第107話 アレク、講義を受ける
今日のボクは、単身でガウルの元を訪れている。転移の指輪を貰ったので、移動はとても助かる。ただし、死者の迷宮内でしか使えないので、船での渡航に三時間掛かるのはネックだけどね。
そして、今は高級そうな椅子に座り、ガウルとテーブル越しにと向かい合っている。ちなみに、場所はガウルの研究室。室内は調度品は古風な物が多いが、いずれも貴族が使いそうな高級品ばかりであった。
『そうか、例の魂は昇天したのか。残念だが仕方あるまい。スキルの研究は、また改めるとしよう……』
ガウルは言う程、残念そうに見えない。きっと、次の機会があると考えているのだろう。或いは、もっと別に、興味のある研究対象があるのだろう。
ガウルは木製のテーブルに肘を付く。そして、身を乗り出して、質問を投げ掛けて来る。
『そういえば、今日は聞きたい事があるのだったな? どういった質問かね? 話してみたまえ』
ガウルは相手の質問に対し、好印象を持つ傾向にある。ボクが質問をすると、嬉しそうにする事が多いのだ。彼は相手の質問から、様々な情報を読み取ろうとする。それも、彼が質問を好む理由の一つだろう。
しかし、一番の理由は、ガウルが論議を好む性格だからだ。彼は自身と同じレベルで、意見交換出来る相手を望んでいる。
そして、今のボクは、ギリギリ及第点といった所らしい。質問には寛容だが、ちょこちょこと指導が入る。視野が狭いとか、もっと先を考えろとか……。
どうも彼は、ボクを鍛えたいらしい。自分に相応しい議論相手に、仕立て上げたいみたいなんだよね……。
「えっと、質問はトゥルー・バイブルについてです。あの中身は、ボクが居た世界の文字でした。あれが何故、この世界に存在するのでしょうか?」
『なるほど、それは当然の疑問だな。……だが、アレクはどう考えているのかね?』
ガウルは試す様に、ボクへと質問を返す。ボクは予想していたので、用意していた回答を口にする。
「バイブルと付く以上は、神々が与えた物でしょうか? 何故、どういった経緯かは、見当も付かないですけど……」
すると、ガウルは満足そうに頷く。そして、彼の解説が始まる。
『まず、アレクは聖教会の聖書を知っているかね?』
「いえ、聖教会とは関わりが無かったもので……」
ペンドラゴン王国は、聖教会と仲が悪いらしい。その影響で、ケトル村にも、ヴォルクスにも教会が無いのだ。この国で、聖書の内容を知らない人は多いはず。
その為、ガウルも特に指導を行わない。試す質問も無く、説明を続けてくれる。
『簡単に言えば、光と生命の神、スルラン神を讃える本だな。そして、重要なのが、ジョブやスキルや魔法は、スルラン神が人々に与えたという部分だろう』
「え、そうなんですか……?」
その設定は、『ディスガルド戦記』には無かったはずだ。ジョブもスキルも魔法も、有るのが当然な始まり方だった。それが、この世界では違うのだろうか?
しかし、色々と考えるボクに対し、ガウルは呆れた口調で告げる。
『そんな訳が無いだろう。スルラン神が与えたなら、魔物がスキルや魔法を使うのは何故かね?』
「あ、確かにそうですね……」
ガウルは指導を行うか、悩む素振りを見せる。しかし、話を進める事を選んでくれたらしい。ボクはホッとして、ガウルの話に耳を傾ける。
『聖教会の聖書は、造られた紛い物だ。聖教会に都合良く書かれ、真実を隠す為に存在している』
「……それで、偽物の聖書に対して、トゥルー・バイブルこそが、本物という事ですか?」
名前の由来はそういう事か。世に知られる聖書が偽物とか、知ってる人はどれ程いるのだろうか?
しかし、ガウルは溜め息を吐く動作を見せる。どうやらまた、お小言を貰いそうだ……。
『結論を急ぐな。一つ一つ確認して行かねば、大事な真実を見落とす事になるぞ?』
「うっ……。申し訳ありません……」
ボクは素直に頭を下げる。ガウルは一つ頷くと、説明を再開する。
『そもそも、聖教会の聖書と、トゥルー・バイブルでは、存在する目的が違うのだよ』
「目的ですか……?」
聖書の目的って何だろう? 神の言葉を伝える事かな? 人類皆で愛し合いましょうみたいな?
『聖教会の聖書は、スルラン神の素晴らしさを広める為に有る。言い換えれば、聖教会の正当性を示し、信者を増やす為の道具とも言えるな』
「……そこにスルラン神の意思は、存在しているのでしょうか?」
『さて、どうだろうな? 良くて一部を含む程度ではないかな?』
なるほど。それは真の聖書とは呼べないな。事実を知る人が皮肉を込めて、トゥルー・バイブルという名前を着けたのかもしれない。
「では、トゥルー・バイブルの目的は? 聖教会の聖書とは、違う目的なのですよね?」
ボクの質問にガウルは頷く。そして、何も無い空間から、トゥルー・バイブルの写本を取り出す。
『トゥルー・バイブルの目的は、知識の保存だろうな。讃える言葉や、誰かの意思等は存在しない。ただ純粋に、ジョブ、魔法、スキルの知識が記載されているのみだ』
「知識の保存……」
ボクの知る聖書とはイメージが違うな。もっと、人類平等とか、平和について謳ってるイメージが有る。まあ、前の世界の聖書についても、特別に詳しい訳じゃないんだけど……。
『トゥルー・バイブルの著者は不明だ。どの様にして、人類に齎されたかも不明。……しかし、この世界の根幹を為す知識である以上、神が与えた知識には間違いが無いだろう。もっとも、それがどの神による物かは、調べる術も無いのだがね……』
「……ちなみに、オリジナルは、どこに保存されているのですか?」
ボクの質問に、ガウルの動きが止まる。そして、楽しそうに笑いを漏らす。
『くっくっく……。良い所に気付いたな……』
ガウルはパラパラと写本を捲って弄ぶ。そして、楽しそうに説明を行う。
『オリジナルの所在も、出所も不明なのだよ。そして、私が独自に研究した限りでは、それぞれの国、それも王家にのみ、写本が残されている』
王家にのみ? 何故、それをガウルが知っているのだろうか? まさか、各国の国庫に侵入したとかじゃないよね……?
『各国の写本は、九割方は同じ内容だった。しかし、一割程度のバラツキがあったのだよ。……私の予想では、わざと写本に差を付けている様に感じたな』
「わざと差を付ける? 何故、そう感じたんですか?」
手書きでコピーしたから、漏れや誤記は有りそうだけどね。わざわざ、写本に差を付ける理由が、いまいちピンと来ない……。
『その差が、各国の性質に直結している。ペンドラゴン王国には『剣豪』『
「言われてみれば、そうかもしれませんね……」
各国に専用職がある事は知っていた。しかし、それはその土地に合ったジョブとしか、考えた事が無かった。しかし、各国に保存された写本には、わざと差が付けられている。そう言われれば、何者かの意図を否定する事は難しい。
……それと、ガウルは先程、カーズ共和国って言わなかった? カーズ帝国の言い間違いかな?
『まあ、何の目的があって、差を付けたかは不明だ。それこそ、神のみぞ知るという奴だな……』
差を付けた理由か……。
『ディスガルド戦記』は攻城戦の存在するゲームだった。全ての国が同じ条件だと、どの国をホームにするか選びにくい。だから、色々な面で差を付けていたと思う。
習得出来るジョブや、そのジョブの育てやすさ、装備の整えやすさも差の一つ。そうやって、各国に微妙なバランス調整が行われていた。
そして、各国の特定のジョブが偏る事で、攻城戦に影響するのが……。
「各国で取れる戦略が異なる……」
『なに……?』
おっと、考え事が口から洩れてしまった。ボクは苦笑を浮かべ、ガウルに誤魔化そうとする。
しかし、ガウルはジッとボクを見つめていた。そして、纏う空気は、先程までと大きく異なっていた。
『それは、国家間の戦争の話をしているのか……?』
「あ、いや、そういう事も考えられるかな……と」
ボクは誤魔化す様に手を振る。ガウルから尋常では無い気配が漂っていたからだ。
しかし、ガウルはボクを気にせず、自分の思考に没頭し出す。
『その発想は、私には無い物だな……。だが、実にユニークな視点だ……。うむ、そう考えれば、辻褄が合う部分も多い……。知識を与えた神は、人々が争う事を望んでいる……?』
ガウルは完全に自分の世界に入ってしまう。ブツブツと独り言を繰り返していた。
放置されたボクは、どうした物かと途方に暮れる。すると、ガウルは不意にこちらへ視線を向ける。
『ああ、調べたい事が出来た。今日の所は帰ってくれるかね?』
「あ、はい……」
とりあえず、帰宅許可は貰えた。ボクはホッと息を吐き、転移の指輪に触れる。そして、迷宮の入口へと移動する。
他にも色々聞きたい事はあったけど、それはまた今度だな。それに、こちらも色々と収穫はあった。
……まあ、この知識がどう役立つかはわからないけど。
ボクは肩を竦めると、一人で岐路へ着く。迎えの船が来るまでの間、どうやって時間を潰そうかと考えながら……。
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