第111話 アレク、宴を楽しむ
一日目は街を歩き、食べ歩きをしていたら、良い時間となった。そして、今はホテルの屋上で、海に沈む夕日を眺めている。これからホテル主催の催し物を鑑賞しながら、豪華なディナーが始まる所だ。
ボク達一同は、大きなテーブルを囲む様に座る。他にもテーブルはあるが、まだ客はチラホラと人が入り始めている状況。ボク達は、比較的早めに会場入りしたらしい。
そして、ボク達はホテルのスタッフが、料理を提供するのをただ眺める。全ての皿が並ぶには、まだ少し時間が掛かりそうな状況である。
「時間もあるし、明日以降の予定を話すね?」
「ええ、宜しくお願いしますわ」
アンリエッタが笑顔で答える。勿論、座るのはボクの右側。そして、左にはアンナが座っている。この並びは、この旅の間の定位置となりそうだ。
ちなみに、ギルはボクの背後、セスはアンリエッタの背後に控えている。二人にも席を進めたが、断固拒否されてしまった。執事としてのプライドだろうか?
「まず、明日は自由行動にしますので、各自行先を決めて下さい。ちなみに、ボクはこの島の遺跡を巡るつもりです」
「それは面白そうですわね。私もご一緒致しますわ」
「私も一緒に行く! お兄ちゃんと一緒が良い!」
やはり、アンリエッタとアンナは同行するみたいだ。そして、ギルとセスも当然ながら同行だろう。
見れば、ハティ、ルージュ、ロレーヌが三人で話し合っている。この三人はまとめて行動するのかな?
ドリーとグランは二人でニヤニヤ笑い合っている。何か良からぬ事を企んで無いだろうか? お目付け役に、ギリーを同行させた方が良さそうだな……。
「そして、明後日は少し余興を考えています。夕方頃までは、ココナ島で軽く狩りの予定です」
「余興で狩りだと……?」
「それって、キツイ奴じゃないよね……?」
ギリーとロレーヌが声を出すが、その反応はまったく真逆だ。ギリーは目を輝かせ、狩りを楽しみにしている様子。対してロレーヌは、ハードなトレーニングを警戒している様子だ。
ボクは苦笑を浮かべ、ロレーヌに視線を送る。
「そんなに警戒しなくて大丈夫だよ。強い魔物じゃないし、目的は食材だからね」
「ほう、食材ですか……?」
「調理が必要ですな……」
背後の執事が、別の意味で反応する。何となく趣旨を察したのだろう。そして、率先して野外調理の準備を行ってくれそうだ。二人には後で、詳細を伝えておくか……。
「そして、夜は水神祭の前夜祭に参加だね。翌日の四日目が本番だけど、その前の夜は軽いお祭りで盛り上がってるはずだよ?」
「観光客が多い感じじゃね?」
「ナンパし放題なんじゃね?」
ドリーとグランは、やはり良からぬ考えを持っているご様子。彼等にはギリーと言う、厳しい監視の目が必要そうだな……。
ボクはチラリとギリーに視線を送る。ギリーは静かに頷いてくれた。これだけで通じるって、流石は兄弟って感じだね!
ボクは内心で喜びを感じつつ、話しを再開させる。
「で、四日目の水神祭だけど、これは丸一日狩りを行う事になるんだ。狩りの対象は水神の使いで、見た目はゴブリンサイズのクラゲだね。ちなみに、攻撃能力は無いから、危険な相手では無いよ?」
ボクの説明に、一同は首を傾げる。そして、ルージュが代表して挙手する。
「アレク殿、すみません……。水神の使いとは何でしょうか? そもそも、何故狩る必要があるのでしょうか?」
ルージュの質問に、ボクは腕を組んで頷く。イベントを知らなければ、その疑問は当然だろう。
「まず、水神とは水竜の事。そして、水神の使いは、水竜の使い魔の事なんだ。水竜については、天竜の仲間と言えばわかるよね?」
一同が納得した様子で頷く。つい先日、天竜祭のイベントもあったしね。この中にわからないメンバーはいないだろう。
ちなみに、天竜や水竜は、光の神スレインが生み出した眷属である。元の世界のキリスト教で言えば、ミカエルとか、ウリエルとかを思い浮かべればイメージしやすいかな?
なので、人々からは神と同等に崇められ、人類の守護者という立ち位置にある。天竜祭や水神祭は、その恩恵を受けた人類が、神の眷属へと感謝する為のお祭りなのである。
「それで、水神の使いは、水竜が人々に与える恩恵なんだ。水神の使いを倒すと、水神の魔石が手に入る様になっているからね」
「水神の魔石……? 水の魔石とは違うの……?」
アンナが不思議そうに首を傾げる。アンナは海底洞窟で、水の魔石を大量に回収しているからね。良く知る魔石と、どう違うのかが気になるのだろう。
「道具に加工した時の効果が、格段に違って来るね。水神の魔石は、水の魔石の最上位と思えば良いよ」
「へぇ……。それは凄いね……」
アンナが素直に驚いている。それもそのはず。水の魔石は大、中、小と三種類有り、大魔石は50万G(500万円相当)の値打ちになる。それよりも高価なアイテムであると認識したのだろう。
周りの反応を見ても、概ね驚いている様子だ。イベント報酬の美味しさに、少しは気付いて貰えたみたいだね。でも、水神祭の報酬は、お金では無いんだよね……。
「ちなみに、集めた水神の魔石は、水神の武具と交換して貰える。特殊な加工が必要らしく、持ち帰るよりは、素直に交換した方が良いと思うよ」
「……アレク殿。もしや、水神の武具の中には……?」
ボクの言葉に真っ先に反応するルージュ。その顔は、とても真剣な表情となっている。
ボクはニヤリと笑って見せる。君の考えている事はわかるとも……。
「勿論、水神の盾も存在するよ。火属性攻撃を、ほぼ無効化する盾がね……」
「……っ!?」
驚愕の表情を浮かべるルージュ。そう、盾マニアのルージュにとって、これ以上の報酬は存在しないだろう。きっと、彼のモチベーションは天井知らずに上がっているはずだ。
そして、先程の言葉の通り、水神装備の属性補正は極めて高い。武器にすれば、火属性の魔物に極大のダメージ補正が入る。防具にすれば、極大のダメージ軽減補正が入る。火属性の魔物が多いエリアでは、下手なユニーク級武器より大きな効果を発揮するのだ。
「まあ、そういう訳だから、本番の水神祭では頑張ってね。皆の実力なら一人一つは交換可能と思う。けど、凄く頑張った人には、三つはユニーク級装備が手に入るんだからね」
「ほう、それは……」
「「ユニーク級……!? マジか……!?」」
ギリー、ドリー、グランは目の色を変える。ギリーは強さに貪欲だし、ドリーとグランはユニーク級の価値を知っている。
そして、一同は報酬の価値を正しく理解しただろう。これで、最終日は皆のやる気も問題無しだ。
「さて、そろそろ、料理の準備も出来たみたいだね」
見ればテーブルには隙間なく料理が並んでいた。そして、一同の手元には、エールやジュースのグラスも。
ボクは代表してグラスを手に取る。そして、皆が状況を察してグラスに手を伸ばす。
「それじゃあ、ボク達の楽しい旅と、水神祭での成果を祈って……乾杯!」
「「「乾杯……!!」」」
皆が近くのメンバーとグラスをぶつけ合う。こういうノリは、この世界でも変わらないんだよね。まあ、前の世界では高校生だったので、ジュースでしか乾杯した事無いんだけど……。
そして、気が付くと日は完全に沈んでいた。周囲のテーブルは既に満席。周辺には松明が燃やされ、会場は明るく照らされている。ホテルの屋上は、完全に宴会会場と化していた。
「お兄ちゃん、何か始まるよ……?」
「アレク! ダンサーの方々ですわ!」
中央の舞台を見ると、若い女性達が上がって行く所だった。皆が赤い髪を持ち、水着の上に薄布一枚みたいな姿だ。どうも、現地の方々による、伝統ダンスを披露して貰えるみたいだ。
そして、太鼓を叩く音と共にダンスが開始される。その激しいリズムは聞き覚えがある。そして、そのリズムにボクは驚愕する。
これは……サンバのリズムだっ……!?
激しく腰を振る女性達に、会場の男性陣は一斉に盛り上がる。ドリーとグランは、一目散に舞台へと駆けて行った。
アンリエッタはキョトンとしているが、その他の女性陣の目は冷たい。ちょっと気になったけど、ガン見しなくて良かった……。
「エロ親父……」
アンナがポソリと呟く。恐らくは、ドリーとグランの事だろう。彼等はまだ二十五歳程だけど、七歳のアンナからしたらおじさんと同じだよね……。
しかし、ハワイアンなノリで旅行に来たので、ボクにはとても違和感を感じる。ハワイと思ったら、ブラジルでしたって感じだ。ただ、周りでそんな戸惑いを感じている人は居ない様だ。サンバ=ブラジルという感覚自体だ、染みついたイメージという事なのだろう……。
そんな事を考えていたら、一曲目のダンスがすぐに終わってしまう。そして、舞台ではダンサーの一人が、観客に向けて体験ダンスの募集を行っていた。うん、こういう余興はどこにでも有るんだね。
しかし、立候補者は現れない。周囲のお客さん達も、どうしようか悩んでいるみたいだ。
「いや~、流石に人前で踊るのは無理だよね? どんな人が参加するんだろうね?」
「知らない……」
野次馬根性丸出しで、周囲をキョロキョロ眺めるロレーヌ。それに対して、冷たく返すアンナ。そんな二人を見て、ボクは悪戯を思いつく……。
「お姉さん! こちらの女性が立候補しますよ!」
「……!?」
ボクは立ち上がってロレーヌを指刺す。指名されたロレーヌは、信じられないという表情で、ボクの事を見つめている。
そして、状況を察したダンサーの姉さん達。すすすっと舞台から降り、ロレーヌを両脇から抱きかかえる。
「ボ、ボス……!? どういう事かな……!?」
「うぅ……。叩かれた頬が、今になって痛く……」
「今、それを言う……!? ってか、ボスから謝って来たじゃん……!?」
慌てたロレーヌは咄嗟の行動に出る。左右に居た人物へと、手を伸ばしたのだ。
「え、ちょっ……!?」
「わ、私は関係無いだろう……!?」
巻き込まれたのはハティとルージュ。慌てる二人に対し、ロレーヌはニヤリと笑う。
「私達……仲間だよね……?」
「単なる道ずれじゃないか……!?」
「くっ、それを言われると……!?」
コントを繰り広げる三人は、そのままダンサーの皆さんに連行されて行く。そして、舞台に上げられ、簡単なレクチャーが開始される。
「あははっ! ハティとルージュまで行っちゃった!」
「アレク、流石に可哀想では……?」
ギリーが珍しく、ボクの事を窘める。しかし、その顔には苦笑が浮かんでいる。そこまで強く言うつもりは無いみたいだ。
「まあ、折角だし旅の思い出にね……?」
「ええ、とても楽しそうですわね……」
アンリエッタはすっと立ち上がろうとする。しかし、セスが肩に手を置き、彼女の行動をブロックした。セスが完全に、アンリエッタの行動を読んでいる……。
そして、舞台では太鼓のリズムが鳴り始める。ウチのメンバー三人は、リズムに合わせて踊り始めた。
「あははっ! ハティが変な動きしてるよ!」
「緊張して、可哀想に……」
「ロレーヌ、頑張れ……」
「ルージュさん、ダンスがお上手ですわね……」
ロレーヌは何とかリズムに合わせている。しかし、ハティは全然ダメだ。緊張しすぎて、普段通りにすら動けていない。
逆に凄いのはルージュである。真剣な表情でダンスに打ち込み、徐々に動きが良くなって行く。曲が終わる頃にはキレッキレの動きで、見事なダンスを披露していた。
会場から拍手の嵐が巻き起こる。優雅に一礼するルージュに、観客からの称賛の声が集まっていた。ダンサーのお姉さん達も、後ろで拍手を送っている。
「いや、引く位に凄かったね……」
「うむ、実に良い動きだった……」
「戦闘中もあんな感じだよ……?」
「流石はハワード家の人間ですわね……」
この展開は予想していなかった。ルージュの隠された才能である。
……まあ、ルージュは元々度胸があるし、貴族の嗜みとしてダンスも習っていたんだろうね。普段目立たないけど、彼も出来る側の人間なんだと思う。
そんなこんなで、ボク達の楽しい夜は終わりに向かう。旅の一日目は、とても楽しい思い出で閉じられた。
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