第124話 アレク、講習会を開催する(ブロンズ級編)

 メリッサとリュートさんにハメられ、ボクは講習会を開催する事となった。既存のブロンズ級クランと、王都から流れて来たブロンズ級クラン向けにね。


 ……そもそも、何故この様な事態になったかを、まず説明する必要があるだろう。その理由とは、クラン事務局の地位向上だったり、無謀な新人の死亡率低下だったりと色々と有る。


 しかし、一番の理由は、王都出身の冒険者達が、ヴォルクス全体を舐めているからだ。上から目線で、元々の住人と問題を起こすのだ。ヴォルクスの街やクラン事務局では、王都程のサービスは提供出来ないだろうと言って。


 そして、メリッサが提案して来た。王都以上のサービスを提供してやろうと。クラン事務局のバックには、賢者アレクが付いていると知らしめてやろうと。


 ……うん、ボクがバックに付いてるってのは、何か違うと思うんだよね。でも、リュートさんは凄く効果的だって乗って来た。そして、ボクを前面に押し出す方向で行こうと決まってしまった。


 そんなこんなで、ボクのブロンズ級向け講習会が決定した。クラン事務局へ申し込んだクランの中から、抽選に当選した三十名向けの講習会である。


「ふむ……」


 場所はクラン事務局の大会議室。教壇に立つボクの眼前には、簡素なテーブルと椅子が並べられていた。メリッサの提案から三日後の開催である。設営に手が回らなかったのが、メリッサ的には手痛い失敗らしい。


 そして、テーブルにはボク達が用意した資料。講習内容をまとめた紙であり、メリッサとギルが頑張って書き写した物だ。プリンターなんて便利な道具は無かったけど、書類に慣れた二人が居たのは助かった。今も二人は、ボクの両隣で助手役として控えている。


 ちなみに、ギリーにはクラン事務局の新人スタッフを任せた。彼に任せれば、新人はタフに育つだろうと、アンナ達が推薦した為だ。あっちはあっちで、上手くやってくれる事だろう。


 そして、当のアンナ達は、海底洞窟地下二階で修業中。ドリーとグランに護衛を任せたけど、そこが少し不安でもある。まあ、アンナ達も素人では無い。大きな問題は起きないと思うけど……。


「さて、そろそろ時間の様ですね……」


 隣のメリッサが、懐中時計を手に呟く。どうやら、予定の開始時間となったみたいだ。二割程の空席が見えるが、始めてしまって構わないって事だよね?


 ボクは会場に視線を這わせる。半数はギラギラした目でボクを見つめる。残り半数は、探る様な視線をボクへと向けている。いずれの参加者も、ブロンズ級クランのリーダー達だ。年齢はボクより少し上の人達が多い。


「ごほん……。それでは、開始させて頂きます」


「「「…………」」」


 参加者の視線がボクに集まる。若干の緊張は感じるけど、講師役に支障は無い。これは慣れのお陰だと思う。これまでも、大勢の前で指示出しする場面があったからね……。


「まず、今日の目的から説明しましょう。……それはズバリ、脱ブロンズ級がテーマです!」


「「「…………???」」」


 参加者の全員が、目を丸くしたり、首を捻ったりしている。ボクの言葉が理解出来ていないらしい。なので、続けて補足説明を行う。


「皆さんはブロンズ級クランのリーダーです。現在の目指す所はシルバー級へのランクアップですよね?」


「ああ、そういう事か……」


「まあ、当然だよな……」


 参加者の全員が理解を示す。その事に満足し、ボクは手元の資料を掲げて見せる。


「今回の講義で用意したのは、シルバー級へのステップアップ法。皆さんがシルバー級に相応しい実力を身に着ける為の情報です。この内容を理解し、実践すれば、最短だと一年程度でシルバー級へのランクアップも可能でしょう」


「「「…………!?」」」


 参加者の顔色が変わる。皆が驚きと同時に、その目に期待の色が浮かぶ。他の講師なら眉唾な発言だ。しかし、一年でゴールド級となったボクなら、その信憑性は高いと判断したのだろう。


「そして、皆さんの手元には、三枚の資料を用意しています。一枚目はパーティー理論。二枚目は効率的な装備集め方法。三枚目はヴォルクス周辺の狩場情報です」


「「「…………!?」」」


 早くに入場した参加者は、先に資料に目を通していた。その為、先程から目をギラギラと輝かせている。静かに頷き、話の続きを待っていた。


 対して入場時間の遅かった参加者は、その資料に目を通していない。ボクに言われて、初めてその価値を知る事になる。今は慌てて、資料に目を通していた。


「ただし、資料には概要のみ記載しています。詳細は口頭で説明しますので、必要に応じて書き込んで下さいね?」


 ボクはメリッサとギルに視線を送る。すると二人は前に出て、手にした道具を皆に見せる。


「筆記用具の用意は御座いますか?」


「用意が無ければ、クラン事務局から貸し出す事も可能ですよ?」


 二人が手にしているのは羽ペンとインクの壺だ。恐らくは準備が無いだろうと、人数分が用意されている。そして、案の定と言うべきだろう。参加者の八割が貸出を希望した。


「冒険者にとって、情報とは重要な物です。いつでもメモ出来る準備は必要ですよ?」


 ボクは悪戯っぽく笑ってみせた。参加者の半数はバツの悪い表情を浮かべ、残りは苦笑を浮かべている。まあ、この中の何割かは、帰りにペンを購入する事だろう。


 ちなみに、詳細を書かなかったのは悪戯の為では無い。メモの重要性を説く為でも無い。単に時間が足りなかったからだ。


 メリッサが準備期間を二日しか用意せず、そこまで手の込んだ資料が作れなかった。それならばと、このスタイルをギルが提案してくれたのだ。まあ、裏事情なので、参加者に伝えるつもりは無いけどね……。


「では、まずはパーティー理論から始める事にします。皆さんは前衛、中衛、後衛の違いがわかりますか?」


「そりゃあ、流石にな……」


「わからねえなら、リーダー失格だろ……」


 参加者全員が、知っていて当然と言う態度だ。まあ、クランを結成している以上、ソロプレイヤーでは有り得ない。リーダーなら、なおの事パーティーの役割には詳しい事だろう。


 ……ただし、その重要性まで、本当に理解しているのかな?


「では、そこの貴方。クランのメンバー構成を教えて下さい」


「お、オレか……?」


 真ん中辺りの席で、ニヤニヤしている男を指名する。舐めた態度が見える為、王都から流れて来た参加者だろう。彼は顔を顰めながらも、臆する事無く答えてくれる。


「リーダーのオレが前衛の剣士だ。そして、サブリーダーも剣士。中衛に武闘家が一人いて、後衛には黒魔術師が一人だ」


「前衛二人、中衛一人、後衛一人ですね……」


 その説明を聞き、他の参加者は何の反応も見せない。一般的な、普通のクランと感じているらしい。まあ、実際にブロンズ級では、良くある構成なのだろう。


 ……ただ、この構成では問題が多過ぎる。今のままでは、シルバー級には程遠いね。


「剣士二人なので、耐久力は高いですね。中衛の武闘家のお陰で、後衛の黒魔術師も守られます。そして、黒魔術師の存在が、物理耐性の高い相手にも戦闘の幅を持たせてくれます」


「ああ、その通りだ」


 指名された男は、ボクの説明に満足そうに頷いている。得意げな顔で、自分の有能さにでも浸っているのだろう。


 しかし、ボクの説明は終わった訳じゃないよ?


「ただし、この構成では手数が少ないですね。三体のオークは倒せても、十体のゴブリンには押し潰される。魔物の群れを相手にするには、不向きなパーティー構成と言えます」


「うっ……」


 弱点を指摘され、男はたじろぐ。ムッとした様子でボクを睨むが、それは無視して話を進める。


「それを解消するには、二つの手段が考えられます。一つは手数を増やして弱点を潰す。つまり、後衛を一人増やすという方法ですね」


 数名の参加者は頷いている。ボクの説明に納得しているのだろう。むしろ、そういった考えを採用しているクランなのかもしれない。


 しかし、半数はジッと様子を伺い、一部の参加者は不満げな表情だ。メンバーを増やすデメリットを考えているからだろう。人が増えれば管理が大変だし、コストも掛かる。それが間違った考えとは思わない。


「そして、もう一つは斥候役を入れる方法です。最適な群れだけを選択し、危険な相手は回避する。この役割は、盗賊と狩人が担う事になります」


「斥候役……?」


「なるほど……」


 この考えも、参加者の中で賛否が分かれる。火力で押し切るタイプや、初めから安全マージンを取るタイプは、斥候の重要性を理解し辛いだろう。


 しかし、ワンランク上の狩場を狙うタイプや、色々な狩場を試したいタイプは、いち早い危険の察知に価値を見出す。その重要性が理解出来るはずだ。


 ……まあ、本来なら、それぞれの価値観で選べば良い事だ。安全を取るのか、効率を取るのか。


 しかし、この講習会は効率的な、ランクアップ法を伝えるのが趣旨。ならば、ある程度の冒険が必要な事も、参加者に理解して貰う必要がある。


「実力より下の狩場を選ぶなら、斥候役は必要無いでしょう。しかし、その場合はレベルアップも遅くなり、収入面も低くなります。つまり、クランとしての成長が遅れるという事です」


「「「…………」」」


 やはりここでも反応が分かれる。納得を見せる者と、不満を顔に出す者だ。特に王都からの流入者は、未だボクの言葉が信じ切れないみたいだね。


「成長速度を求めるなら、自分達にあった狩場選びが重要です。時には冒険をする必要もあります。……そんな時に、斥候役が一人いると、パーティーの安全性は格段に向上する事でしょう」


 ボクの意見を取り入れるかは彼等次第だ。恐らく、元からヴォルクスで活動していたクランは、その多くが試してくれるだろう。


 しかし、王都から流れて来たクランは、当面は様子見をすると思う。そして、一年後にその差を実感する事になるだろう……。


「ついでに言うと、回復役も重要ですね。白魔術師はパーティーの体力であり、最大の危機管理だと思います。……もっとも、お金に余裕があるなら、ポーションでの代用も可能ですけどね?」


 この意見にもハッキリとした反応の差が見られた。王都の冒険者は、白魔術師を毛嫌いしている。これはもう文化と言うしか無いので、ここで考えを改めて貰うつもりは無い。


 なので、白魔術師を採用するかも、彼等の判断に委ねる事にする。そして、この差も一年後には、ハッキリとした形で現れる事だろう。


「もう少し踏み込んだ説明も行いたいですが、これは狩場情報と合わせて行いましょう。という訳で、次は効率的な装備集めについてです……」


 ボクの言葉に、参加者は二枚目の資料を手にする。そして、一枚目の資料は、テーブルの脇へと置く。


 一枚目の資料にも、やはり差が見られた。細かく書き込みを行う人達と、まったく書き込みを行っていない人達だ。その対象者については、もう言う必要は無いよね?


「まず、剣士を例に話をしましょう。ブロンズ級の多くは、青銅か鉄製の装備が中心ですよね? 次に狙うのは鋼鉄製、属性付与の鉄製、魔物素材のオーダーメイドとなる訳ですが……」


 講習会の前に、メリッサとギルとの打ち合わせを行っている。その際に、二人から意見も貰っていた。そして、三人が出した結論は、今の状況と一致している。


 それは、王都の冒険者は、思う様に伸びないだろうと言う意見だ。自分達はワンランク上の実力が有ると勘違いしている。だからこそ、講習会の内容を、積極的に取り入れないだろうと。


 そして、ボク達はそれを逆手に取る事にした。同じ講習会を受けた参加者同士で、一年後に大きな差が開くのだ。これで王都の冒険者達も、一年後には……いや、一年を待たず、その驕りを捨てる事になるだろうと。


「つまり、特化するなら属性付与の鉄製を狙うべきです。そして、汎用性を求めるなら、魔物素材のオーダーメイドの方が、成長速度が速まるでしょう。また、武器だけを属性付与にする選択肢も有りますね……」


 こうして教壇に立てば、その差は一目瞭然だ。どのクランが伸び、どのクランが停滞するか。クランとは、リーダーの方針によって特徴が出る物なのだから。


 こうして、ボクの講習会は進んで行く。ボク達の思惑通り、参加者に差が付きながら……。

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