第182話 アレク、王都に凱旋する
竜の渓谷での狩りを終え、ボク達は王都へと戻って来た。当然ながら、レッド・ドラゴンを含むドラゴン十体を、土産として持ち帰っている。
……そして、ボクは王都の手前で、新しい馬車に乗り換える。マルコ副団長が用意した、オープンタイプの派手な馬車である。
ちなみに、馬を引くのはゴーシュ小隊長。ボクの右手側には、マルコ副団長、左手側にはアンナが座っている。これは、宮廷魔術師団のお披露目を兼ねているらしい。
上を見上げれば、十体のワイバーンの姿。後ろを見れば、メンバーを乗せた五台の馬車に、ドラゴンを乗せた十台の荷馬車が列を成している。
……うん、とっても派手な行進になりそうだね。
ボクは馬車に揺られ、外郭の正門を見上げる。そして、諦めの口調で呟いた。
「これじゃあ、まるで凱旋パレードだな……」
「何を仰ってるんですか? 『まるで』ではなく、これは紛れも無く凱旋パレードですが……?」
隣を見ると、マルコ副団長が呆れた視線を向けていた。どうやら、ボクの呟きが聞こえていたらしい。
ボクが苦笑で返すと、反対に座るアンナも反応を示す。アンナは呆れた表情で、マルコ副団長に言い放った。
「マルコ副団長はわかってない……。お兄ちゃんは、ちゃんとわかってる……。わかった上で、現実逃避してるだけ……」
「いや、それもどうなんでしょうか……?」
アンナの反論に、マルコ副団長は困った表情を浮かべる。そんな彼の反応に、アンナはやれやれと首を振っていた。
……うん、アンナが猫を被るのを止めている。彼に心を開いたみたいで何よりだ!
そんな感じで、どうでも良いやり取りをしていると、馬車が王都の大通りを進んで行く。王城へと一直線に向かう、中央の大通りである。
そして、当然ながら、そこは王都の城下町。ボク達の馬車を目にした市民の皆さんが、足を止めてボク達を注視していた。
「アレク団長、アンナ副団長。皆さんへ笑顔で手を振って下さい」
「ええ、わかりました」
「うん、わかった……」
ボク達はマルコ副団長の言葉に従い、城下町の市民に愛想を振りまく。これは凱旋パレードなのだし、こうする事が自然な事なのだ……。
そうやって、自分を言い聞かせながら、ボクは街の反応を伺う。市民の皆は、ボク達一行の正体に気付いたらしく、すぐにワッと盛り上がりを見せた。
近くの者は、ボク達に向かって手を振り返す。少し離れた者は、上空や背後の荷台を指差している。更に離れた者は、遠くの人達に声を掛けに行っていた。
いずれにしても、皆が驚きを示した後に、その顔に笑みを浮かべる。この国を象徴する新たな力に、皆が活気に沸いていた。
……まあ、それも仕方が無い事だろう。少し前まで、王都からは活気が消えていた。
商業都市ヴォルクスにあらゆる面で追い抜かれ、王国一という誇りを失った為である。王都の市民は誰もが心に、やり切れない思いを抱えていたのだ。
しかし、皆はボクがやって来て、王都の未来に期待を持った。ヴォルクスはボクとポルクの二人で発展させた。その片割れが移ったのだから、王都も同じく変わるのだろうと期待した。
そして、待たせる事三ヶ月。ようやく、彼等の前に、その結果が披露されたのである。
「まあ、本当に変わるのは、これから何だけどね……」
なにせ、今回のパレードは、市民にわかりやすく見せる為の見世物でしか無い。王国には、一万人を擁する騎士団が存在するのだ。百人にも満たない兵団等、本来は大した戦力増強とは言えない……。
しかし、確かに前進しているという事は示せた。王都の市民に、安心を与え、気持ちを前に向けれる様にはなったはずである。この先の改革と発展には、そういった一人一人の気持ちが重要なのである。
その為に、ボクはドラゴン狩りを決め、市民への見世物になる事を決めたのだ……。
「……何だか、懐かしい気もする」
「うん、そうだね……」
アンナの呟きに、ボクも同意を返す。大通りに集まって来る人々の顔に、既視感の様な物を感じていたからだ。
そして、その正体も理解している。この状況は、ポルクが領主に就任した直後の、ヴォルクス領と同じだからである。
自分達の上に立つ人間が変わる。どうしても、領民の心には不安と期待が入り混じる。その状態はとても不安定で、協力的にも、非協力的にも転びかねない状況なのだ。
ヴォルクス領では、ボクとポルクが手を取り合った。それを見て、市民は不安より期待が上回り、新たな領主を支える事を決めた。
……勿論、前領主であるユリウスさんの影響も大きかったとは思うけど。
そして、エドワード国王に関しても、少し前までは領民の心が不安定だった。ボクと言うプラス要素はあるけど、少し前までの派閥争いの件もある。
ボクが思う様に結果を出せなければ……。エドとボクの仲が、思ったより悪かったら……。
目に見える何かが無ければ、人々の心には猜疑心が生まれてしまう。本当に協力して良いのか、決め切れない状況にあったのだ。
それが、どんな形であれ、一つの結果を示してくれた。人々の心が、良い未来に期待したいと、願う方向へと傾き始めたのである。
「アレク団長……。前方をご覧下さい……」
「うん……?」
前方にはペンドラゴン城が聳え立つ。そして、その城門前には、整列した騎士達の姿が見える。
整列した騎士達は、一糸乱れぬ動きで二つの列に分かれる。その中央には道が出来上がり、その道の先には、一人の人物が立っていた。
「エド……?」
ペンドラゴンの十四代目国王。エドワード新国王が、王城から城下町まで出向いて来たのだ。ボク達の帰還を迎える為に……。
当然ながら、市民の中でもざわめきが起こる。国王が直々に、配下の出迎えに足を運んだからである。
「説得に成功したんだ……」
「ええ、その様ですね……」
パフォーマンスとしては効果は高いと思われた。ボクとエドの仲を、目に見える形で、領民に示せる為である。
しかし、騎士団長の強い反対があった。国王が城下町に出歩く等、危険以外の何物でもないと。
……騎士団長の本心は別にあるだろうが、そこは敢えて言及しなくても良いよね?
まあ、そんな感じで、ボク達の出発までに、騎士団長の反対が続いたのだ。ボク達の出発後に、エドの説得は難しいと考えていた。正直、余り期待はしていなかったのだけど……。
「ん……?」
そこで、ボクは気付く。エドから少し離れた場所に、ヴェインさんが立っている事に。
ヴェインさんは、ボクの視線に気付いたらしい。ニヤリと笑い、親指を立てて見せた。
「なるほど……。協力する事にしたんだ……」
ヴェインさんの協力があれば、騎士団長の説得も可能だろう。何せ彼等の弱みを、これでもかと言う程に、ヴェインさんは握っているのだから。
ただ、ヴェインさんは王族や貴族を嫌っていた。どういう心変わりか、気になる所ではあるね。
「まあ、それは後々、聞かせて貰う事にするか……」
ボクはゴーシュ小隊長に声を掛ける。そして、馬を止めて、馬車から降り立つ。
そして、ボクは前方に視線を向ける。そこには、満面の笑みを浮かべた、エドの姿があった。
ボクは苦笑を浮かべ、エドに向かって足を進めるのだった……。
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