第127話 アレク、領主に忠告を受ける
今日は領主に呼ばれてしまった。講習会はもう無いけど、最近は狩りに行けていない。このままでは、いずれアンナ達にレベルが追いつかれそうだな……。
とまあ、余談は置いておこう。今のボクは領主の城で、領主のユリウスさんと向かい合っている。場所は領主の執務室。部屋の中にはボクとユリウスさんの二人きりだ。勿論、扉の向こうには護衛が控えているけどね。
「この度は、協力に感謝する。お陰で、王都の冒険者達も、すっかり大人しくなっておるよ」
「いえ、ボクにもメリットの有る事でしたから」
そうなのだ。ボクが講習会を行ったのは、何もヴォルクスの為だけでは無い。ボクにもしっかりと、メリットを見い出せていたからなのだ。そうでなければ、強引にでも断る事は出来ていた。
ちなみに、そのメリットとは流通の活性化。特に上級ポーションや、ユニーク級装備の素材が狙いだ。今のこの世界では、どんなにお金を稼いでも買いたい商品が無い。それを売る冒険者が居ないからである。
ならば、欲しい素材を回収してくれる、冒険者を育てようという発想である。こうしてボクは、今後は限り有る時間を無駄にせず、欲しい商品を購入出来る様になるという算段であった。
まあ、先行投資みたいな物だけどね。本当に見返りが得られるのは、一年以上先になる訳だからさ……。
「そうかもしれんが、報酬は受け取って貰うぞ? 前にも話したが、正当な報酬を支払わねば、色々と周りが煩いのでな……」
「わかりました。そちらは、全面的にお任せします」
うん、何か貰えるみたいだね。これで取り合えず、投資に失敗しても損は無くなった。まあ、以前みたいにお金だったら、使い道は限られるんだけどさ……。
ボクはそんな事を内心で考えつつも、表面では笑顔を取り繕う。仮にも相手は領主である。余り失礼な態度を取って、機嫌を損ねても良い事は無いからね。
そして、ユリウスさんはそんな考えを理解してか、ふっと笑みを漏らす。
「それにしても、あのメリッサという女は優秀だな。講習会にしろ、各ギルドへの支援にしろ、細かな企画書は彼女が書いたのだろう? 流石はアレク君が、専属マネージャーに指名するだけはある」
「は……? 指名……?」
何の事だ? ボクがメリッサを指名? 専属マネージャに? そんな記憶は無いんだけど?
すると、ユリウスさんにも伝わったらしい。彼は途端にスッと目を細め、ボクへと確認の質問を行う。
「……アレク君がクランを新設した際に、色々と要求があった。クランハウス、専属メイドの格安提供。そして、その後にメリッサの専属マネージャ化。他にも細かな要求は沢山あるが……心当たりはあるかね?」
「いえ、ボクが領主に期待したのは、天竜祭の聖属性装備だけです。これはアンリエッタ経由ですけど。……他はメリッサというか、クラン事務局が勝手に支援してくれた感じですね」
ボクの回答に、ユリウスさんは天を仰ぐ。そして、重々しいため息を吐いた。
そして、その反応で何となく理解した。どうやらメリッサは、かなり好き勝手やったみたいだと。
「……まあ良い。出費以上の見返りは得ている。今後は少し、審査を慎重に行うがな」
「ええ、お願いします。助かったのは事実なので、ボクも強くは言えませんので……」
ここがメリッサの性質が悪い所だ。バレても問題無いと確信している。だからこそ、ここまで好き勝手に行動出来る。そして、その実績によって、更に要求を強めて行くのだ。
……居たら居たで役に立つ。だが、味方にいても味方とは思えないし、敵に回すのも恐ろしい。どちらにしても厄介な奴という事である。
ボクとユリウスさんは、そろってため息を吐く。今だけは、二人の気持ちが重なった気がしたよ。
「……ゴホン。話を変えるが、アレク君に忠告したい事がいくつかある」
「忠告ですか……?」
唐突な話題転換だね。少々強引ではあるけど、メリッサの事を考えているよりは良いか。
それに、領主が直接の忠告である。何かしらの、大きな動きでもあるのだろう。
「まず、カーズ帝国で不穏な動きがある。余り正確な情報は得られていないが、軍備関係がキナ臭いな……」
「それは、戦争の準備という事でしょうか……?」
「可能性は高い。今の王都は、防衛力が落ちているからな。下手をしたら、一年以内に攻め込んで来るかもしれん」
「…………」
リアル攻城戦が開始されるのか。今の戦力では心元無いな……。
せめて、クランメンバー全員が上級職として、それなりにレベルアップしている必要がある。そして、最低でもユニーク級、可能ならレジェンド級の装備で身を固めておきたい。
そこまでの準備を進めるだけの時間が、果たして残っているのだろうか……?
「……くっくっく」
「うん……?」
ボクが頭を捻っていると、何故か笑われる。ユリウスさんに視線を移すと、彼は楽しそうに笑みを浮かべていた。
「アレク君は参戦する気かね? 冒険者に頼るのは最後の手段。基本的には王国軍と、私の私兵団だけで戦うつもりだったのだがね」
「そうなんですか……?」
……よくよく考えたら、それが普通の考えか。軍人や兵士の仕事は、戦争や防衛である。冒険者はダンジョン攻略や魔物退治。それぞれに領分という物がある。
ボクのプレイしていた『ディスガルド戦記』では、冒険者が戦争の中心だった。だが、それは普通の事では無い。あの世界の冒険者は神器すら持っていた。超常の存在だったからこそ成立しただけなのだ。
「少なくとも、私はアレク君を戦争に投入する気は無い。まあ、アレク君はヴォルクスの英雄だ。兵士達に激励の言葉位は送って貰うかもしれんがね」
「はあ、その位で良いのなら……」
とはいえ、状況がどうなるか不明なのは確か。出来る準備はしておいた方が良いだろう。もう二度と、ケトル村の様な悲劇を生まない為にも……。
ボクが決心を胸に頷くと、ユリウスさんは再び笑う。しかし、すぐに表情を改め、真剣な表情で話しを続けた。
「そして、もう一つが王都の貴族達だ。アレク君を王都に移すべきと、その論調は強まる一方。流石の国王も、そろそろその声を、無視出来なくなる頃だろう……」
「つまり、領主でも要求を跳ね除けるのが難しくなると……?」
ボクの問いに、ユリウスさんは頷く。そして、申し訳無さそうに視線を逸らす。
「私も公爵という立場上、そこらの貴族なら抑えられる。しかし、国王が勅命を出せば、私には逆らう事が出来ない。それを可能とする者がいるとすれば……」
「皆が熱望している、ボクだけって事ですね?」
ボクは肩を竦め、おどけた口調で尋ねる。ユリウスさんは悪くない。なので、そんな申し訳無さそうにしないで欲しかったからだ。
しかし、ユリウスさんは静かに首を振る。そして、強い視線でボクを見つめる。
「今のアレク君では駄目だ。貴族達が心から畏怖する様な……かつての賢者ゲイル殿の様に、数多の実績を持つ英雄で無ければ」
「なるほど……。ボクでは実績が足りない……か」
未だにボクの評価は、爺ちゃんの影響を濃く受けている。英雄の孫だから、いずれは追いつくのではと、期待を込めた評価なのだ。
だから、今のボクでは、本当の意味で恐れられていない。可能な限り、仲良くしておきたい相手程度でしかないのだ。
「可能な限り、私の方でも時間は稼ぐ。だから、アレク君の方も……」
「ええ、実績とやらを積む事にしましょう。……取り合えず、レッド・ドラゴンを何体か狩っておきます?」
「……くっくっく。それは良い! 今の王都で、レッド・ドラゴンは恐怖の象徴だからな!」
領主は先程の剣幕も消え、今や楽し気に声を上げていた。実に楽しそうで、見ているボクも、釣られて笑みを浮かべてしまう。
何となく真剣な話が終わった空気となる。話が以上かと思っていると、領主は手を掲げてボクを抑える。そして、ニヤリと笑ってみせる。
……うん、何かデジャヴを感じるんだけど。
「まあ、待て待て。まだ、忠告が一つ残っているのだ」
「まだ何か……?」
忠告と言う割には楽しそうだな。領主はニヤニヤと笑みを浮かべ、手元のベルを鳴らす。
すると、程なくして扉が開かれる。そして、中に入って来たのは、ボクの知っている顔であった。
「……ポルク?」
「こんにちは、アレクさん」
挨拶を行って来たのはポルクだ。ユリウスさんの息子で、アンリエッタの弟である。彼はいつも通りの黒いローブ姿だ。そして、ニコニコと穏やかな笑みを浮かべ。ボクの元へと歩いて来る。
そして、何てことの無い会話の様に、サラリと質問を口にする。
「最近、講習会をされたそうですが……ゴールド級向けも出来るんじゃないですか?」
「え……? ゴールド級向け……?」
ボクがポカンと口を開いていると、向かいのユリウスさんが愉快そうに口を開く。
「上ばかり見ていると、足元を掬われるかもしれんぞ? 冒険者の中には、君と肩を並べられる者だっているのだからな!」
「ふふふ。差を開かれる位なら、ボクはライバルにだって頭を下げますよ?」
「えっと……」
ポルクの目が笑っていない。その目は既視感を覚える、ギラついた眼差しであった。シルバー級クランのリーダー達と同等。或いは、それ以上の貪欲さを秘めた瞳である。
……ポルクって、こんな貪欲な性格だったの? いつもアンリエッタについて、彼女の尻拭いしてるイメージだったんだけど?
ボクが困惑していると、ポルクがボクの腕を掴んでいた。そして、そのまま強引に、ボクを部屋から連れ出して行く。
「姉さんも待ってますよ? さあ、時間を無駄にせず、存分に語り合いましょう!」
「えっと……? え……?」
状況について行けず、ボクはユリウスさんに視線を向ける。しかし、彼は楽し気に手を振るだけだった。
またやられたらしい……。会う度にドッキリを仕組んで来るよな……。
ボクはやれやれと肩を竦める。そして、この後は半日に渡って、ポルクとアンリエッタから質問攻めに会うのだった。
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