第五章 ネクロマンサー編

第96話 アレク、旧友と再会する

 いつも通り、狩りを終えてクランハウスに戻る。ギリー、アンナ、ギルは平然とした態度だ。対して、ハティ、ルージュ、ロレーヌは疲れた表情を見せている。


 それだけならいつもの事だ。しかし、その日は屋敷内の雰囲気が少し違っていた。


「ん……?」


 違和感の正体はすぐに思い付く。メアリーの出迎えが無いのだ。


 いつもなら扉を開けると、メアリーがすぐに飛んで来るのだ。それが、今日に限っては何故か無かった。


「アレク……。何か賑やかだな……」


「え……?」


 ギリーに言われて、ようやく気付く。リビングの方から、微かな笑い声が聞こえて来るのだ。


 ハンスさんやリア達の可能性も無くは無い。しかし、少し気になって顔を出す事にした。


「ぎゃはは……! マジパネェっすわ……!」


「いやいや、相変わらずって事っすね……!」


 リビングからは聞き慣れない男達の声が聞こえて来る。ボクとギリーは顔を見合わせ首を捻る。


 まあ、考えても良くわからない。自分の目で状況を確かめる方が早いだろう。ボクはリビングへと踏み込んだ。(扉は自然な流れで、ギルが開いてくれる)


「お……? 帰って来たんじゃね?」


「やっべ。マジ変わってんじゃん!」


 そこに居たのは、二人の戦士だった。二人は良く似た顔立ちをしている。ブラウンの短髪に、傷の多い顔。引き締まった体に、ミスリルの軽鎧。彼等は歴戦の雰囲気を漂わせていた。


 そんな二人を、ハンスさんが対応している。ニコニコと笑顔を浮かべ、とても親し気に話し掛けていた。そして、こちらに気付いて苦笑を浮かべる。


「ゴメンね。先に始めさせて貰ったよ」


 見るとテーブルには、酒と簡単な料理が並んでいる。そして、三人の手には、グラスが握られていた。


 なるほど……。この準備で、メアリーは手を取られていたのか。出迎えが無かった理由は納得出来た。


 しかし、ハンスさんの来客で、こういう対応は珍しいな。個人的な来客なら、彼は外の店に出る事が多いのだが……。


「そちらの二人は、ハンスさんのご友人ですか?」


「ヤベェ! 忘れられてんじゃん!」


「いやいや! それって酷くね!?」


 何故か、二人から抗議の声が上がる。ボクはその反応に困惑していた。


 二人はボクの来客なのか? それに、二人の態度だとボクと知り合いっぽい。しかし、こんな軽いノリの冒険者と知り合った覚えは無いのだが……。


 ボクは困ってハンスさんに視線を送る。すると、ハンスさんは楽しそうに笑う。


「はははっ。彼らはドリーとグランだよ。すっかり成長したけどね」


「「ドリーとグラン……!?」」


 ボクとギリーの声がハモる。そんなボク達を、アンナ達は不思議そうに眺めていた。


「え、そんな……。あ、でも確かに……」


 二人のニヤニヤした顔を見て、その顔をぼんやり思い出す。二人はケトル村で、ビリー村長に弟子入りしていた。そして、十年前に冒険者として旅立ったのだ。


 また二人は、ボクやギリーと一緒に、自警団の活動もしていた。ボクとギリーとミーア。それに、コルドとドリーとグラン。五歳頃のボクは、このメンバーで他愛ない活動をしていたな……。


「忘れるとか、マジかんべんな」


「まあ、思い出したなら良いべ」


 二人は笑顔で、手にしたグラスを掲げる。そして、ボク達を同席する様に促して来る。


 ボク達のクランハウスなのだが、二人は気にした様子が無い。ボクは肩を竦めながら、向かいのソファーへ腰かける。


「二人の話も聞きたいけど、まずはお互いの紹介からにしよう。知らないメンバーも多いだろうし」


「おっけ、任せる!」


「進行役よろしく!」


 二人のこういうノリも変わってないな……。


 ボクは苦笑を浮かべ、まずは今の仲間達を紹介する。


「こちらの子供がアンナ。ミーアの妹で……」


 しかし、ボクの紹介は遮られる。ドリーとグランが揃って、手を翳した為だ。


 二人は揃ってソファーから立ち上がる。そして、アンナの元へと歩いて行く。


「ハンスさんから姉ちゃんの事は聞いたべ……」


「マジ、困った事があったら助けっからさ……」


 二人はアンナの頭や肩に手を置く。そして、涙を浮かべながらアンナを揉みくちゃにし出した。


 アンナは状況がわからず困惑していた。まあ、彼女は二人の事を知らないからね。何せ二人が村を出た時、まだ生まれてもいなかった訳だし。


 困った表情のアンナを見て、ボクは話の流れを変える事にした。


「ゴメン、紹介の順番を入れ替えるね。先に二人の紹介をするよ」


 ボクの言葉にアンナが反応する。説明を急かす様に、必死な眼差しで頷いていた。


「彼等はドリーとグラン。ボクと同郷の剣士だよ。十年前は友人として、良く遊んでいたんだ」


「宜しく! オレが魔法剣士のドリー!」


「宜しく! オレが聖騎士のグランだ!」


 二人は軽くて手を振って、ハティ達に挨拶する。ロレーヌは手を振り返していたが、ハティとルージュは困惑していた。


 そして、今がチャンスとアンナが逃げ出す。彼女はボクの背後へとすかさず回り込んだ。


「……って、二人は魔法剣士と聖騎士になったんだね」


「おうよ! マジ頑張ったんだぜ!」


「まあ、師匠に怒られねぇ位にな!」


 二人はふざけた態度で笑い出す。そして、お互いの拳を打ち付けあっていた。


 何だか二人の仲が、村にいた時より良くなってる感じがする……。


 そして、ボクが続いて紹介を再開しようとすると、今度はルージュが挙手していた。


「どうしたの?」


「アレク殿、すみません……。彼等はもしや『双剣』のお二人なのでしょうか?」


「双剣……?」


 聞きなれない言葉に、ボクは首を傾げる。見渡しても理解しているのはルージュだけ。ハティやロレーヌもキョトンとしていた。


 しかし、ドリーとグランは腕を組んで頷いている。どうやら、ルージュの言う『双剣』とやらで合っているらしい。


「……その『双剣』って何なの?」


「アレク殿は知りませんか。剣士の間では有名なのですが……」


 ルージュは皆の反応に困惑していた。しかし、ドリーとグランは、期待した目で説明を促す。


 その眼差しに気付いたルージュは、姿勢を正して大きく頷く。そして、皆に説明を始めた。


「お二人は王都で活躍するペアの冒険者です。そして、クランに所属していませんが、ゴールド級の実力者として知られています」


 へえ、二人とも結構な実力者なんだ。村ではふざけた態度で、強そうな要素は見られなかったのに。村を出てから、相当頑張ったのかな?


「ただし、それだけでは『双剣』の異名は付きません。お二人が有名となったのは、その戦い方にあります」


 ルージュは勿体振る様に言葉を切る。そんな彼を、ドリーとグランは満足そうに見つめていた。


「『双剣』のお二人は、二人で完成されたパーティーなのです。前衛にして後衛。剣士にして魔術師。その戦い方は、魔法剣士と聖騎士の理想型と言われています」


 ルージュの説明に、ドリーとグランは大きく頷く。そして、二人で肩を組んで、拳を打ち合わせる。


「いや~、マジ有名になったよな~!」


「でも、何故かモテないんだよな~!」


「「モテる為に強くなったのにな!!」」


 唐突に爆笑し出すドリーとグラン。説明していたルージュは、二人の反応に目を丸くする。


 うん、ボクもこのノリには付いて行けない。なので、二人の悪ノリは無視する事にする。


「じゃ、二人の紹介はもう良いよね? 次はこっちの紹介を続けるよ?」


 ドリーとグランは、不満そうにブーイングを行っていた。だが、ボクは無視して続ける。


「ギリーは知ってるだろうけど、上級職のスナイパーになってるから。ちなみに、このクランのサブリーダーでもあるよ」


「「マジか……!?」」


「ああ、本当だ……」


 ギリーは静かに頷く。その態度に二人は目を丸くしていた。


 そういえば、二人の知るギリーは、中二病発動前だったな。まあ、面倒なので説明は割愛しよう。


「そして、先程の彼はルージュ=ハワード。防御専門の剣士だね」


「初めまして。宜しくお願いします」


 ルージュは丁寧に頭を下げる。そんな彼に、ドリーとグランは馴れ馴れしく肩を叩く。


「ああ、ハワード家の三男ね」


「噂には色々と聞いてるよ~」


 先程の説明が良かったのか、二人はルージュが気に入ったらしい。気に入られたルージュは、相変わらず困惑した様子だが。


「で、隣が武道家のハスティール。一撃必殺のアタッカーだね」


「ど、どうも。ハスティールです」


 ハティは緊張した様子で頭を下げる。彼は有名人に弱いタイプなのだろう。


「お、噂は王都でも流れてるよ~」


「デーモン一撃とかスゲェよな!」


 天竜祭の噂が、王都まで届いているのか。王家の耳にも入ったと思うべきだろう。


 ただ、ハティが嬉しそうだし、今は気にしないでおこう。王都の状況は、後でメリッサに調べて貰うけどね。


「その隣は盗賊のロレーヌ。斥候中心で、後衛潰しも……」


 そして、再び紹介が遮られる。ドリーとグランが前に進み出た為だ。


「ロレーヌちゃんって言うんだ。君、可愛いね?」


「今度、デートしない? オレ、奢っちゃうよ?」


「あはは。遠慮させて貰いま~す」


 二人のナンパをあっさりかわすロレーヌ。何となく対応に慣れた感じだな。こういう対処法も、盗賊ギルドで学んだのかな?


 というか、さっきから二人の割り込みが邪魔だ。この十年の間に、二人の自由度が増している気がするのだが……。


「それで、最後がギルバート。前衛のモンクで、クランの執事も務めているよ」


「お初にお目に掛かります。お二人の噂は以前より伺っております」


 双剣の事を知ってたのか。なら何故、黙ってたし……?


 ……っと思うが、ギルはそういう性格なのだ。基本的に彼は、裏方に回りたがる。ルージュが話すだろうから、自分の出る幕は無いって考えたんだろうな。


「へえ、モテそうな顔してるよね?」


「メアリーちゃんも褒めてたしね?」


 何故かドリーとグランは、ギルに対してメンチを切る。完全にモテない男の僻みだ。


 しかし、ギルはニコリと微笑み、軽く受け流していた。これが、出来る男の対応という物だろう。


「さて、簡単な紹介はこの辺りで十分だよね? そろそろ、二人の目的を聞かせてくれるかな?」


 何となく二人の対応が面倒になって来た。さっさと要件を聞いて、お引き取り願うとするか。


 しかし、二人は顔を見合わせ、ニヤリと笑う。何となく嫌な予感がするのだが……。


「オレらを、このクランに入れてくんね?」


「マジ、役に立つ事間違い無しだからよ!」


「え……?」


 二人の要望に固まってしまう。正直、二人の要望は判断に迷う所だった……。


 上級職、それも前衛二人の加入は大きい。ウチのクランの前衛は、ルージュとギルが担っている。しかし、ルージュはまだ未完成で、ギルは回避型で耐久力が低い。いずれも、上級ボス相手には心許ないのだ。


 それに対して、ドリーとグランは剣士型の上級職。耐久力が高いので、ボス戦での活躍を見込む事が出来る。今のウチが抱える問題を、解消してくれる可能性が高い。


 とはいえ、二人の性格が面倒そうなんだよな。さて、どう判断するか……。


「……そもそも、どうして二人はウチに入りたいの? それだけの実力があれば、他にも入れるクランはあったでしょ?」


「そりゃあ、気の合う奴がいなかったからな~」


「オレらを利用するクランは多かったけどな~」


 二人は揃って嫌そうな顔をする。どうやら過去に、余程嫌な思いをしたらしい……。


 しかし、二人はすぐに表情を崩す。そして、ニヤニヤといつもの笑みを浮かべる。


「それに、アレク達なら良く知ってるしな」


「アレクに任せれば間違いないだろうしな」


 二人はチラリと視線を合わせる。そして、揃ってボクへと視線を向ける。


「「それに、アレクなら面白い物を見せてくれるしな!!」」


「面白い物ね……」


 ボクはその回答に苦笑する。確かに二人は、昔からそうだった。何をするにも面白いかどうかで、物事を判断する性格だったのだ。


 そして、ふと気が付くと、背後でギリーが笑いを堪えていた。こういうギリーも、ここ数年は見た事なかったな……。


「……はあ。それじゃあ、二人の面倒もボクが見るとするか」


 ボクは諦めを含んだ息を吐く。そして、二人に向けて拳を突き出す。


 それを見たドリーとグランも、揃って拳を突き出した。そして、ボク達三人の拳が軽く触れる。


 こうして、ボクのクランに新たな仲間が加わる事となった。

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