第3話 龍ヶ花紫姫

「龍ヶ花さん、龍ヶ花紫姫さん」


「はい?」


 顧問に呼ばれ彼女は立ち止まると、自分を呼んだ相手に振り返る。


 豊かな黒髪は碧の光沢があり、素直に背中へと流れている。その髪が振り向き様、軽やかに踊る。

 スッ、と通った鼻筋。

 口はやや小さめでリップを塗っているせいか艶やかだ。

 闇のような色の瞳は近づいてみれば、実は紫色だと分かる。


 ――だから、母が名前に一文字入れたのだ、と本人から聞いたことがある。


 すらりとしたモデル体型は教師でありながら同性として、羨望の眼差しで見ざるえない。

 嫉妬にかられそうになるが自分が思わず魅入ってしまうのは、それだけではないと気付いていた。


 彼女の纏う雰囲気――他の女子高生、いや、自分を含む女性達と『何か』が違うのだ。




「……先生? 私、次の授業、移動だからもう行かないと……」


 龍ヶ花紫姫が首を傾げる。


 見惚れてた!――用件を告げないと、と遊佐と呼ばれた女教師は慌ててしまい声が裏返ってしまった。


「ご両親から連絡がきて、すぐに帰ってきなさい、と」

「えっ? どうしてですか?」

「お母さま、電話口でひどく慌ててて、『不幸があったからすぐに帰らせてください』と、おっしゃっていたわよ」

「あの人が……?」

 顧問の話しに紫姫は、怪訝そうに眉間に皺をよせた。


「あの人」と彼女が言うには理由がある。

 今の母は後妻で、仲はあまりよくないらしい。

 それを裏付けるように、進路を決める時期なのに三者面談に義理の母親はやってこない。


 紫姫は少し考えてから「分かりました」と返した。


「気をつけて帰りなさいね。『防衛』の物はいつでも出せるようにしておくのよ。その前にシェルターに逃げるのは最優先だからね」

「はぁい、分かってます」


 紫姫は物心がついた時からの習慣の復唱に、少々うんざりして答えた。


「龍ヶ花さん。先月、隣の区が襲撃を受けて、クラスメイトの森田さんが亡くなったでしょう? 油断しては駄目」


 とたん、紫姫の表情がなくなり、能面のようになる。


 顧問は自分が失言したことに気付く。


「……ごめんね。森田さん、龍ヶ花さんの親友だったわよね……」

「いえ……。すみません。気を付けます」


 無表情で返してきた紫姫に、顧問は心配そうに顔を覗いてくる。


「……先生は……」

「ん? なあに?」


 若いが、紫姫にも誰にも分け隔てなく親身になってくれる熱心な新任教師だ。


(あの話を、知らないわけではないはずなのに……)



 先生は自分を心配してくれている――紫姫は、そう思うとまだ世の中、捨てたもんじゃないな、と十代とは思えない感想を頭に浮かべ、足早に教室へと戻っていった。






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