第十二章 宮廷魔術師編
第175話 アレク、ヴォルクスを離れる
――ポルクの領主就任から一年が経った。
ヴォルクスの街は順調に発展を遂げ、今では王都を超える流行の先端地と言われている。それと言うのも、この商業都市は、今や世界の貿易拠点と化した為である。
あらゆる素材、アイテム、装備品がヴォルクスに集まる。それを求めて冒険者や商人が集まる。彼等の相手に、宿や飲食店の働き手が集まり、娯楽関連の施設も生まれる……。
余りにも人が集まり過ぎた為、商業都市ヴォルクスでは常に拡張工事が行われている状況である。その新エリアですら、既に予約で完売済み。多くの人達から、次の新エリアが望まれていたりする……。
そうそう、それとヴォルクスには、新たな精鋭クランがいくつも乱立している。新規のミスリル級はまだ一組だが、もう少しで昇格というゴールド級クランが三組存在する。このヴォルクスにミスリル級が複数生まれるのも、もはや時間の問題である。
ゴールド級やシルバー級も、一年前に比べて、二倍近くまで増えた。ちなみに、王都から流れて来たクランより、ヴォルクスで古株のクランの方が成長が目覚ましい。
冒険者の質に関しても、ヴォルクスは世界でトップクラス。今ではこれが、世界の常識となっている。王都の古株クランは、未だに認めない人達もいるらしいが……。
そして、王都ブランに関してだが、第一王子派で無事に纏まった。予定通りに半年で決着が付き、その二か月後に『北の脅威』も取り払われた。
ちなみに、エドワード王子は討伐直後に、ペンドラゴン十四世として王位を継承した。父親は四十歳前後で、引退にはまだ早い年齢である。
しかし、ザナック侯爵から聞いた話では、すっかり老け込んでしまったらしい。気力の方が尽きてしまい、自ら隠居したいと申し出たそうだ……。
それだけなら、ちょっとやり過ぎたで済んだ。しかし、ボク達の現状は、それだけでは済まない状況となってしまう……。
「アレク……。明日には出発なのですか……?」
ボクは、ヴォルクス城の最上階室で、街の様子を眺めていた。そんなボクに、アンリエッタから声が掛かる。
「うん。準備は全て整ったしね」
ボクは振り返り、アンリエッタに応える。今の彼女はドレス姿。いつもの白銀の鎧姿では無かった。
そして、その表情も寂し気なもの。いつもの明るい笑みは、すっかり隠れてしまっている。
「そんな顔をしないでよ……。状況が落ち着いたら、すぐに呼ぶからさ?」
「ええ、わかっています……。わかってはいるのです……」
ボクの願いに、アンリエッタは寂しそうに笑みを浮かべる。頭では理解しているが、感情が付いて来ないのだろう。内心はボクも同じ気持ちなので、彼女の考えは良くわかる……。
……ちなみに、ボク達はこの一年で、恋人同然の関係となった。
アンリエッタは好意を示しつつも、判断を全てボクに委ねてくれた。そして、ボクはそんな彼女の態度に、徐々に心を寄せて行ったのだ。
しかし、ボクにはアンナとの約束がある。三年間は恋人を作らないと言う約束の事だ。
なので、ボク達は殆ど恋人同然の間柄でありながら、恋人と明言出来ない関係にあった。代わりに、アンナもそれがわかっている為、ボクとアンリエッタの仲を渋々認めてくれている。
とまあ、そんな関係であるボク達は、しばしの別れを悲しんでいる所だった。
「この国にとって、これは必要な事……。そして、きっとそれは、ボク達にとっても……」
「ええ、今やアレクは、この国の希望……。私が独占出来る物では無いですからね……」
そういう意味では無いのだが、アンリエッタもわかって言っているのだろう。なので、ボクは何も答えず、苦笑だけを浮かべる。
……ちなみに、明日の出発とは、ボク達が王都へ移動する話だ。そして、それは同時に『白の叡智』解散を意味する。
何故、この様な事態になったかだが、王族の権威が失墜し、エドワード王子――いや、国王が泣き付いて来た為である。
あの交流戦で、前国王はボクに手玉に取られた。更に王都は生活レベルも、安全面も、文化レベルですら、ヴォルクスに逆転されてしまった……。
この事態を重く見た貴族達が、このままではクーデターを起こしかねない。ペンドラゴン王国を崩壊させない為に、力になって欲しいと国王に懇願されてしまったのだ。
それも、非公式ではあるが、国王はボクに土下座までして見せた……。
そんな事情があり、交流戦の後に前国王が述べた、宮廷魔術師団の団長が現実の物となってしまう。ボクは新国王が擁する、新部隊の団長という立ち位置になってしまったのだ。
「それに、何人かはヴォルクスに残る。何かあれば、彼等が力になってくれるよ」
「ええ、彼等はきっと、ポルクの助けになる事でしょう……」
ボクと一緒に王都へ行くのは、ギリー、ギル、アンナ、ハティ、ルージュ、ロレーヌ。それに、ヴェインさんである。
ハンスさんはヴォルクスで、流通の元締めを継続する。ちなみに、クランハウスは彼が引継ぎ、メアリーとアクアの事も引き受けてくれた。更にポルクに対しては、都市計画の顧問も兼ねる。彼の能力はここ数年で、本当に跳ね上がったと思う……。
リア、シア、カイルは、独立して工房を立ち上げる事になった。出店許可はポルクが出した。資金も一年間の貯えで、現状は借りる必要も無いそうだ。商売が軌道に乗れば、新人を何人か雇う計画も練っていたな……。
そして、ドリーとグランだが、二人はメリッサに雇われた。クラン事務局の用心棒兼、新人クランの教官役を引き受けるらしいのだ。ドリーとグランは王都行きを嫌がっていた。そこを見逃さず交渉する辺りが、メリッサの抜け目の無さだ……。
……ちなみに、アンリエッタはポルクの元に残る。しばらくは、ポルクの補佐をする事になっている。
何故、そうしたかと言うと、婚約者の身分では、王都滞在が危険だからだ。アンリエッタを暗殺し、ボクの婚約を掠め取りたい貴族が現れ兼ねないからである。
その為、当面はポルクの元に身を寄せ、ポルクの庇護下に置く事になった。そして、王都でのボクの立ち位置が確立した後に、結婚発表と同時に王都へ呼ぶ。
……流石にボクの妻を暗殺すれば、ボクと関係を繋ぐ所では無くなるからね。
そんな訳で、ボクの予定では一年後に結婚予定。そのタイミングでアンリエッタを王都へ呼ぶ予定なのだ。
全員と話し合った結果、その辺りが丁度良いタイミングだろうと言うなった。アンナと約束した三年も、その頃には経過してるしね。
「じゃあ、しばらくの間だけど、待っていてね?」
「一日でも早く、呼ばれる事をお待ちしています」
アンリエッタは微かに笑みを浮かべる。そして、ボクの元へと身を寄せた。
ボクは改めて彼女に向き直る。そして、アンリエッタの体を抱き寄せた。
……ただし、今のボクが出来るのはここまで。アンリエッタとはまだ、キスすらした事が無い。
それは、アンナとの約束もある。だけど、それ以上に自制が効かなくなるのが怖いからだ。
なので、続きは一年後である。お互いにその時を思い、ただ互いの体を抱きしめ合った。
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