第105話 アレク、秘密を打ち明ける

 お風呂で汚れを落とし、服も綺麗な部屋着へと着替える。装備の手入れも必要だけど、それは明日で良いだろう。皆を待たせる訳にもいかないからね。


 ボクがリビングへ到着すると、そこには『白の叡智』のメンバーが揃っていた。


 ギリー、ドリー、グランもお風呂で汚れを落とし、着替えを済ませていた。今はメアリーが用意した軽食を口にしている。


 アンナ、ハティ、ルージュ、ロレーヌもソファーに並んで座っている。ロレーヌが気まずそうにしているが、それについては後で謝っておかないとな……。


 ハンスさん、リア、シア、カイルも顔を出している。彼等も『白の叡智』の仲間だからね。


 そして、扉の側にはギルとメアリーが控えている。そこはいつも通りだ。しかし、何故かメアリーの隣にはメリッサがいた。どこから沸いたか不明だが、今更なので放って置く事にしよう……。


 全員の視線がボクに向く。ボクは軽く頭を下げる。


「ありがとう。遅い時間に集まってくれて」


 一部のメンバーが軽く頷く。そして、全員が話の続きを待っていた。


「皆に集まって貰ったのは、ボクの秘密を聞いて貰う為だ。クランの皆には、知って貰うべきだと思ってね」


「お兄ちゃんの秘密……?」


 アンナが不思議そうに呟く。多くのメンバーは、同様の反応を示していた。


 ただ、ギリーだけは心配そうな顔をしている。話の内容を、ある程度察しているのだろう。


 ボクはギリーへ笑みを向ける。そして、全員に対して視線を送る。


「事前に話した通り、ボクは死霊術士ネクロマンサーのジョブを習得して来た。そして、それと同時に、『死者との交信』というユニーク・スキルが使える様になったんだ」


「ユニーク・スキル……?」


 先程と同じで、呟いたのはアンナだ。他のメンバーは、黙って耳を傾けていた。


 ボクはアンナへと頷きを返す。そして、全員に向けて説明を行う。


「そのスキルは、ボクが生まれた時から持っていた物だ。効果は死者の訴えを察知するもの。ただ、死霊術士ネクロマンサーを習得しないと、何の効果も無いスキルなんだけどね」


「……ユニーク・スキルって、皆持ってる物なの?」


 アンナが首を傾げる。そして、アンナが視線を這わせると、全員が首を横に振った。


「恐らく、ボクが転生者だからだろうね。ボクは異世界からの生まれ変わりなんだ。そして、生前の記憶も残っているんだよね」


「異世界……?」


 アンナは理解が出来ず、難しい顔をする。しかし、それはアンナだけでは無い。この部屋の皆が、同じ様な顔をしていた。


「まあ、理解しずらいよね。この世界より遥かに発達した文明を持ち、辿り着けない程に遠い世界。……そう考えれば良いかな?」


「うん、多分、わかった……と思う……」


 あ、これは、わからない事がわかったって奴だ。


 ……まあ、皆の様子を見ても、似たような物だ。無理に理解しなくても良いだろう。


「まあ、話の本筋はそこじゃ無いんだ。……そうだね。直接、見て貰う方が早いかな?」


 ユニーク・スキルはともかく、ガウルの説明が難しいんだよな。危険な存在には違い無いし、少なくとも領主に知られるのは不味いのだ。


 下手に討伐部隊を出されでもしたら、街は甚大な被害を被る事になる。そうならない為にも、ガウルの存在は隠しておきたい。


 まあ、そういった理由もあって、ボクは説明を割愛する事にした。そして、サクッと行動に移す。


召喚サモンレイス」


 ボクはゴースト系中位のレイスを召喚する。その姿に、ハティとルージュは焦った様子を見せる。今は武器も無いので、いざという時を考えたのだろう。


 しかし、大半のメンバーは落ち着いていた。ギルとロレーヌは、それぞれ感想を口にしている。


「ふむ、これが死霊術という物ですか。死霊すら従えるとは、流石はアレク様ですね」


「へえ、ゴーストだけど人っぽいね。顔も何だか可愛い感じだし」


 一部メンバーは警戒するが、大半のメンバーは興味深そうにしている。ボクの信頼もあって、襲われる心配をしていないのだろう。


 しかし、二人だけ、反応の違うメンバーがいた。


「まさか、ミーアちゃん……?」


「お姉……ちゃん……?」


 驚いているのは、ハンスさんとアンナだ。二人は顔を見て、ミーアの事がわかったらしい。


「ミーアの魂は、ずっとボクの側に居たんだ。ユニーク・スキルのお陰で、その事に気付けたんだ……」


 ミーアの姿を見て、アンナが前に進み出る。その手を伸ばすが、当然ながら触れる事は出来ない。今の彼女は、実体の無いゴーストなのだから。


 ちなみに、レイスを選択したのは、ミーアの姿が再現可能だからだ。スケルトン系は論外。ゴースト系も下位のゴーストは姿が曖昧、上位のリッチはミイラの様な顔になってしまった。


 なお、今のボクは死霊術士ネクロマンサーLv18となっている。そして、Lv20になるとヴァンパイアが召喚可能になる。そこがボク達の当面の目標だった。触れる事が出来て、ミーアの姿を再現可能かもしれない為だ。


 まあ、意志が示せる可能性は、ユニーク・スキル次第だったのだが……。


「ごめんなさい、お姉ちゃん……。私のせいで、ごめんなさい……」


 ミーアの姿を見て、アンナが涙をポロポロと流す。しかし、ミーアの瞳は彼女を見ていない。彼女の悲しげな眼差しは、常にボクへと向けられていた。


 そして、見かねたロレーヌが、アンナの元に駆け寄る。彼女は背中から優しく抱き締め、涙ながらに声を掛ける。


「アンナちゃんのせいじゃない……。アンナちゃんは悪く無いよ……」


 アンナはロレーヌの腕を掴む。ミーアに視線を向け、悲しみから耐える為に、彼女の腕を掴んでいた。


 ……いつの間にか、二人は仲良くなっていたんだな。場違いかもしれないけど、ボクはその事を嬉しくて感じていた。


「ミーアの姿が見えるって事は、何かの訴えがあるはずなんだ。ボクはそれを知りたくて、周りが見えなくなってしまった。ただ、スキルが成長すれば、ミーアの考えがわかるはずなんだ」


 説明を聞いて、皆が俯いてしまう。ボクの気持ちを察しての事だろう。


 しかし、アンナだけは様子が違った。首を横に振り、ボクの事を睨んでいた。


「そんなの……必要無いよ……」


「え……?」


 必要無い? 何の事を言ってるんだろう?


 ボクが首を傾げると、アンナはムッとする。そして、怒った様に叫び出した。


「スキルなんて必要無い! お姉ちゃんの気持ちなら解るもん! だって、私はお姉ちゃんの妹なんだよ!?」


「ミーアの……気持ちが……?」


 ボクは呆然となる。ボクはそれを知る為に、ずっと限界近いレベル上げを続けていた。それによって、アンナやクランの皆に心配を掛けてしまった。


 ……それなのに、それが不要だったと言うのか?


「お姉ちゃんは、お兄ちゃんの心配をしてるのっ! いつも一人で抱え込んで、無茶をしてっ! お姉ちゃんが、心配しないはずが無いでしょ!」


「ボクの、心配……?」


 そして、想定外の事象が起こる。ミーアの視線が、アンナに向いたのだ。これまで何をしても、じっとボクを見つめるだけの彼女が……。


「お姉ちゃんにとって、一番はいつもお兄ちゃんだったんだよっ!? そんなの、死んだって変わる訳が無いでしょ! お兄ちゃんは、もっと自分を大切にしてよっ!」


「そういう……事なのか……?」


 ミーアがアンナを見つめている。それは、アンナの言葉が正しいからだ。そうで無ければ、ミーアが反応するとは思えない。


 ボクの知りたかった答えは、こんな近くにあったのか……?


「ボクの事が心配だったんだね……? ボクが無茶をしているから……」


 ボクはミーアへ問いかける。すると、彼女はこちらに振り向いた。何も答えてはくれないが、その目の悲しみは、薄れている様に感じる。


「そうなんだね……。だったら、ボクは約束するよ……。もう、無茶はしないって……。ミーアの心配する事はしないって……!」


 ボクの瞳からは、勝手に涙が溢れ出す。袖で拭うけど、涙が止まる気配は無い。


 だからボクは、無理やりに笑みを浮かべる。ミーアが心配せずに済む様に。


「だから……心配しなくて良いんだよ……? もう……ボクは大丈夫だから……」


 持てる愛情の全てを込める。ボクの言葉が届く様に。ボクの気持ちが伝わる様に……。


 そして、その変化が起こる。見間違いかと思う程の、一瞬の出来事だったけど。


『…………』


「……っ!?」


 ミーアは確かに微笑んだ。それは口元が微かに動くだけの、小さな変化だったけど。


 そして、彼女の姿は、すっと消えてしまう。そこに存在していたのが、まるで幻だったかの様に……。


「う……うぅ……」


 ミーアは安心してくれたんだと思う。だから姿を消したのだ。思い残す事が無くなって、ようやく逝く事が出来たのだ。


「うぅ……ミーア……」


 ボクの口から謝罪の言葉が出そうになる。だけど、それは何とか思い留まる。


 この場に相応しいのは謝罪じゃない。ミーアが喜ぶ言葉は、そんな物じゃ無いはずだ。


「今まで、ありがとう……! ボクは前へ進むよ……! ミーアの分まで……!」


 ミーアの居た場所に向けて叫ぶ。当然、返事は返って来ない。


 だけど、きっと言葉は届いたはずだ。そう思うと、ボクの心はとても軽くなって行く。


「ありがとう……そして、さようなら……」


 ミーアへと別れの言葉を送る。そして、ボクの心が理解する。ボクにはこの言葉こそが必要だったのだと。


 ボクは自分の道を歩まなければならない。誰かの為でも、贖罪の為でも無い。ボクの為の人生をだ。


 ボクはようやく、本当の意味で、前へと進み出したのだった……。

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