第5話 鬼からの逃亡

アレーネシア聖魔道学院の中等部3年にウィルは編入していた。怠惰の大帝であることで学年内にすぐさま噂は広まり、転入初日は動物園の動物みたく不特定多数の視線にさらされていた。

一度アレーネシアの街をアリスに案内してもらった時は住民たちは大騒ぎ、よくわからずに握手を求められもみくちゃにされて以降一度も街にはいっていない。まだ学院内にいたほうがもみくちゃにされる人数は少なくて済む。

転入して2か月が経ち好奇の目に晒される事はなくなっていたが、教室の窓際の席にウィルは突っ伏していた。


放課後は毎日アリスとのトレーニングという強制労働に、ウィルの精神は疲労困憊であった。

アリスの訓練のおかげで、何とか授業についていけてはいたが、アリスの訓練を生き残るために、魔法の勉強に励むという矛盾する状態。


「よう、ウィル今日も朝から痴話喧嘩か?」


カロルドはウィルの髪の毛が今日もちりちりになっているのを確認しつつ近づき。毎日の朝の挨拶とばかりにからかう。

ウィルはアリスが教室内にいないことを確認すると口をあける


「ああ、今日も朝から爆焔のモーニングコールだよ」

しかめっ面で嫌味もこめて返答する。

「仲睦まじいことで。」

「羨ましいだろ?変わってやろうか?そろそろ朝が寒い季節だろ?朝から体の心まで暖まるモーニングコールだ! 最高だろう?」


一度チームを組んでしまえば学籍を抜けない限りチームの解散・脱退は認められてないが、カロルドは目の前のウィルのすさまじい威圧感に気圧された。


「いっいや……悪かった遠慮しとく。それにしても昨日のトレーニングも凄まじかったな。」


ウィルは昨日、アリスとのトレーニングで、魔装を使わずにアリスの攻撃を防御するメニューを行っていた。アリスの得意とする火属性の魔法は、障壁でガードしても熱は対象に伝わりスタミナを奪う。その影響で、ウィルも昨日だけでも数回気絶するほどの過酷なトレーニングを強いられていた。そのトレーニングの様子をクラスメイトで観覧することを楽しみにしている者もおり、一種の格闘技のような放課後の人気イベントになりつつあった。


ウィルは疲れきった表情で天井を見上げてため息をついていたが、何かを覚悟して急に正面を向いた。


「逃げよう」

「おい!」

「夕方から夜遅くまで毎日毎日、特訓特訓。もううんざりなんだよ。俺は明日の休日は寝て過ごすんだ!そのためなら鬼とも戦おう。」

「おい!やめとけ殺されるぞ」


カロルドは全力でウィルの決断を思いとどまるよう促すが、ウィルの目は一点の曇りのない覚悟を決めた目だ。


「はぁーまったく……場合によってはクラス中に火の粉が飛ぶんだぞ……」

「火の粉なんてかわいいものだろ?俺なんて毎日大炎上だ。」


そんなやり取りの中始業のチャイムが鳴った。教室外にいた生徒が続々と席に着き1日の授業が始まる。

1日の授業が淡々と進み今日最後の授業のチャイムがなる。残るはホームルームのみだ。ウィルは一瞬で荷物をまとめると席をすごい勢いで立ち上がた。そのまま窓を開け窓から飛ぶ、魔装を展開し校舎の窓を衝撃波で鳴らすほどの全速力飛び去った。

ウィルが飛び去り姿が見えなくなった頃、ようやくチャイムがなり終えた。


「…………」


同時にクラスの面々が戦慄する。教室中央の席で体の回りに火花がほとばしり、あふれ出た魔力で赤い髪をたなびかせている鬼がいたからだ。


「今日の授業はココまで復習して置くくよにっつ」


授業を行っていた講師は逃げるように切り上げ退室する。


「あの野郎、最悪のタイミングで逃げやがって完全に授業終わってからにしろよ」


教室の最後列の席に座っていたカロルドは頭をできるだけ低くし、教室内に漂う空気を感じ取り、自らの甘い考えを呪っていた。ウィルにはクラス中に火の粉が飛ぶと言いはしたが、火の粉どころではない火の海になる。ホームルームが残されているため逃げ出すこともできず、ただただ何事も起きないことをクラス一同が願う


「ふふふふっ」


――再び静寂が訪れた教室内に少女の笑い声が響く。


どうにか火の海にならずに授業後のホームルームを終えたところ、カロルドがアリスに歩み寄る。


「アリス、たまにはウィルの自由にさせてやってもいいんじゃないか? 転入してきてから一切休みなしだろ」

「はぁあ?」


カロルドの目の前にいる鬼はご機嫌はななめのようだ。


「そうね最低でも全力の私と互角に渡り合えるぐらいになったら私も安心できるからこんなことせずに済むわね。」


カロルドはアリスの考えを聞き心のそこからウィルに同情する。アリスの実力は間違いなく同学年内ではダントツのトップだ。高等部まで合わせた6学年、学院全体で見てもかなりの上位に食い込むだろう。ウィルに課せられた条件はそんなアリスと同格以上、先日まで魔法を知らなかったものには酷というもの。


「こんなこともあろうかとウィルに探知魔法を打ち込んでおいて正解だったわ。」


そう言うとアリス机上に魔法で地図を表示した。表示された地図を見ると白く光る点が見えた。


「ふふふ。これで今ウィルがどこにいるか一瞬で分かるわ。まぁ寝てたりしたら魔力を感知できないかもだけど、ウィルの魔力量なら寝ていてもかなりの量の魔力があふれ出しているから場所は分かるわ。」


アリスは笑顔でカロルドに説明するが、普段あまり笑わないアリスの笑顔ほど恐ろしいものはない。カロルド、いやクラス全員がアリスのやっていることに恐怖し、ウィルへの哀れみの心が芽生えた。


「そこまでやるのかよ。仲がいいのは結構だが束縛しすぎじゃないか?」

「なっ――そんなんじゃないわよ! あいつが毎回毎回逃げるから仕方なく打ち込んでるのよ!」

「これが最初じゃないのか……?」

「最初どころか放課後みっちり特訓したのなんて最初の一回だけよ!! それ以降は体調が悪いやら街を案内しろだとか、挙句の果てには気が付いたら逃げてる始末。私が悪者のように言わないで!!」

「日頃サボりにサボっているツケをそろそろ払ってもらおうかしら」

「ん……?」


カロルドは聞いていた内容と少々違うことに首をかしげる。


「夜遅くまでやってるんだよな?」

「遅くまでなんてやってないわよ。日の入り後1時間ぐらいよ」

「あれ……」


食堂は基本的に朝・昼・夜の時間帯に開く。朝は授業が始まる3時間前から。昼は授業の昼休み前後1時間。夜に至っては日の入りと同時に開いて日付が変わるまで空いている。


「ウィルの言うことは信じないことね。あいつは人に同情を抱かせる天才よ」


カロルドはすべてを察したようにため息を漏らす。

既にアリスは同じような問答を学院長であるセレジアや各講師と行っていた。ウィルは何かしらの証拠をでっち上げてはセレジアをはじめとする学院の講師を利用し、アリスに自分の特訓をやめさせようとしていた。


「毎日夜遅くまで特訓しているわりには残存魔力量は一切変わってない理由はそれか。で?いまどこにいるんだ?」


そういってアリスの座っている机に展開された術式の地図を覗き込む


「いまはアレーネシアと王都サンルシアの中間辺りの森ね。こんな短時間でよくもあんなに遠くまでいけたものだわ。あれを叩きのめすにはそろそろ本気を出してもいいかしらふふふっ」

「まぁ同情する余地はないわな」


地獄の鬼すら恐怖するような笑いをするアリスだったが。急に笑顔が消え去った。


「えっなによこれ……」


アリスが地図を見ながら驚いている。地図上で先ほどまで止まっていた白い光が紫の大きな光に変わり地図上のある地点周辺を動き回っている。


「なんでこんな魔力を出しているのよ」

「どうしたんだ」


急にアリスは慌て始め地図を凝視している。


「この魔法は場所だけではなく対象の出している魔力量も見ることができるのよ。いまウィルが出している魔力は私との模擬戦の時とは比べ物にならないぐらい大きいのよ」

「戦っているってことか?」

「ええ……でもいったい誰と」


2人が地図を見ていると夕日が教室内に差し込み始め、カロルドは夕日を見ながらつぶやく


「魔物か……」


アリスはカロルドのその一言で現在起きていることの辻褄が合った。

時間的には森に生息する魔物が活動を開始する時間帯だ。


「あの馬鹿! この場所までいくわ。カロルドも来て」

「わかった。急ごう」

「とりあえず極力戦わないようにウィルを連れて逃げることだけを考えるわよ」


そう言葉を交わすと2人は教室の窓から飛び降りた。魔装を展開し急ぎ地図に反応があった場所に向かった。

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