第106話 アレク、秘密を打ち明けられる

 クランメンバーへの説明も終わり、今日の所は解散という流れになった。しかし、アンナは話があるというので、今はボクの部屋へと招いている。


 ただ、何故か部屋にはギリーも付いて来た。何も話さないのが不気味だが、きっと彼も話したい事があるのだろう。


 ボクは部屋の作業机から、椅子を引っ張り出して座る。ギリーは壁にもたれ掛かり、アンナはベッドに腰掛けている。


 二人は何も話さないので、まずはボクから口を開く。


「三人だけって久々だね」


「うん、久しぶりだね……」


「メンバーも増えたからな……」


 確かに今のクランは、メアリーやシア達を入れて十四人。メリッサまで含めるなら、十五人もいる事になる。ヴォルクスに来て半年少々だが、あっという間に増えた物である……。


 そして、再び二人は沈黙する。ボクは苦笑して、ギリーに話を振る。


「アンナはともかく、ギリーは意外だね。ボクに何の話があるのかな?」


「うん……そうだな……」


 話を振られたギリーは、露骨に動揺を見せる。話したい事はあるみたいだが、何かを躊躇っている様子だった。


 ボクとアンナは見つめ合う。揃って首を捻ると、再びギリーへと視線を戻した。


 そして、しばらく待っていると、ようやくギリーの決心が着いたらしい。彼は恐る恐る、口を開いた。


「実は……オレは、ミーアの事が、ずっと好きだったんだ……」


「「え……?」」


 ボクとアンナの声がハモる。唐突なカミングアウトに、驚かされた為だ。


 勿論、驚いた理由は、知らなかったからでは無い。逆に、村の皆が知ってた事実だからである。正直、今更感が凄かった……。


「えっと……その……」


 これって、何て言えば良いんだ? 何と言おうが、彼を傷付ける未来しか見えない……。


 ボクが困って沈黙すると、彼は自嘲気味に笑みを浮かべる。


「ふっ、驚くのも無理は無い……。今まで隠していたからな……」


 これって、本当にどうすれば良いんだ? 掛ける言葉が見つからないんだけど……。


 ボクとギリーの間に、気まずい空気が流れる。しかし、そんな空気をアンナが壊す。


「うん、知ってた。むしろ、村の皆が知ってたけど?」


「アンナ……!?」


 余りにもアッサリと言い放つ。驚くボクに対して、アンナは不思議そうな顔を向ける。


 見ればギリーは、当然の様に固まっていた。しかし、ギシギシと顔を動かし、ボクへと顔を向ける。彼はゆっくりと、ボクへ質問する。


「それは……本当なのか……?」


「えっと……本当……だよ……?」


 ギリーの目が激しく泳ぐ。かなり動揺しているらしい。彼のこんな姿は、久々に見るな……。


 そして、ギリーは左手で目を覆う。そして、天井を仰いでボクへと尋ねる。


「それは……ミーアもか……?」


「それは……」


 恐らく、ミーアは気付いていなかった。そんな素振りはまったく無かった。見ていてギリーが可哀想な程に……。


 しかし、本当の所はわからない。ボクの憶測で、答えて良いのだろうか……?


 悩むボクだったが、やはりアンナが割って入る。


「うん、お姉ちゃんは、知ってたよ。ギリーが傷付くからって、口止めされたもん」


「え……? そうなの……?」


 アンナの発言に驚かされる。むしろ、ギリーよりボクの方が驚いた位だ。だって、ミーアの鈍感な態度は、演技だったって事になるからね……。


 そして、ボクが固まっていると、ギリーが乾いた笑い声を漏らす。


「ははっ……悩んでいたのがバカみたいだな……。ミーアが居なくなってから、気付くなんて……」


「ドンマイ。でも、それがギリーだよね」


 アンナはサムズアップで励ます。ボクが呆気に取られていると、ギリーは右手を下ろした。苦笑を浮かべたその表情は、思ったよりスッキリした物だった。


 ……というか、アンナの容赦が無いんだが。ギリーの扱いが酷過ぎない? これがミーアの影響だとは、思いたく無い所だけど……。


 ボクは頬を引き釣らせていると、ふとアンナの視線に気付く。彼女はジッとボクの顔を見つめていた。


 何だろうと不思議に思っていると、アンナは固い声でボクへ質問する。


「……お兄ちゃんは、お姉ちゃんとお別れしたんだよね?」


 その質問にハッとなる。アンナの表情は、これまで見た事が無い程に、真剣な物だったからだ。


「うん、そうだね……」


 今は冗談を言える空気では無い。ボクは真っ直ぐにアンナへ答えた。


「……お兄ちゃんは、新しい恋人を作るの?」


 アンナの目が不安に揺れている。今にも泣きそうな顔で、ボクへと質問をしていた。


 ……なるほど、そういう事か。


 ボクがミーアへの未練を断ち切った事で、アンナは不安になったのだ。ボクがアンナの事を、これまで通り妹として扱うのかどうかを。もしかしたら、自分の事を置いて行ってしまうのかもと。


 だから、ボクはアンナへ笑みを向ける。彼女を不安にさせない為に。


「心配しなくても大丈夫だよ。ボクは約束を守る。アンナが独り立ち出来るまで、アンナの事を守り続けるから」


「……本当に?」


 アンナはやや俯き、上目遣いにボクの事を伺っている。その不安そうな姿を見て、ボクはわざと大きく頷く。


「当然じゃないか。ボクがアンナに嘘をつくと思うかい?」


 ボクの返事に、アンナは考える素振りを見せる。そして、試す様にボクへ質問する。


「……私が成人するまで、本当に待ってくれるの?」


「アンナがそれを望むなら、ボクは成人するまで待つよ」


 出来るだけ、優しい口調でアンナに告げる。すると、彼女は微かに頬を緩める。少し声を高くして、更に質問を重ねる。


「他の女性がアプローチしても? 私の事を優先してくれるの?」


「勿論だよ。家族であるアンナを優先するに決まってるだろ?」


 ボクの言葉にアンナはパッと笑顔になる。彼女は嬉しそうに、更に質問を続ける。


「私が成人するまで恋人を作らないんだよね? それって、私が成人したら、恋人にしてくれるって事だよね?」


「うん、そうだよ。アンナが成人したら…………って、恋人!?」


 唐突に何を言い出すんだ!? アンナは七歳の子供だよ!? そんな光源氏計画なんて、考えた事も無いよ!


 ボクが茫然としていると、小さく舌打ちが聞こえて来た。ギョッとするが、アンナは不思議そうに、首を傾げていた。まるで何が起こったか、わからないと言うかの様に……。


 うん、舌打ちなんて、空耳だよね。まさか、アンナが舌打ちするなんて、そんな事があるはず無いよね……?


 ボクが混乱していると、アンナは困った表情でベッドを降りる。そして、側までやって来て、ボクの肩に手を添える。


「お兄ちゃんは、お姉ちゃんとお別れしたよね? それって、もう未練が無くなったって事でしょ?」


「うん、まあ……そういう事に……なるかな……?」


 これからも、ミーアを完全に忘れる事は無いだろう。だけど、ずっと引きずる事も無いと思う。確かに今なら、恋人を作る事に後ろめたさは感じ無いしね。


 そんな心が読まれたのかもしれない。アンナは肩を掴む手に力を込める。


「つまり、今のお兄ちゃんはフリーになったんだよ!? 周りの女が放っておくと思うの!?」


「え、えぇ……?」


 こんな勢いあるアンナは初めて見る。ボクが戸惑っていると、アンナは更に勢い付く。


「婚約も無しに、あと八年も耐えれる訳無いよ! お兄ちゃんは自覚しないとダメだよ! 自分の事を大切にするって、約束したでしょ!?」


 あれ……? ボクって、そんな約束したんだっけか……?


 自信が無くなってギリーに視線を送る。しかし、彼は慌てて首を振るだけ。助けてくれそうには無い。


 うん、まあ、知ってた。こういう時に、ギリーが活躍出来るはずが無いよね……。


 ボクが内心で苦笑を浮かべるていると、アンナはブツブツと独り言を呟く。どこかで見た事がある、警戒する様な目をして……。


「ロレーヌは手綱を握ってるから大丈夫か……。でも、リアとメアリーは、ちょっと怪しいよね……。後は、意外とアンリエッタも油断出来ないからな……」


 普段と違うアンナの様子に、何故かボクは不思議な気分となる。始めてみるアンナの姿なのだが、妙に既視感を感じるのである。何だか、とても懐かしい様な……。


「……ああ、そういう事か!」


 唐突に閃いて、ボクは声を上げる。その声に、ギリーとアンナがこちらに目を向ける。


 しかし、ボクは妙におかしくて、構わず笑い出してしまう。


「はははっ……! そりゃ、そうだよね……!」


「アレク……?」


「お兄ちゃん……?」


 ボクの態度に二人が驚く。目を丸くして、ボクの事を見つめていた。ただ、ボクにはそれすら何故か、笑いのツボにハマってしまう。


「あははははっ……!」


 先程のアンナの態度は、ミーアとミーアママにソックリだったのだ。彼女達もリリーさんや、他の女性の気配には、同じような反応を示していた。


 やはり、アンナはミーアの妹で間違いない。同じ母親の血を継いで、同じ行動まで受け継いでいるのだから。


「あはははっ……! ああ、アンナとの婚約も、悪くないかもね……!」


「えっ、本当に……!? 今のは嘘じゃないよね……!?」


「待て待て……!? それは冗談では済まないぞ……!?」


 慌てる二人の態度が、更にボクのツボに入る。ボクは腹を抱えて笑ってしまう。


「あはははっ……! ああ、お腹が痛い……!」


 こんなに笑ったのは、いつぶりになるだろう?


 少なくとも、ケトル村を出てからは覚えが無い。あの村では、当たり前の光景だったのにな……。


 やはり、ボクは知らない内に無理をしていたんだろうね。自分を型にはめて、皆にとっての理想であろうとして。そりゃあ、ミーアにも心配される訳だよね?


 だから、ボクは改めて思った。もっと、ありのままの自分で居ようと。こんな風に、当たり前に笑える自分であろうと。


 きっと、それがミーアを安心させる事になる。ボク自身の幸せにもなる。そして、きっと皆の幸せにも繋がると思うから……。


 ボクは新たな決意を胸にする。そんな感じで、三人だけの楽しい夜は過ぎて行く。懐かしくも、楽しい夜が……。




 なお、先程の冗談の代償として、ボクは三年間の交際禁止を約束させられた。アンナの許してくれる妥協点が、そこだった為である。そして、逆にそれ以上の長期間は、周りが納得してくれないだろうと言っていた。


 まあ、自業自得だから仕方ない。それに、当面はこの世界を楽しみたいしね。ボクにとっても、丁度良いインターバルだと思う事にした。

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