第120話 アトランティスからの土産

 楽しい旅は終わり、ボク達はクランハウスへと戻って来た。現在、他のメンバーは各自部屋で休んでいるはずだ。


 そして、ボクはと言うと、厨房にいた。留守番をしていたメアリーへ、お土産を渡している所だったりする。


「これが、ココナッツ・バトンですか……?」


「うん、調理法はギルが教えてくれるってさ」


 その言葉に、メアリーの眉がピクリと動く。そして、彼女は目を細め、薄っすらと笑みを浮かべる。その目を覗けば、ギラギラとした情熱が溢れ出している。


「それは……実に楽しみですね……」


 メアリーもメイド修行に余念が無いからね。ギルから料理や作法を教われる機会では、どこまでも貪欲に食い付いて行く。この反応は十分に予想出来ていた。


「とりあえず十個程置いていくね。売る程あるけど、必要な時には声を掛けて」


 ココナッツ・クラブは食材である為、放置すれば数日で腐る。地下の貯蔵庫なら多少は日持ちする。しかし、三百という数は、数日で処理可能な数では無い。


 そういった事情もあり、当面はボクのマジック・バッグの中で管理する予定だ。マジック・バッグの中では、時間の流れが止まるらしいからね。バッグ内であれば、いつまで入れても腐る心配が無いのだ。


「では、一旦こちら……に……」


「うん……?」


 メアリーの言葉が途中で途切れる。そして、何故か不審そうに入口に視線を向けていた。


 気になったボクも、その視線の先を確かめる。すると、そこにはロレーヌがいた。顔を半分だけ出して、こちらの様子を伺っていた。


「えっと……何してるの……?」


 不審なロレーヌに問い掛ける。すると、彼女は悪戯が見つかったかの様に、ビクリと身体を震わせた。そして、顔だけを覗かせて、ヘラヘラと笑い出した。


「えへへ……。ボス、ちょっと良いかな……?」


「いいけど、何なの……?」


 何故か中に入ろうとしないロレーヌ。その不審な態度に、ボクは腕を組んで身構える。


 そして、ロレーヌは悩む様子を見せ、後ろめたそうに口を開く。


「見せたい物があるんだけど……怒らないでね……?」


「は……?」


 ロレーヌは何を見せるつもりなんだ? ボクが怒る様な何かがあるのか?


 こちらも戸惑っていると、何故かチャンスと思ったらしい。ロレーヌは厨房へと入って来る。


 ――その物体を引き連れて。


「えっと、荷物に紛れてたんだよね……」


「いや、紛れてたって……」


「まあ……」


 全員の視線がソレに集まる。ロレーヌが引っ張って来た、ソレに対して。


 体長は腰丈程のサイズ。体は半透明で、球体ボディに長い触手が伸びている。少々小型ではあるが、ソレは間違い無く『水神の使い』であった。


 ソレは器用に触手を振り、敵意が無い事を示している。


「ボス……どうしたら良いかな……?」


「いや、どうしろっていうのさ……?」


「あら、可愛らしいですね……?」


 困惑するボクとロレーヌ。しかし、メアリーはクラゲと握手していた。何故か、クラゲはフレンドリーさを懸命にアピールしている。


 というか、『水神の使い』って、こんなに知能が高いのか? イベント中は、そういった素振りは見られなかったんだけどな……。


「帰すのも、厳しいよね……?」


「アトランティス諸島まで、自力で帰れるのかな?」


 ボクとロレーヌは、揃ってソレに視線を送る。しかし、懸命に頭を振り、無理だとアピールしていた。


 まあ、相当な距離があるし、到着前に魔物に食べられそうだね……。


「倒してしまうのが、手っ取り早いんだけど……」


 ボクはボソリと呟く。すると、ソレは慌ててメアリーの足にしがみ付く。助けて欲しいと、必死に懇願していた。


「ご主人様、流石に可愛そうでは……?」


「ボス、ここで飼ったらダメかな……?」


「うっ……」


 ロレーヌとメアリーが、懇願の視線をボクに向ける。ボクの慈悲ある裁決を期待していた。


 正直言えば、クランハウスに置きたくは無い。得体が知れなさ過ぎて、どんなリスクがあるか想定出来ないからだ。急に暴れない保証は無いからね。


 しかし、仲間二人の懇願も無視出来ない。この状況で、有無を言わさず倒せる程、ボクのメンタルは強く無い……。


「とはいえ、安全なのかな……?」


 ボクの言葉に、二人の視線もソレに向く。そこは二人も、保証出来ない部分だからだ。


 すると、ソレは慌てて周囲の様子を探る。そして、隅に置かれたバケツへと向かって行く。


「ん……? 何をする気だ……?」


 三人で見守っていると、ソレは触手をバケツに伸ばす。そして、触手の先から水を生み出し、バケツを綺麗な水で満たした。


「へえ、水を出す能力があるんだね」


 ……だから何だと言うのだろう?


 ソレの意図がわからず、ボクは様子を見守り続ける。すると、ソレは近くの雑巾を触手で巻き取り、バケツに浸して絞り出した。


「随分と器用だね……」


 まさかと思って見ていると、ソレは雑巾がけを始めた。雑巾で床を丁寧に磨き、目に見えて床が輝き出した。


「まあ、この水の効果でしょうか……?」


「うん、石鹸いらずの洗浄力だね……」


 しばらく、様子を見ていたが、ソレは厨房の床を全て磨いて行った。さほどの時間も掛からず、厨房の床は新品同然の輝きを放つ事になる。


 それどころか、油でも塗ったのかという程に、見事なまでの輝きだった……。


「えっと、働くから……置いて欲しいって事かな?」


 ロレーヌが呟くと、ソレは激しく反応を示す。ロレーヌの元へ駆け寄ると、触手でその手を握る。そして、嬉しそうにブンブンと振り回していた。


「どうやら、それで合ってるらしいね……」


 ボクは小さく嘆息する。ここまで恭順を示されては、無碍に扱うのも心証に悪い。クラゲが可愛そうとは思わないけど、ロレーヌとメアリーの反発は怖いからね。


 ならば、ボクの取れる選択肢は限られている。いや、もうこうするしか無いのだろう……。


「……しばらく、様子を見るしかないか」


「それは、つまり……」


「飼って良いって事……!?」


 ボクは苦笑を浮かべて頷く。ロレーヌとメアリーは、互いに手を取って喜んでいた。足元では、ソレも万歳をしている。


 ……というか、無性に人間臭いクラゲだな。


 喜ぶ二人と一匹に、ボクは諦めて指示を出す。


「メアリーは明日、仕事を任せられるか確認しといて。それと、ロレーヌは明日一日、メアリーの護衛という事で」


「はい、お任せ下さい!」


「護衛は必要ないと思うけどね!」


 ロレーヌとメアリーはハイタッチで喜びを示す。足元でクラゲが飛び跳ねるが、その触手はまったく届きそうに無かった。


 そして、ふと思いついた様に、メアリーが呟く。


「ただ、一緒に働くなら、名前を付けたいですね……」


「うん、一緒に生活するなら必要だよね!」


 スッと二人の視線がボクに向く。……って、ボクに名付けろって事か!?


 うう、ネーミングセンスには自信が無いんだ……。クラン名を付ける時も、かなり苦心して無難な名前を付けたと言うのに……。


「水神の使いだしね……」


 期待を寄せる二人と一匹。ボクは必死に頭を回転させる。しかし、これという名前が思い浮かばない。


 水玉……? 水子……? ミミズ……?


 どれも、ダメな気がする……。とにかく……とにかく、無難な名前を考えるんだ……。


「……そ、それじゃあ……アクアってのは、どうかな……?」


「まあ、可愛らしい名前ですね」


「うん、ピッタリの名前だね!」


 二人は満足そうに頷いていた。足元のクラゲも満足そうに頷いている。


 とりあえず、無難な名前作戦は、功を奏したらしい。白い目で見られずに済んで良かった……。


「はあ、それじゃあ、これから宜しくね」


「アクアちゃん、宜しくお願いしますね」


「アクアちゃん、仲良くやってこうね!」


 それぞれの言葉に対し、アクアは嬉しそうに反応を示す。ピョンピョン跳ねたり、握手を求めたりしている。無性に人間臭いのは気になるが、今の所は上手く馴染んでくれそうである。


 ……まあ、海神自体が島の守護者で、人々の守り神なのだ。その使い魔も、人に害ある存在とは考え難い。そこまで心配する必要も無いのかもしれないな。


 当面は観察の必要があるけど、意外と便利な能力を持ってるかもしれないしね。何かのボーナスキャラだったら嬉しいんだけど。


 とまあ、そんな感じで『白の叡智』にペットが増えた。得体が知れない、妙に人間臭いクラゲであるが……。

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