第六章 アトランティス諸島編

第109話 アレク、イベントを選択する

 今日は休息日である。リビングのソファーに座り、コーヒーに口を付ける。そして、手元の資料をパラパラとめくる。


「アレク様、次の依頼はどうなされますか?」


「う~ん、そうですね……」


 問い掛けて来たのはメリッサだ。手元の資料はクランの依頼書であり、彼女が選択して来た物である。


 内容の殆どは、ボスや群れの討伐依頼。ゴールド級に相応しい内容である。しかし、ピンと来る依頼が無い。貢献度と多少のお金は稼げるが、欲しいドロップが無いのである。


「う~ん、いまいちですね……」


「そうですか。申し訳ありません……」


 ボクの回答に、シュンと落ち込むメリッサ。思っていた反応と違い、ボクは我が目を疑う。


 ……彼女はそんなキャラじゃなかったよね?


「……いや、メリッサが悪い訳じゃないですよ。ただ、新しい装備が作りたいと考えていたんです」


 そう、ボクが考えていたのは、メンバーの装備強化。今はメンバー全員が、ミスリル級の装備で固めている。しかし、そろそろ、オリハルコン級か、それ以上のユニーク級が欲しくなって来たのだ。


 ボス系モンスターの中には、ユニーク装備の素材を落とす者もいる。しかし、恒常モンスターでは、対象モンスターが限られている。少なくとも、先程のリストには含まれていなかった。


「はぐれのドラゴンでも、いれば良いんだけど……」


 ドラゴンはいずれも、上位のステータスを持つ。倒すのは一苦労だが、大半はユニーク装備の素材を落とすのだ。


 とはいえ、今のボク達では一体を倒すのが精一杯。複数と遭遇すれば、アッサリ全滅してしまうだろう。なので、単体のドラゴンという、都合の良い存在を求めたのだが……。


「ふむ、ドラゴンですか……。そういえば、王都の周辺で、多数の目撃情報がありますね……」


「え……?」


 王都の周辺にドラゴンは生息していない。ペンドラゴン王国で生息地といえば、飛竜王国との国境付近くらいの物である。


 そして、王都と国境は、かなりの距離がある。普通に考えれば、王都までやって来るとは考え難いが……。


「それって、レッド・ドラゴンだったりします?」


「確か赤いドラゴンという噂でしたね。可能性は高いと思われます」


 ……なるほど。それはあれだな。期間限定イベント『赤き竜の襲来』の前振りだ。


 イベント内容は、飛竜王国から大量のレッド・ドラゴンが飛来するというもの。対火属性装備で身を固め、高レベルのパーティーで挑めば美味しいイベントとなる。


 しかし、今のボク達では袋叩きで瞬殺である。参加したらダメな奴である。


「いや、そうなると……。もう一方も時期なのか……?」


 先程の『赤き竜の襲来』は上級者向けのイベントだ。初心者お断りのイベントなのである。


 しかし、運営は初心者を見捨てた訳では無い。初心者向けには、別のイベントを用意してあった。


「アトランティス諸島の水神祭って、そろそろ時期ですかね?」


「水神祭ですか? 恐らく十日後ですね。ヴォルクスからも、水神祭向けの高速船が出航します。そちらは、三日後の出航だったはずですが……」


 なるほど。タイミングはバッチリだ。参加するならこちらだね!


 というのも、水神祭は水属性のユニーク装備が手に入る、非常に美味しいイベントなのだ。討伐対象も弱く、正に今のボク達にピッタリのイベントだと言える。


 ……それに、少し前に色々あったし、メンバーの息抜きも必要だろう。たまには旅行気分を楽しむのも悪くない。


 しかし、ボクの考えを読んだのだろう。メリッサの目がキラリと光る。


「アレク様……。もしや、水神祭に参加予定でしょうか?」


「あ、メリッサは王都の調査をお願いします。恐らくあちらは、大変な状況になるでしょうから」


 メリッサの介入を先制でブロックする。何故か着いて来る予感がしたからだ。


 見ればメリッサは、絶望の表情を浮かべている。けど、ボクは気にしない。今回はメンバーの為だけで無く、ボク自身も楽しみたいからね。


 ……というのも、今回の目的地は、実は観光用のリゾート地なのだ。


 アトランティス諸島自体は、様々な島の集合体である。しかし、水神祭が行われるのは、その島の中の一つ、グローリー島。歴史ある島ではあるのだが、今は観光地として整備されている。島のイメージは、ハワイを考えて貰えば間違い無い。


「アレク様……。私も……」


「王都はレッド・ドラゴンに襲撃されるはずです。ボク達が帰ったら、被害状況の報告をお願いします」


 尚も粘ろうとするメリッサに、緩める事無く追撃する。しっかり止めを刺さないと、何を仕出かすかわからない。ボクは彼女の能力を、過小評価したりはしない。


「そ、そんな……」


「確かメリッサは、『白の叡智』の専属マネージャーでしたよね? これも大切なお仕事ですよ?」


 メリッサは、同情を誘う様に涙目となる。しかし、ボクは笑顔でスルー。彼女は肩を落とし、完全に沈黙した。


 ……よし、これでメリッサは何とかなった。


 後は旅行の準備だな。船の手配はギルに任せれば良いだろう。きっと、良い宿も見つけてくれるはず。


 それと、グローリー島と周辺の狩り場情報も集めておくか。こっちは、盗賊ギルドで情報持ってないかな?


「うん、楽しくなって来たぞ……」


 前の世界では、ボクは病弱で旅行をした事が無かった。この世界に生まれ変わってからも、ケトル村とヴォルクスしか知らないのだ。


 人生初の旅行という物に、ボクは興奮を感じていた。さあ、どんな楽しいイベントが待っているのだろうか?

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