第11話 英雄祭

この町で毎年開催される英雄祭は500年前に世界を救った怠惰の魔道士の偉業を称える祭りだ。大通りでは怠惰の魔装を模った像を飾りつけた台車などのパレードが行われ、通りの両脇には屋台がずらりと並んでいる。

そんな祭りをシルフィーとウィルは廻っていた。


大通りの屋台が並ぶ通りを抜けると右側に大きな闘技場が目に飛び込んでくる。

アレーネシア魔道学院の一番大きな闘技場よりも遥かに大きく、ここでは日々魔法戦闘のみではなく様々な催し物がひらかれていた。


2人がその前を通り過ぎると客寄せの思われる女性が、一枚のチラシをウィルに手渡した。


「英雄武祭?」

「はいー本日の夕方から魔道士による英雄武祭を行いますので、観覧されても参加されてもどちらでもかまいませんのでぜひお越しください」


そう言うと客寄せの女性は離れていった。


「どうやら毎年英雄祭中に開かれている魔導競技祭ですね」

「魔導競技祭っていうのは?」

「魔道士同士の力比べのことです」


シルフィーの説明を聞いていると、前のほうに同じように客寄せしている中に見知った2人を見つけた。


「おーい!」


客寄せをしていたのはカロルドとクラスメイトでもありカロルドの双子の妹で、肩までの茶色の髪に眼鏡をかけたレイシアだ。

2人に駆け寄るウィルであったが、普段と異なる出で立ちだったのか分からないみたいだ。


「俺だよ」

「あっ」


そう言うとウィルは帽子と眼鏡を外した。

シルフィーはそれを止めようとしたが時既に遅し。


「おお!ウィル君」


レイシアが気がつくのと同時に近くにいた子供がウィルを見て叫ぶ。


「あ! たいだのまどうしさまだ!」


その子供の声を合図に周りの人も気がつき、あっという間に祭りの雑踏が群がる。

老若男女多数の人に囲まれ2人はまったく身動きが取れなくなった。


「怠惰の魔道士様!」

「こっちこっち本物の怠惰の魔道士だよ!」


ウィルの腕を取っていたシルフィーも、一緒に人混みにもみくしゃにされていると、シルフィーの被っていた帽子が地面に落ちた。


「おひめさまだ!」

「姫様もいるぞ!」

「この度はおめでとうございます!」


もみくしゃにされながら多方向から跳んでくるお祝いの言葉にうれしそうにするシルフィー。

それを横目にこれ以上のパニックにならぬよう、シルフィーの手を取り人ごみをかき分け逃げた。

少し走ると狭い路地を見つけ逃げ込む。


「あー焦った。ここまでとは思ってなかった」

「ウィルさん迂闊ですよ。少しは自分の知名度に自覚を持ってください」


呆れた様子で指摘する。


「おにぃ。いたよ。こっちこっち」


路地の入り口から声が聞こえるとウィルはまた人混みに囲まれるかと思い身構えるが、声の主はレイシアだ。

レイシアとカロルドが路地に入ってきた。


「よぉウィル。さっきは言いそびれたが、めちゃくちゃ昨日は心配したぞ」


カロルドの声には多少の怒りが垣間見える


「アリスなんてかなり動揺していたからな、学院に戻ったらある程度は覚悟しておいたほうがいいぞ」

「アリスにはさっき会って蹴り飛ばされたよ……」

「そうか」


カロルドは肩でため息を吐きながらそう言うと、シルフィーの方を見て一瞬驚く。


「これは姫様、このたびはおめでとうございます。こいつは面倒くさがり屋の大馬鹿者ですが末永くよろしくお願いします」

「いえいえ、こちらこそ、いつも旦那がお世話になってます」


「俺の親か!」「まだ婚約だ!」と互いを突っ込みたくなったウィルであった。

シルフィーとカロルドが、ウィルにとってあまりよろしくない挨拶をしていると。


「ねぇウィル君、よかったらそのチラシの英雄武祭に参加してみない?」

「ん?」


レイシアがウィルの持っていたチラシを見て言った。


「うちの家がその英雄武祭を運営しているんだけど、今回は有名な魔道士で参加してくれる人がいなくてさ。チケットのはけが壊滅状態なの。ウィル君に出てもらえれば知名度的にも宣伝効果抜群なんだよね」

「んー出てあげたいけど……」


ウィルはそういってシルフィーの方を見る。


「私はかまいませんよ。それでお祭りが盛り上がるのであれば大歓迎です。お祭りを2人で回れないのは残念ですが」


長い耳が少し垂れすごく残念そうにしている。


「よし。じゃ決まりね」


レイシアが話をまとめる横でカロルドがなにやら残念そうにしているシルフィーに耳打ちをした。

驚いた顔を見せるが


「それは面白いですね。私も協力させていただきます」

「ありがとうございます。俺も祭りを盛り上げるために色々考えて動いていますよ」


2人の会話を聞いていたウィルは生き生きした様子に一瞬で変わったシルフィーを見つつ不安を感じていた。


「んじゃ開催時間付近になったら闘技場まで来てくれ、俺らはトーナメントの運営で案内できないけど運営の人間に言えばわかるようにしておくから」

「あぁわかったよ」


その後2人と別れ、一頻り祭りを楽しみシルフィーを王宮に送り届け、ウィルは闘技場に向かった。

闘技場の外には緊急参戦、騎士・怠惰の大帝と書かれたのぼりが立ててあり、闘技場の客席は空席がないほどの大盛況になっていた。



そんな中アナウンスが始まった。


「これより英雄武祭を開催させていただきます。今回のトーナメントにつきましては本日午前中に騎士となり、シルフィー王女と婚約を発表した怠惰の大帝、ウィル・アースガルド様が参加いたします皆様ぜひ最後までお楽しみください」


開催を告げるアナウンスのあと会場内はが湧き上がる。



アナウンスの内容は控え室にいたウィルの耳にも届いておりその内容を聞きつつ頭を抱えていた。


「ウィル盛り上げよろしくたのむぜ」


そんなところに入ってきたカロルドはウィルの肩を叩く。


「なんでアナウンスなんかで取り上げるんだよ……」

「いやいや、レイシアが言っただろうが、お前に出てもらえれば宣伝になるって。トーナメントを盛大に盛り上げてくれればいいんだよ」


ウィルは肩を落とした。

了解はしたがここまで名前を使われるとは想像をしていなかった。


「アースガルド卿よろしくお願いします」

「卿!?そっか……わかったよ盛り上げればいいんだろ」

「そうそう頼むよ貴族様」



係員に呼ばれフィールドに向かった。

フィールドには2人の人影がある。

片方はウィル。一応、シルフィーの遣いで王族からの参加という名目にして叙勲式の時の騎士の正装の格好でいた、もう片方の人影はウィルよりも年上の女性だ。


魔道戦の勝敗は正式な試合の場合は、相手を戦闘不能にするか、戦意の喪失によって決まる。しかしこの英雄武祭のようにのように催し物で開かれる物は、相手を上空まで張ってある魔法障壁にぶつけることによっても勝利となる。

もちろん、相手を殺してしまうことはご法度だ。


正直、目の前の相手から感じる魔力はアリスよりもかなり小さい。

魔法についてはまだ手加減できるほどコントロールできない。アリス同様にうまくかわしてくれればいいのだが、魔道士全員がそうはいかないだろう。


「それでは第一試合。オーランド皇国騎士ウィル・アースガルド対、シルバーナ王国騎士見習いセルム・オーガスタの試合を開始します。それでは始め!」


始めの合図を聞き女性は魔装を展開する。


「シルバーナって国の軍属かな。他国の軍属も参加しているのか……いや俺が目当てか」


シルバーナ王国はオーランド皇国の西側に広がる国だ。オーランド皇国とは唯一100年以上同盟関係を築いている国であり、お互いの国で大きな行事の際は王族が参加しあうような良好な関係。

ウィルは試合が始まっているにもかかわらずぶつぶつと考え込む。


「手の内は見せたくないな……」


一向に魔装を展開しないウィルに女性は少々怒りを見せながら


「魔装を展開していただけますか?」


それを見てウィルは口元を緩ませた。

そして手で手招きをする。


「なっなめてるのか」


女性はウィルの様子を見て怒り詠唱を始めた。


《フレイムゲイル》

「3階梯の魔法か、なら」


炎の風がウィルを包み込み観客は静まり返って息を呑むと炎が弾けとんだ。

ウィルは魔装なしで障壁の力だけで魔法を受け止め魔力放出のみで消し去った。


「うそ」


女性が驚愕している中、ウィルの周りには黒い魔力が澱んで観客がその様子を見ていると、ウィルは魔装を展開した。

魔力を大量に込め展開したため、稲妻が四方八方に走り足元は少々クレーター上にくぼみができた。展開時に発生した魔力の嵐によって女性は吹き飛ばされ、フィールドの端の障壁に叩きつけられる。

その光景を目にした会場にいる誰もが呆気に取られ静寂の時間が流れる。


「……しっ試合終了!勝者、怠惰の大帝ウィル・アースガルド」


終了を告げるアナウンスとともに会場を埋め尽くす大歓声が上がった。


「これなら派手で手の内も明かさないよね」


試合を終え薄暗い通路を控え室に向かっていると、カロルドが放心状態で真っ青な顔をして扉の前に立っていた。

ウィルの姿を確認すると勢いよく掴みかかった。


「やりすぎだ!」

「なにが?」

「参加者が全員棄権したんだよ!」

「えぇー!」


先程のウィルの一方的な試合内容を見た参加者が、全員控え室から姿を消していたのだ。


「盛り上げろっていったのはカロルドじゃないか」

「限度があるだろ! どうすんだよこれ! 暴動が起きるぞ」


このトーナメントは英雄祭の中でも人気のイベントだ。そのため闘技場に入りたくても入れない人もいるほどで、チケットもそれなりの価格になっている。

本来であれば数十試合を2日に分けて執り行う予定であったが、一回戦の第一試合以降進行は完全に止まっている。

試合内容を振り返り自分自身が参加者だったらどうするか考えたウィルだったが自分でも逃げると思い。


「わかった。なんか手があるなら協力するよ。カロルドのことだからこういう状況も一応想定しているんだろう?」

「一応想定はしていたが……協力するんだな…?」


カロルドはウィルの肩を掴みながら念を押して確認する。


「ああ……協力するよ?」


かなり意味深な言い回しで話すカロルドにウィルは違和感を感じながらうなずく。


「よしわかった。んじゃもっかいフィールドに出てくれ。今度はフィールドに出たら魔装を展開しとけよ!」

「わかったよ」


カロルドに促され再びフィールドへと向かった。

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