第5話 幼馴染み

「龍ヶ花、良かった。まだいた!」


 教室の扉を開けると同時、市橋翼が紫姫に声をかけてきた。

 全力で駆けてきたのか息が荒く、朝見た時は整っていた髪も乱れている。


「市橋? どうしたの? もう授業始まってるよ? 忘れ物?」

「違うって。お前んちのマンション前まで送ってやるって」


 市橋翼 《いちはしたすく》はそう言いながら、鞄の中に銃が入ってることを確認し、閉める。


「はっ? いいよ。警戒体勢、解除したんだし」

「何言ってるんだよ。普段から登下校は、二人以上連れ添って帰れって言われてるだろ?」

「いらない」

 紫姫は冷たく断り、翼の横をすり抜けていく。


「強がるなって」


 すげない紫姫の後ろ姿を呑気に追いながら、翼は言った。




 翼は、紫姫の幼馴染みで幼い頃からの顔見知りだった。


 こうして同じ高校に通うことになったが、登下校に一緒になることはなかった。


 翼は、ルックスもそこそこで運動神経もよく、話も面白い。

 常に友達に囲まれている存在だし、紫姫は紫姫で中学からの親友の森田利香と一緒にいたから。


「それに、俺も早退できるからラッキーだったりする。こういうの内申に響かないからなぁ」

「それで立候補したわけ?」

「まあな」と明るく答える翼と下駄箱で向き合う。


「……良いんだよ? 気を使わなくて」

「んだよ、気をつかってなんかないよ」

「私に構うと、みんなから除け者にされるから」


 一瞬、二人の間で時を刻むのが止んだように見えた。


 だがそれは、ほんの束の間で翼の拳骨がポン、と紫姫の頭上に落ちる。


「――いったぁ!」

「軽くごついただけだろ! お前の石頭に本気でごついてみろ、俺の拳がヤバイわ!」

「あんたは軽くしたつもりだって私は――」

「森田のことはお前のせいじゃない。ちょっと状況考えれば、そんなこと猿でも分かる」


「……」


「森田の母さん。今は誰かのせいにしたい気持ちは分かるよ。森田の父さんは、わざわざ学校まで謝りにきて訂正しにきてくれたんだろ?」

「うん……」

「嘘、ばらまいて事を大袈裟にしたのは、お前んとこの口紅ババァだし」

「口紅ババァって……」


 紫姫は義母の顔を思いだし、噴きだしてしまった。

 確かに、鮮やかすぎる朱の口紅を好んで使っているようだが。


「知らね? 近所で『確認生物・口裂け』って呼ばれてんだぜ?」


「何、それ……! お、おかしい……! 的確……!」

「だろ?」


 下駄箱で二人、声を殺して笑いあった。

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