第98話 アレク、死者の迷宮へ挑む

 ヴォルクスから少し離れた場所に、『忘れられた島』という島が存在する。外からは、多少大き目の無人島にしか見えない。しかし、その中央には小さな亀裂が存在し、そこが『死者の迷宮』へと繋がっているのだ。


 ゲーム設定では、闇の神スレインを祀る地下神殿となっている。しかし、この国でスレインは邪神に近い扱い。それを崇める信者も、当然ながら邪教徒同然に扱われる事となる。


 過去にこの島では、そんな邪教徒達が密かに暮らしていた。しかし、今はその子孫も途絶え、完全な無人島となっている。故にこの島は『忘れられた島』という名称なのだ。


「しかし、今回は知名度に助けられたな……」


 この島へ渡るに当たって、船を出して貰うのが一苦労だった。ヴォルクスの船乗り達が、船を出すのを嫌がった為である。


 理由を聞けば、アンデッドが良く目撃される為。船乗りの間では不吉な島として、皆が近寄らない場所となっていたのだ。


 しかし、今回は『白の叡智』の為として、一人の船長が協力を申し出てくれた。ボク達のファンである為、困っているなら力になりたいと言ってくれたのである。


 きっと、天竜祭の前に交渉していたら、渡航時点で断念という事も起こり得ただろう……。


「んで、ここが迷宮になってんの?」


「ヤベェ気配が、プンプンしてんな」


 ドリーとグランは、裂け目を除いて目を輝かせる。二人は何故、ヤバい雰囲気で嬉しそうなのだろうか……?


 ボクは隣のギリーに視線を送る。彼がこちらに注目しているのを確認し、メンバー全員への説明を始めた。


「この中は、かなり広い迷宮です。螺旋状に下へと下って行き、最下層が祭壇という構造になってます」


「「ふむふむ」」


 今の所は、ドリーとグランも大人しく話しを聞いている。ホッとしながら、ボクは説明を続ける。


「そして、出現する魔物は、中級と上級のアンデッドです。名前を挙げると、リッチ、デュラハン、レイス、スケルトン・ドラゴンです。生息数が多いのも、今上げた順番通りですね」


「スケルトン・ドラゴンはマジ堅いんだよな……」


「デュラハンも、スキルがマジ厄介だったべ……」


 二人は嫌そうに顔を歪める。デュラハンとスケルトン・ドラゴンは、どうしても倒すのに時間が掛かってしまうからね。相手をしたくない気持ちは良くわかるよ。


 とはいえ、二人が魔物の能力を把握しているのは良い事だ。リッチやレイスも厄介だが、このパーティーの殲滅力なら瞬殺可能。二人なら倒す順番も、キッチリ考慮してくれる事だろう。


 そして、チラリとギリーの様子も伺う。彼の手には銀の弓が握られたいた。天竜祭で入手したミスリルボウである。聖属性が付与されるので、このダンジョンでも活躍してくれる事だろう。


「祭壇への道は、髑髏のマークを目印に進めば良い。迷わず進めば、日帰りで攻略可能だと思うよ」


「泊まりにならねぇのはマジ助かるな」


「アンデッドと寝る趣味はねぇからな」


 ドリーとグランはいつもの調子でドッと笑う。まあ、先程話した魔物なら、この二人でも何とか出来そうだしね。


 しかし、本番は祭壇での転職イベントだ。そちらの説明もしておかないとな。


「ちなみに、今日の目的は『死者の書』を見つけること。場所は一番奥の祭壇で、エルダー・リッチが守ってるはずだよ」


「ゲッ、マジかよ……」


「マジでヤベェな……」


 その名を聞いて、二人の悪ノリが収まる。エルダー・リッチは、それ程までに強力な相手という事だ。


 そもそも、リッチ自体が高位の魔物なのだ。死んだ魔術師が復活したアンデッドであり、当然の様に攻撃魔法を使って来る。しかも、ゴースト系で物理攻撃は効かない。魔法耐性も有るので、状態異常も通用しない。


 その上で、エルダー・リッチは、リッチの上位種である。リッチを取り巻きとして召喚し、自身の攻撃魔法も高威力な物ばかり。更にはボスなので、かなりの体力を有している。


 ……正直、このパーティーで無ければ、かなり厳しい相手だと思う。


 聖騎士のグランは、アンデッドに対するボーナス補正で高い耐久力を誇る。ギリーはミスリルボウにより、聖属性の物理ダメージを与える事が出来る。この二人が居るからこそ、この人数で攻略可能となるのだ。


 まあ、一部の上級職に共通するけど、理不尽な転職イベントだと思う。何せ鍛えて上級職が揃わないと、攻略不可能なイベントなのだから……。


「さて、先に進まないと始まらないね。それじゃあ、指示出しはするんで、サクサク進んで下さい」


「おっけ! まあ、何とかなるっしょ!」


「おっけ! アレクなら大丈夫っしょ!」


 ドリーとグランは、再び軽い空気を漂わせる。そして、洞窟の奥へと進んで行った。


 二人のこの緊張感の無さは、ある意味で長所なのかもしれないな。どんな状況でもパフォーマンスを発揮してくれそうだからね。


 ボクとギリーは互いに顔を見合わせる。そして、肩を竦めて二人の後を追った。




 初めこそ手間取った物の、迷宮の攻略は順調に進んだ。途中からは四人の連携が上手くハマり、効率よくパーティーが回る様になった為だ。


 お陰で大きな問題も無く、最下層まで進む事が出来た。正直、このダンジョンをこの効率で狩れるなら、地下墳墓より経験値を稼げる気がする。


「じゃあ、開けますか!」


「じゃあ、始めますか!」


 ドリーとグランは巨大な扉に手を掛ける。ここが祭壇の間への入り口である。今日の目的の『死者の書』まで、残すはエルダー・リッチ討伐だけとなっていた。


 開かれた扉の先には、広い空間が広がっていた。戦闘を行うのに十分なスペースが確保されている。


 そして、一番奥には目的の品を確認する事が出来る。一段高くなった祭壇と、そこに祀られた一冊の本である。


「……では、進みますよ」


 ドリーとグランを先頭に、ボクとギリーも祭壇の間へと踏み込んで行く。


 今の所は魔物の姿が見えない。しかし、イベント発生までもう少しだ。祭壇の手前まで進むと、ボクの想定通りのイベントが発生する。


『フハハハハ! 愚かな人間が、こんな場所へ迷い込んで来たか!』


 ボク達の間に緊張が走る。そして、祭壇に注目していると、そこに一体のアンデッドが出現した。


 半透明な灰色の体。恰好はローブとフードを纏った様に見える。そして、その手には豪華な飾りの付いた杖を持ち、頭には色褪せたサークレットを乗せている。


 相手の名前はエルダー・リッチ。そいつは血の様に赤い目で、ボク達を捉えていた。


『我らが神への生贄としてやろう!』


 エルダー・リッチは手にした杖を振る。それだけで、周囲に五体のリッチが出現した。まずは、リッチ達が、こちらに向かって襲い掛かって来る。


「グランはエルダー・リッチ! ドリーは取り巻き! ギリーは取り巻き二体減らして、エルダー・リッチ!」


「「「了解……!!」」」


 短い指示に対し、三人は迅速に行動に移る。ドリーが一体のリッチに斬りかかり、ギリーがその近くのリッチを吹き取ばす。そして、出来た隙間を縫う様に、グランがエルダー・リッチへと駆けて行く。


 幸いな事に、リッチ達はグランを追ったりしなかった。一番近くにいる、ドリーに攻撃を集中させていた。


「ヤッベ……! マジきついわ……!」


「しばらく持ち堪えて!」


 三体まで減れば、ドリーでも十分に対応可能となる。ギリーの攻撃能力なら、さほど時間は掛けずに倒してくれるはずだ。


 そして、グランもエルダー・リッチに張り付く。杖による攻撃は大した威力では無いが、魔法攻撃だけは脅威だ。最もグランなら、自己ヒールで当面は持ち堪えるだろうけど。


「マジック・バリア!」


 そして、ボクはと言うと、ひたすらにマジック・バリアを張っていた。二人の前衛にこれを付与する事で、前衛の戦闘を楽にしている。リッチとエルダー・リッチで怖いのは、魔法攻撃の威力だけだからね。


「よし! 二体目が沈んだべ!」


「ギリー! こっちもヘルプ!」


 戦闘が始まってしばらくは、ドリーもグランも冷や冷やする場面があった。しかし、二体のリッチが沈むと、状況に余裕が生まれる。ボクはヒールを掛けて一息付く。


「ふう、安定したな……」


 ギリーの攻撃はエルダー・リッチへと向かっている。グランの攻撃も有るし、それ程時間を掛けずに倒せる事だろう。


 ドリーの方も余裕がある。三体のリッチの攻撃を捌きつつ、魔法攻撃にはボクのヒールで対応する。


『おぉぉ……。我が神よ……申し訳ありません……』


 そして、十分少々の時間で戦闘が終わる。終わってみれば、呆気ない勝利だった。


「いや~、結構ヤバかったな!」


「いや~、まだ行けるっしょ!」


 二人はニッと笑い、互いに拳を合わせる。そして、早速エルダー・リッチのドロップを漁り出していた。


 それにしても、この二人は本当に元気だな。それなりの激戦だったのに、まだまだ余裕がありそうだ。ハティ達なら、完全にダウンしてただろう……。


「アレク、目的の品は……?」


「ああ、そうだった……」


 ギリーに促され、ボクは祭壇へと向かう。目的の『死者の書』は、すぐ目前にあった。


 しかし、ボクはすぐに足を止める。唐突に不思議な音が聞こえて来たからだ。


 カツカツカツカツ……。


 その音は、硬い物質がぶつかり合い音だった。金属の様に甲高い音では無い。木材の様な乾いた音が、一定のリズムで打ち鳴らされていた。


「何だ……?」


 ボクが警戒していると、その音が鳴り止む。代わりに、背後から別の音が聞こえて来た。


 カツン、カツン、カツン……。


 ボク達は一斉に振り返る。その音は、扉の外から聞こえていた。そして、その音が足音であったと、すぐに理解する事になる。


『中々に見事な戦いであった。十分に楽しませて貰ったぞ』


「何だ……ありゃ……?」


「マジか……ヤベェ……」


 その姿を見て、ドリーとグランが声を漏らす。流石の二人も、戦意を喪失していた。


『ふむ、後衛の二人は若いな。何か秘密がありそうだ……』


「アレも……アンデッドなのか……?」


 ギリーが警戒を強めて相手を睨む。しかし、その表情には余裕が無かった。


『さて、まずは挨拶から始めた方が良いかね?』


「そんな……馬鹿な……」


 ボクはその存在を知っていた。数え切れない程、『ディスガルド戦記』の中で戦った相手である。


 その体は、漆黒の骨で構成されている。金の刺繍で飾られた豪華なマントを身に纏い、手には髑髏の杖を所持していた。


 また、奴の周囲には、暗黒のオーラが溢れ出している。そして、ボクは離れていても、その威圧で肌が粟立っていた。


「ロード・オブ・デス……」


 そう、奴はアンデッドの最上位ボス。そして、恒常イベントで最強の一角を担うレイドボスである。


 決して、こんな場所に居て良い存在では無い……。


『ふはははっ。久々の来客だ。まだまだ、楽しませて貰おう!』


 そして、祭壇の間には、奴の笑い声だけが木霊していた。

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