第115話 アレク、カニ狩りを楽しむ

 今日はアトランティス諸島の三日目。全員でココナ島へと移動していた。初日に話をしていた、余興による狩りを行う事が目的である。


 なお、この島はグローリー島からは小舟ですぐの無人島だ。そして、その名の由来は、ヤシの木が群生する為である。それ以外に特徴的な地形や、建物は存在しない。


 また、生息する魔物はココナッツ・クラブ一種類のみ。見た目は一メートルを超えるカニで、ヤシの実に似た堅い甲羅が特徴的だ。魔法攻撃には弱いが、物理攻撃には滅法強かったりする。


 そして、ココナッツ・クラブは、クラブ・バトンというアイテムしかドロップしない。お店で100G(千円程度)で売れる素材を落とすのみなのだ。頑張って狩り続けるには、それ程美味しい魔物とは言えない。


 その為、ココナ島は『ディスガルド戦記』では不人気なマップだった。狩りを目的で訪れる人はいない。稀にどこかのクランが空き地代わりに、自主開催のイベントに使う程度のマップだった。


「アレク、ここで何を行いますの?」


 隣のアンリエッタが、ココナッツ・クラブを横目に質問して来る。ココナッツ・クラブは周辺をウロウロするのみで、特にこちらに襲い掛かって来る事もなかった。


 ボクはニコリと微笑み、一同に向けて説明を行う。


「見てわかる通り、この島はココナッツ・クラブが沢山いるんだよね。今日はココナッツ・クラブを狩りまくって、ココナッツ・バトンを集めようと思うんだ」


「ココナッツ・バトン……ですの?」


 アンリエッタは首を傾げてい呟く。周りを見れば、他のメンバーも似た様な状況だ。


 まあ、それ程高いドロップ品でも無いし、敢えて狩る理由がわからないのだろう。それこそ、市場に行けば、150G程度で買う事も出来るのだ。お金に困ったクランでも無いし、買う方が手っ取り早いのは間違いない。


 しかし、ボクはメンバーに視線を這わせて尋ねる。


「初日の夜に出たディナーで、スープと蒸し焼きが出たの覚えてる?」


「うん、甘みがあって美味しかったね!」


「ええ、実に上品な味わいで驚きました」


 ロレーヌとルージュが感想を口にする。他のメンバーも、感想を口にするが、どれも好印象な様子だ。


「あれって、一皿で500Gって知ってた? 普段から食べられる料理では無いよね?」


「マジで高けえな……」


「アホ程食ったわ……」


 ドリーとグランが引いていた。確かにあの二人は、酒を片手に何度も御代わりしてた。支払いが領主だから気にしてないけど、元々のクラン資金なら許せる範囲を超えていた……。


 なお、驚く一同を他所に、執事親子はすまし顔だ。会計を担当するセスは、当然値段を知っていた。ギルにはあの夜に、今日の趣旨を伝えたので、そこで値段も知った感じだ。


「とはいえ、美味しさは食べてわかったよね? あれが普段から食べれたらって思わない?」


「ああ、なるほど……」


「それは良いかも……」


 ギリーとアンナが揃って呟く。他のメンバーも概ねは趣旨を理解したらしい。


 そう、今日の目的はココナッツ・クラブの収集。それも、クランハウスへのお土産用だ。市場で買えば高く付くが、ここでなら無料で狩り放題。少しでも多く狩れば、それだけ帰ってからも、夕食が豪勢になるという事である。


 目付きの変わった一同に、ボクはニヤリと笑って見せる。


「とはいえ、普通に狩っても面白くないよね? だから、ちょっとしたゲームを考えてるんだ……」


「……ゲームとは何ですの?」


 アンリエッタは目をキラキラと輝かせている。何が始まるのか、楽しみで仕方が無いらしい。


 そんなアンリエッタの様子に、ボクは苦笑を浮かべる。この後の展開が予想出来ているからだ。


「チームに分かれて、回収した数を競おうと考えてるんだ。優勝チームには、帰宅後の夕食優先権を。逆に最下位チームは、今日のお昼抜き……って事で」


 ボクはチラリと背後に目を向ける。すると、そこでは執事親子が、調理の準備を始めていた。火を起こす為の台と、金網によるセッティングである。つまり、今日のお昼はバーベキューである。


「……ちなみに、チーム分けは?」


 ハティが緊張した様子で質問する。彼からすると、チーム分けは重要な要素だろう。下手な配置となれば、足を引っ張る可能性もあるのだから。


「チームは、ボクとギリーのチーム。ドリーとグランのチーム。それと、アンナ、ハティ、ルージュ、ロレーヌのチームだ。アンナ達は基本職だけだし、この位が無難じゃないかな?」


 ボクの考えにハティはホッとする。戦い慣れた組み合わせだし、ハティも足を引っ張る事は無い。全員の様子を確認するが、特に問題は無さそうだ。


 ……右隣の一名を除いては。


「アレク、ワタクシはどちらのチームに入るのですか?」


 アンリエッタはボクの袖を引っ張っていた。なので、ボクは背後のセスへと視線を送る。彼は一つ頷いて口を開く。


「お嬢様は装備を置いて来ておりますよね? お父上との約束をお忘れですか?」


「…………え?」


 セスの言葉に、アンリエッタは驚きの表情を浮かべる。まさか、本当に領主との約束を、忘れているのか……?


 そんなアンリエッタに対し、セスは笑顔を崩さず言葉と続ける。


「アレク様との同行の条件として、危ない事は絶対にしない事。アレク様の言いつけを守る事。……この二つを、お父上と約束されていますよね? まさか、お忘れでは無いですよね?」


「え、でも……。危なく無い……ですわ……」


 アンリエッタは目を泳がせる。そして、救いを求める様に、ボクの事を見つめる。


 ボクはセスに倣って、アンリエッタへニコリと微笑んだ。


「アンリエッタに傷を付ける訳にはいかないからね。それが、領主様との約束だから」


「そ、そんな……これは……裏切りですわ……」


 アンリエッタは絶望の表情で肩を落とす。そして、ボクの事を恨みがましい目で見つめる。


 ボクは苦笑を浮かべる。アンリエッタの反応が、余りにも予想通りだったからである。なので、ボクは用意していた対策を使う事にする。


「その代わり、アンリエッタには、ボクの新しい力を見せてあげるよ。……今回だけの、特別だよ?」


「今回だけの……特別……?」


 途端に目を輝かせるアンリエッタ。彼女はワクワクした様子で、ボクの事を見つめていた。


 ……予想通りだけど、余りにもチョロ過ぎる。彼女には常に、セスが付いている理由が、良くわかる気がするな。


 そして、全員への説明を終え、ボク達は狩りを開始する。




 ドリー&グランチームと、アンナ達のチームが散って行く。ボクはギリーと視線を合わせ、この後の作戦を手短に伝える。


「敵はボクが集めるから、ギリーは集まった敵を倒して。それと、ココナッツ・クラブは弱点が火だから」


「わかった……。オレは倒すだけだな……」


 ボクはマジック・バッグから、烈火の弓を取り出す。そして、ギリーへと手渡した。ギリーは弓を受け取り、調子を確かめる。特に問題無いらしく、すぐに頷いて見せた。


「じゃあ、まずはココナッツ・クラブを集めますか……」


 ボクはマジック・バッグから、髑髏の杖を取り出す。そして、ギリーも知っている、いつもの魔法を発動させる。


「ダブル・マジック……。召喚サモンスケルトン騎士ナイト……」


 通常の『召喚サモンスケルトン《騎士》』は、五体のスケルトン騎士ナイトが召喚される。そして、髑髏の杖の効果により、その召喚数は二倍の十体となる。


 更に、黒魔術師のダブル・マジックにより、『召喚サモンスケルトン騎士ナイト』を二重掛けする。結果として、ボクの前に出現したスケルトン騎士ナイトは、合計で二十体となっていた。


「まあっ……!?」


 ボクの背後から、アンリエッタの驚く声が聞こえる。ボクはニヤリと笑って、スケルトン騎士ナイト達へと指示を飛ばす。


「ココナッツ・クラブの索敵及び攻撃を! 反撃を受けたら、ボク達の元まで撤退!」


『『『…………』』』


 二十体のスケルトン騎士ナイトは、一斉に頷くと散らばって行く。これで、あっという間に、二十体のココナッツ・クラブが集まる事だろう。


 しかし、ギリー一人では、流石に手数が足りない。なので、マジック・バッグに手を入れ、ボクは次の準備に取り掛かる。


生命創造クリエイト・ホムンクルス! 魔術師形態モード・マジシャン!」


 ボクの目の前に、一体のホムンクルスが出現する。見た目は真っ白な魔術師の人形。ローブを纏った様な身体に、真っ白な杖を持っている。防御能力は低いが、高火力の攻撃魔法が利用可能な形態だ。


「ココナッツ・クラブが近づいたら、ファイア・ボールで攻撃を!」


『………』


 指示を受けたホムンクルスは、すっと振り返る。そして、丁度良くスケルトン騎士ナイトが、一匹のココナッツ・クラブを引き連れて戻って来た。


 ――ボッ……ゴガァアア!!


 ホムンクルスが放ったファイア・ボールが、ココナッツ・クラブを火だるまにする。一メートルを超える巨大なカニは、その一撃で撃沈してしまった。


 ちなみに、ファイア・ボールは魔導士ウィザードが使う攻撃魔法だ。黒魔術師が使うファイア・アローの、三倍程の威力を持っている。魔法防御力の低いココナッツ・クラブでは、耐えられないだけの威力なのだ。


「ほう……。中々の威力だな……」


 ギリーが感心した様子で呟く。そして、負けてはいられないと、自身も別のココナッツ・クラブに攻撃を開始し出した。気が付くと、ボク達の周囲には十体近いココナッツ・クラブが集まっていたからだ。


「さて、それじゃあボクも、攻撃に加わりますかね」


 ボクはダブル・マジックを併用し、ファイア・アローでココナッツ・クラブを倒して行く。時々、ギリーやホムンクルスに精神力を分け与え、精神ポーションを使ったりしつつだ。


 見ればドリーとグランが遠くから、こちらに何か文句を言っている様子だ。遠すぎて、何を言ってるかは不明だけど。


 そして、アンナ達の方にも目を向ける。アンナは目を輝かせているが、残り三人は引いた様子を見せている。内心では汚いと思っているのだろうな。


 なので、ボクはニヤリと笑う。そして、言ってみたかったセリフを言い放つ。


「どんな手をつかおうが…………最終的に……勝てばよかろうなのだァァァァッ!!」


「…………」


 隣でギリーが、呆れた表情を浮かべていた。勿論、攻撃の手は止まっていない。


 うん、言ってみて気持ち良かったけど、ギリーの視線がかなり痛い。後々の気まずさが尋常じゃないので、二度と口にするのは止めよう……。


 そして、ボクは攻撃を再開する。第一陣のココナッツ・クラブは大半が殲滅され、スケルトン騎士ナイト達が、第二陣を集め始めている為である。アホな事をして、多勢に無勢で押しつぶされては、目も当てられないからね。


 そうして、ごく一部の称賛の眼差しと、大半の冷たい眼差しに晒されながら、ボクの狩りは続ける事になった。




 結果を言うと、ボクとギリーは圧勝した。勝負はお昼で終えたけど、その時点で百八十匹を倒していた。ちなみに、二位はアンナ達のチームで六十五匹。三位のドリー&グランは六十二匹で僅差だった。


 それと、罰ゲームと優勝報酬は無しになった。余りに大人気無かったと、ボクが反省した為である。


 ……まあ、目的の食材も大量に集まったし、執事親子の昼食も美味しかった。結果オーライって事で良いよね?

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