第116話 水神祭(前夜祭)
ココナ島から戻ると、既に日が沈みかけだった。戻りが遅くなったのは、昼食後も狩りを続けた為だ。しかし、お陰でお土産のココナッツ・バトンは大量に確保出来た。ヴォルクスへ帰っても、半年程は美味しいカニ料理が食べ続けられるだろう。
そして、ボク達は船乗り場から、大通りへと移動する。そこには多くの屋台が立ち並び、観光客達が買い食いしながら歩き回っていた。街は完全にお祭りムードである。
「アレク! 何だか楽しそうですわね!」
「ええ、だけど本番は日が暮れてからだよ?」
ボクの言葉に、アンリエッタは目を輝かせる。ワクワクが止まらない様子で、今もソワソワと周囲を見回している。しかも、何故か子供の様に、ボクの袖を握りながら……。
なお、水神祭と天竜祭は似た様な祭りである。『白の叡智』のメンバーは、悪魔公の封印後に祭りへ参加して楽しんでいた。その為、アンリエッタ程は、ソワソワした様子が見られない。
しかし、アンリエッタは天竜祭に参加していなかった。何故なら、彼女は領主の娘だからだ。彼女はヴォルクス領内で、一人の少女として歩き回れる身分では無いのだ。だからこそ、人一倍この状況を楽しみにしていると言える。
ボクはスッと指を指す。人だかりで見えないが、街の中心にある広場の方に向かって。
「中央広場が水神祭のメイン会場だね。日が沈むと大きな篝火が燃やされ、水神様へ感謝を捧げる儀式が始まるよ。この辺りの屋台は、その観光客を目当てにした商売だね」
「儀式ですか!? 是非、見てみたいですわ!」
まあ、アンリエッタならそう言うか。ただし、人ごみで中央は大変な状況と思われる。今から向かっても、席の確保が出来るかどうか……。
ボクが悩んでいると、背後にスッとセスが近づいて来た。そして、ボクの耳元で小さく囁く。
「アレク様……。領主様のお気遣いで、貴賓席が用意されております……。今から向かえば、すんなりと入場可能かと……」
「お、おぉ……。流石に手際が良いですね……」
親馬鹿な領主の事なので、こうなる事が予想出来ていたのだろう。そして、コッソリとボクに告げたと言う事は、父親の手配と知られたく無いということ。つまり、ボクが手配したと思わせたいという事だ。
確かに、アンリエッタはその方が喜ぶだろう。ただ、領主はどういうつもりなのだろう? 娘とボクを引っ付けたいのだろうか? ここまで露骨なのは、むしろボクの反応を伺っているのか?
……まあ、悩んでいても仕方が無い。貴賓席での見学は、折角の好意なので受けておこう。アンリエッタの件は、一旦保留と言う事にして。
「では、見学席に向かいますか。場所が取れているみたいだし」
「まあ、本当ですの!? 是非、そちらに向かいましょう!」
アンリエッタに手を引かれ、ボク達は街の中心部へと向かって行く。状況を察した仲間達は、そんなアンリエッタを微笑ましそうに見つめていた。
貴賓席は、儀式が見える最前列の席であった。簡易的なテーブルと椅子が並べられ、簡単に食べれる軽食とドリンクまで用意されている。勿論、簡易的なのは食べやすさの事だ。素材や調理には、手を抜いた所が見られなかった。
ボク達の席で準備が整うと、空はすっかり闇に覆われていた。中央では篝火が燃やされ、観光客達はオレンジの明かりに照られている。
「アレク、始まるみたいですわ!」
右隣に座るアンリエッタが、ボクの袖を引いていた。左のアンナは複雑な表情だが、今回は何も言わないつもりらしい。アンナなりに空気を読んでくれたらしい。
そして、ボクは儀式の舞台へと目を向ける。篝火に向かって、一人の老神官が歩いていた。青いローブに身を包み、水神の魔石が付いて杖を手にしている。彼が神へ感謝を捧げる役割なのだろう。
そして、杖を掲げた老神官が、祝詞を述べ始めた。
「へぇ……。あまり変わらないね……」
その祝詞は、ボクの良く知る物と似ていた。ボクの知る祝詞とは、豊穣神へ捧げる祝詞。つまり、ケトル村でボクが聖者役をしていた、収穫祭での儀式に使う祝詞の事だ。
捧げる神の名前だったり、ご利益の内容だったりは違っている。しかし、文章の流れみたいなのが、殆ど同じなのである。天竜祭の時は遠くて聞こえなかったけど、きっとこちらも同じ感じだったんだろうね。
ボクは懐かしい気持ちと共に、水神祭の儀式を眺める。そして、それ程の時間も掛からず、老神官は祝詞を述べ終えた。彼は一礼して、篝火から去って行く。それと共に、会場では拍手が巻き起こる。
「さて、終わったみたいだし、しばらくは宴会状態かな……?」
収穫祭や天竜祭でも、流れは同じだった。そして、見れば周囲の観客も、グラスを片手に盛り上がり始めている。やはり、ここからは宴会となるらしい。見学客も散り始めているし、ボク達も状況が落ち着くまでは、ここで夕食にすべきかな?
……と思っていたら、ドリーとグランの二人が、こっそり席から立ち上がっていた。見れば、そのまま夜の街へと消えるつもりらしい。
ボクはギリーへと視線を送る。彼はすぐに理解してくれた。スッと立ち上がると、ドリーとグランの後を追って行った。
まあ、折角の祭りだし、二人が楽しむのは構わない。ただ、羽目を外し過ぎないかが怖いだけだ。ギリーには悪いけど、着いて貰えると安心出来るからね。
「さあ、アレク! 折角のお料理ですので、頂きましょう!」
「うん、そうだね」
アンリエッタに勧められ、ボクは料理に手を伸ばす。手で掴んで食べられる料理や、串に刺さった料理が並んでいる。屋台料理を豪華にした様なメニューで、調理法でこうも変わるのかと唸らされる出来だった。
「アレク、美味しいですわね!」
「これは、思ったより凄いね……」
そうやって、しばらくボクとアンリエッタは、料理を手にしては感想を言い合う。楽しい時間ではあったけど、隣のアンナは複雑そうな表情のままだ。グラスのジュースに口を付けながら、じっとこちらの様子を伺っている。
しかし、その様子を見かねたのか、ロレーヌがアンナを外に連れ出そうとする。アンナは悩む素振りを見せるが、側にいるギルへと視線を移す。ギルが微笑みながら頷くと、観念した様に席を立って行った。
「お兄ちゃん、ちょっと周りを見て来るね……」
「うん、折角だから、楽しんで来ると良いよ」
アンナとロレーヌは、手を振って席から離れて行く。すると、ハティとルージュが無言で立ち上がる。そして、アンナとロレーヌの後を追って行った。
……ボディガード役かな? 女の子二人だけよりは安心出来るし、正直助かる所ではある。
とはいえ、この状況は想定していなかった。アンリエッタと二人だけの状況か……。
ちなみに、後ろには執事親子が控えている。ただ、こちらから話し掛けない限り、会話に入って来る事は無い。実質的に、会話はボクとアンリエッタの二人だけという事になる。
「アレク、どうかなさいましたか?」
「……いや、何でも無いよ」
ボクは今の状況を、少し楽しく感じていた。その一番の理由は、アンナがアンリエッタに気を許している事である。
本来なら、アンナはボクに近づく女性を排除しようと動く。三人で話し合ったあの夜から、アンナは表立って行動する様になった。その為、流石のボクでも状況は理解出来ている。
しかし、アンリエッタに対しては、その妨害がとても弱いのだ。ボクと近づく事を邪魔するのでは無く、近づき過ぎない様に側に居る程度でしか無い。
そして、その理由はギリーから聞いた。アンリエッタは悪魔公との戦いで、身を挺してボクを庇った。アンナはその事を、後からギリーに聞いたのである。
その為、アンナはアンリエッタを邪険に出来ないらしい。それと同時に、身内同然に扱う様になってしまったらしいのだ。これは実に好ましい変化である。アンナは基本的に、人に心を開く事が少ないからね。
「アレク、このお酒も美味しいですわよ?」
「お、お嬢様……。そのお酒は……」
アンリエッタの口にする酒を見て、ボクは苦笑を浮かべる。セスの慌てる様子から、彼の気付かない内に、紛れ込んだドリンクの様だ。
ちなみに、それはギリーから聞いた『レディー・キラー』というカクテルだった。後からギルに聞いたのだが、女性を酔い潰す為のお酒らしい。果実の香りでアルコールを気付かなくさせて、気が付くと飲み過ぎて酔ってしまうそうだ。
……まあ、酔いつぶれても、お持ち帰りするのは、執事のセスなんだけどね。
「ボクとしては、こっちの方がお薦めかな?」
「まあ、そうですの? では、そちらを頂く事にしましょう」
ボクはアルコールの入っていない、現地の果実ジュースを進める。そして、ジュースの追加注文を行うアンリエッタを見て、後ろのセスがホッと息を吐いていた。酔っ払いの相手は大変だし、セスの安堵も仕方が無いと思うよ。
そんなこんなで、ボクはアンリエッタと二人の時間を楽しむ。恋人と言う程に甘い時間では無いけど、仲の良い友達と言える程度には、近しい関係になっている事を感じていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます