第183話 閑話:夢見る乙女

 アレク達が王都に向かい、既に三ヶ月が経ちました。風の噂では、大きな成果を上げたそうです。アレクの事なので、とても多くの人を驚かせた事でしょう……。


 そして、残された私――アンリエッタはと言うと、ポルクの手伝いで大忙しの毎日です。


 具体的には来客の対応です。忙しいポルクに代わり、王国内外の貴族や、街の有権者との相手を行っています。


 その内容は様々で、ヴォルクス領と懇親を深めたいという提案から、ポルクへの縁談話……。街の有権者からは、便宜を図って欲しいと言う嘆願等もありますね……。


 いずれも、ポルクが相手をするまでも無い内容なのです。しかし、相手が無碍に出来ない立場の者だったりする訳です。


 そういった方々の相手は、フェーズさんやセスでは非常に荷が重い。ぞんざいに扱われたと、変に逆恨みする者が出たりするものですから……。


 そんな訳で、私の仕事は来客の話しを聞き、その内容をポルクに伝えるという簡単なもの。ただ、その来客の数が多く、自由な時間が無いのが唯一の不満ですが……。


 なお、今の私は夕食後の入浴を終え、今は自室で休息を取っている所です。窓からそっと城下の様子を眺め、未だ明りの灯る街に小さく笑います。


「昔より、明りの数が増えましたね……」


 数年前であれば、この時間にここまでの明かりは灯っていませんでした。飲食街等の一部を除き、その殆どは夜になれば眠りに着いていましたので……。


 しかし、今は魔法の明かりが多く配られました。夜に働く人が増えました。お店の数も、爆発的に増えました。


 それは、このヴォルクスが、大きく発展した事の証でもあります。領主の姉としては、喜ぶべき事なのでしょう。


 ――けれど、私の胸は、ぽっかりと穴が開いたみたいです。


 アレクが側に居ない……。それだけで、喜びが半減してしまうのです……。


 少し前までの一年間、ずっと同じ屋根の下で生活を共にしていたのです。その日々が脳裏に刻まれ、この静かな夜が、とても寂しく感じられる為です……。


「今頃、アレクは何をしてるのでしょうか……?」


 離れた地にいるアレクを思います。そして、すぐに思い至ります。


 ……アレクならきっと、今も働いているのだろうと。


 私は微笑みながら、すぐ隣の戸棚に手を伸ばします。そこには鍵付きの、二つの宝石箱が置かれています。私はその一つに、そっと手で触れました。


 この中に入っているのは、宝石ではありません。収められているのは、エドワード様からの手紙です。


 手紙の内容は、『アレクとどう接すれば良いか?』という問いです。王位継承直後に、エドワード様から届いた質問となっています。


 ……事情を知らない者からすれば、意外な手紙となるでしょう。


 何せ、私とエドワード元王子との婚約を知る者は、数える程しか居ません。それは、当然ながら、アレクも含みます……。


 勿論、それは正式な話ではありませんでした。王位継承がエドワード様に決まった場合。或いは、シャルロッテ王女に傾きそうな場合に、切り札として考えられていた手段だからです。


 その話が公になっていれば、アレクとの恋仲等は有り得ませんでしたからね……。


 ――と、話がそれました。今は、エドワード様からの問いの件でしたね。


 私は何度か秘密裏に交流があり、エドワード様の人となりは把握していました。ですので、返事としては『アレクを友達として接して下さい』と返しています。


 アレクは信頼には信頼で応えます。友人として接すれば、アレクも同じ様に友人として返します。


 そして、アレクは友人を裏切りません。友人が困っていたら、何を置いても助けようとします。だからこそ、エドワード様はアレクと友人になるべきなのです。


 それこそが、ペンドラゴン王国をより良く導く結果になるのでしょうから……。


「そういう意味では、あの二人は相性が良いのですよね……」


 エドワード様は、自分が凡人という事を自覚しています。幼少期よりロッテ王女と比べられ、その才能に勝てないと早くから気付いた為です。


 しかし、その結果として、エドワード様は人を頼る事を覚えました。自分に能力が無いからこそ、能力がある者に任せる事を覚えたのです。その任せた人物が、どうすれば能力を発揮するかも含めて……。


 エドワード様ならきっと、アレクが働きやすい環境を用意する事でしょう。そして、その環境の中で、アレクは十分に能力を発揮する。その結果、王都はヴォルクスの様に発展するのです。


 それを考えると、アレクが仕事に没頭する姿が目に浮かびます。きっと楽しく働き続けるのでしょうね。私の気持ちなんて考えもせずに……。


「本当に、そういう所だけは鈍いのですから……」


 私はアレクとの出会いを思い出します。初めての出会いでは、少々上がり過ぎて、おかしなテンションとなってしまいましたね……。


 そして、憧れの賢者ゲイル様の後継者――アレクとの日々は、衝撃の連続でした。


 穏やかで大人しそうな青年。しかし、私が公爵令嬢と知っても、普通の少女と同じ様に接します……。


 私が同席している場でも、平然とクラン運営に関わる話をする。普通であれば秘密にする様な情報でも、気にせず話してしまう……。


 あまつさえは、トップクランである『黄金の剣』のリーダーを紹介した日です。リュートの話を聞き、その場で悪魔公ダークレムの復活を予言。しかも、その場で対策まで説明し始めるのです……。


 その後の活動でも、何度も驚かされました。メンバー全員の目指す道を示し、どんな強大な敵にも勝利し続ける、その後ろ姿に……。


 先を見据えるリーダーとしての視点。そして、あらゆる状況を想定した危機管理能力。更には計り知れない程の、膨大な知識……。


 これが伝説の英雄の後継者……。かつてのゲイル様も、これ程に凄かったのかと、驚かされた物です……。


「でも……。そうではありませんね……」


 私が最も驚かされたのは、アレクの表れたタイミング。そして、運命を感じさせるアレクの行動の数々なのです。


 お母様が亡くなり、アベル兄様が変われれた……。あの日、泣き叫ぶポルクを抱きしめ、私は心を決めました……。この身は、ヴォルクス領――そして、家族の為に捧げようと……。


 その為、お父様が秘密裏に進めた望まぬ婚約話も、私は平然と受け入れました。ポルクの為に立ち上げた『銀の翼竜』を引き渡したら、その後は王都へ嫁いで行くのだと。


 ――しかし、残り一年という所で、アレクが現れました。


 賢者ゲイル様の英雄譚サーガでは、泣き叫ぶ子供の前に現れ、そんな子供を助ける話もあります。多くの人々が知り、子供の頃に聞かされる話です。


 私はその英雄譚サーガを思い出し、心の奥底で期待してしまいました。この人なら、私の運命を変えてくれるのではないかと……。


 そして、アレクはヴォルクスで、多くの実績を残しました。それにより、お父様が本気で、アレクを取り込む事を検討し始めました。


 悪魔公ダークレムを討伐した夜、お父様は仰りました。二人がが望むなら、エドワード様との婚約を破棄しても良いと……。


 そして、その可能性があるかを確かめる為、お父様は行動を起こしたのです。アレク達『白の叡智』の旅行に、私が付いて行ける様に手配してくれたのです。


 ……その為に、私が泣き叫んだという理由は、今でも不満が残っていますが。


 更には、セスも協力してくれました。少々強引な所もありましたが、アレクに私への気持ちが――ほんの僅かな可能性でも――有るのかを確かめようと……。


 しかし、アレクの反応は思わしくありません。友人の様には接してくれました。しかし、私の気持ちに応える素振りは、まったく見せてくれませんでした。


 私は諦めの気持ちで、帰路へと付く事になります。重い気持ちで看板へ上がると、そこでアレクと出会い、二人きりとなったのです。


 ――そして、奇跡が起こります。


 アレクが初めて、私に心を開いて見せたのです。普段は誰にも見せない、隠された表情が、僅かに顔を出してくれたのです。


 そのお陰もあったのでしょう。アレクは私に対し、気持ちを示してくれました。ハッキリとは言ってくれませんでしたが、私に可能性がある事を示してくれたのです……。


 それからアレクは、ヴォルクスを更に活性化しました。ポルクの心も救ってくれました。お兄様の命まで、救ってくれました……。


 お父様の事は今でも悲しいです……。でも、辛い時にも、ずっと側にいてくれたのです……。


 ――だから、私はアレクの力になりたい。


 出来るなら、ずっと側で、彼の事を支える存在になりたいのです……。


「アレク……」


 私はもう一つの宝石箱に手を伸ばします。そして、そっと蓋を開き、それを手に取ります。収められた、青い石のネックレスを……。


 これは、私の一番の宝物。アレクがくれた、大切な思い出の品。これを見る度に、私はあの日の感動が蘇って来るのです……。


「頑張らなければ……。アレクに相応しい女性になる為に……!」


 こうして今日もまた、アレクから元気を貰います。この宝物のお陰で、私は毎日を乗り切れているのです。


 私は大切な宝物を、再び宝石箱へと戻します。名残惜しさを感じながらも、そっと蓋を閉じました。


 そして、私は明かりを消すと、ベッドへと向かいます。アレクとの再会を夢見て、今夜も私は眠りに付くのでした……。

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