第114話 ロレーヌ、バカンスを楽しむ
今日のあたしは、何とサンビーチに来ている! グローリー島のサンビーチだよ!?
多くの庶民にとって憧れのグロリー島……。貴族と大富豪だけが訪れる事の出来る島……。
その、象徴とも言うべき場所が、ここサンビーチなのだ! 一生に一度は来たいと思ってたけど、こんなにアッサリ来れるとは思わなかったよ!
「ハティ! ルージュ! 早く来なよ!」
「わかったって……。そんな、走んなくても……」
「その通りだ。ビーチは逃げたりしないぞ?」
ハティは呆れた表情、ルージュは爽やかな笑顔で答える。とはいえ、その足取りは全然急いでいない。そんな二人に、あたしはイライラしてしまう。
「時間が減っちゃうの! サンビーチで泳げるのは、今日だけだよ!」
確かに滞在期間は明後日まで有る。でも、明日と明後日の予定は決まっているのだ。海水浴場で泳げる機会は、今日を逃すときっともう来ない!
なのに、ハティは白い砂浜をゆっくり歩く。そして、足元に荷物を下し、わかりやすく溜息を吐いて見せる。
「まだ、早朝だぞ? 周りの観光客だって、殆どいないだろうが?」
「あたしは、今日を精一杯楽しみたいの! 少しでも時間を無駄に出来ないのっ!」
ハティの言う通り、確かに周りに人は少ない。それは、日が昇るとすぐに、あたし達がホテルを出たからだ。ボス達も、今頃ようやく朝食を食べてる頃だろう。
けど、それは仕方ないと思う。ルージュは違うけど、あたしは庶民だよ? それも、孤児院の出身の、貧しい暮らしの方だ。農村出身のハティが、どうしてあたしの気持ちを理解出来ないかな?
「……てかさ、何でさっきから、視線を逸らすわけ?」
「……っ!?」
あたしの言葉に、ハティがビクリと震える。彼は明らかに動揺した様子で、荷物を整理し始める。
「いや、そんな事はないぞ……。さて、パラソルの準備しないとな……」
「何か、怪しいんですけど……」
あたしはハティの前へと回り込む。すると、ハティはすっと視線を逸らす。やっぱり、視線を合わせてくれないんですけど……。
そんなやり取りを繰り返していると、ルージュがポンと手を打つ。
「……なるほど。ハティ殿は、ロレーヌ殿の恰好が気になるのだな?」
「や、ちがっ……!?」
その言葉に、ハティは動揺してパラソルを落とす。あたしは意味がわからず、ポカンと口を開く。
「あたしの恰好って……」
今のあたしは、ホテルから借りた水着を着ている。そして、その上から薄手のシャツを羽織っている。特に変な恰好でも無いし、ハティやルージュも同じ格好だ。
……なのに、それが何で気になるんだろう?
顔を真っ赤にしたハティを見つめ、続いてルージュに視線を移す。ルージュは楽しそうに笑みを浮かべていた。
「別に、変じゃないでしょ……?」
「ああ、とても似合っているとも。健康的で、実にロレーヌ殿らしいデザインだ」
あたしは自分の水着に視線を向ける。緑色の普通の水着だと思う。派手でも無ければ、特別に露出が多い訳でもない。ルージュの言う意味がわからない……。
しかし、あたしが首を傾げていると、ルージュは爽やかな笑みで続ける。
「ロレーヌ殿は健康的な体つきになった。そして、水着になった事で、それが良くわかる様になった。……つまり、ハティ殿は、ロレーヌ殿を女性として意識してしまった訳だよ」
「えっ……!?」
「おい……!?」
あたしは驚いてハティに顔を向ける。ハティは慌てて、顔を反対側に向ける。
……え? そういう事なの?
状況の理解が追いつかず、あたしは混乱する。すると、ルージュは楽しそうに、笑い声を上げる。
「はははっ! ロレーヌ殿は、出会った頃に比べて見違えたからな! ハティ殿が女性として意識しても、何もおかしい事はないだろう?」
「「何いってんの……!?」」
あたしとハティの声がハモる。そして、顔を見合わせる、あたしとハティ。しかし、二人は揃って顔を背け合う。
えぇ……!? メチャクチャ恥ずかしいんですけど……!? これって、どうしたら良いの……!?
とりあえず、あたしはシャツのボタンを留める。足が隠せないのが気になるけど、これで少しは恥ずかしさもマシになった気がする……。
「ハティのエッチっ……!」
「だから、違うって……!」
うぅ……。初めて女性扱いされたから、どうして良いかわからないよ……。
あたしとハティは視線を逸らしながら、お互いに言い合いを続ける。そんな様子を見ていたルージュが、楽しそうに提案して来る。
「くくっ……。二人とも、少し頭を冷やすべきだな。ハティ殿には、荷物番を頼んで良いかな?」
「う……。わかった……さっさと行ってこい……」
ハティはパラソルを立て、その下にシートを敷く。そして、シートの上に座ると、ハティは俯いてしまった。そして、追い払う様に、あたし達に向かって手を振る。
……確かにルージュの言う通り、今は頭を冷やした方が良さそうだ。一人で歩くのも不安だし、ルージュと一緒に少し歩くか。
流石にシャツを脱いで、泳ぐ気分にはなれないし……。
「さあ、ロレーヌ嬢、お手をお貸ししましょうか?」
「……マジ、止めてくんない? 張っ倒すよ?」
ルージュの冗談に、あたしの顔が熱くなる。彼は楽しそうに肩を竦めて見せた。そして、あたしはゆっくりと砂浜を歩き出す。ルージュはあたしの歩調に合わせ、ゆっくりと隣を歩く。
あたしは隣のルージュをチラリと覗き見る。彼は穏やかな表情を浮かべている。とりあえず、これ以上からかうつもりは無いみたいだ。なので、あたしは彼に質問してみる。
「……あたしって、本当に女性に見えるの?」
あたしの質問に、ルージュは驚いた表情を見せる。しかし、彼は爽やかな笑顔で頷く。からかう事も無く、真面目に返事を返してくれる。
「出会った頃は痩せ細っていたが、今はとても健康的になったからな。ロレーヌ殿の事を、女性扱いしない者はいないと思うよ」
「そっか……」
あたしはルージュの言葉に嬉しくなる。あたしは自分の体に劣等感を持っていた。小柄でガリガリで、貧相な子供にしか見えなかったからだ。
盗賊ギルドでも、女性扱いはされなかった。盗賊仲間は誰もが、あたしを子供扱いしていた。でも、今はあたしも、女性として見て貰えるらしい……。
「えへへ……」
あたしはルージュに笑みを向ける。すると、ルージュも眩しそうに笑みを返してくれた。それは、子供扱いという訳では無く、対等の仲間として見てくれている目だった。
うん、やっぱりこのクランは良いな。あたしにとって、自分の家だって気がする……。
そして、あたしはルージュと、静かな浜辺を無言で歩く。何も話さなくても、それを苦とは感じなかった。
「ん……?」
しばらく歩いていると、不思議な物を発見する。そこは人気の少ない岩場だ。少し離れた場所だけど、歩けばすぐに行ける距離である。
「どうかしたかね?」
ルージュが問い掛けて来る。あたしはアレに向かって指を刺す。そして、ルージュもアレを発見したらしい。
「あれは……海神の使いか……?」
「多分……そうだと思うけど……」
あたしの指差す先には、膝丈サイズのクラゲがいた。岩場に挟まっているのか、ジタバタともがいている。どうやら、自力では抜け出せないらしい。
あたしとルージュは、互いに見つめあう。そして、揃って頷くと、そちらへ向かって歩いて行く。途中から砂浜から岩場に代わるが、特に危うげ無く進む。ダンジョン内に比べれば、どうという事の無い悪路だ。
あたしとルージュは、程なくして目的の場所へ到着する。ゆっくりと近づくが、あちらに攻撃の意思は無いらしい。触手を器用に動かし、あたし達に助けを求めていた。
「ふむ、どうすべきかな……?」
「可哀想だし、助けようよ……」
あたしの言葉に、クラゲは嬉しそうな動作を見せる。どうも、あたし達の言葉がわかるらしい。二本の触手をすり合わせ、お願いするみたいな動きまでしている。
何だろう、この可愛い生き物? 子犬みたいな愛嬌があるんですけど?
「助けた途端に襲う真似はしないだろうか?」
「大丈夫じゃない? ……ってか、大丈夫だよね?」
あたしは思い切って、クラゲに質問してみる。すると、クラゲは頷く様な動きを見せた。これって、完全に意思疎通出来てるよね……?
あたし達のやり取りを見て、ルージュは決心したらしい。その場に屈むと、クラゲの足元の岩に手を掛ける。
「ふっ……!」
ルージュが力を入れると、足場の岩が動く。そして、足が岩から抜け、クラゲは喜ぶ様子を見せていた。
「良かったね。それじゃあ、気を付けてね」
あたしはクラゲに手を振る。すると、クラゲは触手を振り返してくれた。そして、そのまま海に向かって帰って行く。やっぱり、攻撃される事も無かったね。
あたしは何となくホッコリする。しかし、横に目を向けると、ルージュは難しい顔をしていた。今のやり取りで、何か問題があったのかな?
あたしが首を傾げていると、ルージュがあたしの視線に気付く。そして、苦笑を浮かべて教えてくれた。
「明後日はアレ等を倒すのだろう? ロレーヌ殿にそれが出来るのかと思ってね……」
「あ……」
あたしは海に向かって目を向ける。クラゲの姿は既に無かった。人畜無害なクラゲは、海へと帰って行ったらしい。
「ど、どうしよう……」
あたしは血の気が引くのを感じる。あの可愛い生き物を、あたしは殺さないといけないんだよね? それも、魔石を得る為に、沢山のクラゲを……。
あたしにとって、それはゴブリンの返り血より辛い事だ。敵意を向ける敵ならともかく、害意の無い小動物を殺さないといけないなんて……。
「うぅ……。何でこんな事に……」
良い事をしたはずなのに、あたしは板挟み状態となる。人畜無害なクラゲを殺すか、ボスの笑顔に凄まれるか……。
あたしはその場に蹲り、頭を抱えて悩んでしまう……。
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