第6話 迎え(1)

何事もなく自宅に戻ることができて、紫姫はホッとし、銃の安全弁をつけ鞄に入れ直した。


「じゃあ、ここで。ありがとう」

 マンションが見えてきた辺りで、紫姫は翼に礼を述べて手を振る。

 だけど翼はまだ送るつもりらしい。


「マンションの前まで送るって」

「いいのに」

「ちゃんとマンションの中に入るの確認しないと、心配だろう?」

 そう言うと突然、紫姫の手を握ると先を歩いていく。


「ちょっ……!」

 ギュッと握られ、紫姫は何も言えなくなって黙って手を引かれた。


 ――こうして手を握るの、いつくらいぶりだろうか?


(……翼の手、大きくて……温かい)


 覚えている手の感触じゃない。

 小さくて、柔らかな子供の手じゃなくなって。


 トクントクン、と紫姫の胸が軽やかに奏で始める。


(やだ……っ! 翼相手に! ただの幼馴染みじゃない!)




「そう言えば、マンションの地下シェルターってどうなってるんだ?」

 突如翼に尋ねられ、紫姫はどきまぎしながら答える。

 

 今の日本には一家に地下シェルターがついている。

 区によっては、家同士地下が繋がっている所もあるようだ。


「うちのマンションで共用の地下シェルターがあるの」

「共用ならかなり広いんだろうな……」


 急に翼が止まり、紫姫の足がもつれた。


「急に止まらないでよ」

「いや、あれ……」


 翼が、マンションの前を指差す。

 見ると、マンション前に黒の高級車が数台駐車してある。

 テレビで見たことがある。


「あれって、対攻撃用にあつらえた装甲車だよな。官僚とかお偉い様が利用するようなタイプ」

「こんな普通のマンションに、偉い人が住んでいたかな……?」

 紫姫は翼の言葉に首を傾げる。


「紫姫の父さん、お偉いさんじゃん」

「偉くないよ、研究者よ。しかも古代の伝承や民俗を研究してる、しがない貧乏研究者」

「ふーん、でも前、テレビに出てたぜ?『竜を現代に甦らせる』とかなんとかって」

「それで、異世界生物を倒そうって力説してるんでしょ? 夢物語だよ」


 あの番組を見て恥ずかしくなり、テレビの電源を消した紫姫だ。



 父は昔から『竜を現代に甦らせ、異世界生物に対抗する生物兵器として活躍させる』と熱く語っていた。

 それは母が異世界生物に殺されてから加速し、滅多に家に帰らなくなった。


(しかも、いつの間に再婚して……)

 口紅ババァと翼が呼んだ義母は、父の研究所にいた受付の女性だったと。

 どうやって父に取り入ったのか、紫姫は知らない。


 ただ、父がいてもいなくても我が物顔でマンションにいついて、

「もっと資産持ちだと思っていたのに……お金持っているとふんで結婚したのに」

とぶつくさ言っている。


「……とにかく、ありがとう。翼も早く家に帰って」


「あ、ああ」

「……手」

「えっ?」

「手、放してくれないと」

「あっ、ごめん」


 自分のしたことに翼はようやく気付いたのか、パッと手を放す。

 顔を真っ赤にしている彼を見て、紫姫も頬を赤らめた。

 

 こんなこと、小さい頃は度々あることだったのに、今やるとこんなに恥ずかしいことなんて。

 おかしな気分に胸がくすぐったくなる。


 翼と視線が合い、クスリと小さく笑い合う。




 すると――


「紫姫!」


 と荒げた声が後ろから聞こえて、それが誰なのか分かり驚いて紫姫は声の主に振り向いた。

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