第126話 ハンス、講習会を開催する(流通編)
お久しぶりです、ハンスです。ボクはクラン『白の叡智』に所属する商人です。クランでは主に会計を担当しています。
そして、今日のボクは講師を務める事になっています。アレク君の無茶振りで、三日で準備する羽目になりました……。
開催理由は、様々なギルドから要望があった為です。しかし、アレク君もそこまでは手が回りません。そこでボクに、白羽の矢が立ったという訳です。
ちなみに今回は、リアちゃんとシアちゃんが助っ人として参加しています。数日なら抜けても大丈夫と、カイル君から許可が貰えたからね。そのお陰で、三日間だけ彼女達を借りる事が出来ました。
「はわ、あわわわ……」
「うわぁ、偉い人が一杯だね……」
ボクの隣で、リアちゃんとシアちゃんが茫然としている。会場の雰囲気に飲まれてるみたいだね……。
そして、ボクも講習会場に目を向けます。場所はクラン事務局の大会議室。そこでは多くの人達が雑談を行っています。
参加者の多くは五十台と高齢ですね。それもそのはずで、殆どが各ギルドの責任者達だからです。
ちなみに、参加者はこんな感じです。商人ギルドはギルドマスターと幹部が四名。鍛冶屋ギルド、薬師ギルド、魔術師ギルドは、ギルドマスターとサブマスターが一名ずつ。盗賊ギルド、狩人ギルド、武闘家ギルドからも、ギルドマスターが参加しています。
そして、一応は剣士ギルドからも、サブマスターが一名参加していますね。こちらは、空気を読んで、サブマスターが立候補したのでしょう。脳筋で有名な剣士ギルドのマスターが、こういう集まりに興味を持つと思えないですからね……。
「さて、そろそろ時間みたいだね?」
「は、はい……。が、頑張りましょう……!」
「あはは、私達は見学だけどね~」
緊張する姉に、シアちゃんが苦笑していた。対するリアちゃんは、妹の様子にすら気付いていない。緊張で回りが見えなくなってるね……。
まあ、これはわかっていた事です。彼女は極度のあがり症だからね。それが原因で、商人ギルドで上手く行かなかった訳だし。
そして、今回の講習会で、少しはマシになって欲しいと願っている。その為に、彼女達をこの講習会に参加させたんだ。今日は仕事の予定が無いけど、それでも参加して貰った。自分達の手伝った仕事の結果が、少しでも見える様にと思って。
「じゃあ、始めるよ?」
ボクは参加者に向き直り、手を打ち鳴らす。その合図に気付き、参加者は雑談を止める。そして、一斉にボクへと視線を向けた。
「ひっ……!?」
後ろでリアちゃんが悲鳴を上げていた。皆はボクを見てるのだけど、彼女にはわからないんだろうね。事情を知っている商人ギルドの一同は、そんな彼女に苦笑を送っていた。
「さて、今日はお集り頂き、誠にありがとう御座います。今日の講師を務めますのは、『白の叡智』の会計担当でもある、このハンスとなります。本日は最後まで、お付き合いをお願い致します」
――パチパチパチパチパチパチパチ。
ボクが頭を下げると、参加者から拍手が送られる。こういう集まりに慣れている方々なので、こういう所はとてもやりやすいね。
ボクは頭を上げて、参加者の皆さんへと笑顔を見せる。
「今日の講習内容は、『ヴォルクスで起こる経済の動向』についてです。ここ数か月は流通面に変化が見られ、皆さんもその動向が気になっているのでは無いでしょうか?」
「うむ、正にその通りだ」
「ああ、是非とも聞かせてくれ!」
商人ギルドと鍛冶屋ギルドが、真っ先に反応を見せる。この二つのギルドが、最も経済影響を受けやすいからね。
そして、この二つに続く様に、他のギルドも相槌を打ったりしていた。
「経済の動向については、ボクとアレク君で、毎日議論を行っています。それこそ、ギルド発足から今日まで、アレク君がヴォルクスに滞在する日は、欠かさず行って来ました」
アレク君も狩りで遠出する際は、数日戻らない日もある。そういう時は、ボクが数日分のデータをまとめておくんだ。そして、アレク君が戻った際に、数日分の情報について吟味し合って来た。
「そして、アレク君の予想は、これまで大筋で予想通りでした。恐らくこの先も、予想した通りの動きを見せる事でしょう」
「わかった、わかった。だから、その予想を早く教えてくれ!」
鍛冶屋ギルドのギルドマスターが、気が短そうに声を上げる。周りの参加者から笑いが漏れるが、感情的には同意見みたいだ。
……なら、御託は省いてしまって良さそうだね。
「では、お手元の資料をご確認下さい。一枚目には、鉄製品、鋼鉄製品、ミスリル製品、オリハルコン製品の、それぞれの流通量をグラフにして記載してあります」
「グラフ……?」
「これはどう見れば良いんだ……?」
参加者からは混乱の声が上がっている。始めて見るグラフ図に戸惑っているみたいだ。
このグラフ図はアレク君に教わった物だけど、ボクも初めは良くわからなかった。だけど、何度か使う内に、その便利さがわかって来たんだよね。
「グラフの真ん中が現時点の流通量です。そして、左側は過去二年間の流通量。右側が今後二年間の流通予想となっています」
「なるほど……。これは面白い……」
「へぇ……。パッと見でわかるな……」
参加者は手元の資料を眺め、すぐに理解し始めたみたいだ。流石は組織を管理する人達だね。ボクではこんなに早く理解出来なかったのにさ。
「見て頂くとわかる様に、ここ半年で変化が起きています。鉄製品、鋼鉄製品が良く伸び、ミスリル製品も直近で伸びています」
「天竜祭の件もあるだろうな……」
「最近は冒険者全体が、活性化してるせいだろ?」
会場から漏れる声は、そのどれもが鋭い意見ばかりだ。天竜祭では領主がミスリル製品を買い漁った。アレク君が活躍し始めてからは、冒険者全体が刺激を受けて活性化していた。そのどちらも、流通量の変化が起きた原因と言える。
「そして、この先の二年間では、鋼鉄製品とミスリル製品の需要が大きく伸びます。更に一年を超えると、オリハルコン製品の需要も生まれて来るでしょう」
「ハンス、その根拠は何だ? 何故、需要に変化が生まれる?」
「オリハルコン製品だと? このヴォルクスで、需要なんか生まれるのか?」
やっぱり、商人ギルドと鍛冶屋ギルドの反応が早い。それと同時に、その食い付き具合も凄い。その目をギラギラとさせて、必死に情報を引き出そうとして来る。
とはいえ、それは予想出来ていた事だ。動揺する要因にはなり得ない。後ろで妹にあやされる、リアちゃんの事は気になるけど……。
「このグラフの根拠は、ヴォルクスでのクラン成長予想です。アレク君は現在行っている活動で、ゴールド級とシルバー級のクランが増え、ミスリル級が更に生まれる事を予見しています」
「クランの成長予想か……」
「例の冒険者向け講習会か……」
参加者の皆が、ボクの言葉を吟味している。アレク君の予想をどこまで信じるかについて。
これまでの実績から、アレク君の予想は無視出来る情報では無い。かといって、鵜呑みにして外すと、大きな損失を出してしまう。
どう判断するかで、それぞれの今後に関わって来る。頭を悩ませるのは当然だね。
「現在のヴォルクスには、ミスリル級が一組、ゴールド級が五組、シルバー級が十七組存在します。そして、二年後にはこの数が、ミスリル級二組、ゴールド級十組。シルバー級三十組に増える予想です。そこから計算し、必要となる装備の需要を割り出しました。ボクはこの数字が実現すると確信しています」
「上位クランが、ほぼ倍増だと……?」
「確かにそれなら、納得も行くが……」
参加者全員が唸り声を上げていた。アレク君の大胆な予想に、思考が追い付かないからだ。
そして、これが無名な人物の予想なら、鼻で笑われて終わっていた事だろう。しかし、『白の叡智』のアレク君が予想したのだ。このヴォルクスで、その予想を無視出来る人間は存在しない。
……どう判断しようとも、皆がある程度は予想に従う結論を出す事だろう。
「では、更に踏み込んだ、流通予想をご説明致しましょう。二枚目の資料をご覧下さい」
「ふむ、これは本当の事なのか……?」
「需要はわかるが、供給の方がな……」
二枚目の資料は、今後のヴォルクスで生まれる需要と供給について。輸入が必要となる商品と、冒険者が持ち込む素材についてだ。
輸入の品は、鋼鉄等の素材なので理解出来る。しかし、冒険者が持ち込む魔物の素材が、急激に増える事を信じられないみたいだね。
「冒険者向けの講習会を聞けば納得出来ますよ。アレク君は複数の狩場情報を公開しました。それと同時に、魔物の素材集めが、どれ程のお金になるかもです。今後の冒険者は、安い素材でも回収してくれるはずです」
「確かに、『白の叡智』は持ち込み量が多かったが……」
「冒険者全体が、素材を拾って来るねぇ……」
お金の無いブロンズ級は、少しでも稼ごうと魔物の素材を剥いだりする。しかし、ある程度余裕があるクランになると、褒賞金で稼ぎ始めるのだ。
魔物の素材集めは、レアな素材以外は捨てられる事が多い。荷物になるし、手間が掛かると捨て置かれるのだ。製造関係の職からしたら、何とも勿体無い話と思う事だろう。
「素材集めは売るだけじゃなくて、自身で装備を作るにも必要ですからね。アレク君はその辺りもキッチリ説明しています。大半の冒険者は、その意見を無視しないと思いますよ?」
「なるほど……。作成用の素材か……」
「つまり、オーダー系も増えるって事か……」
商人ギルドと鍛冶屋ギルドのマスターは、揃って納得した表情を浮かべる。素材を集めて作る装備は、収集が大変だけど、お金を節約して作る事が出来る。多くの冒険者は、情報を貰えば飛びつくだろう。
そして、アレク君はこの辺りも、大盤振る舞いで情報を公開している。狩場情報と合わせている為、多くの冒険者がアレク君の推奨に従う事だろう。
「では、資料の二枚目は、ポーションの需要予測ですが……」
「「ちょ、ちょっと待ってくれ……!!」」
そこで立ち上がったのは、盗賊ギルドと武闘家ギルドのギルドマスターだった。彼等は参考程度の参加と思ってたけど、今の何が気になったのだろう?
「その狩場情報は、オレ達にも貰えないだろうか!?」
「素材とオーダー製品についてもだ! クランを作ってないメンバーも、オレ達のギルドには沢山居るんだ!」
……なるほど。クラン結成前の冒険者の事か。
確かにそこも検討が必要そうだね。ハスティール君みたいに、クランに入れるまで苦労する人達もいる。そういった人達こそ、本当の意味で救済が必要なのかもしれない。
「アレク君やメリッサさんと相談してみます。ただ、内容を考えると、違った形の支援になるかもしれませんけどね?」
「本当か……!? 助かる……!」
「彼等の未来の為に、是非とも力を貸してくれ……!」
盗賊ギルドと武闘家ギルドは、共に小さなギルドだからね。そして、そういうギルドに加入するメンバーは、訳ありの人達が多い。彼等からすれば、常に何とかしたいと願っていたのだろう。
「わかりました。どこまで出来るかわかりませんが……」
ボクの言葉を遮る様に、参加者の一人が挙手していた。ボクは首を傾げ、彼に問い掛ける。
「……どうしました?」
「ウチも頼む……」
彼は小さな声でボソリと呟く。会場が静かだったので、何とか聞き取れる程度の声だった。
……彼は狩人ギルドのギルドマスターだね。ギリー君の所属ギルドだし、断る理由も特に無いかな?
「……えっと、わかりました。合わせて相談してみますね」
「感謝する……」
彼はスッと頭を下げる。そして、頭を上げると、何事も無かったかの様に、腕を組んで黙り込んでしまった。
出遅れた感じだろうか? 何とも間の悪い割り込み方だよね?
盗賊ギルトと武闘家ギルドのギルドマスターが、困った顔で立っていた。完全に勢いを奪われた形である。
「…………」
……うん、何か会場が何とも微妙な空気になったな。話の流れが、急に断ち切られた感じになってしまった。
「あ~、えっと……。それじゃあ、ポーションの話に移りますね……?」
ボクは空気を変える為、敢えて空気を読まない事にした。そして、会場の皆が理解を示し、静かに頷いていた。
そして、ボクは次のテーマに話を移す。盗賊ギルドと武闘家ギルドのギルドマスターは、そっと席に座っていた。
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