第110話 アレク、グローリー島に到着する

 ヴォルクス発の高速船に乗り、二日で目的の島に到着した。ここはグローリー島。アトランティス諸島の観光地である。


 なお、ペンドラゴン王国からアトランティス諸島まで、通常の船なら五日程度は掛かる距離である。しかし、魔道具満載の高速船は、通常の船の二倍以上の速度が出る。代わりに乗船料も、二倍以上ではあるのだが……。


「アレク、着きましたね! とても良い天気ですよ!」


「うん、そうだね……」


 青い空と、翡翠色の海。そして、観光客で賑わう賑わう港に、ボク達は降り立った。


 ……そこまでは問題無い。しかし、ボクの隣にはアンリエッタが並んでいる。彼女の存在は想定外だ。決してボクから誘った訳では無い。


「…………」


 ボクは無言で振り返る。そこには、恐縮した姿の親子が立っている。それは、セスとギルの二人だ。スーツに身を包んだ二人の執事が、肩身の狭い思いで立っていた。何故なら、アンリエッタ同行の経緯が、ギルへ宿の手配を頼んだ事に起因するからだ。


 まず、ギルは良い宿を聞こうと、父の元を訪ねた。そう、『銀の翼竜』のクランハウスにだ。そして、玄関で話す二人の会話を、アンリエッタが盗み聞きした。そこから、問題が大きくなっていく。


 アンリエッタは、絶対に同行するとごねた。セスは『白の叡智』の活動で、同行は出来ないと止めた。そもそも、『銀の翼竜』の活動はどうするのかとも。すると、アンリエッタはクランリーダーを辞めると言い出した。そして、彼女は『白の叡智』に移籍すると言い出したのだ。


 困ったセスは、ポルクへ相談する。ポルクは説得をアッサリ諦め、父親の領主へと説得を投げた。任された領主はアンリエッタを説得に訪れる。彼女はギャン泣きし、公爵令嬢すら辞めると言い始めた。


 そして、説得に失敗した領主は、その足で『白の叡智』のクランハウスへ訪れる。ボクに頭を下げて、娘の世話を頼みに来たのである。


 その時の領主の顔は父親の物だった。娘のワガママに困り果て、肩を落とす父親の表情であった。やり手の領主のはずなのに、どこか子供には甘い人である……。


 結局、ボクは領主の願いを聞き入れる事になる。全員の宿代と交通費を出して貰う事と引き換えに。まあ、お金はともかく、余りにも領主が哀れだったんだよね……。


「さあ、行きましょう! 馬車を手配してありますわよ!」


「うん、そうだね……」


 アンリエッタは、そんな親の苦労を理解しているのだろうか……?


 ボクはアンリエッタを見て溜め息をつく。そして、彼女に手を引かれたまま、馬車へと乗り込む。すると馬車は、ゆっくりとホテルへ向けて走り出した。


 そして、ボク達はセスの手配した宿へと向かう。ボクの右側にはアンリエッタが座っている。左手にはアンナだ。二人は左右に分かれて窓を眺め、何かを見つけてはボクに知らせる。


「アレク、あの遊びは何かしら? 海の上を走ってますわよ!」


「多分、波乗りだね。木の板を足場にしてるんだよ……」


「ねえ、お兄ちゃん! あれは何かな? 私も食べてみたい!」


「魚介系の串焼きだね。後で寄ってみようか……」


 アンリエッタは楽しそうにはしゃいでいる。他意は無いのだろうが、左手は常にボクのローブを握っていた。


 アンナも必死な様子でボクの袖を引く。こちらはどうも、アンリエッタを意識し、対抗している様に見える。


「ふっ……」


 向かいに座るギリーが、ボクの状況に笑いを漏らす。そして、彼の両隣に座るギルとセスも、顔に苦笑いを浮かべていた。


 何故、こうなった……?


 いや、アンリエッタを受け入れた時点で、こうなる事は予想すべきだった。これはボクの落ち度でもある。しかし、次に会ったら、領主には文句の一つも言わないとな……。


 ちなみに、もう一つの馬車には、ハティ、ルージュ、ロレーヌ、ドリー、グランの五人が乗っている。馬車の人選としても、多分問題は無いはず。というより、ボクに選択権は無かったしね……。


 それと、ハンスさんやリア達は留守番組である。誘いはしたけど、申し訳ないと断られた。そんな彼等の世話の為に、メアリーも残る事なる。そして、彼女は笑顔でボク達を送り出してくれた。


「お土産を買っていかないとな……」


 幸い、お土産屋なら腐る程にある。アンナ側の窓を見れば、途切れる事無くお土産屋が見える。何故ならここは観光地。お土産を買う客なら、いくらでも居るのだ。


 ……逆にこの中から、何を選ぶかが大変かもしれないな。


 そんな事を考えながら、ボクはボンヤリと馬車に揺られる。そして、目的のホテルにたどり着くまで、常にローブを引っ張り続けられる事になる……。




 なお、宿はグローリー島で最上級のホテルだった。到着と同時に一同が驚く事になるが、それはまあ、完全な余談である。

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