怠惰な魔道士の異世界乱夢 ~異世界に迷い込んだらすでに英雄だった!?~

宮野ほたか

プロローグ

どのような人生が一番怠惰な生活が送れるだろうか。


誰しも苦労はなるべくしたくないと考えたことがあるはずだ、1日中ゴロゴロして生活できたらどれだけ幸せだろうか。そんなことを彼は毎日考えていた。


だがこの国は戦火の中にあり、その理想をかなえられる可能性は限りなく低い。


彼の名ウィル・アースガルド。まだ顔にはあどけなさが残る少年では会ったが、徴兵される年齢に迫りつつあった。戦争に行かなくていい方法を必死に考え、軍に入ることは避けられないと思い、自ら志願した。


この科学が発展した現代においても戦争という物はなくならない。

それどころか開戦すれば潜水艦・駆逐艦からは中距離ミサイルで敵国を狙い打ち、それに加え成層圏から遠い道のり。はるか彼方から飛来した弾道ミサイルが雨あられのように降り注ぐ。迎撃ミサイルの精度も安定し、目標を確実に捉え破壊するため、戦争の形態は短距離での戦艦での打ち合いと戦闘機による制空戦が主流になっている。


レーダーに探知されないステルス技術を各国が開発した結果、相手の拠点破壊には空襲。短距離高精度のレーダーでの対艦戦。科学の進歩とは裏腹に戦争の形態は時代と逆行している。


そしてそのほとんどの戦場では互いに通信網を妨害し、遠距離操作で無人機で攻撃することもかなわない。戦争の形態は結局は人自身が戦わなければならない。


北欧のある国の軍事施設の中に彼の姿がある。


軍の大学を飛び級で卒業し、本来であれば出世コースを歩むはずであったが、彼の姿は出世コースのエリートとは到底似つかない。黒髪は乱れ、身に着けているのは軍服ではなく薄汚れた作業着だ。目の前には戦闘機手には工具を持ち黙々と作業を行っている。


ここは軍の航空機の格納庫。

彼が自ら進んで志願した理由は戦場に行かなくてもいい条件を探すためで見つけたのは整備兵だ。例えエリートコースに乗ったとしても指揮官として戦場に出た時に何か起こるかもしれない。通信や衛生といったほかの軍の部署にしても必ず最前線勤務にならない保証はない、唯一可能性があるのは兵器開発だけだ。


兵器開発の部署は基本的に整備兵の中から整備兵として1年以上の実績を積んだ、優秀な人材が引き抜かれる。


そしてその一年もようやくたとうとしていた。


「まだなのか……」


機体に向き合いながらウィルは小言を漏らす。

ウィルは軍大学時代に様々は分野の勉学に勤しみ知識を蓄え、航空機の操縦技術も身に着けた。整備兵になってからは新しい兵器の提案を何度も行ってきた。ウィルには十分な手ごたえがあり上官も認めていることは小耳にはさんでいた。


だが、問題が一つあった。

戦況があまり芳しくなく、乗組員が不足した駆逐艦や巡洋艦に補充要員として整備兵が転属を言い渡されているのを格納庫内で何度も目にしている。


ウィルは気持ちが沈む中、重く感じるドアを閉め深くため息をついていた。

彼は普段どおりに整備の仕事に励んでいたところに、軍の人事局から出頭命令を受け、人事局で今後の配属転換の人事を言い渡されていた。


「ウィル・アースガルト中尉は本日付で大尉へ昇進。定員割れを起こしている第三十七航空団第三中隊長に本日付で着任するものとする」

「フィンネル准将どういうことですか!? 私は技術開発局への転属を希望しております。そのための努力も惜しまず尽力してきたつもりです!!」


人事を言い渡している大柄な男はフィンネル・マトニー。ウィルにとっては付き合いの深い人物の一人だ。ウィルの父親の旧友で親を亡くしたウィルを軍大学進学前から気にかけてくれていた。

ウィルにとっては親代わりであり、進路について腹を割って相談できる軍の中では唯一の人物だ。


「仕方がなかろう。上からの指示だ」

「だからといってっ――」


ことあるごとに相談し、今後の進路については軍大学卒業した時点でほぼ予定通りになると聞いていた。突然の方針転換に文句を言いたい気持ちがあったが、言える雰囲気でもなかった。目の前では眉間にしわを寄せ唇をかみしめている恩人がいるのだ。

今まで受けた恩義を思い返すだけでもこれ以上の言葉は出てこなかった。


手を強く握りしめ数歩下がり


「了解いたしました。拝命いたします」

「死ぬなよ」


後ろを振り返り部屋を後にしようとするウィルに向かってフィンネルは声をかけると立ち止まる。


「フィンネルさん。俺の性格はご存じですよね? 俺は何があっても生き残りますよ」

「そうだったな。また会おう」

「はっ!」


深々と一礼するとウィルは部屋を出た。自分の宿舎に荷物をまとめに戻ってきた彼は壁を強くたたいた。彼が転属された先の第三十七航空団は最前線で毎日のように戦闘機で戦い続ける部隊だ。戦闘機の整備兵だったため、整備している機体がどこの部隊で使用されているかの記録を日々目にしていた彼の記憶には、この部隊の記録は一切なかった。整備にも機体を送らず、そして定員割れという現実は、整備に送る機体が消滅したことを意味していた。


愛国心あふれる者ならば祖国のために戦うことができると歓喜するところであるのだが愛国心にあふれて軍に志願したわけではない。どうせ徴兵されるのであれば死亡率の低そうな整備兵にといった流れなのだ。


運命のいたずらに彼はただ、悲観する。


「くそ……いったい何のために軍に志願して整備士になったと思ってるんだ」


ウィルは軍からの命を捨てて祖国のために尽くせといわんばかりの配置転換に憤りながらも生き残る方法を必死に考えていた。


人事異動を伝えられてから二週間がたった頃、ウィルは戦場にいた、先日配属した第三十七航空団での初出撃だ。今回の任務は領海侵犯し進行してきている敵艦隊への遅滞戦闘を行い友軍の到着まで耐えるというものだ。だが所属する第三十七航空団で同時出撃した三十六機に対し、情報では敵艦隊には空母が三隻いることが確認されていた。一隻に少なくても二十機の戦闘機が積載されていると考えても戦力比は明らかに分が悪い。


「隊長機より各機へ敵編隊を前方に確認、友軍の到着まで遅滞戦闘に勤めよとの命令だ各位ノルマは二機だ奮闘しろ!」


部隊長が全員を鼓舞する中、第三十七航空団機は敵戦闘機と戦闘を開始した。

戦闘が始まりしばらく経ち


「ケツにつかれた誰かこいつを払ってくれ」


怒号・悲鳴が無線で飛び交う中、気がつけば仲間の機体は半分以下に減り。眼下には友軍艦隊の駆逐艦が炎をあげていた。ウィルはこの地獄のような戦場で生きのこり既に数機の敵機を撃墜していた。


「あの隊長整備兵だったんじゃないのかよ」


無線で隊員の一人がつぶやいた。ウィルは整備兵ではあったが軍大学で同期の中でも空間把握能力に優れパイロットとしての腕前は決して悪くなかったのだ。

それでもパイロットではなく整備兵になれたのはフィンネルの口添えもあったが、軍大学卒業間際に実戦訓練でスクランブル出撃し、領空侵犯してきた所属不明機と戦闘になり戦闘に夢中になるあまり友軍機と接触し墜落する事故を起こしたことが影響している。

そんなウィルだったが時間が経過するととも疲労が蓄積してきたのか、後ろを取られても振り切れない場面が目立ってきた。


「くっ振り切れない」


時間とともに仲間が減り、1対1での戦闘から1対2そして1対3と状況が悪くなる。

敵の攻撃を回避するために急旋回を繰り返し、そのたびに強烈な遠心力を身に浴び次第に意識が薄れていく。朦朧とする意識の中、ウィルは今までの悲惨な人生を思い出していた。家でゴロゴロして日々を送りたい。ただそれだけのことを望んでいただけが、戦争という時代の過ちに巻き込まれる運命に憤った。

あきらめた様に笑みを浮かべ願った。


「もし来世があるとしたら、平和な世界でゴロゴロしながら生活したいな」


そう願いながらウィルの意識は深く深くへ沈んで行った。

その後、友軍の艦隊が戦闘海域に到着した時には友軍は全滅、敵軍も多大な損害のため撤退したあとであった。

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