第176話 アレク、爵位を賜る

 王都ブランのペンドラゴン城。今はボク達の歓迎パーティー解散後。そんな夜遅い時間に、ボクは国王の私室に呼ばれていた。


 そして、小さなテーブルを挟み、ボクの向かいには国王が座っている。ペンドラゴン十四世、エドワード=ペンドラゴンその人である。


 国王は父親譲りの金髪碧眼の青年である。年齢は二十一歳なので、ギルと同い年。有り得なくは無いが、随分と若くに王位を継承する事になった物である……。


「それで、国王陛下。どの様なご用件でしょうか?」


「おい、国王陛下は止めろ。私の事はエドと呼べと言ったであろう?」


 国王――いや、エドは苦々しい表情でボクを睨む。ただし、それは本当に嫌がっている訳では無く、友人に向ける視線に近い。


 ボクは苦笑を浮かべて、肩を竦める。


「それは、人の目がある時の話でしょう? 今は二人っきりではないですか……」


「ならば、余計にだ。……そもそも、そんな場面を知られでもすれば、これがパフォーマンスと思われるであろう?」


 いや、元々はパフォーマンスの為って話だったよね? 周囲の貴族達に、ボクとエドが親しい関係と思わせる為の……。


 それがいつの間に、本当の友人関係を築くみたいに、話がすり替わったのだろうか……?


 この件は、先月の訪問時に決めた事だ。つまり、この一月の間に、エドの脳内で話が歪んだのだと思われる……。


「わかりました……。それで、エド。ボクを呼んだ理由は?」


「ああ、今後の予定を、先に聞かせて貰おうと思ってな……」


 エドは身を乗り出し、ボクに対して話せと促す。どこか彼の瞳は、楽しそうに輝いて見えた。


 ボクが取る今後の方針は、先月時点でざっくり話した。なので、聞きたい事は、この一月の間に詰めた詳細の事だろう……。


「まず、宮廷魔術師兵団には、二種類の部隊を作るつもりです。一つはアンナとマルコ子爵を中心とした、魔導士ウィザード部隊です。隊員の選抜は、マルコ子爵が済ませてあります」


「うむ、まずは十名の隊員を鍛えるのだったな。そして、その隊員をリーダーとし、行く行くは百名の部隊へと育て上げると……」


 エドの補足に、ボクは頷いて返す。この辺りは、先月の概要説明でも非常に食い付きが良かった。それだけ、彼の期待が高いという事なのだろう。


 ――そして、ボクは更に詰めた詳細を話す。


「十名の魔導士ウィザードは、いずれ中隊長を務めて頂きます。そして、その下に付く小隊長は、基本的に賢者セージとし、小隊には必ず医術師ドクターを加える予定です」


「何だと……?」


 ボクの説明に、エドが眉を寄せる。それは、その計画が難しい為。白魔術師系列を、王族直下の部隊に加えるからだ。


 そして、そもそもが賢者セージ医術師ドクターも、この王都には存在しない職だろう。ヴォルクスにすら医術師ドクターが少数いる程度。なので、部隊に加えるには、全て自分達で育てて行くしか無い。


「これまでの王都なら、確かに難しかったでしょう。しかし、それを率いるのは賢者セージであるボクです。そして、ボクやアンナの弟子という形であれば、賢者セージを目指したい者も出て来るのでは?」


「ふむ……。確かに、アレクの部隊というなら、誰も文句は言えんか……」


 ボクの説明に、エドは納得した様子で頷いていた。そして、視線で話の続きを促して来る。


「そして、宮廷魔術師兵団の中に、魔術師では無い部隊も作ります。それは、飛竜騎士隊ドラグーンです」


飛竜騎士隊ドラグーン……? その話は、初耳だな……」


 この一ヵ月の間で、まとめた計画だからね。何とかなる目途が立ったので、今日が初めてエドに話す事になる。


 期待するエドに対し、ボクは笑みを浮かべて、話しを続ける。


「ザナック侯爵が飛竜王国と交渉を行いました。その結果、十体の調教済みワイバーンを、直近で贈って貰える事になっています。今後も数は増える予定ですが、一部の騎士をこの騎手として引き取らせて頂きます」


「ああ、そういう事か……。ハワード家の者達の事だな……?」


 一部の騎士という部分で、エドはボクの意図に気付いたみたいだ。そして、苦笑を浮かべて、その計画を受け入れる態度を見せた。


 ……ちなみに、ハワード家の者達とは、ルージュの父親が小隊長であり、兄が所属する部隊の事だ。この王国騎士団の中では、邪魔者として扱われている小隊の事である。


 彼等は騎士でありながら、『盾の騎士』という幻想を追った。その結果、彼等は戦場では機能しない、半端者となってしまったのだ。当然ながら、騎士としてのレベルも、訓練で十分に上げれずにいる……。


 ならばと言う事で、ボクが引き取って育てる事にした。低レベルなのを逆手に取り、彼等には騎乗スキルを中心に覚えさせるつもりだ。


 そうすれば、覚えた防御系スキルは、飛竜を守る事に使える。攻撃面は騎乗スキルにより、ワイバーンに頼る事が出来る。彼等の能力を、十分に引き出せるという寸法である。


 まあ、そこまでの詳細を話す必要は無いだろうが、エドはその意図を理解したはずだ。扱いに困っていた者達が、有効に再利用されるのだろうと言う程度には……。


飛竜騎士隊ドラグーンは、数を揃える事は出来ません。その為、主な利用法は偵察等、機動力を生かした任務。……そして、ドラゴン等の空飛ぶ魔物の牽制役となります」


「なるほど! それは、存分に活躍してくれそうだな!」


 レッド・ドラゴン襲来の件を思い浮かべたのだろう。対空の備えは、この国では大いに歓迎されるはずだ。


 そして、多少でも戦争の知識があるなら、空からの情報収集が、如何に重要かが理解出来るはずだ。


 このペンドラゴン王国は平地が多い。そして、数十年もの間、戦争自体が行われていない。その為、乗り物と言えば、移動に便利な馬等しか存在しない……。


 これは、他国との戦争となれば、大きく響く事になる。飛竜王国は当然ながら、魔物の使役が盛んな国。ワイバーン以外にも、多くの魔物で制空権を取って来るはず。


 更にカーズ帝国でも、召喚術士サモナーの存在が確認されている。彼等もグリフォン等の魔物に乗って、制空権を取って来る事が予想される。


 ……戦争を回避するのが最善だが、だからと言って備えないのは、愚者の行為である。


「……ああ、それとは別に、許可を貰いたい事があります」


「うん、許可だと……? 詳細を聞かせて貰おうか……?」


 エドは椅子に背を預け、ゆったりした動作でボクの言葉を待つ。非常にリラックスした表情で、警戒した様子はまったく見られない。


 何というか、ボクの言葉を全面的に信用しているみたいな……。ボクがエドに対して、不利益な提案をするはずが無いとか思ってそうだ……。


「ルージュとハティを、王都のクラン事務局に派遣させて下さい。レッド・ドラゴン襲来以降、王都のクラン再編が進んでいない状況ですので、その原因調査とテコ入れを少々……」


「そういう事なら、当然構わないとも! 好きな様にやってくれ! 必要な手配は全て行おう!」


 クランの質が低下したままだと、近隣の魔物への対応が難しくなる。それは、王都の住民にとって、由々しき事態と言える。それが解消するなら、いくらでも協力すると言う意味だろう……。


 ただ、この余りにも、全て受け入れる感じは何だ……? まさか、何も考えて無いだけって事は無いよな……?


 内心で不安を覚えながらも、とりあえず許可を貰えた事に満足する。取り急ぎ、エドと情報共有しておきたい事は、この程度だろうか……?


「――いや、一つ確認したい事が……」


「ふむ? 確認したい事とは……?」


 ボクの呟きに、エドが首を傾げていた。そして、ボクの表情を見て、その眉を僅かにひそめる。


 ボクは今後に関わる、重大な質問をエドに投げかける。


「シャルロッテ様は、どうなされていますか……?」


「ああ、奴の事か……」


 ボクの質問に、エドは納得した様子を見せる。ボクの懸念は、エドも理解している事だろう。


 そして、エドは真剣な表情で、ボクに状況を伝える。


「現在は、王都から離れた別荘地に追いやっている。当然ながら、私の手の物に監視をさせた上でな」


 確かに、王都に置いておくのも怖い。監視付きで隔離するのが無難だろう。


 何せあの第一王女は、何をしでかすか不明な為、ユリウスさん達も警戒していたのだから……。


「そして、出来れば影響力の無い所に嫁がせたい……。が、様々な噂のせいで、それも難しい……。何なら、アレクがアレを引き取ってみんか?」


「御冗談を……。アンリエッタの事は知っているんでしょう?」


 ボクの返しに、エドは楽しそうに笑い声を上げる。流石に今のは冗談だったみたいだ。


 そして、嬉しそうに大きく笑う。


「はっはっはっ! あの娘もペンドラゴン王家の血を継ぐ者だ! 遠縁ではあれど、アレクも王家の関係者になるのだ! これ程に良い相手はおらんだろうな!」


「理由は釈然としませんが、歓迎されるのは喜ぶべき事ですね……」


 う~む……。この入れ込み具合は何なのだろうか……?


 交流戦で啖呵を切ったし、もっとギスギスするかと身構えていたんだけどな……。


 まあ、色々とやりやすそうだし、これも喜ぶべき事なんだろうけど……。


「ああ、そうそう。前にも言ったが、明日の叙勲式でアレクは伯爵になる。この国の貴族では、上位の貴族となるな」


「ええ、以前に伺っていた件ですね」


 宮廷魔術師団のトップであり、国王の右腕という扱いとなる。その為、この程度の格が必要だろうと言われていたのだ。それにより、勘違いした貴族が、ボクへちょっかいを出す事も無くなるだろうと……。


 そして、それを聞いてから、ボクは屋敷で猛特訓が始まった。ギルによる、貴族マナーのスパルタ教育が……。


 一ヵ月しか無かった為とはいえ、あんなに怖いギルは初めて見た。助かった事は事実なのだが、あの特訓は二度と受けたくない……。


 ボクはこの一ヵ月を思い出し、内心でげんなりとする。すると、エドはボクの内心を他所に、楽しそうに笑っていた。


「はっはっは! 一年後の結婚発表では、侯爵の爵位を与えているかもしれんがな!」


「そこまでは必要無いけど……本当に有り得そうな気もするな……」


 ボクのやりたい事は、この国を強くして、カーズ帝国との戦争を回避する事だ。その為に、伯爵の地位と、宮廷魔術師団の団長を引き受けたに過ぎない。


 なので、本心としては更に上の爵位は不要なのである。強い権力を手にすれば、それに応じた義務も発生して来るのだから。


 とはいえ、結果を出せば報酬も発生する。これまでの経験上、それ等は大抵、拒否出来ない場合が多い……。


 ボクは来たる未来に別の意味で憂いながら、エドとの仲を深めて行くのだった。

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