第一章 闇の大帝

願いの真意

第1話 魔法の世界

空が青々とし、多種多様な生物が生きる森がある。

森の中は木々が鬱蒼と生い茂り、少し薄暗く、蛍のような光がその中を複数舞っている。


そんな森の一角に古い遺跡があった。


「俺は生きているのか……どこだここ」


直前まで戦闘機で空の上にいたはずだが、こけの生えた石畳に四隅には明かりが灯された祭壇の中央に横になっていた。


「どうなってるんだ……?」


意識を失った後に脱出装置が動いたとも考えたが、パラシュートを開いた形跡は一切ない。


墜落し機体から投げ出されたのか。ウィルが戦闘していたのは沖からかなり離れた海上だった。意識を失い運よくそのまま飛び続け島の近くで墜落したとしても一切怪我をしていないというのは明らかに異常。自分が置かれた状況に混乱し上下左右周りを見渡す。


周囲は窓は一切ない地面から壁までコケに覆われている石。

見上げれば吹き抜けになっており、かなりの高さの壁が続き、その奥に青空が見える。

周りは薄暗いため差し込む光がとてもまぶしく感じ手をかざす。


「あそこから落ちてきたのか? 機体は上か?」


戦闘機には脱出時は座席事射出され救難信号やサバイバルキット等が入っている。

ただ幸いなのはウィルはこういった事態を前もって想定していたおかげで腰には銃を携えていた。単発式のものではあるが無いよりは幾分かましだ。

銃を引き抜くとマガジンを抜き弾を確認し戻すとスライドを引いた。


「予備マガジンは1つ。30発か、まぁ十分だろ」


緊張感を持ち低い体勢でゆっくりと腰を上げる。

もしかすると敵が近くにいるかもしれない。銃を手にしてはいるがウィルの目的は敵を倒すことではない。いかに安全に捕虜となり終戦までいるか、その一転に限る。不用意に頭をあげて頭に弾を食らってしまってはたまったもんではない。

この場所は恐らくは海上のどこかの島。当初の計画では今回の攻勢で間違いなく友軍が負けることは確信し、海上のどこか有人島を敵国は前線基地にするだろうと予想し、撃墜されて救難信号を受信した敵兵に捕虜として捕まる計画。


現状の目的は3つ。ここはどこなのか。敵はいるのか。機体のもとへと行きいいタイミングで救難信号を出すこと。

周囲を警戒しつつ小走りで端まで進むと石にもたれかかるように下を覗き込んだ。

下は一面を闇が覆い、どのくらいの深さがあるのかさえわからない。

どこまでも暗く広がる闇は、吸い込まれそうな気さえする。


「――っ」


ウィルが目を凝らし、底をなんと見ようと体を乗り出し覗いていると暗闇の奥から突如突風が吹く。

バランスを崩し後ろに下がりながら石畳の石レンガに躓き、しりもちをつく。

何かが羽ばたく音のような者が聞こえると、目の前で何かが地面に落ちるような衝撃を感じた。


何かと思い目線をあげた先には、体長10メートルぐらいはあるだろうか、体の表面はうろこに覆われ巨大な翼に長い尻尾を持つ生物がいる。

そして鋭い眼光がウィルのほうに向けられていた。


一瞬の間のあと気が付くと手に持つ銃の引き金を引いていた。

巨体には命中しているが表面の鱗で弾かれ一発たりとも決定打はない。一心不乱に打ち続け予備マガジンを打ち終えた最後の一発は跳弾してウィルの頬をかすめた。


「ドラゴン? ははっは……」


目の前には空想上の生物であるはずのドラゴンがいる。もう既に死んでいて地獄にいると考えるのが今の状況的には一番納得できる。

ドラゴンはウィルを見たままじっとしている。目の前で起きていることに呆然としていると、突然背後から飛んできた光線がドラゴンに直撃し、その巨体はふらつき闇の底へと落ちていった。


後ろを振り返ると、そこには1人の少女宙に浮いてこちらに向かってくる。そしてウィルの直ぐ後ろに着地する。


「あんたここで何してるの」


少女はウィルと同じぐらいの年の頃だろう。長髪の緋色の髪。騎士のような服にローブのようなものを羽織った服装。

そして人間にはついているはずがない猫のような耳が頭についている。

少女の身なりもちろんだが、それ以上に気になることがある。妙な鎧を体に纏って細部を見ると銃口のようなものが複数見える。

先程のドラゴンへの攻撃は彼女のその砲口から放たれたものだろう。


「とりあえずここから離れるわよ」


彼女はそういいながらドラゴンを警戒し周りをキョロキョロ見渡している。


「そんなに警戒しなくてもドラゴンは君が倒しただろ」

「ドラゴンはあの程度の魔法じゃ倒せないわ」

「魔法? 何を言って……冗談言ってる場合じゃないだろ!」

「あんたこそ何を言って……っ」


少女がウィルの発する言葉にキョトンとしていると、言葉をさえぎるように暗闇の奥から突風が吹く。


「さっきのドラゴンが戻ってくる。逃げるわよ! あのドラゴンも遺跡の外までは追ってこないはず」


彼女はウィルの襟を掴むと同時に浮遊感を感じた。下を見ると2m以上既に地面から離れていた。


「飛んでる……落ちるっ落ちる!!」

「うるさい、ただの飛行術式でしょ。舌をかまないように黙っていなさい」

「飛行術式?」


少女はお構いなしに祭壇がある広場から抜けて、遺跡の巨大な柱の間を飛行していく。

かなりの速さで大きな部屋や広場や階段を飛び抜け。ほとんどの場所で古代の文明の遺産だろうか石像や石の装飾が見受けられる。

ドラゴンが後ろから追って来ているのを確認しつつ不思議な光景に目を奪われていた。

流れる景色に目を奪われているとドラゴンとの距離がじりじりと詰まってきている。


「もう直ぐ出口だけど仕方がないか。速度を上げるわよ障壁を張りなさい」

「障壁?」

「まさか、障壁も張れないの?」


発せられる初めて聞く単語の数々に彼はずっと頭をかしげる。

少女は信じられないといった顔でウィルを見る。


「まぁいいわ、風圧で呼吸ができなくなるぐらいだし外まで我慢して。」

「えっちょっ」


その瞬間速度が上がり、すさまじい風圧で顔が壁に押し付けられているようだ。

呼吸もままならない中前方に外の光が見えた。

ウィルが後ろを振ると、ドラゴンが今にも火を噴きそうなほど口の周りが炎を蓄えている。


「やばいブレスがくるわ」


そう言うと少女はウィルの足を持ち振り回し、勢いを付け手を離すと、彼は出口の光の中へと消えていった。

その直後ドラゴンのブレスが襲う。

少女は魔法障壁で防ぎながら遺跡の外まで後退し、うつ伏せに倒れているウィルの足元に着地した。


「はぁはぁ~殺す気か」

「ふぅ何とかなったわね」

「ここはどこか教えてもらえるかな」


少女に質問を投げかけると同時に上体を起こす。ウィルの視界には信じられない光景が広がっていた。

今までいた遺跡の前は湖になっており、その周りには森が広がっていた。

見たこともない動物が湖に集い、空を見上げるとどこまでも透き通るような青空、そして月よりもあるかに大きな星が空にあり、その空には空飛ぶ島さえもあった。

硬直する彼に、少女は不思議そうな表情で答える。


「何を言ってるの? ここは、オーランド皇国のアレーネシア魔導学院が管理するアレーネの森よ」

「オーランド……?」


聞いたこともない名前の国、魔法という単語。

よくお話に出てくるような空に浮かぶ島に目の前には猫耳少女。そしてさっきまでドラゴンと追いかけっこだ……彼はようやく自身がおかれた状況を理解した。


「ここはどこだ……」


たしかにこうなる直前に平和な世界にいきたいと願ったがまさか本当に別の世界に飛ばされるなんて思ってもみなかった。

少女の体が光に包まれる。纏っていた装備は光に変わり、身に付けていたペンダントに吸い込まれていった。


「私の質問にも答えてもらうわよ。あんたは何者なの? 魔導学院が管理する遺跡で何をしてたの?」

「俺の名前はウィル・アースガルド。気がついたらあの祭壇にいたんだ……」

「気がついたらって……どういうこと?」

「わからない……信じてもらえないかもしれないけど……俺はおそらくこの世界の人間じゃない」


こんな突拍子もないことを言っても信じてもらえない。そう思いつつも言わずにいられなかった。

少女が驚きの表情で語るウィルを見ている。


「嘘は……ついていない様ね」

「信じてくれるの!」

「私の魔力裁定は真実、いかなる人も私に嘘は通用しない」

「嘘を見抜く……?」


どういうものなのかはよく分からないが、信じてくれたようで嬉しく思う。


「そういえば君は?」

「私はアリス・ネクロフィア、アレーネシア魔導学院の生徒よ」


腰に手を当てながら慎ましやかな胸を張り話すアリスを見つつ、少しばかり動きを見せる耳に目が行く


「アリスさんのその耳は本物??」

「アリスでいいわよ。耳? もちろんよ。当り前じゃない」


アリスは自分の頭にある耳を触る。


「この世界は何! 何で俺はここにいるの!」

「世界?? あんたがここにいる理由なんてこっちが聞きたいわよ」

「ごめん……そうだよね……」


ウィルは思わずこの状況に取り乱してしまったが、アリスは自分のことについては教えてくれた。

この世界には人間種以外の種族も多数共存していて彼女自身も猫人種と呼ばれる種族で「獣人種」「エルフ」「人間種」といった様々な種族が存在しているらしい。

彼女の説明を聞くにつれ、落ち着きを取り戻しつつあると。


「とりあえず説明はそのくらいでいいんじゃないかな」


突然どこからともなく声が聞こえた。


「学院長!! 聞いていたんですか」

「渡り人ありしと占い出て気になってはいたが、本当に人とはね。君の占いもあたることがあるんだねぇ」

「どういうことですか!?」

「占ってあたったことなんて一度もないだろう?」

「授業だから仕方がないじゃないですか! 私だって占いなんて物やりたくありませんよ!!」


アリスはブレスレットに向かって話しかける


「何はともあれ、遺跡に入ると聞いて心配して通信機を持たせて正解だったよ。事情は大体聞かせもらった。その者を私のところに案内してもらえるかい?」

「わかりました」


アリスが身に付けているブレスレットは通信機になっており、今までの会話は通信機の相手に全て聞かれていた。通信が切れブレスレットの光っていた装飾から光が消えた。


「まだ聞きたいことがありそうな顔をしてるけど残りは後。とりあえず学院長に会ってもらうわ。ついて来て」

「学院長?」

「ええ。魔導学院の学院長よ」


ウィルは重い腰をあげ立ち上がりアリスについて歩く。

遺跡の前の道は森の中へと続き、アリスの後ろを歩きながら今後のことを考えていた。

これからどうする、元の世界に戻る方法を探すか……いやもとの世界に戻ってもすぐまた戦争に駆り出され今度こそあの世行きだ。それならばこの魔法の世界で生きる方法を模索した方が懸命な気がする。


「質問ばかりで悪いんだけど、この国は戦争とかしてるの?」


戦争をひどく嫌悪していたウィルがこの世界にで生きていくことを決めるには、まず世界が平和であることが最大の条件だった。

彼女自身のドラゴンから逃げ切れる戦闘能力と、魔道学院というのは魔法のスペシャリストを育てる場所というのは容易に想像できる。問題になるのは何のために魔法を学ぶかだ。


「昔は近隣諸国と戦争状態にあったこともあるけど、最近は小規模ないざこざはあるけど基本的にはどこの国とも友好的な関係よ」


ウィルの前いた世界の国々は、軍事を最重要に教育の現場までもが戦闘訓練や兵法の基礎などの内容がカリキュラムに入れられ、学校は勉学するところではなく兵士を育てる場所であった。

しかしこの世界の学校はあくまで勉学に励み、魔道学院は魔法を学ぶ場だ。


「さっき君が身に付けていた鎧みたいなのってなんなの?」

「鎧? 魔装のことかしら?」

「魔装って言うんだ……どういったものなの?」

「魔装は空気中のマナに命令し魔法の発動を補助するものよ」


魔法についてすごく興味がわいていたウィルは矢継早に質問を続ける。


「なら魔法って攻撃の魔法のほかにどんなのがあったりするの?」

「人を癒す回復魔法とかかしら」


そんなことを話していると森から抜け、開けた丘に出た。

地平線には太陽が沈もうとしている。


「あれがアレーネシア魔道学院よ」


アリスが指差す方を見ると教会のような建物があった。先ほどの遺跡と同じような古風な造りで、黄昏に染まり幻想的な雰囲気であった。


「さっさといくわよ」

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