第102話 伝わらない思い

 いつからなのか、ボクの側にミーアが立っていた。ボクの彼女であり、守る事が出来なかった、最愛の相手だ。


「ミーア……?」


 ボクはミーアへと手を伸ばす。しかし、その手が彼女に触れる事は無かった。何故なら、彼女の姿は半透明な、幽霊の様な状態だったからだ。


 しかし、ミーアは意思の無いゴースト等では無い。その目を見ればわかる。彼女の目は、ボクを捉えていた。哀しみを湛えた瞳で、ボクに何かを訴えていた。


「ミーア……ミーアなんだよね……?」


 ボクはミーアへと問い掛ける。しかし、彼女は反応を示さない。ただ、静かにボクを見つめるだけだ。


「ねえ、ミーア……。何か伝えたい事があるんだよね……?」


 ボクは再び問い掛ける。だが、同じく彼女は反応しない。何かを訴える様に、ボクを見つめるだけである。


「ミーア……お願いだから、声を聞かせてよ……。怒りでも良い……罵りでも良いんだ……! 何でも良いから、ボクに声を聞かせてよ……!!」


「アレク……!?」


 ギリーが慌てた様子で駆けつける。そして、ボクの両肩を掴んで問い掛けて来た。


「落ち着け……! 何があった……!?」


「ギリー! そこにミーアがいるんだ! ミーアがボクに、何かを訴えているんだよ! だけど、彼女は何も話してくれない! 何を伝えたいか、ボクにはわからないんだ!」


 ボクは彼女に触れようと手を伸ばす。しかし、結果は変わらない。すぐ側にいるのに届かない。気付けばボクの瞳からは、止めどない涙が溢れていた。


 ギリーはボクの動きを見つめていた。その動きだけで、状況を理解したらしい。落ち着いた口調で、ボクへと問い掛ける。


「アレクには、ミーアが見えるんだな……?」


「うん……うん……」


 ボクは涙を流してただ頷く。ギリーはその様子に、じっと何かを考え出す。


 そして、そんなギリーに代わり、ガウルが口を開く。彼は空気も読まず、ボクへと尋ねる。


『ふむ、実に興味深いな。ちなみに、その魂は召喚が可能そうかね?』


「ミーアを……召喚……?」


 ガウルの質問が理解出来なかった。彼女は魔物でも無ければ、精霊でも無い。それをどうやって召喚するというのか?


 しかし、ガウルは呆れた口調で、ボクへと告げる。


死霊術士ネクロマンサーを習得したのだろう? ならば、その魂をアンデッドとして、召喚する事が可能ではないかね?』


「ミーアを……アンデッドに……?」


 その考えに、ボクは激しい嫌悪感を抱く。内心では、どす黒い感情が渦巻いていた。


 確かに今のボクは、スケルトンなら召喚可能だ。しかし、最愛の人が、スケルトンとなる事を望むと思っているのか?


 しかし、激しく憤るボクに、ガウルは悪魔の囁きを行う。


『その声を、聞きたいのだろう……?』


「ミーアの……声を……?」


その口調は、ゆっくりとした物だった。子供に言い聞かせる様な、優しい口調だった。


『その訴えを、知りたいのだろう……?』


「ミーアの……訴えを……」


 その囁きは、抗い難い物だった。ミーアの声が聞ける。彼女の訴えがわかる。それは恐ろしい程に、魅力的な提案だった。


『死霊術とは、その為の術ではないのかね……?』


 そう、それが禁忌を犯す行為だと理解している。それでも、ボクには抗う事が出来そうになかった……。


「やって、みます……」


「アレク……」


 ギリーは複雑そうな表情で呟く。ミーアのアンデッド召喚には、彼も賛成出来ないのだろう。


 しかし、ギリーはボクを止めはしなかった。肩を掴む手を離し、一歩下がってみせる。後の判断は、ボクに任せるという事だ。


 ボクは改めてミーアを見つめる。彼女はただ、静かに見つめ返していた。そこには、賛成も、反対の意思も無い。


 ――だから、ボクは行動に移した。


召喚サモンスケルトン」


 ミーアの足元に死霊術の術式が展開される。そして、あっという間に、彼女の姿は人形の霊体から、人骨へと変貌を遂げて行く。


『ほう、一体だけかね……!?』


 ガウルから歓喜の声が上がる。本来のスケルトン召喚なら、同時に五体が出現する。今回はその違いに、彼の好奇心が刺激されたのだろう。


 しかし、ボクはガウルを無視する。今のボクには、彼に構うだけの余裕が無かった。


「ミーア! ボクがわかる!? わかるなら声を聞かせて! ミーアの意思を示して!」


『…………』


 呼び掛けるボクに、ミーアは反応しない。ただ、何の意思も無く、棒立ちとなっているだけである。


「くっ……!」


 そんな姿を見ていられず、ボクはすぐに術を解除する。すると骨の体は瓦解する。ミーアは、元の半透明な霊体へと戻った。


「駄目、か……」


 期待を裏切られ、ボクはその場で項垂れる。しかし、ガウルは気にせず、自らの考察を述べ始めた。


『ふむ、死霊術の束縛からは逃れられんか。まあ、術者に従う様に、意思を縛る術式だから仕方が無いだろう。こちらは、私の方で術式を解読し、対策を考えてみよう』


 ガウルの独り言を、ボクは上の空で聞き流す。しかし、彼はそんなボクに構わず、再びボクへと質問を投げかける。


『ちなみに、アレクのユニーク・スキルを使って、死者と会話する術は無いのかね?』


 ガウルの質問に、ボクは顔を上げる。そして、先程のスキル説明を思い出す。確か説明内容によれば……。


「レベルが上がれば……或いは……」


『ほう……。試してみる価値はありそうだな……』


 ガウルは実に楽しそうだ。恐らくは、新しい実験教材を手にした気分なのだろ。


 しかし、ボクは内心で、ガウルの言葉に同意していた。試してみる価値は有る。ミーアとの会話は、まだ可能性が残っているのだから。


 ボクはガウルに視線を向ける。彼はこちらの様子を伺っているが、ボクの行動を予想している事だろう。


「実験を……手伝って頂けますね?」


『無論だ。実に有意義な時間となりそうだな』


 ガウルはこちらへ手を差し伸べる。ボクはその手を、迷わず握りしめた。


 ガウルからしたら、ミーアは実験動物程度の考えだろう。彼にはミーアや、他人への関心が無いのだから。


しかし、ボクはそれでも構わなかった。ガウルの持つ知識や経験は、ボクを遥かに凌駕するだろう。それが得られるなら、多少の事には目を瞑れる。


「まったく……」


 ボクとガウルが見つめ合っていると、ギリーが小さく呟いた。その口調は呆れを含んでいたが、瞳には理解の色が浮かんでいる。


「仕方が無い……。オレも付き合おう……」


「ギリー……」


 ギリーはいつでもボクに付き合ってくれる。ボクが助けが欲しい時に、いつでも側にいてくれるのだ。ボクはそんな兄弟に対し、改めて感謝の気持ちを持つ。


「おっと、オレ達も付き合うからな!」


「ミーアの為だ! しゃあなしだな!」


 ドリーとグランも、笑みを浮かべて歩み寄って来る。そして、ボクの前に立つと、それぞれ左右の方を軽く叩く。


「ありがとう……。頼りにさせて貰うよ……」


 ボクの言葉に、二人はニッと笑う。彼等にもミーアとの思い出が有る。楽しかった、あの日の思い出が。きっと、最後まで付き合ってくれる事だろう。


 そして、ボクは再びミーアへと視線を向ける。彼女は変わらず、静かに佇んでいた。悲しみを感じさせる瞳で、ボクの事を見つめながら……。


「ミーア……。もう少し待っていてね……。すぐ、君の訴えを聞ける様にするから……」


 ボクはミーアへと誓う。彼女の意思を知る為、ボクの全力で事に当たる事を。


 そして、ボク達は死霊術士ネクロマンサーのレベル上げを開始した。ミーアの訴えを確かめる為に。

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