第178話 アレク、王都クランを正す
王城内の応接室。そこでボクは、ルージュ、ハティと向かい合って座っていた。
彼等と話す内容は、王都クランの今後について。今の二人は、クラン事務局の幹部と顔合わせを終え、その報告に戻って来た所であった。
「それで、幹部の様子はどんな感じだったの?」
「ええ、余り良い様子とは言えないですね……」
ボクの質問に、ルージュは苦い表情で返す。どうやら、思った以上に事務局は腐っていたのだろう。
その証拠という訳では無いが、ハティが急にテーブルを叩く。憤った様子で、不満を一気に吐き出して来た。
「あれはダメだ! あいつら、初っ端から賄賂渡そうとして来たんだ! 金がダメなら女性とか……。その、色々と探って来て、真っ当に話せる相手じゃなかった!」
「ええ、まあ……。ハティ殿には、少々毒気が強かったかもしれませんね……」
ハティの怒りに、ルージュは苦笑を浮かべていた。恐らくは、貴族の作法を知るルージュからすれば、その程度は可愛い物だったのかもしれない。
しかし、一般市民であるハティからは、それは不正に手を染める行為。決して見逃せない悪事に映ったのだろう。
何となく状況を察したボクは、ルージュに対して話を続ける。
「それじゃあ、クラン事務局の正常化は難しそうかな? 話し合いにもならなそう?」
「『精霊の守り人』のリリアナ殿も協力して頂けています。話し合い自体は、続ける事が可能でしょう。ただ、のらりくらりと逃げられ、改革は中々に進まないかと……」
「リーダー、中身を全部入れ替えた方が早いって! ドリーさんとグランさんが、王都に来たがらない訳だ……。ここの冒険者や事務員達は、大半が腐ってしまっている!」
まずは視察と思ったけど、やはり状況は事前に聞いた通りか……。リリアナさんの協力も得られたし、少しは可能性があるかと思ったんだけどな……。
とはいえ、ハティの言う過激な提案は却下だ。事務員を全入替なんて、クランの活動が完全に停止してしまう。人手の調達も難しいし、立ち上がるまでの時間も長期化してしまう……。
「……それで、次はどうするおつもりですか?」
「ん……?」
質問の主はルージュ。彼に視線を向けると、何故か楽しそうな視線を向けていた。
ボクが首を傾げると、ルージュは小さく笑う。やがて、二ッとした笑みを浮かべて告げる。
「顔に書いていますよ? 次の手は考えてあると。その次の一手とは、どの様な物なのでしょうか?」
ルージュの発言に、ハティがはっとした表情を浮かべる。そして、期待した視線をボクへと向ける。
そして、ボクは苦笑を浮かべる。考えが読まれていたが、その一手が決して最善では無い為である。
「うん、他に手が無いんだよね……。本当は使いたく無い手なんだけど……」
「ふむ……? 何やら、乗り気では無いご様子ですが……」
ボクの態度に、ルージュが何かを察したらしい。嫌な予感を感じているみたいだった。
そして、ボクが口を開こうとした瞬間、ノックの音が飛び込んで来た。ボク達は扉へと視線を向ける。
「アレク様、お客様が到着なさいました。お通ししても宜しいでしょうか?」
「うん、丁度良いタイミングだね。早速、入って貰えるかな?」
外の声はギルの物。ボクへの来客を、ここまで案内してくれたのだ。
そして、ボクの声に応じて、扉が開かれる。その開いた扉からは、ボクの招いた人物が入室して来た。
「なっ……。まさか……?」
「どうして、彼女が……?」
その人物を目にし、ルージュとハティが驚きを示す。彼女の存在は、二人にとっても意外だったのだろう。
二人の反応を他所に、彼女はニヤリと笑みを浮かべる。そして、嬉しそうにボクへと頭を下げる。
「お招きにより参上致しました。アレク様の忠実なる手下。……そう、このメリッサが」
「その名乗りはどうかと思う……。けどまあ、来てくれて助かるよ」
メリッサは顔を上げると、断りも無く座る。ボクの隣に、当然の顔をして。
……一々ツッコムのも面倒なので、このまま話を進めるとするか。
「ルージュとハティに、クラン事務局の幹部と会って貰った。けど、やっぱり二人では健全な状態に戻すのが難しいらしいんだ」
「なるほど。つまり、私に病原菌を駆除せよと……。クラン事務局及び、冒険者の健全化が、私の使命という訳ですね?」
相変わらずの有能さである。思考回路がぶっ飛んでいるけど、それが無ければ完璧なのにな……。
ボクは内心を隠し、必要な情報をメリッサに渡して行く。
「うん、話が早くて助かるよ。人手としては、ルージュとハティに、『精霊の守り人』が協力してくれる。それに、国王の全面バックアップも付いてると思って良いよ」
「つまり、徹底的にやって良いという事ですね? 勿論、アレク様の名声を汚すような真似は致しませんが……」
キラキラした笑顔で訊ねるメリッサ。その笑顔の、何と胡散臭い事か……。
頼んでおいて何だけど、物凄く不安しか感じない。きっと、結果は残してくれるんだろうけど、余計な何かが付いて来そうで怖い……。
ボクは視線をルージュに向ける。
「……という訳で、メリッサと協力して、上手くやって欲しい。なるべく穏便に、平和的な結果になる様にね」
「えっ……! もしかして、私はそういう役回りなのですか……!?」
ルージュは慌てて状況を確認する。隣に座るのは、やる気溢れる表情のハティ。向かいに座るのは、胡散臭い笑顔のメリッサ。
……どう考えても、この二人だけでは暴走する。それを監視し、歯止めを掛ける役割を担う人が必要となるだろう。
引き攣る表情のルージュに、ボクはしっかりと考えを伝えておく。
「メリッサ無しに改革は無理だとわかるよね? それと同時に、ハティの感覚も大切な物なんだ。彼の怒りは、貴族や王都の考えに染まっていない、一般人の物だからね」
「それは……」
ボクの言葉に、ルージュが理解の色を示す。貴族の流儀を知る、ルージュだけでは駄目なのだと。
それは、今の王都クランの有り方が、国民に快く思われていない為だ。ヴォルクスという、手本とも言えるクランの有り方を見た今なら、なおさら問題が浮き彫りになる。
王都がヴォルクスに劣っていないと思わせるには、大きな改革が必要なのである。それは、一般市民の目から見ても、納得出来る形でなければならない。
ふと気付くと、ルージュは真剣な表情で、ボクの言葉の続きを待っていた。
「――だからこそ、ハティが納得出来る形で、メリッサの考える改革を進めて欲しい。そして、ハティやメリッサの考えに偏り過ぎず、王都の活動が円滑に進むバランスを考えて欲しい。その役割は、ルージュにしか出来ないと思うんだよね」
「なるほど……。お考えはわかりました……」
ルージュは一度、瞳を閉じて、大きく息を吐く。そして、瞳を開くと、決意に満ちた表情で宣言する。
「では、私はアレク殿の意思に沿う形で、行動する事とします。頂いた温情を、少しでもお返し出来る様に……」
温情というのは、ハワード家の事かな? やる気が上がったなら、考えた甲斐が有るというものである。
とはいえ、ルージュには直接頼まれた訳では無い。彼の態度から察し、ボクが勝手に行動した事である。なので、特に恩に着せるつもりは無いのだが。
……まあ、正直言えば、
ただ、王都に来てから、ルージュの様子がおかしかった。父親と長男の存在を気にし、心ここにあらずという状態だったのだ。
なので、
「うん、ルージュ達なら、上手くやってくれるよね? 期待して待っているよ」
「はい、お任せ下さい……!」
ルージュは嬉しそうに大きく頷く。その後ろでは、ハティとメリッサも、やる気に満ちた表情を浮かべている。
――よし。これで王都クランの問題は、三人に丸投げ出来た。
その結果に、ボクは大いに満足する。これからの多忙さを考えると、任せれる事は、任せれる人に、仕事を振らないと回らないからね……。
ボクは簡単に細かな確認を終えると、三人に別れを告げる。そして、応接室から退室した。
そんなボクの背後に、スッと二人の人物が付き従う。ボクの執事&秘書のギル。そして、護衛であるギリーである。
「アレク様、ハミルトン侯爵は二時間後に到着の予定です」
「うん、それじゃあ、ディナーの準備は宜しくね」
ボクの指示に、ギルはスッと頭を下げる。そして、踵を返して、ディナーの準備へと向かう。
更にボクは、背後のギリーに視線を向ける。
「一時間程、部屋に戻って休むとするよ。部屋まで宜しく」
「ああ、わかった……」
ボクの言葉に、ギリーは小さく頷く。そして、二人揃って長い廊下を歩く。
ボクは今後の展開を考えながら、無言で部屋まで歩き続けた……。
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