第99話 アレク、対話を試みる

 ロード・オブ・デス。そのアンデッドは、最上位のレイドボスである。死霊術士ネクロマンサーのエクストラ・スキル取得の素材集めに、何度も倒さなくてはならない相手だ。


 そして、エクストラ・スキル取得は、『ディスガルド戦記』のエンドコンテンツとして扱われていた。メイン・サブの職を、いずれも上級職でLv50を達成しているのは前提条件。その上で、最上級クラスの装備を揃え、五人以上でパーティーを組む必要がある。


 しかし、それも最低限の準備である。安定して素材集めを行うには、二組以上のパーティーによる、レイドバトルが推奨されているからだ。


 そんな相手が、ボクの目の前に存在していた。どう考えても、今のボク達が戦える相手では無い……。


『くっくっく……。さあ、貴様等の実力を見せてみよ……!』


 彼は両手を広げて叫ぶ。隙だらけに見えるが、迂闊に攻撃する訳にはいかない。何故なら、ギリーの攻撃ですら、大したダメージは与えられない相手なのだから……。


「くっ……」


 ボクは肩から下げた、マジック・バッグに目を向ける。この中には人数分の『帰還のスクロール』が収められている。隙を突いて使用できれば、クランハウスへと転移可能なのだが……。


『そうそう、予め言っておくが、逃げられるとは思わない事だ。既にこの場は、私の支配下に置かせて貰った』


「まさか、転移を……?」


 この場を支配下に置く。それはつまり、転移禁止のボスフィールドを展開したという事だろう。


 確かにレイドボスとの戦闘は、転移禁止が基本である。相手を倒すか、パーティーが全滅するまで、エリアから出られなくなる。


 しかし、その効果はマップに適応される物と考えていた。その辺りは、『ディスガルド戦記』とは違うという事か……?


『ふむ、意味を理解している様だな……』


 彼は興味深そうにボクを見つめる。そして、何かを思い付いたらしく、新たな行動を起こす。


『では、これは理解出来るかな……?』


「何をする気だ……?」


 彼は手にした杖を掲げる。そして、そのスキルを発動させた。


『カース・フィールド』


「馬鹿な……!?」


 カース・フィールドとは、マップ全体を回復禁止にするスキル。一部の悪魔が利用し、プレイヤーなら奈落童子スポーンが覚える。


 しかし、決してロード・オブ・デスが使うスキルでは無い。ロード・オブ・デスが使うのは死霊術と黒魔術であり、呪術を使う設定では無かったはずなのだ。


『はははっ! これも、理解出来ているのか! では、次はどうかな?』


 彼は楽しそうに笑う。そして、手にした杖を、軽く振るう。


『トリプル・マジック、召喚サモンアーク・デーモン』


「トリプル……いや、アーク・デーモン……」


 呆然とするボクを他所に、その魔法は発動される。現れたのは三体の悪魔。ヤギの頭と蝙蝠の羽を持ち、手には三又の黒い槍を持っていた。


 アーク・デーモンは、上級の悪魔である。その召喚となると、悪魔術士デビル・サマナーでも高いレベルが要求される。何せLv40でようやく覚えられる魔法なのだから。


 そして、トリプル・マジックを利用したのも意味がわからない。あれは、魔導士ウィザードだけが覚える事の出来る魔法である。それを使用する魔物モンスターは存在しないはずだ。


 また、先程の魔法は即時発動していた。トリプル・マジックも、召喚サモンアーク・デーモンも、本来はキャストタイムが存在する。何故かそれを無視し、効果を発動させていたのだ。


「何が……どうなっている……?」


 彼は軽く手を振る。すると、アーク・デーモン達は後ろへ下がった。そして、扉を守る様に整列する。どうやら、出口も抑えられたらしい……。


『面白い物が見れただろう? さて、そちらは何を見せてくれるのかね?』


 彼の目はボクを捉えていた。そして、何が出るのか、楽しそうに待っていた。今見せた以上の何かを、見せてみろと期待して。


「……その前に、質問をしても良いですか?」


『この状況で質問かね? ……面白い、話してみたまえ』


 よし、話しに乗って来た。何とか対話によって、戦闘が回避出来るかもしれない。


 戦闘では決して勝てない相手なのだ。生き残るには、何とか対話で突破口を見つけなければ……。


「我々を生かしているのは、好奇心を満たす為ですよね?」


『ふむ、その通りだな』


 彼はあっさり肯定する。つまり、期待に応えられなければ、いつでも殺すつもりであること。そして、それだけの実力差がある事を理解しているという事だ。


「そして、あなたの好奇心は、魔法に向けられていますね?」


『ほう……。何故そう思ったのかね?』


 彼は明るい声で質問する。その声色から、ほぼ肯定していると考えて良いだろう。


 ボクは機嫌を損ねない様に、慎重に言葉を選んで行く。


「先程披露して頂いたのは、呪術師系と黒魔術師系の上級職が利用する魔法とスキルです。あなたの種族を考えると、死霊術士ネクロマンサーは極めているでしょう。その上で習得したとなると、魔法を中心に能力を獲得していると考えられます……」


『ふむ、良い洞察力だ。君はそこから、何を導き出す?』


 彼はボクへと問い掛ける。その口調は、まるで学校の教師の様だ。もっとも、下手に間違えると生徒を殺す、物騒な教師ではあるが……。


「あなたは通常のアンデッドでは無い。生前の意思と知識を持っているのでは?」


『ではそれを、どうやって成したと考える?』


 通常のアンデッドは自然発生する存在だ。これまで戦ったアンデッドで、意思やゲーム以上の能力を持った存在は居なかった。眼前の相手の様に、問答を行う事も無かった。


 つまり、相手は特殊な存在だという事である。この世界でも、ゲームの世界でも存在しなかった、ユニークな魔物だという事である。


「……あなたは、転生者なのでは?」


 ボク以外の転生者については、常にその存在を気にしていた。悪魔術士デビル・サマナーのゼロは違ったみたいだが、それは他の転生者が居ないという事にはならない。


 魔物への転生。それも、十分に考えられる可能性である。そして、最も警戒しないといけない可能性でもある。


『ふ……はははははっ……!』


 彼は盛大に笑い声を上げる。その声はとても楽しそうであった。そして、カツカツと手を打ち鳴らす。


『素晴らしい……実に素晴らしい想像力だ! 良くその若さで、そこまでに至った物だな!』


 どうやら、褒められているらしい。そして、あのカツカツという音は、彼の拍手だったらしい……。


 彼は打ち鳴らした手を止める。そして、身を乗り出して、こちらへと訪ねて来る。


『その知識、その教養は、自然に身に付く物では無い。君は誰から教育を受けたのかね?』


 何となくだが、相手の口調が柔らかくなった気がする。どうやら、今の所は好印象を与える事が出来ているらしい。


 だが、まだ生存を許された訳では無い。最後まで、気を引き締めて掛からないとな。


「賢者ゲイルの名はご存知ですか?」


『……ふむ、心当たりは有るな』


 流石は爺ちゃんだ。こんな相手にまで、名前が知れ渡っているらしい。


 ボクは自分の胸に手を当て、相手に向かって堂々と告げた。


「ボクの祖父は、賢者ゲイルです。そして、ボクに教育してくれたのも祖父になります」


 爺ちゃんの名には、これまで何度も助けられた。今回も同じ様に、助けられると考えていた。


 ……しかし、相手の反応は、ボクの想定とは違った。


『……つまらん嘘だな』


「え……?」


 何故か、相手の声には怒気が込もっていた。一歩踏み出し、髑髏の杖で地面を叩く。


「……っ!?」


 それだけで、強烈な圧力がボクの身を包む。ボクは震えそうな体を必死に抑え、相手の出方を窺う。


『私の事を、舐めているのか……?』


 どうやらボクは、何かを間違えたらしい。ロード・オブ・デスは、ボクの元へと歩みを進める。そして、ボクの胸ぐらを掴む。


 彼は怒りを込め、ボクへと衝撃の事実を伝えた……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る