第180話 アレク、戦果を求める

 ボクが王宮に入り、既に三ヶ月が経過した。エドからの要望で、そろそろ何らかの実績が欲しいとの事だ。


 何せ、周囲の貴族や市民から、王家に対する風当たりは強い。ボクが王宮に入った期待も高く、何の成果も出ていない事に不満が上がり始めているらしい。


 ……実はボクとエドの仲は、余り良くないのではという噂と共に。


 そんな訳で、ボクは宮廷魔術師団を率いて、竜の渓谷へとやって来た。編成した部隊の腕試しも兼ねて、ここのドラゴンを十匹程度狩り獲る予定である。


「いやあ、中々の大所帯になって来ましたね~」


「ははは、持ち帰る戦果が戦果ですしな。それは、仕方が無い事でしょう」


 馬車の中で呟くボク。その言葉に反応したのは、隣に座る茶髪の中年男性だった。


 彼は魔物博士のケビン。飛竜王国から派遣されて来た、ベテラン魔物調教師のリーダーである。


 ちなみに、魔物博士は、魔物調教師Lv30、黒魔術師Lv30で習得出来る上級職。あらゆる魔物の特性を把握し、調教テイムした魔物の補助・強化を得意とする。


「ですが、今回の案件でしたら、スティール・アントが最適でしょう。ドラゴン・ブレスにさえ気を付ければ、これ程輸送に便利な魔物はおりませんからな」


 ケビンは胸を張ってボクへと説明する。余程、今回の提案に自信があるのだろう。


 ちなみに、ケビンは服装こそ学者風のローブ姿だが、筋肉隆々で粗野な顔立ちの男だ。どう見ても、研究室で閉じこもるより、フィールドワークを得意とするタイプである。


 ……まあ、その知識は本物なので、見た目や性格は二の次なのだが。


 そして、ボクは馬車の窓から、背後の列に視線を送る。そこには成人男性程の巨大蟻がペアを組み、空の荷台を引いていた。


 しかも、その荷台の数は十台。スティール・アントの数はニ十匹となっている。


「スティール・アントは、非常に強靭な肉体を持っております。魔法には滅法弱いですが、物理攻撃には滅法強い! その上、怪力の持ち主ですから、ドラゴンだって運搬可能なのです!」


「ええ、この後を考えれば、とても頼もしい限りですね」


 ボクの返事に、ケビンは満足そうに頷いていた。そして、続けてスティール・アントの特性を説明し続ける。


 ……ボクはそれを適当に聞き流す。そして、この後の事に考えを巡らせる。


 ちなみに、今回の目的はレッド・ドラゴン等の、ドラゴン種十体を討伐・回収する事である。そのドラゴンを戦果として、王都ブランへの凱旋を果たす事だったりする。


 そして、その輸送手段が、先程のスティール・アントだ。ケビンと三人の弟子が育てた、王都の魔物調教師ビースト・テイマー調教テイムした魔物である。


 ケビンが三ヶ月掛けて五人の新弟子達を育てた。そして、彼等は一週間掛けて、ニ十匹のスティール・アントを調教テイムして来たのだ。


 ワイバーンの調教テイムにはレベルが足りないが、それでも貴重な魔物調教師ビースト・テイマーが手に入った。このまま順調に育ち、ゆくゆくは王国内での魔物調教師ビースト・テイマー育成に関わって貰いたい所だ……。


 ボクはぼんやりと、窓から外を眺めていた。すると、前方から猛スピードで迫る、黒い影に気が付いた。


 ……あの影は、ロレーヌかな?


 じっと見つめていると、その影はあっという間に辿り着く。一直線にボクの馬車へと向かい、窓から中へと滑り込んで来る。


「えへへ……。軽く、偵察してきたよ!」


「おかえり。様子はどうだった?」


 ロレーヌはいつもの笑みを、ボクへと向ける。その姿は、全身真っ黒なアサシン・スーツ。戦闘を想定した、完全武装状態である。


 ボクの問い掛けに、ロレーヌは二ッと口を歪める。そして、偵察結果を報告してくれる。


「このまま三十分も進めば、レッド・ドラゴンが一匹。そこから三十分圏内に、ドラゴンの気配が五匹って所かな? 距離的には開きがあるし、各個撃破できそうな感じだったよ!」


「それは良かった。初陣としては、ベストな状態になりそうだね」


 今回は三十人の魔導士ウィザードに、五人の医術師ドクター。それに十人の飛竜騎士隊ドラグーンという編成だ。


 本当は、残り五人の賢者セージが加われば完璧だった。しかし、賢者セージは完全に一からの育成となった為、今回の遠征には間に合わなかったのだ。それでも、残り数か月あれば、彼等も無事に転職出来る予定だけど。


「他の皆も気合十分って感じだしね。今回の遠征は無事に終わりそうだね!」


「うん。皆もいるし、死傷者無しに戻れる予定だよ」


 ロレーヌの言う皆とは、『白の叡智』の元メンバーの事である。万全を期す為に、ギリー、アンナ、ルージュ、ハティ、ギルにも同行して貰っている。


 ……正直な話、このメンバーだけでも十匹のドラゴンは余裕な位だ。


「ははは、噂に名高い『白の叡智』の皆さんですか。機会があれば、その活躍も目にしたい所ですな!」


「いえいえ、今回の遠征では出番は無いかと。ボクの宮廷魔術師団も、中々の物ですからね」


 ボクは胸を張り、ニヤリと笑って返す。ケビンは一瞬驚いた表情を浮かべるが、すぐに笑顔で頷いて見せた。


「相当な自信ですな……。それでは、宮廷魔術師団の活躍を楽しみに致しましょう!」


 ケビンの言葉に、ボクは小さく頷く。そして、それを見たロレーヌも、楽しそうに笑顔を浮かべる。


 ロレーヌは軽く手を振ると、窓枠に手を掛けて言葉を放つ。


「それじゃあ、アンナちゃんとマルコさんにも伝えてくるね。その後は、ハティ達の馬車で休んでるから」


「わかった。戦闘が始まるまでは、ゆっくり休んでね」


 ボクの言葉を聞くと、ロレーヌはサッと窓から飛び出して行った。ドアを開ければとも思うが、いずれにしても走行中の馬車だ。余り大差は無さそうか……。


 ボクは再び窓から外を眺める。この後の戦闘を、頭の中でシミュレートしながら。


 そして、揺れる馬車に身を委ねて待つ。ケビンの言葉を、適当に聞き流しながら……。

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