第125話 アレク、講習会を開催する(シルバー級編)

 先日の講習会は、非常に好評だったらしい。抽選から外れたクランが、次の開催を熱望しているとか。


 勿論、ボクが定期的に講師を行うつもりは無い。メリッサに資料を譲渡したので、後はクラン事務局で定期開催してくれる事だろう。


 というか、メリッサは新設クランの初回説明時に、利用する計画を練っているらしい……。


 そして、前回の講習会から四日後。今日もボクは講習会を開催する。シルバー級クランを対象とした、ゴールド級へのステップアップ講座だ。


「……てか、何で準備期間が三日なのさ?」


「アレク様の時間を無駄には出来ません。最短最速で準備を進めました!」


 隣のメリッサは、良い笑顔で答える。とても生き生きとした、輝かんばかりの笑顔である。


 逆にこちらは、げんなりとする。ここしばらく、ずっと顔を合わせているからね。まあ、ギルがいるので、二人っきりで無いのがせめてもの救いだ……。


「まあ良いけどさ……」


 ボクは会場に視線を這わせる。場所は前回と同じ大会議室。しかし、テーブルや椅子は上質な物へと変わっていた。参加者がシルバー級クランのリーダーなので、安物を並べる訳にも行かないらしい。


 なお、今回は抽選を行っていない。元々、シルバー級クランは十二組活動していた。そこに、王都の移籍で五組が増えた状況なのだ。今回は希望クランは、全て参加可能となっている。


 そして、参加を希望したクランは十組。既存が七組で、王都組が三組である。残りのクランは、依頼の為に、泣く泣く参加を見送ったとか。


 という訳で、今回はサブリーダー一名も参加を許可している。二名一組で合計二十名の参加である。それでも、前回よりは人数が少ないので、準備も多少は楽になった。


「アレク様、全参加者が揃いました」


「うん、今回は全員揃ったんだね」


 ギルの言葉に会場を確認する。二名掛けのテーブルが十個並び、その席は全てが埋まっている。前回のブロンズ級と違い、全員が時間前に入場していた。


 シルバー級と言えば、それなりに地位が認められる存在である。周囲からの目も有る為、そこまで見苦しい真似をする人も少ない。今回は普通に講習を進めれば良さそうである。


「……ごほん。少し時間より早いですが、始める事にしましょう」


 参加者全員の視線が集まる。年齢は二十代が殆どで、十代は不在である。目付きもブロンズ級とは一味違う。


 そして、全員が筆記用具を用意していた。これは、全員が情報収集を行い、前回の講習内容を知っていると考えるべきかな?


「さて、手元に資料が三枚ありますね? 今回の講習内容は、パーティー理論、効率的な装備入手法、ヴォルクス周辺の狩場情報になります」


「「「…………」」」


 参加者の半数が、顔を顰めていた。恐らくは、前回のテーマと同じだからだ。情報を集めたクランは、ブロンズ級と同じ内容なのかと勘繰ったのだろう。


「勿論、内容はシルバー級に相応しい情報です。シルバー級とブロンズ級では、同じテーマでも視点が変わります。皆さんの期待を裏切る事は無いでしょう」


 顔を顰めていた参加者は、一堂にホッとした表情を浮かべる。この反応を返した参加者は、特に目がギラギラしているな。向上心が高いクランリーダーなのだろう。


「では早速、パーティー理論の資料をご確認下さい」


 参加者全員が一枚目の資料を手にする。とはいえ、大半は既に目を通している為、視線はボクへと向いたままだ。その目は情報を求め、今か今かと待ちわびていた。


「前衛、中衛、後衛等は、既に説明をする必要が無いでしょう。しかし、アタッカー、タンク、バッファー、デバッファー、ヒーラーという言葉は、耳慣れないのでは無いでしょうか?」


「タンク……?」


「アタッカーやヒーラーは、何となくわかるが……」


 参加者全員が困惑の表情を浮かべている。その概念を理解していない為だ。


 そして、それも当然の事である。これから話す内容は、オンラインゲームの知識なのだ。この世界には存在しない概念を、これから話すつもりなのだから。


「アタッカーは攻撃を担当する職です。これは黒魔術師や狩人、それに剣士等も含まれます」


「アタッカーとは、後衛の事では無いのか……?」


「ウチの攻撃は、確かに剣士が中心だが……?」


 リーダーとサブリーダーで意見を交換しあう。しかし、お互いに意見が一致しなかったりと、参加者同士では意見がまとまらない。


 まあ、ここで待っても仕方が無い。ボクは無視して話を続ける。


「次にタンクとは攻撃を受ける盾です。これは剣士が主流ですが、武闘家や盗賊でも代用可能です」


「武闘家や盗賊が盾役……?」


「回避に専念すれば、足止め位は可能か……?」


 ここでも混乱が起きる。上級職が中心のゴールド級なら理解も出来るのだろう。しかし、シルバー級は基本職も多い。役不足ではと考える気持ちもわかる。


 しかし、これはゴールド級へのステップアップ法なのだ。ゴールド級に向けたパーティー編成を、今から考えて貰う必要がある。今回はそれを理解する為の講習会なのだから。


「次にバッファーとは、メンバーの能力向上を行う職です。基本職では白魔術師ですね。しかし、上級職になると、その対象職はぐっと増える事になります」


「魔法剣士や聖騎士の事か……?」


「言われれば、わからなくは無いな……」


 先程に比べ、ここの混乱は少なかった。白魔術師は兎も角、魔法剣士や聖騎士が一般的な為だろう。まあ、王都組は少し反応が鈍い感じだけど。


「そして、デバッファーは敵の弱体役です。基本職では黒魔術師と狩人が担当出来ます。しかし、真価を発揮するのは、これも上級職になってからですね」


「弱体役……?」


「どういう役割なんだ……?」


 ここは完全に理解出来ていない。彼等の多くが、それが必要な場面を経験していない為だ。


 ……しかし、それではダメなのだ。ゴールド級になるには、この概念は必ず理解しておかねばならない。


「そして、最後がヒーラーです。基本職では白魔術師。上級職では司祭、聖騎士、モンク等と、様々な職業が担当可能です」


「これは理解出来る……」


「いずれは欲しいよな……」


 参加者の大半が、ホッとした表情を浮かべる。バッファーやデバッファーと違い、自分達の知る概念だったからだろう。


 とはいえ、現時点で所属はしていないらしい。多くの反応から、まだ先の事と考えているのがわかる。


「これらの役割分担は、ゴールド級クランでは必須です。そのいずれが欠けても、ゴールド級として活動出来ません。……いえ、ランクアップすべきでは無いでしょう」


「「「…………」」」


 ボクの断言に、参加者全員が唖然とする。自分達の考えと、ボクの考えに差が大き過ぎるからだ。


 ――そして、勇気あるリーダーが手を上げる。


「申し訳ありません……。私には、その理由がわかりません……。理由を教えて頂けないでしょうか……?」


 その発言者は、控えめに質問を行う。理解出来ない事は恥ずかしい。しかし、理解出来ないままでは、今後に関わる。だからこそ、恥を忍んで質問して来たのだとわかる。


 なので、ボクはニコリと微笑む。勇気ある発言者に、優しく回答する。


「実に良い質問です。その理解が、メンバーの生死を分ける事でしょう」


 ボクの言葉に、発言者はホッと息を吐く。隣のサブリーダーも、誇らしげな顔をしていた。


 ボクは参加者全員に視線を這わせる。皆がその答えを求め、ギラギラした目をボクに向けていた。


「シルバー級と違い、ゴールド級では格上との戦いが発生します。それはつまり、魔物のボスとの戦い。それが出来ず、ゴールド級とは言えないからです」


「魔物のボスが相手か……」


「ゴールド級なら当然か……」


 参加者の殆どが納得した様子を見せる。ボスの相手はゴールド級以上。それが、冒険者の中での常識だからだ。


 ……しかし、そこを目指す参加者達は、その事を他人事と考えている。シルバー級だから、まだ良いだろうと考えているのだ。


「格上と戦う為には、役割に特化した職が必要です。攻撃に特化した者。防御に特化した者。味方の支援に特化した者。敵の弱体化に特化した者。回復に特化した者です。……勿論、パーティー構成によっては、兼務するメンバーもいるでしょうけど」


「なるほどな……」


「ボス戦を想定するのか……」


 参加者の多くが、ボクの考えを理解し始める。オンラインゲームでは一般的な、パーティーでの役割分担の概念について。


 ネットで情報が溢れるあの世界では、誰もが知っていて当然だった。むしろ、パーティーを組む上での前提知識と言う風潮すらあった。


 しかし、この世界にはネットが存在しない。有用な知識を得る手段が乏しい。その為、多くが自分の実体験から学ぶしか無いのである。


 ……それでは、効率も悪いし、死亡率も高くなる。


「そして、本気でゴールド級を目指すなら、今はそこに向かってメンバーを育成する期間です。ゴールド級になってから、ヒーラーやデバッファーを加えるでは遅いのです。そもそも、ゴールド級で活躍出来るメンバーが、そう簡単に見つかる訳無いですよね?」


「むむ、確かに……」


「今から育てるか……」


 今回の参加者は、全員が納得した様子を見せている。王都組だからといって、反発する様子も見られない。シルバー級にもなれば、見栄より実利を選べるのかもね?


「では、実際にいくつかのボス情報を紹介しましょう。その攻略法と合わせれば、バフやデバフの重要性も理解しやすいでしょうからね」


「「「…………」」」


 参加者全員の目付きが変わる。ペンを手に持ち、一言も逃すまいとの気合が感じられた。


 うん、シルバー級のランクアップは、思ったより上手く行きそうな気がするよ。


「では、最も簡単なゴブリン・キングからです……」


 こうして、ボクの二度目の講習会は進んで行く。大きな問題は何も無く、参加者の反応に安堵を感じながら……。

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