第113話 ギリー、ガールをハントする
オレの名はギリー。スナイパーという上級職の弓使いであり、クランではサブリーダーを務める者だ。
本日、オレに与えられた任務は、ドリーとグランの監視。二人が羽目を外し過ぎない様に、目を光らせる事である。
……それ自体は良いのだ。しかし、何故かオレは、二人からガールハントの何たるかを語られている。意味はわからないが、その熱意は凄まじい物だった。
しかし、可能なら街中は止めて貰いたいものだ。先程から、観光客の視線がオレ達に集まっている。あまり良い目立ち方とは言えないな……。
「だから、ガールハントは、狩猟と同じ何だって! ギリーも狩人だから、きっと上手くやれるって!」
「そう! 相手を獲物と考え、相手の思考を読む! そんでもって、逃げられない様に捕まえんだよ!」
「「お前なら出来る! さあ、一緒にやってみんべ!!」」
「……そもそも、何故オレに勧める?」
そう、そこからして疑問だ。彼等がガールハントを好むのは知っている。恐らく、それが趣味なのだろう。やり過ぎなければ、それ自体は好きにすれば良い。
しかし、オレの問いに、二人は呆れた表情を浮かべる。二人の手が伸び、オレの両肩に置かれた。
「ギリー……おめぇ、最後まで告ってねぇべ?」
「ミーアの事、本当に断ち切れてんのか……?」
「む、それは……」
ミーアに未練が無いと言えば嘘になるだろう。アレクとアンナに話し、少しは心が軽くなった。しかし、ミーアを忘れて、新しい相手を探そうとは思えない。アレクとミーアが結婚していれば、また別だったのだろうが……。
「つまり、そういう事だって。ここで思い捨てれねぇと、この先ずっと変われねぇべ?」
「新しい恋を見つける……。未練を断ち切るには、逆転の発想も必要なんじゃねぇの?」
「確かに、一理あるが……」
つまり、ここでミーアへの未練を断ち切れと。その為に、新しい恋人を作れと言う事か……。
言いたい事はわかる。しかし、恋人とはそんな簡単に作る物なのだろうか……?
「ほれ? そこに三人組の子が居んだろ? 声掛けて来いって」
「地元の冒険者じゃね? お嬢様の相手よりは楽なんじゃね?」
「わ、わかった……。だから、押すな……!」
二人に押し出され、オレは渋々前へと進む。オレの向かう先には、三人組の若い女性が歩いている。年齢はオレと同程度。いずれも休暇中らしく、半袖短パンのラフな格好だ。この獲物を仕留める事が、オレの任務らしい……。
右側の少女は、青い三つ編みが特徴的だ。こちらは小柄でオットリした雰囲気を持つ。足取りからして前衛職とは思えない。恐らくは黒魔術師か白魔術師辺りだろう。
中央の少女は、背中まである青髪を、後ろでまとめている。右側の少女と同様に後衛職だろう。こちらは少々気弱そうで、一歩引いて二人の話しを聞いていた。
最後に、左側の少女は赤毛の短髪だ。しっかりした足取りの為、前衛職だと思われる。しかし、武道家や盗賊の足運びでは無い。剣士の可能性が高そうだ。
「さて、どう攻めるか……」
雰囲気から察するに、リーダは赤毛の少女。明るくハキハキした口調で話している。正攻法なら、まずは頭を潰す所だが……。
オレはゆっくりと三人の少女に向かう。どうやら向こうも、こちらに気が付いたらしい。今の所は、無警戒にオレの様子を伺っている。オレは三人の間合い直前で足を止める。
――そして、オレは左手を歩く男を捕獲する。
「ちょ、おま……! 何やってんの……!?」
「ここで男っ!? 流石にそれは無いわ!?」
後ろで二人が騒いでいる。しかし、オレはそれを無視する。
腕を掴まれた男が、驚いた表情でオレを見ていた。そして、不快そうに顔を歪め、オレへと威嚇する。
「おい、ガキ……! 何のつもりだ……!」
男はオレの腕を振り払おうとする。しかし、オレはその手を捻り、男を地面に叩きつける。
「ぐぁ……!?」
「「マジで、何やってんの……!?」」
後ろから二人の駆け寄る気配を感じる。邪魔をされると面倒なので、オレはすぐさま処理を開始する。
オレは男の懐に手を伸ばし、一つの革袋を取り出した。そして、それを赤毛の少女へと放り投げる。投げられた少女は無事に袋を掴み、驚愕の声を上げた。
「え……? これ、私の財布だ……!?」
「「えぇ……!?」」
三人の驚いた様子で、ドリーとグランも事情を察したらしい。少し後ろで立ち止まる気配を感じる。なので、オレは最後の事後処理に入る……。
「随分と手癖が悪いな……。今回は見逃す……が、次は無いと思え……」
「ひっ……!?」
軽く殺気を込めた為、男は怯えた様子を見せる。オレが手を離すと、男は慌てて逃げ出して行った。
オレは男の背中が見えなくなるまで見送る。男がこれで足を洗うとは思えない。しかし、そこまで面倒を見る義理は無い。後はこの街の人間が考える事だろう。
オレは三人の少女へと振り返る。そして、彼女達へと忠告する。
「観光地だからと油断しない事だ……。ああいう輩に狙われるぞ……?」
「あ、えっと……ありがとう御座いました!」
赤毛の少女は勢い良く頭を下げる。状況は理解しているらしい。説明の手間が省けて助かる。
そして、オレは踵を返し、赤毛の少女へ告げる。
「ふっ、じゃあな……」
「「「ちょっと、待ったーーー!!!」」」
オレの右肩をドリーが、左肩をグランが押さえる。そして、何故か赤毛の少女が、オレの腰に抱き着いていた。
「む……?」
「いやいや、目的を忘れんなよ……!?」
「おめぇ、一体何がしたいわけ……!?」
……ふむ、そういえば、目的はガールハントだったか。どうでも……いや、すっかり忘れていた。
そして、オレが頬をかいていると、背中の少女が声を張り上げる。
「あ、あの! お時間無いですか!? 是非、お礼にお食事でも!!」
「ふむ……?」
肩越しに少女を見るが、その表情は必死だった。オレはドリーとグランに視線を送る。二人は親指を立てて、良い笑顔を浮かべていた。
……どうやら、任務は成功で良いらしい。
そして、オレ達六人は、この街のレストランへと移動する事になる。彼女達がお勧めの、きっと仲良くなれるお店とやらに。
結論から言おう。テーブルは悲惨な状況である。
「ねぇ、聞いてるのっ!? 私と一緒に冒険しようよ……!!」
「ねえ、ナミ……お水、飲もう?」
「お酒に強い訳じゃないのに……」
目の前では、赤毛の少女がフラフラに酔っている。彼女の名前はナミと言うらしい。今は連れの二人に介抱されている。
続いてオレは、左右に視線を向ける。ドリーとグランの二人は、青い顔でテーブルに突っ伏している。二人は調子に乗り過ぎた。自業自得と言えるだろう。
「うえ……。気持ち悪ぃ……」
「おめぇ、酒豪なんかよ……」
「いや、オレは大して飲んでいない……」
青毛の少女達がビクリと震える。驚いた顔をしているが、理由はわからない。実際、オレはドリー、グラン、ナミと比べて、半分程度しか飲んでいないからな……。
「私には君が必要なのっ! 私達とクラン作ろうよ! そして、私の事を守ってよ……!」
「ね……? 彼も困ってるから……ね?」
「流石に、ゴールド級は引き抜けないよ……」
なるほど。ナミの要求は理解出来た……。
つまり、パーティー強化の為に、オレの力が欲しいらしい。確かにナミのパーティーには、斥候をこなせる者がいない。彼女のパーティーは、魔物を狩るには危うい面がある。
それに、先程のスリの件もそうだ。気配察知を持つ者がいれば、怪しい気配に気付けた事だろう。女性だけのパーティーなら、尚更警戒は必要と言える。
その為、ナミのパーティーには、盗賊か狩人の加入が必須。リーダーとして、彼女の判断は正しい物だ。彼女は将来、良いリーダーとなる事だろう。
「だが、しかし……」
オレは軽く頭を振る。ナミの要求に、オレは応える事は出来ない。オレがアレクの元を去る事は、まず有り得ない事だからだ。
「もう、無理……。トイレ行くわ……」
「マジ、ゴメン……。オレもギブ……」
ドリーとグランが席を立つ。二人はナミ達に謝り、トイレへと向かう。その足取りは、フラフラと不安定なもの。彼等は自身の限界を、見誤ったのだろう。
視線を再びナミへと向ける。彼女はドリーとグランの離席に気付いていない。先程と変わらず、管を巻き続けていた。
「そもそも、何でレディ・キラーが効かないの……!? お持ち帰り出来ないじゃない……!」
「ナミ、声が大きい……。聞かれてるから……ね?」
「姑息な上に失敗とか……。救いが無いわね……」
レディ・キラーとは、このドリンクの事か? フルーツの香りはキツめだが、実に飲みやすい酒だ。三人が勧めるだけあり、悪くない味をしている。
オレは手元のグラスに口を付ける。そして、一気に飲み干すと、手近な店員へ声を掛ける。
「同じ物を一つ……」
青髪の少女達が、再び驚いた表情を浮かべる。何をそんなに驚いている……?
「ああ、なるほど……。ここはオレが払おう……」
オレの言葉に、二人は目を見開く。そして、何故か恥ずかしそうに俯いてしまう。
……ふむ、流石にストレート過ぎたか?
先程のレディ・キラーとやらは、高い酒だと推測した。恐らくは、新人パーティーでは、余り頼めない類いなのだろう。その為、上級パーティーであるオレが、支払いを持つべきと思ったのだ。しかし、言葉がストレート過ぎ、彼女達に恥を掻かせたらしい。
「旨い酒の礼だ……。気にするな……」
「うう……。罪悪感で辛いよ……」
「うん、後でナミを叱っとく……」
二人はすっかり萎縮してしまう。どうやら、フォローは逆効果だったらしい。口下手なオレでは、これ以上のフォローは無理だな……。
なお、ナミは酔い潰れてしまった。今は気持ち良さそうに、テーブルの上で眠っている。
……ふむ、後で宿まで送らないとな。連れの少女達では、背負って帰るのも厳しいだろう。それに、酒に酔った少女だけ等、鴨にしてくれと言ってるに等しい。
「ふう……」
オレは店員が持って来た酒を受け取る。そして、静かになったテーブルで、一人酒を飲み続ける。騒がしいのも嫌いでは無いが、静かに味わう酒も悪くない。
とはいえ、旨い酒は友と飲むのが一番だ。タイミングが合えば、アレクにもこの酒を教えたい所だな……。
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