第177話 アレク、部隊を編成する

 ペンドラゴン城の特別訓練室。そこに宮廷魔術師団のメンバーが集まっていた。


 そして、ボクと向き合う形で、アンナと中年男性が立っている。この二人が宮廷魔術師団の副団長。実質的に部隊を指揮するメンバーである。


 ちなみに、中年男性はマルコ子爵――いや、マルコ副団長。ザナック侯爵が推薦した魔導師ウィザードである。


 見た目は、三十半ばの冴えないオッサン。痩せぎみで猫背。更に、丸メガネを掛けている。実際、マルコ副団長は学者タイプ。実戦においては何が何でも、前線に出る事を避けたがるタイプである……。


 ただし、頭は回るし、気配りも出来る。貴族間の世渡りも上手く、アンナの苦手部分を全て埋めてくれる人物なのだ。まあ、逆に、アンナは戦闘能力だけとも言えるが……。


「団長、全隊員が揃いましたよ。それでは、ご挨拶をお願いします……」


 マルコ副団長は、ヘラヘラと軽薄な笑みを浮かべている。パッと見は頼りなく感じる。しかし、その目は周囲を良く観察し、侮れば痛い目を見る事になりそうだ。


 ボクはマルコ副団長の背後に視線を向ける。そこには、二十代の男女十人が並んでいた。何れも黒いローブにマント姿で、魔導師ウィザードと一目でわかる。


 彼等はボクに、キラキラした視線を向けている。何となく人選を理解し、ボクは隊員の皆に声を掛ける。


「長い挨拶は不要ですよね? 皆さんの上司になる、団長のアレクです。これから、宜しくお願いします」


「「「宜しくお願いします!」」」


 十名の隊員は、揃って挨拶を返す。訓練した訳では無いだろうが、皆が揃って頭を下げていた。


 ボクはニコリと微笑むと、マルコ副団長に視線を向ける。


「それで、彼等にはどこまで説明を?」


「概ねは済ませてあります。今日の所は、顔合わせだけで宜しいかと」


 マルコ副団長の説明に、ボクは満足して頷く。殆どを丸投げしたのだが、上手くやってくれているみたいだ。


 続いてボクは、アンナに視線を向ける。彼女は緊張した様子で、ガチガチに固まっていた。


 ……まあ、二十歳以上の隊員達の中、一人だけ九歳の子供だ。しかも、彼等を率いる副団長という立場である。これが、正常な反応なのだろう。


 だが、これは仕方の無い、苦肉の策なのだ。この王都の中で、常にボクの庇護下に置く為の……。


 何せアンナはまだ小さい。目を離せば、取り込もうとする勢力が必ず現れる……。


 確かに、隊員という立場も考えた。しかし、そうするには彼女の実力は突出し過ぎている……。


 結果、マルコ副団長と相談し、こんな馬鹿げた状況を作らざるを得なかったのだ。


 アンナは向上心が強い。どんな事にも、簡単には音を上げない。だからと言って、何でも出来る訳では無い。特に人見知りな性格は、この先大きく影響するだろう……。


 ボクは内心で、アンナの今後を心配していた。すると、それを察したマルコ副団長が、アンナに笑みを向けて告げる。


「アンナ副団長、心配は無要ですよ。この者達は全て、交流戦でのアンナ副団長を存じています。貴女に敬意を向ける事はあれど、侮った態度を取る者は一人もおりません」


「え……?」


 マルコ副団長の言葉に、アンナは驚きの反応を示す。そんなアンナに対し、彼は自らの胸に手を当て告げる。


「それでも不安な事、困った事があれば、何でもこのマルコにご相談下さい。私とアンナ副団長の二人で、アレク団長を支えて行くのですから」


「私達、二人で……」


 アンナはマルコ副団長の言葉を反芻する。そして、決意した表情で、彼に頷き返した。


「わかった……。これから、宜しく……」


「ええ、二人で頑張って行きましょう!」


 マルコ副団長の笑みに、アンナの表情も柔らかくなる。どうやら、この二人なら、上手くやって行けそうだ。


 ……というか、流石はザナック侯爵。こんな優秀な人材を、紹介出来るのだから。彼の人脈と慧眼は、この国のナンバーツーに相応しい物である。


 そして、この状況なら、次に進めて問題無さそうかな……?


 ボクがマルコ副団長に視線を向けると、彼は意図を察してくれた。


「それと、皆さんには事前に話してありますね? この宮廷魔術師団には、もう一つの部隊を併設します。機動力を重視した、飛竜騎士隊ドラグーンです」


 マルコ副団長の言葉に、隊員全員が小さく頷く。事前説明に含んでいたらしい。


「彼等も現在は十名規模。まずは一つの小隊として活動予定です。そして、皆さんと同じく小隊長となるのは、ハワード家当主のゴーシュ子爵です」


 これに関しても、隊長に驚きは無かった。まあ、マルコ副団長とは、事前に決めてあったシナリオだしね。


 マルコ副団長は微笑みを浮かる。そして、扉に向かって手を伸ばした。


「では、ゴーシュ子爵。どうぞ、お入り下さい」


「はっ! お邪魔様せて頂きます!」


 その声と同時に、訓練室の扉が開く。そして、二人の人物が入って来た。


 先頭を歩くのはハワード家当主、ゴーシュ=ハワードである。五十前後で、髪は白髪交じりの金髪である。


 体格は良いが疲れた面持ちをしている。彼は銀の全身鎧に身を包み、赤いマントを羽織っていた。パッと見で、騎士らしい姿と言える。


 そして、その後ろを歩くのは、二十台後半の青年。ゴーシュ子爵の長男、スタンリーである。


 顔立ちや鎧は父親に似ている。しかし、マントは羽織っておらず、その印象も随分と違っている。父親が質実剛健なタイプとするなら、彼は抜身の刀みたいだった。非常に近寄りがたい、ピリピリした雰囲気を纏っていた。


「皆様、お初にお目にかかります! 知っている方もいらっしゃるでしょうが、ゴーシュ=ハワードです! これから、皆様の同僚となりますので、宜しくお願い致します!」


 ゴーシュ子爵はスッと頭を下げる。それに倣い、息子のスタンリーも。


 どうやら、ゴーシュ子爵は貴族という身分や、騎士という立場、それに年齢を、この部隊に持ち込まないらしい。


 実際、頭を上げると、マルコ副団長にこう宣言する。


「マルコ副団長。この宮廷魔術師団では、貴方は私の上官となります。ここでは私の事はゴーシュ、もしくはゴーシュ小隊長でお願いします」


「ええ、承知致しました。これからは、ゴーシュ小隊長と呼ばせて頂きます」


 ゴーシュ小隊長の言葉を、マルコ副団長が受け入れる。面倒ではあるが、このやり取りは必要な事なのだ。


 同じ爵位である為、上下関係をハッキリさせておく。そうしなければ、今後の指揮で混乱が起きかねない……。


 そして、更にゴーシュ小隊長は、アンナにも頭を下げる。


「アンナ副団長も、同じくお願い致します」


「わかった……。宜しく、ゴーシュ小隊長……」


 アンナは緊張した様子で答える。それに対して、ゴーシュ小隊長は優しげに微笑んだ。


 うん、ゴーシュ小隊長は大人だな。感情を抑え、組織の利益を優先出来る。その上で、アンナに対しても、悪い感情を持ち合わせていない。


「…………」


 それに対し、息子のスタンリーは難しいな……。感情を抑えているが、不満が態度から滲み出ている……。


 そして、その理由もゴーシュ小隊長から聞いている。彼とは事前に面談し、ハワード家の確執を聞く事が出来ているのだ。


 スタンリーにとって許せないのは、ルージュが『盾の騎士』となったこと。更に、交流戦でハワード家を名乗らず、あくまでも『白の叡智』の一員として振る舞った事だ。


 理屈としては理解出来る。ハワード家は兄のスタンリーに任せ、ルージュ自身はボクの支えとなる。全てが丸く収まり、誰にも迷惑が掛からないだろう。


 しかし、感情が許すかは別だ。スタンリーにとって、ルージュはハワード家の名を捨てた。名を汚したと考えてしまうのだ。


 ――そして、その許せないという、悪感情はボクにも及ぶ。


 何故、ルージュなのか? 何故、自分では無かったのか? ……と。


「……スタンリーさん」


「は、はいっ……!」


 突然の呼び掛けに、スタンリーが慌てて答える。ゴーシュ小隊長は焦った様子を見せ、マルコ副団長は興味深そうな視線をボクに向ける。


 ボクは周囲に構わず、スタンリーに事実を伝える。


「貴方では、『盾の騎士』には成れませんよ?」


「……っ!?」


 スタンリーがボクの言葉に目を剥く。ボクの言葉が、想定外過ぎたのだ。


 しかし、ボクはスタンリーの反応を気にしない。言うべき事実を彼に伝える。


「『守護者ガーディアン』への転職には、戦乙女ヴァルキリーの試練を越えねばなりません。そして、その試練では、仲間との絆、正しき心が試されます。今の貴方には、そのどちらも足りません」


「……っ」


 スタンリーは反論しない。ただ、拳を握り、歯を食い縛るだけだった。


 ――そして、その理由は立場の違い。


 ボクは団長にして伯爵の地位を持つ。対して、スタンリーは子爵の息子で、平隊員でしかない。下手な反論は、ハワード家の立場を悪くする為だ。


 ……ちなみに、ボクは爵位を得て、ホワイト家を名乗る事になった。アレク=ホワイトだ。


 エドに家名は何でも良いって言われたからね。ギルには渋い顔をされたけど関係無い。


 貴族の立場なんて、動きやすくなる為の身分。貴族の名誉とか、ボクには興味が無い。家名なんて、何でも良いのだ……。


 ――と、話が逸れる所だった。


 ボクは気を取り直し、スタンリーに意識を戻す。その顔は赤く染まっていた。体はブルブルと震え、今にも爆発しそうに見えた。


「ア、アレク団長……。出来れば、その辺りにして頂けると……」


 ゴーシュ小隊長に視線を向ける。その目には、僅かな非難が含まれていた。息子への仕打ちを、不快に感じているのだろう。


 しかし、ボクはスタンリーへ視線を戻す。彼にはまだ、言うべき事があるのだから。


「……しかし、貴方次第で、ハワード家は『大空の守護者』と呼ばれる事になります」


「は……?」


 スタンリーは、ポカンと口を開く。驚きの余り、先程の怒りも忘れ、茫然とボクを見つめる。


 ボクはニッと笑みを見せる。そして、ボクの描く青写真を語る。


「ゴーシュ小隊長が率いる飛竜騎士隊ドラグーンは、五年から十年先に、百名規模になるでしょう。そうなれば、ゴーシュ小隊長は、副団長に昇進です」


「何と……」


 ゴーシュ小隊長は、驚きに声を漏らす。この話はマルコ副団長にも話していない。彼が知らないのは当然だろう。


「そして、飛竜騎士隊ドラグーンには、王国の空を開拓し、空の地図を作って貰います。各領地へと安全に飛行可能な、空路を記載した地図です」


「「「…………」」」


 ボクの言葉に、全員が耳を傾ける。話しを半分も理解出来ないだろうが、そのスケールが桁違いという事は、何となく察している様子だ……。


「今の商業都市ヴォルクスは、世界の商業の中心地。この王国よりも栄えた都市と言えるでしょう」


 海外からも人が集まり、商人、職人が集っている。ヴォルクスではあらゆる物が手に入る。


 更には領主の私兵団や、精強な冒険者達も滞在している。あらゆる危険から街を守ってくれる。


 ……今では、誰もが商業都市ヴォルクスに憧れを持っている。


「しかし、今の流れは決して良くはありません。人も金も文化も、あらゆる物がヴォルクスに集まり過ぎています。これでは、いずれ王家の権威は失墜し、王国としての体制を維持する事が出来なくなります……」


「「「……っ!?」」」


 そう、このまま行けば、王家は不要と判断される。クーデターが起き、王国は新国家へと移行する事になるだろう。


 王家が腐っているならそれも良いが、新しい国王はそれ程酷くは無い。改革には多くの痛みが伴うし、穏便に済ませられるなら、その方が国民にとっても良い事と言える。


「それを回避する鍵が、飛竜騎士隊ドラグーンです。空路を開拓し、王国の空を守る……。それは、国家だからこそ出来る大規模な試みです」


 ボクは、各メンバーに視線を向ける。ゴーシュ小隊長は頬を紅潮させ、興奮しているのが分かる。マルコ副団長は感心と呆れが入り混じる、複雑な視線を向けていた。そして、アンナはキラキラとした目で、ボクへと敬意を示していた。


「十年より先の王国では、空路を使った移動や輸送が開始されるでしょう。その頃には、ゴーシュ小隊長も後継者を決める必要があります。そして、その後継者は、息子であるスタンリーさんが望ましいのです。ゴーシュ小隊長と共に空を開拓し、安全を守り続けたスタンリーさんなら、誰もがそれを認めるでしょうしね」


 スタンリーに視線を向ける。彼は再び俯き、ギュッと手を握っていた。込み上げる感情を、必死に抑えているみたいだった。


 ――なので、ボクは最後に、彼に必要な言葉を贈る。


「そろそろ、祖父の背中を追うのは止めにしませんか? 貴方達ハワード家に求められているのは、この国を守る事ですよね?」


「…………っ」


 スタンリーは、とうとう堪え切れなくなったらしい。その場に崩れ落ち、口元を抑えて嗚咽を漏らす。


 そんな息子の肩に、ゴーシュ小隊長はそっと手を置く。そして、ボクを見つめて深々と頭を下げた。


 ……これで、スタンリーは大丈夫かな? ルージュの願いも、叶える事が出来ただろうか?


「マルコ副団長……」


「はい、後の事はお任せ下さい」


 ボクの呼び掛けに、マルコ副団長が答える。ニッコリと笑みを浮かべ、ボクの事を見つめていた。


 なので、ボクは小さく頷き、特別訓練室を後にする。任せれる事は、出来る人に任せるべきだからだ。


 それに、ボクには次の予定も入っている。そう、ルージュ達や彼女との相談が……。


 ボクは小さく息を吐くと、そのまま次の打ち合わせへと向かうのだった。

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