第123話 ギリーズ・ブートキャンプ

 オレの名はギリー。クラン『白の叡智』のサブリーダーを勤めている。最近では、アレクの頼れる右腕として、周囲からも認知され始めているようだ。


 そして、今日のオレは、新人達の教官を務める事になっている。オレの短期育成法は、アレクの中では高評価らしい。高い評価を受ける事は嬉しい事だ。アレクの期待には応えねばな。


「ふむ……。こんな物か……」


 オレは地面にへたり込む三人組を眺める。男一人に女二人。いずれも十五歳で、クラン事務局に配属されたばかりの新人。オレの指導対象者だ。


 彼等を鍛える理由は、最近の冒険者に粗暴な者が増えた為だ。新人として配属される彼等には、そんな乱暴な者達に屈しない強さが求められる。この教育は、そんな彼等の為の、新人教育の一環なのだ。


 そして、彼等はこれまで、平和に街中で暮らして来た。当然ながら、魔物と戦った事など無い。武器を手に取るのも今日が初めてだろう。それを考えれば、数度の戦闘でへたり込むのも仕方が無い。


 ……だが、問題など何も無い。一日中戦い続ければ、彼等もすぐに戦い方を覚えるばずだ。


「さあ、立て……。次を探すぞ……」


 念の為に、周囲の気配を再確認する。今の所は近くに魔物がいない。先程、ヒトデとイソギンチャク型の魔物を倒したばかりだからな。


 言いそびれたが、場所は海底洞窟一階。ブロンズ級のクランメンバーが、稀に使う事のある狩場である。船での移動が必要だったり、特別な素材が取れる場所では無い為、不人気な狩場では有るがな……。


 オレは再び、彼等に視線を戻す。彼等は立ち上がる気配が無い。恨みがましく、こちらを睨むだけだった。


「何をしている……? そんな体勢で、魔物に襲われたらどうする気だ……?」


 オレは静かに問う。すると、新人の一人――剣士の男が立ち上がった。


「無茶苦茶だ……! オレ達は、戦闘訓練を受けるって聞いたはずだぞ……!?」


 男の名はアランだったな。怒りを露わにしているが、まだまだ元気は有り余っていそうだ。オレは首を傾げる。


「だから、戦闘訓練を行っている……。何が問題だと言うのだ……?」


「これは訓練じゃない……! 実戦じゃないか……!?」


 アランの言葉に、二人の女も頷く。一人は狩人のサラで、もう一人は白魔術師のミリンだ。彼女達も彼と同じ考えらしい。


 オレは小さく息を吐く。そして、彼等にゆっくりと言い聞かせる。


「オレが指導可能なのは、たったの十日間だ……。その為に、最短コースで指導を行うと伝えたな……?」


「そ、それは確かに聞いたけど……」


 オレは確かに伝えた。船の中で三人に対して。そして、彼等はそれを了承した。短期間で強くして欲しいと望んだ。


「ならば、実戦に勝る訓練は無い……。そして、お前達に必要なのは覚悟だ……。どんな状況でも、必ず生き抜くという、覚悟が……な」


「だから、それが無茶苦茶だって言ってるんだよ……!?」


 オレの言葉に、アランは納得しなかった。サラとミリンも、強くオレを睨んでいる。彼女達も納得していないのだろう。


 さて、どうした物かと思案する。しかし、オレの発言を待たず、アランが言葉を続けて来た。


「そもそも、ここの魔物は適正レベルより高いじゃないか……!? クラン事務局でも、剣士ならLv10以上を推奨している……! それなのに、オレ達は全員Lv1なんだぞ……!!」


「ああ、そんな事か……」


 アランは良く情報を収集している。狩場の情報を事前に集める事は、冒険者にとって必須だ。それを率先している彼は、この先も良い仕事をする事だろう。


 しかし、アランはまだ新人でしかない。少ない情報を頼りに、視野が狭くなっている。そこは彼の弱みとなりかねないな……。


「お前達は、支給された装備を確認したのか……?」


「は……? 装備を……?」


 アランは自分の体を確認する。右手にはショートソード、左手にはバックラー。体にはライト・メイルという、剣士として一般的な恰好である。


 ……しかし、それは見た目だけの事。その性能まで、見た目通りとは限らない。


「アランの装備は、いずれも鋼鉄製であり、属性が付与されている……。それは本来なら、Lv1の新人が持てる装備では無い……」


「え……!? 鋼鉄製の魔道具……!?」


 アランは唖然とし、自分の装備を確かめる。鋼鉄製の装備は、剣士が最終目標とする装備らしい。しかも、属性付与された物は、その値段が数倍に跳ね上がる。ブロンズ級のクランでも、一握りのメンバーしか手に出来ない代物だ。


 そして、オレはサラとミリンの装備を、順に指差して行く。


「サラの弓にも雷属性が付与されている……。レザージャケットはワイバーン製……。ミリンの杖は回復性能を向上させる魔道具……。ローブにも当然、防御力を向上させる加工を施してある……」


「「私達の装備にも……!?」」


 いずれも高額な品ばかりだ。これらを標準的に装備可能なのは、シルバー級のクラン以上だろう。その割合は、冒険者全体の三割程度。そう考えれば、どれ程貴重な品かわかるはずだ。


 ……というより、Lv1の三人で既に数体の魔物を倒している。その時点で、おかしいと思うべきだ。初めての戦闘で、本当に視野が狭まっているのだろうな。


 オレは沈黙する彼等に、更に言葉を投げかける。


「クラン事務局が、どれだけ出費したか理解したな……? お前達は、それだけの期待を掛けられ、オレの元へと預けられた……。なのにお前達は、この先も泣き言を続けるつもりか……?」


 オレの言葉に、三人はバツが悪そうな様子を見せる。しかし、それでも納得は出来ないらしく、アランは情けない声を出す。


「ただ、さっきのはキツイです……。死ぬかと思いました……。もう少し、手助けして欲しいです……」


「うん、さっきは何とかなったけど……」


「私も咄嗟には、回復なんて出来ないよ……」


 三人は同情を誘う様に、情けない声で縋りつく。オレと彼等は、年齢的には大差が無い。しかし、その思考には、大人と子供程に開きがあるらしい。


 ……なので、オレは彼等を突き放す事にする。


「甘ったれるな……。戦場で頼れるのは、自らの力のみ……。オレの助けを当然と思うな……」


「な……!?」


 アランは驚きの声を上げる。サラとミリンも、声は上げなかったが、同じ表情を浮かべている。きっと、少しは優しくして貰える等と考えていたのだろう。


「さっきも言ったな……? お前達には、生き抜く覚悟を身に着けて貰う……。その為に、お前達には死ぬ気で戦って貰う……」


「「「…………」」」


 彼等三人は再び沈黙する。そして、互いに視線を交し合う。お互いの考えを探り合う為だろう。


 そして、オレには彼等の考えがわかる。彼等の目には、戦う意思が無い。彼等はこの戦場から、逃げ出す事を考えているのだ。


「ああ、帰りの船は夕方まで来ない……。そして、戦う意思の無い者は置いて行く……。生きて帰りたければ、オレの側を離れない事だ……」


 そう告げると、オレは彼等を無視して歩き出す。洞窟の奥へと向かってだ。


「ちょ、ちょっと……!? 本気かよ……!?」


「うそ……!? 置いてくつもりなの……!?」


「死にたくない……! 私はついて行きます……!」


 三人は慌てて後を追って来る。懸命な判断だろう。あそこで休んでいても、いずれは魔物に見つかるだけだからな。


 オレはチラリと背後に視線を送る。そして、軽く笑みを浮かべる。


「ふっ……。戦う意思を見せてみろ……。そうすれば、命だけは保証してやる……。もっとも、何度か死線は潜って貰うがな……」


「「「…………!?」」」


 三人は愕然とした表情を浮かべる。そして、その目には、僅かな恐怖が滲んでいた。


 これで彼等も、オレに泣き言を言う事は無いだろう。後は自分の――いや、自分達の力で、最後まで戦い続けるはずだ。


「ふっ……。すぐに強くなるさ……」


 オレは小さく呟く。彼等には聞こえない程度の声で。


 それと同時に、オレは自らの幼少期を思い出す。父さんも同じ方法で、オレの事を鍛えてくれたものだ。甘ったれていた当時のオレを、一人前の戦士へと。


 お陰でオレは強くなれた。今もこうして、アレクの隣に立つ事が出来ている。オレは亡くなった父さんに対し、今でもその事を感謝している。


 だからこそ、彼等もいずれは理解するだろう。この苦しい時間が、今後の生きる力となっていく事を……。


「「「…………」」」


 三人は諦めた表情で歩いている。しかし、その手の武器は、しっかりと握られていた。ならば問題は無い。戦う意思があるなら、今はそれだけで十分だ。


「ふむ……。近くに魔物の気配があるな……」


「…………!?」


 オレの視線を感じ、サラが涙目となる。しかし、口は開かず、一人で前へと進んで行く。それは彼女の役割である、斥候としての務めを果たす為だ。


 そんなサラの姿に、アランとミリンも泣きそうな表情を浮かべる。そして、武器を持つ手に力を込めていた。きっとそれは、仲間の身を案じての事だろう。


「そう、それで良い……」


 そうやって、仲間意識は育って行く。彼等は自らの為だけで無く、仲間の為にも力を振るえる様になる。それこそが、正しい冒険者の姿だ。


 オレはその姿を内心で喜ぶ。彼等の成長に期待し、内心では彼等を応援する。彼等の未来の為なら、オレは嫌われたって構わない。そう本心から思える自分に気付く。


「……ああ、そうか」


 そして、オレは不意に気づく。きっと、当時の父さんも、今のオレと同じ気持ちだったのだろうと。


 オレに厳しく指導したのは、オレの将来を考えての事だ。その為なら、自分が嫌われても構わないと、そう思っていたのでは無いだろうか?


 そう思うと、オレの胸は熱くなる。父さんへの感謝で、胸が一杯になって来る。亡くなって初めて、親の本当の有難さに気付くとはな……。


 そんな事を考えながら、オレは三人の成長を見守り、指導を続けるのであった。

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