刃を放った。
が、攻撃は障壁に阻まれると魔法陣の表面に光が走り上方へとはじかれた。
「今の光はあの時の」
シルフィーの張った障壁の光には見覚えがあった。
昨晩、森での戦闘中に誤って馬車に魔力刃が直撃してしまった際に、馬車を守った表面に走った光と同じだった。
「今度は私たちの番ね」
その瞬間シルフィーが飛び上がると背後に既に詠唱を終えたアリスがいた。
《プロミネンスレイ》
閃光がウィルに向かって奔り空中に飛び上がり回避した。
が、閃光が分裂し再び彼のほうへと向かって行く。
ウィルは障壁で防ごうと手を構えようとした時、視界の端にシルフィーが突っ込んできているのが目に入ると、障壁で防ぐのをやめ、閃光の隙間に体を通して回避し向かってきていた剣を受け止めた。
「いい連携だね」
「まだまだこれからです」
剣を合わせながら言葉を交わすと、急にシルフィーの剣がウィルを押し始める。
「なっ」
単純に剣の勝負ならば体格差でウィルが押し負けることはまずないだろうが、魔法も込みとなると話は別だった。
自己強化魔法を自身にかけていたシルフィーの剣は、午前中の立会いの時とは別人と思えるほど重い。
受けるのが精一杯だったウィルは重さに耐え切れずはじき飛ばされた。
体勢を立て直すと目の前にはアリスが放った大量の魔力弾が間近に迫っていた。
急上昇して一度距離をとろうとするが、力だけではなくスピードも強化していたシルフィーが離されずに間合いをつめていた。
それを見たウィルは左手に魔法陣を展開し詠唱を唱えながら、振り下ろされた剣を紙一重でかわすとほぼゼロ距離で魔法を発動した。
《エレクトリックブロー》
雷撃を伴った閃光がシルフィーに直撃し、そのままアリスのほうへと押し込まれて行く。
だが今度はシルフィーの身体の周りに光が走り閃光がはじかれる。
完全に入ったと思った一撃を弾かれウィルは呟く。
「またか……その障壁ってただの障壁じゃないよね?」
「ええ。障壁に精霊魔法を合わせたものです。」
「精霊魔法? そんなのもあるんだ」
シルフィーが使っている精霊魔法を障壁に使用する技術は、シルフィー自身が生み出したものだ。
そもそも精霊は、人体における水の割合が約7割であるように、約7割をマナで構成された存在だ。精霊魔法は精霊の力を直接行使することができ、その性質上他の魔法への干渉力が高い。
そんな力を障壁に組み込んだら相手にしてみたら厄介この上ない。
連携による攻撃、そして近接戦でも圧倒されて、攻撃しても精霊魔法ではじかれる。
このような不利な状況下でありながら、ウィルの顔には普段はあまり見せない楽しそうな笑みが浮かんでいた。
そんな彼を見ながらアリスが提案する。
「そろそろ魔剣出したら?」
「出し惜しみしている余裕はなさそうだね」
そう言うと手に持っていたデバイスを宙に離した。
手には刀身が美しく輝き、鍔には炎の装飾がなされた長剣が出現した。
魔剣レーヴァテインは出現すると刀身が漆黒に染まった。
その瞬間ウィルの発する魔力の質と魔力量が変わり空気が震える。
魔剣はウィルの魔力をその刀身に宿し、何倍にも増幅して、その魔力を共有していた。
「その魔力……ばかげてるわね。こんな魔力、準聖騎士についている騎士でもなかなかいないわよ……」
「さすがです」
2人はウィルの発する魔力を感じ唖然としながら語る。
周りの客席にいる観客達はその魔力を感じ静まり返る。
それが新たな熱狂へきっかけとなって絶叫に近い歓声が闘技場内に響いた。
「では参ります」
歓声が響く中をシルフィーが間合いを急激につめて剣を振り下ろすと、先程まで受けきれずにいた剣を、ウィルは迷いなく受け止めた。
シルフィーが先程までと同じように力を入れるが、ウィルは剣自身に大量の魔力を込め、自己強化魔法分の差を力技でカバーしていた。
「やっと私の思いを受け止めてくださいましたね」
「いや……受け止めたのは剣だよ……」
ウィルのそっけない返答を聞いたシルフィーは頬を膨らませる。
彼は剣を受け止めつつ背面のデバイスから魔力刃を放った。
魔力刃が放たれる刹那、シルフィーは剣を弾き距離をとる。
「ウィルさんその魔剣の力はその程度ではないですよね? 使って頂いても問題ないですよ」
「やっぱり知ってた?」
「ええ。その剣はこの500年皇国の宝剣でしたから」
「魔力がまだ思ったとおりに制御できないけど本当に大丈夫?」
「問題ありません。守りには自信がありますので」
シルフィーに促され、ウィルが目を閉じるとは紫色の光がウィルから溢れ体の周りを揺らめき始めた。
「こんな魔力……姉さま以外で初めてだわ」
「たしかにすさまじい魔力ですね。でも長くは続かないように見えますね」
「さすがだね……」
完全に今のウィルの放出できる最大上限の魔力を遥かに凌駕した魔力は体への負担は計り知れない。魔剣の魔力強化を最大にした直後から体がきしみを上げていた。
「さっさと終わらせようか」
先程はなった雷魔法の詠唱を始めた。
魔剣の刀身に魔法陣が出現に雷がほとばしる。詠唱を終え魔法を発動させると刀身の色が黄色と漆黒にめまぐるしく輝いた。
そして彼は剣を振る。
今までよりもはるかに巨大な魔力が乗った特大の閃光が2人に向かって放たれた。
その閃光はいままで魔力のみの魔力刃とは異なり魔法が魔剣によって強化されたものだ。
シルフィーがアリスの前出て障壁で閃光を防ぐが先程のように弾けない。
閃光の勢いに負け押され始める。
「ちょっと踏ん張りなさいよ」
「これはちょっと……」
障壁の表面に無数の光が走るが、閃光は弾かれずに直進する。
シルフィーが目配せするとアリスが障壁から半身でて砲撃を放った。
特大の閃光の表面を彼女が放った閃光がウィルのほうへと向かって飛ぶ。
それを見たウィルはさらに魔力を込めた。
閃光は数倍の大きさに拡大しアリスの攻撃を飲みこむとシルフィーの障壁が砕け散った。
閃光の直撃を受け2人は吹き飛び観客席の障壁に叩きつけられた。
二人を吹き飛ばした閃光は、観客席の障壁を意図も簡単に貫き、客席上部の屋根を一部消し飛ばした。
凄まじい威力の魔法にその場にいた者全員が一瞬沈黙する。
「試合終了! 勝者ウィル・アースガルド!!」
決着がつくのを確認するとカロルドは宣言した。
消し飛んだ屋根を自身がやったこととはいえ、ウィルは唖然として見ていた。
観客席の障壁は、魔道士が使う障壁よりも遥かに硬く作られており、貫けるものではなかったからだ。
彼は吹き飛んだ2人のことを思い出し降下していく。
「アリス、シルフィー大丈夫?」
障壁に強く叩きつけられた2人はそのままフィールド内に落ちて意識を失っていた。
呼びかけられて2人が目を覚まし起き上がると大歓声とともに盛大な拍手が巻き起こる。
「これにて英雄武祭を閉会させていただきます。不測の事態はありましたが、すばらしい戦いをお送りすることができ、英雄武祭の歴史上かつてない名勝負になりました。また来年もこのような試合を皆様にお届けすることを約束するとともに、ご来場くださることを心よりお待ちしております」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます