第10話 鬼と妖精

式典を終えたウィルは一人王宮の中庭のベンチに腰を下ろし空を仰いでいた。


望まない現実を前に打ちひしがれていると、突如後頭部に強い衝撃を受け、前方に吹き飛び、地面を転がり植えられていた木に顔面から突っ込んだ。


「いって……誰だよ……ひっぃ」


ウィルが後ろを振り返ると、振り上げた足を下ろす鬼……いやアリスがいた。


「あんた、昨日はよくも逃げたわね。あのあと大変だったんだから……最後に何か言い残すことはあるかしら」

「しにたくないです……」


ウィルはそう即答するが、無言でアリスがこちらに向かってくる。

そして走馬灯のように学院に転入してからの二週間の地獄の特訓が頭の中に映し出される。

大空を大量の閃光に追い回され……打ち落とされ

勝てるわけがないのに魔法の発動速度を勝負させられ……焼かれ

魔法を絶え間なく撃たれ障壁で防ぎ……蒸し焼き


「ひぃーー」


何をされるか恐ろしくなり目を瞑る。


――しかし何も起きない


不思議に思い目をあけるとうつむき涙を流すアリスがいた。


「心配したんだからっ……森にいっても……あんたはいないし……っ」


アリスは学院長から無事という知らせを聞いても、一睡もできないほど彼のことを心配していた。

ウィルは申し訳ない気持ちになり立ち上がりアリスの頭の上にポンと手を置く。


「ごめん」

「許さないわ……よっ」

「ん?……っ」


涙を腕で拭いながら強烈な一撃をボディーに叩き込む。

腹部のみぞおち周辺に打撃が入り、ウィルはお腹を抱えその場に倒れこんだ。


「うっ……」

「まぁーいいわ。今ので許してあげる。もしあんたが昨日あの場にいなかったことを考えただけで恐ろしいから」


もし昨日あの教室から逃げ出さずにいたらと考えたらぞっとした。

あの場には現皇帝と王位継承権第1位のシルフィーがいた。もし何かあった場合、国中大混乱だ。


「あれ、お二人はお知り合いだったのですか?」


少し離れた廊下の柱の影からやり取りをすべて見ており、少しムッとした表情をしたシルフィーが中庭に面した廊下から姿を現した。


「私とこいつは学院でチームを組んでいるのよ」

「そうなんですか。それはちょっと羨ましいですね」

「それはそうとシルフィー、婚約するのがこんなのでよかったの?」

「ええ、ウィルさんは私にとって理想的な男性ですので」


ウィルはそのやり取りを聞き苦痛に顔を歪めながらも少し顔を赤らめる。


「シルフィーとアリスは知り合いだったの?」

「アリスとは幼い頃からよく一緒に遊んだり。魔法の特訓もお互いで高めあったりと私の数少ない友人です」

「そうなんだ」

「ところでアリス、私が怠惰の魔道士に憧れを抱いているのを知っていながら、どうしてウィルさんのことを教えてくださらなかったのですか?」

「あんたに知られたらどうなるか想像できたから言わなかったのよ。でも学院長から陛下には怠惰の魔道士が現れたことは報告していたわ」

「おじいさまー!!」


自分には知らされなかったことに嘆き叫ぶ。

陛下もシルフィーが先走って何か行動を起こすと考えてあえてこのことは伏せていたようだ。


「ウィル、シルフィーには気をつけなさい、無自覚でたまにとんでもないことをやってくるから」

「アリスその言い方はひどいですよ!」


シルフィーが顔を真っ赤にして怒っている。

その一方でウィルは「遅いわ!」と心の中で叫んだ、今さっき人生計画を根本的に覆されていなければどういうことかわからなかっただろうが、ウィルにはアリスの忠告は身にしみて理解できた。

立会いでもし惨敗していればシルフィーと陛下が婚約を望んでも貴族から反対が上がる可能性も考えられた。今考えれば最後の魔装も貴族への反対対策のダメ押しだった。


「そういえばなんでアリスは貴族席にいたの?」

「私の家はこの国の七魔家の1つのネクロフィア家なのよ」

「でも何でアリスなの?」


アリスには父と母そして1つ違いの姉がいた。

アリスから家族の話を聞かされたことがあったウィルは疑問に思った。

父と姉が2人共出席せず、なぜアリスまでその役割が回ってきたのかと。

ウィルの質問に少し気まずそうな顔をしている。


「当主のお父様は……少し手がはずせなくて仕方なく代理で私が出席したの」

「はぁーまたですか。本当に憂鬱の二つ名がふさわしいお方ですね」


シルフィーが呆れた様子で口を挟むとアリスはあきらめたようにため息をつく


「そう…… 王宮から登城命令がきて恒例の【行きたくない】病が発症して、家から誰も参加しないわけには行かなかったから、比較的王都から近い学院にいた私が来たわけ」

「憂鬱……たしか大帝にもあるよね?」


大帝の8つの裁定の中には憂鬱もあったことを思い出す。


「アリスの家は憂鬱のネクロフィア家といって、国から大帝の欲求名の称号を与えられているんですよ。だからといって欲求名どおりにならなくてもいいのですが」

「まぁお父様は元憂鬱の大帝だから納得はできないけどある程度は理解しているわ。これはもう一種の呪いね」

「ん? 元大帝? 憂鬱って本当に大帝がいる家ってこと?」

「七魔家の家には実際に大帝の力を持っている家もあるのよ。私の家は憂鬱の大帝の家系なの。お父様が元って言うのは大帝の力は私の姉に移っているからで……姉が代わりに王宮に来ない理由もお父様と同じ……理由で……」


アリスの口調が話を進めるにつれ次第に重たくなっていく。


「はい! この話はここまで。ここからはアリスの愚痴が始まりそうですので身の上話はこの程度で大丈夫でしょう」

「ハハ……」


シルフィーが話を強引に止める。

アリスが何か言いたそうな顔をしているがウィルは面倒くさそうなのであえて突っ込まない。


「今からシルフィーとお祭り見にいくけど、アリスもどう?」


アリスも一緒にお祭りに誘う中、シルフィーがムッとする。


「あっ。私はいけない。これからお父様に報告に行かないといけないから。報告がほしいなら自分で来いと言いたいところだけど、ことがことだから行かないわけにもいかないし……」


そう言うとアリスはため息を吐き魔装を展開した。


「もういかれるんですか?」

「ええ、さっさと報告を済ませて私もお祭りに行きたいもの」

「そうですか。ではお気をつけて」


アリスは王宮から飛び去っていった。

その様子を見ていたシルフィーが振り向く。


「それではお祭りに参りましょう」


祭りに行くためウィルは王宮の外に向かって歩き出そうとすると呼び止められる。


「ちょっとお待ちください。まさかこのまま行かれるおつもりですか?」

「ん? そうだけど……なんかまずかった?」

「すでにウィルさんはこの国では有名人なんですよそのままの格好で外に出たら…………」


シルフィーは呆れながら説明するがウィルは自覚がなく理解ができていないようだ。


「分かりました。ウィルさんこちらへお越しください」


手を引っ張られながらウィルは王宮内に連れて行かれた。




それからしばらくたち王宮の門を出た所に2人はいた。

先程までの正装ではなくなり、ウィルは紺のズボンに黒のシャツに眼鏡と帽子を身につけ、シルフィーもスカートにピンクの服で髪は高いところで2つに結い、眼鏡に帽子を身に付けていた。

ドレス姿も似合っていたがまた違った趣にウィルは目を奪われていた。


「どうですかこの格好似合いますか?」

「すごく似合ってるよ」

「それは良かったです」


お互い照れながら答える。


「でも変装をするって言ってたけどこんなのじゃすぐばれるんじゃない?」


彼女の格好は服装を変えただけで普段の彼女そのものだ。


「いえいえ。変に変装するよりこっちのほうが意外とばれないものですよ」


町に繰り出すのはこれが始めてではなく、暇になるたびに王宮を抜け出しては放浪していた。シルフィーは慣れていると言わんばかりに胸を張る。


「さぁさぁ行きましょう」


シルフィーに手を引かれながら2人は祭りの人ごみに消えていった。

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