心霊カーナビゲート⑧
夜深く、けたたましいサイレンが耳朶を揺らした。 慌てて飛び起き、大切な子供たちの元へと向かう。 徴兵された夫との間に生まれた、命よりも大切な双子。
名前を綾斗(アヤト)と綾奈(アヤナ)といった。
「すぐ逃げるよ!」
鳴っているのは空襲警報で、このままぼーっとしていたら、おそらく三人とも死んでしまうだろう。 綾斗と綾奈もその意味をしっかり分かっている。 簡単に準備を済ますと三人は家を出た。
通りは既にパニック状態になっていた。 人々は防災頭巾を被り、我先にと防空壕へと向かっている。
「絶対はぐれちゃだめよ」
私は二人に強く言い聞かせた。 同時に抱きかかえられるような年齢でもないので、はぐれてしまえば終わり。 手を握ってもいられない。 二人が自分に付いてきてくれることを祈るしかなかった。
―――大丈夫よ。
―――今まで、何度もやっていることなんだから。
今までは、だ。 今回の空襲が今までと大きく違ったのは、爆弾がすぐ近くに落ちたこと。 運悪く破片が飛び散り、母親である自分の足を大きく穿ったこと。
「お母さんっ!」
二人の呼び声がまるで遠い彼方にあるように思えた。 この足じゃ逃げられない、それが分かった。 泣き叫ぶ二人に最後の体力を使って言い放つ。
「逃げなさいっ! いつも逃げてるところに! お母さんは大丈夫、必ず後から行くから」
「嫌だよ・・・だって、お母さん、足が・・・」
「迷惑なのよ・・・」
「・・・え」
「いつもいつも泣いてばかり、心配かけてばかり。 あんたたちが足を引っ張らなければ、私は逃げられる。 だから今すぐ目の前から消えて! 邪魔なのよ、嫌いなのよ、あんたたちなんか・・・」
涙が出そうになるのを堪えた。 涙を流せば不安にさせる。 二人を助けるには突き放すしか方法がないと思った。 足からはドクドクと血が流れ、全身が脱力する。 酷く寒く震えがくる。
もう死の淵に足をかけているのが分かった。 それが分かったのか、本当に突き放されたと思ったか、綾斗は綾奈に小さく言った。
「行こう・・・」
「・・・ぁ」
弱音が漏れそうになるのをかみ殺すと、奥歯が欠けた。
「これを持っていきなさい」
渡したのは、用意しておいた非常食と持ち出したお金だ。 重量がそこそこあったので自分が持っていたが、助からない自分が持っていても仕方がない。
「お母さん、ありがとう」
その言葉が一番つらかった。 もう会うことができないのだと、改めて思い知らされた。 だが何よりも大切なのは二人の命であり、終わった自分はただここで朽ちるしかない。
「行きなさい」
「お兄ちゃん・・・お母さん、置いてっちゃうの・・・?」
「早く行きなさい!」
綾奈の体がびくりと震える。 そのまま綾斗に連れられるよう、二人は防空壕へと向けて駆けていった。
―――これでいい。
―――秀一さん・・・私、頑張ったよ。
姿が見えなくなると、もうずっと会っていない夫の顔が頭に浮かび涙が溢れてきた。 同時に、死にたくないと強く思ってしまった。 着ていた服を引き裂き、足の止血をする。
だがそれだけだ。 もう立つ力も残っていなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます