第121話 閑話:メアリーの一日

 皆様、おはよう御座います。私はメイドのメアリーです。ゴールド級クラン『白の叡智』の専属メイドです。最近、メイドギルド内では、私の事を勝ち組という噂が流れているとか。


 ……余談はさておき、現在の私は厨房で仕事中です。いつも通り、皆様の朝食を準備する為、早起きして仕込みを行っておりました。


「それで、こちらがアクアですね?」


「ええ、ご主人様が命名なさいました」


 私に問い掛けて来たのは、執事のギルバートさんです。いつも通りタキシードを着込み、青髪をオールバックで固めています。一般的に見ればハンサムな分類ですが、私としてはアレク様の方が……っと、話しが逸れてしまう所でした。


 私とギルバートさんは、共に屋敷の管理を預かる身です。アクアの今後の扱いについて、相談を行っていた所となります。勿論、二人とも調理の為に、手は動かしたままです。


 ちなみに、アクアちゃんは私の足元で休憩中です。私が移動すると付いて来ますが、それ以外はジッとしている事が多いですね。


「意思疎通は可能と伺っていますが、具体的に何が出来るのでしょうか?」


「不思議な水を出せるのと、掃除が出来そうという位しか……」


 昨日は仕事も残っておりませんでした。その為、アクアちゃんが何を出来るか、試す事が出来なかったのです。


 ギルバートさんは少し考えた後、調理台から離れます。そして、棚からグラスを取り出すと、アクアちゃんに差し出します。


「アクア、こちらに水を注いで貰えますか?」


 尋ねられたアクアは、小さく頷くと触手を伸ばす。そして、ギルバートさんの持つグラスへ、半分程度まで水を注ぎました。


「ありがとう御座います」


 ギルバートさんはニコリと微笑む。アクアちゃんに対しても、丁寧な態度は崩さないのですね。そういう所は、ギルバートさんの美徳だと思います。


 そして、何をするかと思うと、ギルバートさんはグラスに口を付けました。そのまま、一口飲んでしまったのです。


「……えぇ!?」


 唐突な行動に、私は驚いてしまいました。しかし、当のギルバートさんは気にした様子も無く、驚いた表情を浮かべています。


 しかも、何故かグラスを調理台に置き、気功というスキルを使い始めます。一体、何をしているのでしょうか……?


「さて、どうでしょうか……」


 ギルバートさんは、再びグラスを手にします。そして、先程同様に中身を飲んでしまいました。流石に二度目なので、私も声を漏らしたりはしなかったですが……。


「あの、何をなさっているのですか……?」


 同僚の奇行に思わず心配してしまいます。しかし、ギルバートさんは、私の心配等は気にしていない様子です。ニコリと微笑み、答えてくれました。


「もしやと思いましたが、精神力の回復を感じました。この水には回復作用がありそうですね」


「そうなのですか……?」


 それ自体は凄い事なのですが、躊躇無く飲むのはどうなのでしょう? 昨日の洗浄力を知っているだけに、私には出来ない芸当ですね……。


「これは色々と使えそうです。少々、実験が必要そうですね……」


 ギルバートさんは、嬉しそうに呟いています。確かに回復効果のある水でしたら、水筒に入れておくのも良いでしょう。或いは、調理用や飲料水としても、使って良いかもしれません。


 ……もっとも、安全性が確保されればですが。


 そんな私の考えが通じたのでしょうか? ギルバートさんは、私に向かって告げて来ました。


「当面の間、私はアクアの水を常飲します。一ヵ月もあれば、何らかの結果は得られるでしょう」


「……その事は、ご主人様にお伝えしても?」


 私の問いに、ギルバートさんは首を横に振ります。そして、私の肩へ手を置き、厳しい目を向けて来ました。


「アレク様にお伝えすれば、止める様に仰られるでしょう。……しかし、それでは余りに勿体無い。この水は、きっとアレク様のお役に立つのですから」


「仕方ありませんね……。アレク様の為ならば……」


 アレク様の為と言われれば、私としても止める事は出来ません。私は常にアレク様の為を思い、行動を心掛けていますから。


 そして、私の同僚もまた、私に負けない程のご主人様第一主義。ご主人様の為なら、身を犠牲にする事も厭わないのです。その心掛けは、同志と呼ぶに相応しい物なのです。


「では、まずは食事の準備を終わらせましょうか?」


「ええ、そうですね」


 私はギルへと頷きを返す。そして、内心では決心を固める。私もアクアの水を飲む事にしようと。ここで同僚に差を付けられる訳には行きませんからね。


 私は出来上がった前菜の皿を手にし、ダイニングへ向かおうとします。すると、スカートが引っ張られるのを感じました。


「どうかしましたか……?」


 足元に目をやると、アクアちゃんが触手で皿を指していました。もしや、運ぶ手伝いをしたいのでしょうか?


 その気持ちは嬉しいのですが、任せて大丈夫でしょうか? ひっくり返されては、作り直す時間も有りませんしね……。


「……では、こちらの水差しとグラスをお願いします」


 私はお盆に並んだ空のグラスを指差す。その隣には、空の水差しも置いてあった。アクアちゃんは嬉しそうな素振りを見せると、器用にお盆と水差しを持ち上げます。沢山の触手があるお陰で、意外と安定感は問題無い様子です。


「では、行きましょうか」


 私が声を掛けると、アクアちゃんは嬉しそうに頷きます。そして、歩き出す私の後を、遅れる事無く着いて来ます。


 こういうのも悪くないですね。まるで子供が出来たみたいです。その健気な様子に、思わず顔がにやけちゃいそうに……っと、いけない。今は仕事中です。気を引き締めないと。


 こうして、私とアクアちゃんは、二人で仲良く朝食の準備を進めるのでした。今日の朝食準備は、平常心を保つのが中々に大変でしたね。




「それで、アクアちゃんはどんな感じ?」


「気が利くし、とっても良い子だったよ」


 ロレーヌに質問され、私は笑顔で返事を返す。その内容が嬉しかったらしく、彼女もニコニコと笑顔を浮かべる。


「うんうん! やっぱり、そうだと思ってたよ!」


 ちなみに、今はリビングで休憩中だ。ロレーヌと二人っきりなので、今は周りの目も気にする必要が無い。


 ……あ、アクアちゃんなら、私の足元で丸くなってるよ?


「それで、何か分かった事ってある?」


「うん、アクアちゃんが出す水は、回復作用があるんだって」


 私は早速、ギルバートさんの検証結果を伝える。そして、ロレーヌは目を丸くして驚いていた。


「回復作用って……。それ、飲んだの? それとも、かけたの?」


「ギルバートさんが、急に飲んでビックリしたよ……」


「うわ……。ギルも時々無茶するよね……」


 ロレーヌは引いたみたいで、顔を引きつらせていた。そして、足元のアクアちゃんに視線を移す。


「まあ、でも飲めなくはないか。出した水って綺麗だったしね」


「うん、私も飲んだけど、普通の水より美味しかったよ」


「……って、あんたも飲んだの!?」


 ロレーヌが再び目を丸くする。彼女は相変わらず、感情の起伏が激しいね。こっちは話していて、楽しいから良いんだけどさ。


 ロレーヌは大きく息を吐くと、呆れ顔で呟いた。


「メアリーも大概だよね……。ギルと大差無いと思うんだけど……?」


「ふふっ、そうかもね」


 ご主人様第一主義って所は同じだしね。似ている部分があっても、おかしくは無い。そこは別に、否定するつもりもなかった。


 そんな私に、ロレーヌは肩を竦めて見せる。どうやら、言っても無駄だと思ったみたいだ。代わりに、質問を投げかけて来た。


「それで、他にわかった事ってある?」


「大人しいのと、素直なのと、器用って所かな……。あ、それとバリアを張れるみたい」


「は……? バリア……?」


 ロレーヌは目を白黒させている。その様子を眺めるのも楽しいけど、それでは話が進まないからね。私は彼女がわかる様に説明を行う。


「朝食の後片付けの時なんだけど、リアちゃんがウッカリしてさ。アクアちゃんの上に、コップを落としちゃったんだよね」


「リアちゃん、何やってんだか……」


 リアちゃんはシッカリしている様で、時々やらかす時がある。緊張している時は特に多くて、今日は初めてのアクアにオドオドしてたからだろうね。


「それで、あっと思ったら、アクアちゃんが丸いバリアに包まれてさ。コップは当たらずに済んだってわけ」


「へぇ……。自分の身は守れるって事か」


 ロレーヌは感心した様子で、アクアちゃんを見つめていた。そう、この子は凄い子だと思う。


「しかも、咄嗟に張った感じだったね。コップだって気付いたら、床に落ちる前にキャッチしてくれたし」


「何というか……うん、器用な子だね……」


 何故かロレーヌは呆れた表情を浮かべていた。どこに呆れる要素があったのだろうか?


「まあ、わかった事ってそんな所だね。ただ、今日は掃除や洗濯も手伝って貰うつもり。きっと、他にも出来る事がわかると思うよ」


「うん、この後は一日付き合うから。私も一緒にアクアちゃんを見てられるね」


 折角の休息日で申し訳ないけど、今日のロレーヌは私の護衛という事になっている。実質的には休みが潰れた様なものだ。


 もっとも、当のロレーヌは気にした様子も無いんだけど。彼女にとっては、アクアちゃんと遊ぶ日って感覚なのかもしれない。


「じゃあ、まずは洗濯からだね。アクアちゃん、行くよ?」


「私も付いて行くよ。まあ、見てるだけだけどね!」


 そして、私とロレーヌは席を立ち、リビングから外へと向かう。当然ながら、アクアちゃんも後から付いて来る。その様子は、子犬みたいで、とても可愛らしい物だった。




 今はご主人様達の夕食の時間です。アンナ様やギリー様達も装備を外され、今はテーブルに着かれています。


 そして、私は配膳が終わりましたので、扉の側で控えています。隣にはアクアちゃんも並んで。


「……そういや、アクアって食事するのかな?」


「え……?」


 突然声を掛けられ、私は驚いてしまいます。そういえば、特に考えていませんでした。アクアは食事をするのでしょうか?


 隣に視線を移すと、アクアは頷いています。どうやら、食事は必要な様子です。


「ふむ……。それって、魚とか魚介類を食べるの……?」


 ご主人様はアクアに直接尋ねます。しかし、アクアは首を横に振るだけ。どうやら、魚介類は食べないみたいです。


 私としては、他に何を食べるのか見当も着きません。しかし、ご主人様は納得した様子で、足元のバッグから、何かを取り出しています。


「まあ、予想はしてたけど、この内のどれかかな?」


 ご主人様は、テーブルに魔石を並べました。大きな魔石に小さな魔石。そして、青い色をした魔石です。


 アクアちゃんはご主人様の元へと進んで行きます。そして、触手を使い、右端の青い魔石を巻き取ります。


「ああ、やっぱりか……」


 ガッカリしたご主人様を他所に、アクアちゃんは魔石を取り込みます。どうやら、頭と触手の間辺りに、口に当たる箇所が存在するみたいです。


 そして、ご主人様はバッグから小さな袋を取り出します。それを手に持ち、私の方へと向かって来ました。


「水の魔石を十個入れてあるから。どのくらいのペースで食べるか、後で報告してね?」


「水の魔石……ですか?」


 私は手渡された袋に視線を落とします。つまり、先程アクアちゃんが食べたのは、水の魔石という事。そして、この中身も水の魔石という事になる。


 属性付きの魔石は、高価な品であったはず。もしこれが、毎日消費されるとしたら、その食費は我々の比では無いという事に……。


 青くなる私を見て、ご主人様は苦笑を浮かべます。そして、手を振って伝えてくれます。


「アクアを認めた以上、今更見捨てたりしないよ。クランの資金からお金は出すし、アクアにはそれに見合う働きを期待するだけ。……まあ、ギルが何か考えてるみたいだしね?」


「え……?」


 ご主人様が視線を送ると、ギルは驚いた表情を浮かべていた。そして、ふと視線を逸らすと、何故かロレーヌは目が泳いでいる。


 ……情報の流出源はあそこか。


 いずれにしても、ご主人様は再び、寛大な処置を決定して下さいました。金銭を気にせず、我々の気持ちを、第一に考えて下さったのです。


 ……これだから、私はご主人様の元を離れられないのです。


「じゃあ、アクアの件も含めて、今後も期待してるからね?」


「はい、誠心誠意、仕えさせて頂きます……」


 私がスッと頭を下げると、ご主人様は小さく笑い、テーブルへ戻られました。そして、話しは終わりとばかりに、ギリー様と次の狩場について話題を移されました。


 そして、気が付くと隣には、アクアちゃんが戻っていました。そこが定位置であるかの様に、当然の如く並んでいるのです。


 私は小さく笑みを浮かべ、アクアちゃんへ囁きます。


「ご主人様に、感謝するのですよ……?」


 私の囁きに、アクアちゃんは小さく頷いて返しました。どうやら、この子は理解している様子です。この子は賢い子ですからね。


 こうして私は、更なる忠誠心を抱きつつ、アクアちゃんの今後についても考えるのでした。

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