第七章 ヴォルクス活性編

第122話 アレク、依頼を受ける

 今日はアトランティス諸島から戻った翌日である。朝からメリッサとリュートさんが、揃ってボクの元を訪れて来た。メリッサはいつものスーツ姿。リュートさんは、オフっぽいラフな姿だ。


 なお、メリッサは旅行の前に頼んであった、王都の調査結果を報告する為だ。こちらは何の問題も無い。


 しかし、リュートさんは、領主関連で頼み事がある為だとか。また、面倒事で無ければ良いのだが……。


「それでは、まずご依頼頂いていた、王都の報告から始めます」


「ええ、お願いします」


 場所はクランハウスのリビング。ボクとリュートさんは、向かい合う形でソファーに座る。


 メリッサは進行役なのか、ボク達の隣で立っている。その姿だけを見れば、本当の秘書みたいに見える。彼女は、見た目だけは良いんだけどね……。


「アレク様の予測通り、王都は約五百匹のレッド・ドラゴンに襲撃されました。時期はアレク様達の出発した翌日です」


 五百匹程のレッド・ドラゴンか。アトランティス諸島の『海神の使い』は数万匹は存在した。それを考えると、少ないと思うべきなのだろうか?


「王都は王国軍と冒険者が協力し、この迎撃態勢を整えました。そして、戦闘はおよそ三十時間程。約百匹のドラゴンを倒す事に成功。残りは飛竜王国方面へと撤退したとの事です」


「へぇ、そんな物か……」


 ゲームのイベント『赤き竜の襲来』は開催期間が七日間だった。出現数が少ないからこそ、イベント期間も短くなったって事かな?


 それに、討伐数の少なさも気になる。王国軍と王都の冒険者が総出で、たったの百匹程度しか倒せなかったのか? 討伐よりも、王都の被害を抑える事を優先したのかな?


「対して、王都側の被害は甚大。一万名の王国軍は一割が死亡。三割が重軽傷で治療中。実質、四割が機能停止状態となっています」


「は……?」


 王国軍の四割が? じゃあ、今は国の防衛能力がガタ落ちって事? いくら何でも、被害が大き過ぎじゃないか?


 しかし、動揺するボクを他所に、メリッサの報告はまだ続く。


「冒険者側にも大きな被害が出ています。ミスリル級クランは六つ存在しますが、その内の二つが活動停止。三十三組のゴールド級も、十二組が活動停止状態となっています」


 ……マジで? 冒険者側も約三割が活動停止だって? いくら何でも、被害が大きするだろ? 魔物の被害が出たら、誰が相手する事になるんだ?


 そこでフッとリュートさんと目が合う。彼も呆れた様に苦笑を浮かべていた。


 そして、リュートさんの態度から、ボクはある可能性に辿り着く。損害が大きくなった、その可能性とは……。


「ヒーラーの不足か……」


 ボクの呟きに、リュートさんが頷く。どうやら、彼もボクと同意見らしい。


 理由は不明だが、ペンドラゴン王国は聖都と仲が悪い。それが理由で、プリーストや白魔術師の地位が低く、圧倒的に成り手が少ない。


 そして、王国は反聖教会派の筆頭であり、王国軍に白魔術師系は存在しない。主な構成メンバーは騎士であり、その補佐として黒魔術師系や狩人系が加わる程度だ。


 ちなみに、ヴォルクスはそこまで白魔術師の地位が低く無い。領主私兵団の半数近くが聖騎士なのも、ヒーラーの重要性を理解しているからだ。これはヴォルクスが帝国に近く、防衛の要である事が関係している。


「ここまで被害が出るとはね……」


 想定以上の被害に、ボクは思わず溜め息を吐く。この後の展開について、少し真面目に考える必要があるな……。


 しかし、メリッサの報告は終わりでは無かった。ボクはその報告に、更に驚く事となる。


「また、王国側は被害人員の補充として、冒険者の中から騎士の強制徴収を行いました。それにより、ミスリル級が一組、ゴールド級が十組、シルバー級が三十組、計四十一組のクランが活動停止となる予定です」


「はあっ……!?」


 この状況で、更に冒険者側のリソースを削るのか? それに戦闘での活動停止と合わせると、冒険者の半数が活動停止になるって事でしょ?


 いくら王都は人が多くても、それで依頼が回ると思えない。国王やその側近達は、一体何を考えているのやら……。


 ボクが頭を抱えていると、リュートさんが笑い声を漏らす。そして、楽しそうに説明を引き継ぐ。


「アレク君の考えた事は、王都の住民もみんなが感じてるよ。それだけじゃ無くて、王都で活動する冒険者達もね」


「まあ、そりゃあ……ね?」


 王都に住む人々は当事者である。当然ながら、不安を感じている事だろう。この国の治安は守られるのかと。


 そして、リュートさんは視線をメリッサに送る。彼女は頷き返し、報告を再開させた。


「今の会話の通り、王都の多くの者が不安を抱えています。そして、今のヴォルクスは、かつて無い程の移住希望者で溢れかえっています」


「移住……希望者……?」


 まてまて、急に話が飛んだ気がするぞ。えっと、整理をするとこんな感じか?


 ①王都の被害が甚大で不安だ……。

 ②より安全な場所はどこだろう?

 ③ヴォルクスなら王都より安全じゃないか?

 ④そうだ、ヴォルクスに移り住もう!


 ……って、安直過ぎだろ!? ヴォルクスの軍事力が高いのは、帝国への備えの為だよ!? それって、戦争になったら、一番危ないって事なんだけど!?


 愕然とするボクに、リュートさんはニヤけた視線を送ってくる。そして、チッチッと指を振って見せる。


「アレク君の考えはわかるよ。移住者の多くが、ヴォルクスの軍事力を頼ってるって考えてるよね?」


「……違うって言うんですか?」


 リュートさんの言葉に、ボクは眉を顰める。この流れでは、そう考えるのが自然だろう。


 しかし、リュートさんは力強く頷く。そして、確信を持ってボクへと告げる。


「一番の理由は、アレク君の存在だよ。君がここにいるから、ヴォルクスは安全だって思えるんだ」


「……いやいや、それは盛り過ぎでしょう?」


 ここでボクを持ち上げる理由は何だ? また、面倒なお願い事をするつもりなのか?


 しかし、ボクの予想に反し、リュートさんの目は真剣な物へと変わる。それは、冗談を言っている雰囲気では無かった。


「アレク君は賢者ゲイル様の孫だ。更に君には、悪魔公という天災からヴォルクスを守った実績も有る。ペンドラゴン王国の民から見たら、今の君がどう見えているか、本当はわかってるんだろう?」


「えっと、それは……」


 言い訳が許される雰囲気では無かった。リュートさんは、ボクに認めろと言っているのだ。周囲の目は既に、ボクを英雄として見始めている。だから、ボクに英雄に相応しい振る舞いを行えと。


 ヴォルクスで活動を始め、周囲の期待は常に感じていた。いずれは、そういう日が来るとも予感していた。ただ、こんなに早いとは思っていなかったけど……。


「王都が不安定で、余計に世間は求めている。心の安定となる、英雄の存在をね。アレク君が望む、望まないは関係無い。後はもう、時間の問題でしか無いんだよ」


「…………」


 リュートさんの言葉は正しいのだろう。先延ばしにしたいと思いながらも、ボクは周囲が期待するだけの実績も残した。それだけの力も備わりつつある。


 ……そして、ボクはこの環境を手放す気が無い。皆の安全を守る為に作った、ボクのクランである『白の叡智』を手放すつもりは無いのだ。


 なので、ボクはリュートさんの言葉を認める。ただし、ちょっとした皮肉は投げ返す事にするが。


「……しばらく英雄役は、リュートさんだと思ってましたけど? 流石に交代の時期が、早すぎるんじゃないですかね?」


 ボクの返しに、リュートさんは驚いた表情を浮かべる。そして、晩餐会での話を思い出したのだろう。ミスリル級クラン『黄金の剣』の設立目的について。


 リュートさんは苦笑を浮かべ、頭をガリガリと掻く。そして、諦めた様に息を吐き、自分の胸を指で叩く。


「マリアがさ……戦場に立てなくなってね……。情けない話だけど、オレ達は既に引退寸前なんだ……。やれる事なんて、精々が街での取り締まり位のものさ……」


「マリアさんが……?」


 胸を叩いたのは、マリアさんの死因を示唆しているのだろう。つまり、彼女は一度死に、そのトラウマで戦えなくなったという事か?


 先の話にも繋がるけど、ヒーラーの不在はパーティーに大きな影響を及ぼす。『黄金の剣』は既に、ミスリル級を維持する能力を失っているという事なのだろう……。


「すみません……。そうとは知らず……」


「なに、元々その話をしに来たんだ。アレク君が、気にする必要は無いよ」


 リュートさんは、明るい笑みを浮かべる。そして、その目はボクを気遣う様に、優しい眼差しであった。


 ボクは逆にバツが悪くなり、つい口を滑らせてしまう。


「それで、何か頼み事があって来たんじゃないですか? ボクで出来る事なら、協力させて貰いますよ?」


「本当かい? いやあ、話が早くて助かるよ!」


 リュートさんはパッと笑顔を浮かべる。そして、何故か隣では、メリッサがニヤリと笑っている。


 ……あ、急に嫌な予感がして来たんだけど。


「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ! 簡単な頼み事だからさ! アレク君なら上手くやれるさ!」


「ええ、準備は私が協力致します。是非、共に頑張りましょう!」


 二人に詰め寄られ、ボクの予感は確信に変わる。これは絶対に面倒な奴だ。しかも、何だかんだで、断れない奴だ……。


 こうしてボクは、新たな課題と向き合う事になるのだった。

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