第6話 妖精騎士

オーランド皇国は大陸でも有数の領土を持つ大国。その大部分の領土は森に覆われている。町と町は林道が整備され、そこに馬車の一団があった。数台の馬車とその護衛に馬に乗った十数人の騎士が並走している。車列の中央には、ほかの車両よりも高級感がある車両があり、車両の中にはエルフの老紳士と騎士風の格好をした金色の長い髪をしたエルフの少女が乗っていた。


「陛下、今回の会談滞りなく話がまとまり何よりです。」

「これで、東部アルタシアとの国境沿いにおける、魔物の大量出没による近隣への被害が抑えられればいいのじゃが。」


老紳士の方はこのオーランド皇国の現皇帝であった。

白の騎士の服装に白いマントを身に纏い、席に腰掛けながらも高身長なのが見て取れる。薄い金髪で口元にひげを蓄え高貴な雰囲気をかもし出している


「アルタシアの国王も協力を確約してくださいましたし大丈夫でしょう。」

「油断はできぬ相手じゃがな」


エルフの少女は厳しい表情になり


「ですが今回はアルタシアとの協力体制は順調に運びそうですが、問題は国内のほうにあるかと。」

「そうじゃろうな。アルタシアとの協力体制を敷くことに一部貴族達から不満が上がっておるのはわしの耳にも入っておる。だからといって今回の対策にオーランド側のみで軍を派遣した場合、国境沿いと場所が場所だけにアルタシアを刺激しかねない。」

「最近までアルタシアとはたびたび突発的な戦闘がありましたから不満が上がるのは分からなくもないですが……」

「すまないな。その戦いお主も参戦しておったのじゃったな。」

「いえ、陛下が謝られることではありません。その戦いがあって私は陛下の騎士に任命されましたので……複雑な心境ではありますが私もアルタシアとの協力体制の構築は賛成です。」

「そう言ってもらえると助かる。ところでここまでこれば騎士としての任務も終わりじゃろういつも通りの呼び方でもかまわないのだが。」

「陛下がたとえ私の祖父であっても王宮に戻るまでが騎士としての任務です。」


陛下は残念そうにつぶやく。


「ざんねんじゃのう」


そう言うと陛下は窓の外の沈む行く夕日を見ていた。

シルフィーの耳がピクッと動いたかと思うと座席に立てかけていた剣を握り締めた。


「おじいさま」

「おっ気が変わったのかの?」

「違います!」


シルフィーの真剣な顔に何か良くないことが発生したと悟り陛下の表情も引き締まる


「どうしたのじゃ」

「周囲に大量の魔力反応です。」

「人か?」

「いえ……魔物のようです。魔力の大きさから見ると中級以上の魔物も含まれているみたいです……」

「馬鹿な……もう王都までわずかだぞこんなところで複数体の魔物が同時に出るなどありえん。」

「おじいさまは王都に救援要請をお願いします。このまま中にいてください。」


そう言うとシルフィーは車列を止めさせ外に出て扉を閉めた。他の車両に乗っていた護衛の魔道士達と魔物を迎え撃つため、彼女は白銀の魔装を展開した。


「全員魔装を展開。魔物の大群が来ます各自注意してください。」


少女の指示を受け魔道士達も魔装を展開する。

しばらく木々が葉を揺らす音だけが聞こえる。少女は息を呑み攻撃に警戒していると車列の車両すべてに光弾が打ち込まれ爆発した。魔道士達は爆発の衝撃で林道から森の中まで飛ばされそこに大量の魔物が待ち構えていた。陛下の乗った車両には魔法障壁が張られ攻撃を退け近くにいた少女も爆発の影響を受けず飛ばされずにいる。


「これは……魔物が戦術的に動いているなんて……」


下級・中級の魔物は知能は獣と同程度で待ち構えることなどする訳がなかった。

目の前の魔物達は明らかに誰かに先導された動きを見せる事実に、陰謀めいたものを彼女は感じ取っていた。

考えをめぐらせている彼女に、一体の大きな爪を持った魔物が突進し爪を振り下ろす。不意打ちではあったが、すばやくレイピア型のデバイスを取り出すと攻撃をいなし魔物の胴を切り裂いた。

車両の背後から一体の魔物がすかさず彼女に突撃する。剣で攻撃を受けた。爪を弾いて攻撃に移そうとしたが剣をつかまれ、振り払おうとしているところに、もう片方の爪が横から振り上げられてくる。

爪が彼女の体に突き刺さる瞬間、砲撃が魔物に命中し森の中に吹き飛んでいく。

既にぼろぼろな体の護衛の魔道士が魔物に砲撃を加えていた。


「姫様ご無事ですか?」

「はい大丈夫です。助かりました。」

「姫様これ以上は持ちません。陛下と共に撤退を」


護衛の魔道士達は不意打ちでかなりの数が既に倒れていた。

魔道士からシルフィーに撤退の提案が持ちかけられるが爆発した車両が邪魔をして無事な車両を動かすことができない。

それに加え完全に太陽が沈みきった暗闇の中ではあるが、数えきれない瞳の光が林道や森の中で光っている。それだけではない。上空にもおびただしい影が周囲を囲んでいるのが見て取れた。


「すでに退路はありません。どうか救援がくるまで持ちこたえてください。」

「シルフィー!!」


車両の扉を開け陛下がシルフィーを呼ぶ。


「おじいさま!危険です中にいてください。」

「わしのことはいい。無事な者と撤退しろ」

「残念ですがもう退避も不可能でしょう」


シルフィーは強引に扉を閉め魔法発動する。


「精霊よ、わが声に耳を傾け我を守りたまえ《クリスタルフィールド》」


その瞬間車両を光が走る。


「おじいさま精霊魔法で障壁を張りました。たとえ上級魔物でもその障壁は簡単には破れません。」

「待て。シルフィー」


陛下の静止を無視し魔物に突っ込んでいく。

魔物の返り血を浴びながら魔物を次々と切り裂く。華奢な体からは信じられないような剣技で魔物を倒していく。

魔道士達と協力しつつ魔物を倒していくが、そこに森の闇の中から光弾が彼女に向かって放たれる。シルフィーは剣に魔力をこめ自身の魔力も上乗せし光弾をはじき返す。

その瞬間、背後に回りこんだ魔物が爪を振り下ろした直後、鮮血が空中に舞った。

魔道士は基本は障壁を張って致命傷を受けないように戦うものだが、馬車に強力な障壁を張った影響でしばらく障壁が張れなくなっていた。

合間を置かずに複数の光弾が彼女を襲い爆風で体が宙に舞う。


「っ」


シルフィーは森の中から爆風で林道まで飛ばされ転がり落ちた。


「まだ……こんなところでは終われない」


なんとか立ち上がり剣を構えるがそこまでの力しか残ってはない。

魔物の爪が剣を弾き飛ばしシルフィーは地面に膝をつき魔装が光になって拡散して消えた。

爪を振り上げシルフィー向かって振り下ろそうとした時、急に後ろにさがり距離をとった。

その瞬間魔物とシルフィーの間に上空から何かが飛来し土煙が上がった。

土煙が晴れると漆黒の魔装を纏った少年がいた。


「人がせっかく久しぶりの自由を満喫してるのに。」

「この魔装……怠惰の……魔道士さま?」

「大丈夫ですか?」


彼が彼女に問いかけるが彼女は驚きの表情のまま固まり小さくうなずく。

シルフィーが目を見開いて驚いていると魔物がウィル目掛け突進してくる。

ウィルはデバイスを出し魔力を込め、魔物目掛け一閃振り下ろした。巨大な斬撃が放たれると魔物を包み込み跡形もなく消し飛ばした。斬撃の進行方向上にいた魔物も同時に消し飛び森の一部に大きな割れ目ができた。


「すごい……」


それに続き何回も上空に向けて剣を振りあっという間に視界に捉えることのできる魔物は掃討された。


「これは意外と楽しめるかも。射撃訓練を思い出すな」


小声でぼやくとウィルは魔物の群れに切り込んでいく。


「どうせなら日頃のストレス解消に付き合ってもらおうかな。」


戦いを楽しんでいるのかウィルの頬が少し緩む。

手に持つデバイス以外の6本のデバイスを自在に操り同時に数体の魔物を切り裂いていく。

闇に包まれた森の中で魔物の叫び声が止むことなく聞こえ続け、満面の笑みを浮かべ魔物を斬り倒していくウィルに生き残っていた魔道士達は異様なものを見る目を向ける。

デバイスで魔力の斬撃を放ちながら魔物を次々と倒していくが、一匹の魔物が魔力の刃をかわした。


「しまっ!」


その進行方向上には車両があり窓にはこちらの様子を伺っている人影が見える。

あわてて斬撃を打ち落とそうと構えるがとても間に合わず斬撃が車両に直撃した。

その瞬間、車両の表面に光が走り斬撃をはじいた。シルフィーが張った障壁によって車両には傷すらついていない。それを見てウィルは安堵した。

そこに隙をつくように全方位から魔物がウィルに同時に襲い掛かる。しかし6本のデバイスで攻撃を全て受け止め両断する。

かなりの数を倒してはいるが一向に数を減らさない魔物に、楽しさよりも周りを巻き込みかねないと危険性を感じ始めていた。


「しょうがない……ぶっつけ本番だけどやるか。」


地面をけり急上昇して高度をとった。

ウィルの体の回りを覆っていた障壁が点滅しながら消滅し、周囲一体が急に冷え込んできた。頭上には空を覆い尽くほどの巨大な魔法陣が出現し、戦闘中であった魔物・魔道士全員の視線が上空の魔法陣に集まっていた。


「あれは……広域魔法」


雲から月が姿を現し月明かりが森を照らす。


「森の中にいる魔物まではやっぱり見えないか。」


月明かりのみでも林道に出ている魔物に関してははっきり見えているが森の中に関しては影は見えるが人か魔物かの区別ができない。

ウィルは目を閉じ集中する。


「日々鬼の到来を経験し魔力感知を鍛えてきたんだ、この程度の魔力感知なら」


放課後アリスの魔力を感知して逃げ回っていた彼は、魔力の探知能力はそれなりに自信があった。

カッと目を見開き詠唱を始めた。


「凍てつく力を持つ氷精よ、永劫なる氷、幾千の刃よ、永久の時間の雨を与えよ」

《ブリザードレイン》


魔法陣から膨大な量の氷の刃が森に降り注ぎ魔物のみを次々に貫き氷に閉じ込めていく。


「短文詠唱でこれほどだなんて……」


シルフィーが周りを見ると全ての魔物が凍り付けになり砕けていった。

魔法は基本的には短い詠唱を唱えて発動する技だが、魔法の攻撃力・範囲が上がるにつれ必要な詠唱も長くなっていく。しかし長い詠唱を戦闘中に唱えるのは隙を生むことになるため威力・範囲は落ちるが省略して発動する技法も存在しウィルが使ったのがそれに当たる。


「ふぅ……本を見て詠唱を覚えただけだったが何とかなるもんだな。だけど魔法発動中は障壁が消えるのは問題だな。」

「うっ後ろです!」


シルフィーがウィルの背後に黒い影が現れるのを目にして叫ぶ。

ウィルが後ろを振り返ると翼を持った魔物が爪を立てウィルに襲い掛かる寸前だった。

咄嗟に体をそらし爪を交わす。右手を魔法陣にかざし、まだ発動中だったブリザードレインの刃を魔物に放ったと同時に腹部に激痛を感じた。


「くっ尻尾か……」


攻撃はかわしたはずだったが、腹部を見ると魔物の尻尾が腹部にめり込み尻尾についている棘は奥深くまで突き刺さっていた。魔物は氷刃に貫かれ砕け散り、ウィルも傷を負い森へと落ちていった。

同時に空に描かれていた魔法陣も砕け魔力の光となって消えた。


「ちょっと油断しすぎたか……」


ウィルは森の中に落ちると木にもたれかかるように座り腹部を手で押さえていた。腹部から流れ出る血液を見てウィルは自分の油断を呪った。


「そういや、アリスが障壁は重要だって言ってたっけ」


ウィルは空を仰ぎアリスから口が酸っぱくなるほど障壁を切らすなといわれていたことを思い出していた。

再度腹部を見ると血が止まらず流れ出し続けている。

魔法には回復魔法も存在するが学院に転入してからアリスの訓練を逸し報いるため攻撃魔法と防御魔法のことしか考えていなかったウィルは回復魔法は何一つとして習得してなかった。


「これはやばいかもな……どうする……一応手がなくはないが……」

流れ出る血を見ながら覚悟を決める。

「焼くか……まさかアリスに焼かれるより先に自分で自分を焼くことになるとはね……」


ウィルは傷口を焼いて塞ごうとアリスの火属性の魔法の詠唱を思い出していると遠くから声が聞こえてくる。


「いました。おじいさまこちらです」


ウィルは近づいてくるシルフィーと陛下の姿を確認すると意識を失った。その瞬間ウィルの魔装は光となって消えた。


「やはり今の魔装は怠惰の物で間違いなさそうじゃな。シルフィー満身創痍なところ悪いが頼む。彼を死なせてはならぬ」

「はい!」

《ヒール》


シルフィーが手をかざし治癒魔法をウィルにかけ始める。暖かな光がウィルを包み込む。


「どうじゃ?」

「傷は深いですが命には別状はありません。」

「それはよかった。応急措置が終わったら王宮に連れ帰るぞ。」


陛下は安堵した表情を見せると、改めて意識を失う少年のことをじっくりと見る。


「それにしてもこの少年はいったい」

「見たところアレーネシア魔道学院の生徒みたいですね。」


彼女はウィルの服装を見つつ答える。


「うむ……」


森の上空には救援要請を受け王都警備隊と王族親衛隊の混成大部隊が展開し残りの魔物の殲滅を行っていた。


陛下とその一行が森を離れた頃、アリスとカロルドが森に到着した。


「なによこれ」


アリスとカロルドの目に映ったのはおびただしい数の魔物の死骸と一部消し飛んだ森であった。氷属性の広域魔法のせいで空気は冷え薄く霧が立ち込めている。

アリスは探知魔法で空中に地図を表示するがウィルを指す光がどこにも見当たらない。


「ウィルはどこよ!」

「落ち着けアリス、あれ見ろ」


カロルドはそう言うと森の中の林道に放棄されている煙が上がっている車両を指した。


「おそらくあの車両が魔物に襲われてそれを守るために戦いになったんだろ。おそらく無事だろう―全滅したとしたら死体があるはずだろ?」


アリスは周辺を見渡し人影を探すが1人として見当たらない。


「わからないじゃない!魔物に食べられたのかもしれないじゃない」

「それもあるかもしれないが人の痕跡が何もないのはおかしいぞ」


あまり考えたくない状況だが魔物に食べられたとしたら腕の一本や靴などの痕跡が残っているはずだ。

カロルドは冷静に現状の分析しアリスをなだめる。


「とりあえず学院に戻って学院長に指示を仰ごう。」


そう言うとカロルドはアリスの腕を掴み学院に向けて全速力で飛ばす。

アリスは学院に戻ると学院長の元へと急ぎ学院長室に駆け込んだ。


「学院長!ウィルが!」


遅れてカロルドも入ってくる。


「あぁ。今王宮から連絡があってねウィル君なら無事だよ。」

「王宮?どういうことですか?」

「ん~まぁ~数日中に面白いことがあると思うからその時まで秘密かな」


学院長はアリスの反応を面白がってニヤニヤしている。


「はい??」

「ほぅ、なるほどな。ちなみに学院長、死者はいらっしゃらないのですよね?」


セレジアも事の詳細までは理解できていなくても大まかなことはカロルドが理解したことを把握したのか。


「あぁ。いないよ」

「なによ。どういうことなのよ!」


まったく状況が理解できずにいるアリスだがカロルドにはおおよその経緯を理解できているみたいだ。


「今日は遅いからもう寮に帰りなさい。数日中には君の大事なウィル君は帰ってくると思うから。」

「待てません今教えてください!!」

「おぉぉ」


一切のツッコミがこなかったのが予想外だったのかセレジアは圧に気圧される。


「機密の部分もあるから今は言えない。待ちなさい」


セレジアの真剣な面持ちにも一切怯まないアリスだったが、セレジアに目配せされカロルドがアリスを羽交い絞めにして引きづっていく。

そのまま納得ができないまま学院長室を追い出されるよう寮に帰った。

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