第4話 魔装

この学院には魔法戦闘用の競技場が大小複数あり、一部は魔法技能の授業で使われる一方で、休日や放課後にはトレーニング用に使用することができる。競技場には観客席が設けられており、学院内のイベントでも使用され、戦闘の流れ弾から観客を守るため、観客席には魔術障壁が常時展開されている。


「急だったから小さいところしか借りれなかったけど、あんたがなんかヘマしても回りを巻き込む心配がないから逆に良かったかも」


暗い通路を通ると競技場のフィールドに出た。

広さは野球場ほどの大きさで、一面には芝が敷き詰めてあり日差しの中で輝いている、今日のような快晴の日にこんなところで寝れたら気持ちいいだろうなとウィルは考えていた。


「さー始めるわよ、まずは……ん?」


訓練を始めようとしていたアリスの声を遮るように、観客席のほうから2人を呼ぶ声が聞こえている。


「おーいこっちだこっち」


声のするほうをみると2.30人ぐらいの生徒が好奇心的な目で2人を見ており観客席とフィールドとの魔法障壁付近に先ほど食堂にいたカロルドがいた。


「こんな面白そうなことみんなに言わないなんてことはできなかったぜ。一足早いがウィル、お前のお披露目会だ!!」


どうやらカロルドが食堂を去った後、言いふらして回ってたみたいだクラスの大半が客席に集まっていた。


「あんなやつらのことは気にせず始めるわよ」

「とりあえず簡単な魔法弾からね」

「言われたとおりにやってみて、まず昨日の水晶と今朝の紙に魔力をこめた感じで、手に魔力を集中する、そして掌にあつめたその魔力を掌から飛ばしたい方向に魔力を向ける、そうしたら魔力を爆発させてその方向に飛ばす!」


アリスの言葉に沿ってウィルは魔力を集中させた。足元の芝がウィルから発せられる魔力でなびいている。手を正面に向け魔力を爆発させると掌に魔法陣が出現し、その瞬間紫の閃光がフィールドを駆け抜け障壁にあたって消滅した。


「おおおおー」

「まさかいきなり成功するとはおもわなかったわ。」


ウィルは掌を見ながら始めて使用する魔法に感動を覚えていた。そんなウィルを見てアリスは楽しそうに笑みをこぼす。


「あと基本的なところで言うと障壁ね。いい?障壁には2種類あって身に纏う障壁と対象との間に壁を作る障壁があるわ。試しに私に魔法弾を打ってみて。」

「ほんとにいいの?怪我しても知らないよ?」

「いいからいいから」


ウィルはアリスに向かって手を向けると魔法弾を放った。

同時にアリスも手を前に出すと前方に魔法陣が出現した。放たれた魔法弾が魔法陣に当たると拡散し消えた。


「まっこんな感じ」

「おおー」


「身に纏う障壁の方は、魔装をしていれば補助してくれるからそれで自然に覚えるはずよ。それじゃ今度は魔装に移りましょうか」


アリスはちらりと観客席の方に目を向ける。


「まぁ遅かれ早かればれることになるからいいか」


半分あきらめた態度で再びウィルに視線を戻すとビシッと腰に手を置き指をさす


「いい!魔装は魔法弾・障壁よりシンプルで簡単、あんたのそのネックレスに魔力をそそぎこむだけでいいわ」

「なるほど、ネックレスは魔装を展開するための触媒みたいなものか」


ウィルは首から提げていたネックレスの六芒星を握り締め魔力をこめた。握り締めた指の隙間から光があふれ出しウィルの全身を包みこんだ。彼を中心に芝がめくれ上がり、観客席まで届く衝撃波と閃光が走った。近くにいたアリスは風圧で髪の毛が乱れ衝撃波で盛大にすっころんでいた。皆がウィルから一度視線をはずし再びウィルのほうを見ると、漆黒の魔装を展開したウィルがいた。


「あの魔装の形と色ってもしかして」

「ああぁ間違いない」


観客席にいた生徒達がざわついている。アリスも砂だらけになりながら起き上がる。


「やるならやるっていいなさいよ!」

「あの流れじゃやれとしか聞こえなかったよ」

「むぅー何はともあれ魔装も成功ね。それにしても魔力だけは相当なものねさすがは大帝といったとこかしら」


アリスの言葉を聴き観客席にいた生徒達から歓声を上がった。

どうやら怠惰の魔装は良く知られているみたいだ。色は漆黒を基調として紫のラインが入っており、紫色の魔力が各所からあふれ出ているのが見受けられる。

ただアリスの魔装と比べると銃口や砲のようなものが見受けられない。

武装がついているアリスの魔装と比べると兵器というよりも鎧と戦闘装束を合わせたような雰囲気だ。


「この魔装って武器とかの装備とかはないのかな」

「んー見た感じななさそうね」

「武器もなしにどうやって戦うんだ」

「怠惰の大帝の魔装であれば文献通りなら剣があるはずよ。何でもいいから武器をイメージしてみて」


ウィルは武器をイメージすると。柄から刀身まで漆黒の刀が背中の腰付近の空中に7本同じ形の刀が現れた。


「おー刀か懐かしいな」


ウィルは前の世界で家の方針でなにかしら武術をマスターする必要があり、ちょうど剣術を習っていた。


「やっぱりメインデバイスは近接武器みたいね」

「やっぱりって知ってたの?」

「ええ。怠惰の大帝は他の大帝と比べてもひときわ有名で。子供向けの絵本に登場する英雄の使う魔装なのよ。だからその魔装に関してはおそらく知らない人はいないと思うわよ。ほら」


アリスは後ろを指指しながらそう言い、指の先を見ていると生徒達がまだ騒いでいた。


「んじゃ最後に飛行術式ね、といっても特に教えることはないのよね。魔装さえできれば全身に魔力を纏うイメージさえできればそのとおりに飛べるようになるわ。試しに競技場の屋根の上まで飛んで見なさい。」


魔力を体と魔装に纏うと体が宙に浮きすごい勢いで上昇していく。戦闘機で空を飛ぶのとはまったく異なり風が心地いい。

しばらくたってアリスも魔装を展開しあがってきた。


「あんた何かしらの武術の経験はある?」

「一応剣術はそこそこかな。」

「ならあんたは私の的になるはずだったけど、どうせならこの私と模擬戦よ。」

「えっとまださっき色々始めたばかりなんだけど……」

「そんなことわかってるわよ。でもこういうのは実戦の中で学んだほうが成長は早いし、もちろん手加減もしてあげるわ」


たしかにアリスの言うことも一理ある。的になるぐらいならとウィルは素直に受け入れた。という風にアリスに思わせ裏腹でウィルは邪悪に満ちた笑顔で歓喜した。剣術には絶対的な自信を持っており、今朝のお返しをこれほど早く返すことができるとは思っていなかったからだ。

この世界は基本的には男女平等だ。そして相手が猫耳美少女だろうがそのルールの範囲内だ。

と自身がやろうとしている事を正当化して自分自身に言い聞かせた。


「ルールは相手の障壁を先に一回吹き飛ばしたほうが勝ちね。このコインが地面についたらスタートよ。」

「ああ、いつでもどうぞ」

アリスはコインを投げた。コインが弧を描きながら落ちていく。

「死なないように頑張りなさい」

「え?」


地面についた瞬間アリスは後ろに距離をとりつつ手に持ったデバイスから砲撃を放った。ウィルはニヤニヤ顔が消し飛び間一髪それをかわす。アリスは間髪入れずにガンガン打ち込み、ウィルは右往左往回避するので手一杯だ。


「おい、初心者相手に大人気ないぞ!」

「吹き飛びたくなければ、がんばって反撃することね。」

「つかこの浮いてる刀はどうやって使うんだよ!!」


その後もしばらく一方的な展開が続く。ウィルは飛ぶのに慣れてきたのかアリスの攻撃を回避する動きにぎこちなさがなくなっていた。反撃に出たいウィルではあったが弾幕が濃く一定以上距離を詰められない。そんな中アリスの魔装のデバイスをじっと見つめていた。


「だいぶ慣れてきたみたいだしこっちも少し本気でいくわよ」

「えっ」


アリスは魔装での攻撃を継続しつつなにやら詠唱を始めた。アリスの周りを炎がほとばしり展開した魔法陣が徐々に大きくなっていく。


「これはかわせるかしら!《プロミネンス・レイ》!」


魔法陣から今までより遥かに大きな炎を纏った光弾が出現しウィル目掛けて飛んでいく。

ウィルは急旋回し光弾をかわしたのだがその直後に光弾がいくつもの光弾に分かれ回避直後の体制が崩れているウィルを襲い爆煙に包まれた。


「終わりかしら?」

「まだ終わってないよ」


爆煙が晴れるとウィルの前方に7本の刀のデバイスが浮いていた。ウィルは7本の刀で向かってくる光弾をすべて切り裂いていたのだ。


「めちゃくちゃね、まさか魔法を全部剣で叩き落とすなんて……」

「アリスの戦い方を見て、なんとなくデバイスの操作方法と魔力の使い方がわかってきたよ」


ウィルはデバイスの一本の刀を握り締め、刀に魔力を集約し始めた。刀を振りかぶると低く重い音が響き渡り刀は紫の光で輝き始める。


「いいわ受けてあげる。」


ウィルが刀を振り下ろすと魔力の斬撃がアリスに向かって放たれた。アリスは両手を前に突き出し自身の前方に障壁を張る。魔力の斬撃が障壁にあたると稲妻を発しながらアリスを下方へと押し込んでいく。


「く……まだよ」


アリスがさらに魔力を障壁に回そうとしたとき、斬撃が爆発し、衝撃でアリスは競技場のフィールドへと落ち土煙が立ち上った。やりすぎたかとあわててウィルも競技場内まで高度を落としてきた。


「アリス大丈夫?」

「ええ。ちょっと油断しすぎたわ。でもどうやら私の負けのようね」


その瞬間アリスの体を覆っていた魔法障壁が砕け散った。


ウィルとアリスが模擬戦をしていた頃、校舎の部屋の窓からウィル達を見る2つの人影があった。

その内1つの人影はこの学院の学院長だ。


「エリク先生。忙しいところすまないね。さっそくだがこっちに来てあそこの競技場を見てくれ」

「真実の裁定のアリスさんですか。もう片方の生徒は見たことありませんが、あのアリスさんの攻撃をかわしきっているのはすごいですね。」

「この学園に編入する生徒でアリスのチームメイトだよ。」

「明日から私のクラスに転入する生徒というのは彼ですか。アリスさんにもようやくチームができましたか。」


彼はウィルとアリスのクラスを受け持つ講師でエリク・アシャール、緑色の髪と垂れた犬耳でメガネをかけた長身の男性だ。


「彼の名はウィル・アースガルドといって、経緯は不明だがどうやら異世界の出身みたいなんだ。」

「異世界人ですか・……真実の裁定がなければ到底信じられない話でしょうが・・・事実なのでしょう。ですが私が今日ここに呼ばれた理由は紹介以外に別の理由がありそうですな。」

「結論から言うが彼は怠惰の裁定の持ち主だ」


エリクは少し後ずさりしながら自身の耳を信じられないとばかりな表情をしている。


「怠惰の魔道士ですか……子供の頃よく読んだ本を思い出しますね。怠惰でいつもやる気はないが、いざ戦闘になると先頭に立って戦い。あらゆる魔法・呪文を使いこなし悪を倒す。そして人々に笑顔をもたらす。」


子供の頃に読んだ本の怠惰の魔道士と、目の前で戦う漆黒の魔装を重ねながらヒーローにでも会っている気持ちになっていた。


「さてココからが本題になるのだが、担任になるエリク先生にあるお願いがあって今日は来てもらった。」

「お願いとは?」

「怠惰の大帝のウィル・アースガルドを監視し、もし国・世界に害をなすと判断できれば即始末していただきたい。」

「学院長!あなた何をおっしゃっているのか分かっておいでですか?怠惰の魔道士はかつて世界を救った英雄ですよ?それを始末だなんて……」


エリクには学院長の言うことが理解できずにいた。怠惰の魔道士はかつて世界を救い世界中の国々で様々な物語で語り継がれているほど英雄的な人物なのだ。

そんな人物をなぜそこまで危険視するのか、到底理解できるものではなかった。


「怠惰の魔道士が世界を救ったのは紛れもない事実。だが、それはあくまで結果を見ただけでその経緯が語られていないのが問題なのだよ。」

「経緯といいますと?」


セレジアは口元に手を置き少し考えると再びエリクに視線を戻りした。


「これは各国の王族と上位の貴族しか知らないことだ。他言無用で頼むよ」

「はい」

「まず物語などでは大帝8人で最上級の魔物・神獣を討伐したとされている。問題はその後だ。」

「どういうことですか?」

「神獣を倒した後滅びかけた世界は復興へ向かう。その時、怠惰以外の7人の大帝は国を興した。だがその直後に国土の奪い合いが始まったのだよ」

「まさか」


国土の奪い合いという表現は何が始まったかは誰にでも容易に想像ができる。


「8人の大帝での戦争だ。それを圧倒的な武力で収めたのが怠惰の大帝。怠惰以外の7人の大帝に従っていた者は虚飾の大帝の派閥以外は誰一人生き残っていない。そこから100年は大帝たちの契約精霊はマナへと戻り今は再び人と契約して、再び戦争の気配が濃くなってきた今のこの世界に、もう一度怠惰の大帝が現れた。」


エリクは歴史では語られていない驚愕の事実を聞きひどく動揺している。

前回は大帝たちのぶつかり合いは滅んだ国の領土を奪い合っての戦い。だが、今回は大きく違う点が一つある。大帝を有する国は今ではいずれも大国。セレジアの言いたいことは理解できなくはない。


「何かあったときすぐ対処できる心構えはしておいてくれたまえ」

「でっですが、文献に残る怠惰とあの転入生は別人です! それに私ではそんな怠惰の大帝の相手など務まりませんよ。魔帝の称号を持つ学院長ならば違うかもしれませんが」


この世界の魔導士の強さを表す指針はいくつかある。使用できる魔法の階位。軍属であれば階級。そしてもう一つは魔導士ギルドが世界で最強の魔導士達に与える称号、魔帝。


「そんなことはわかっているよ。だからもしもと言っただろう」


学院長は優しげに諭し、それを見たエリクもとりあえずは即行動に移すことはないだろうと確信した。


「そんなことになることはできるだけ避けたいですね」

「もちろんだよ。とりあえず今できる手は打ってある」

「なるほどそれでアリスさんとのチームですか。」

「ああ、アリスもチームを組んでいなかったし一石二鳥だろ。それに件は王宮にも今朝使いを出して報告済みだ」


再び競技場の方に目を向けるとどうやら決着がついたみたいだった。


「世界に害を為す存在となるか、救う存在となるか見届けようか」

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